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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 ちょっと違った学校生活
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82 - 逆算する錬金術師

 イスカさんがマリージアさんを伴って帰ってきたのは、レシピ本は読破し、どころか暇だったので僕の手持ちのマテリアルを使って洋輔がいくつか現代錬金術で遊んだりしているところ――実に一時間ほどの後のことだった。

「カナエ。話は聞いたわ……その上で一つ確認させて頂戴。あなた、虚空の指輪を昔、見たことがあった?」

「いえ、ありませんけど……。こんにちは」

「ええ、こんにちは」

 挨拶よりも先に質問が飛んだので、とりあえず挨拶。

「虚空の指輪ってアイテムの存在自体、僕はヨーゼフに聞くまで知りませんでしたよ」

「そう。……なら、その上で一つ、お願いがあるの。マテリアルはこっちで用意したわ」

 と、マリージアさんは袋を僕に投げ渡してきた。

 袋はそこそこずっしりとしている。

「それを使って、錬金術をしてみてほしいの。完成品は指輪、よ。ただ、どんな指輪なのかは教えてあげない……マテリアルを見て推測してみるのは自由だけどね」

 何ができるかわからない状態で作れということか。なかなかの無茶ぶりだ。

「こっちも確認させてください。マテリアルはこの袋の中の全部ですか?」

「ええ」

「じゃあこのまま錬金しますか」

「え?」

 ふぁん。

 と、袋の重さが劇的に変わる。

 中から取り出してみると、それは宝石が二つ付いた指輪だった。

 何だろう、これ。

「できましたよ。でもこの指輪、何なんですか?」

「……呆れた。マテリアルの確認すらせずに錬金術を成功させるだなんて……」

「マテリアルは袋の中身全部だということなので、そのまま袋を鍋代わりにしたらいいかなと」

 いちいち器を作るのもさほど面倒という訳ではないけど、ね。

「完成品。私にくれるかな」

「どうぞ、イスカさん」

 どうせ僕が用意したマテリアルではないのだ。

 イスカさんに指輪を渡すと、イスカさんはため息がちにマリージアさんに視線を向けると、「見ての通りだ」と言った。

 それに対して、マリージアさんも嘆息する。

「呆れたわね。まさかの話、仮定の上での推測に過ぎなかったのだけれど……。まさか、本当にやって見せるとは」

「だな。だがこれで、カナエくんの基礎が見えてきた」

「そうね。指輪……は、ほぼ確実。装飾全般に波及するか、場合によっては装備品というくくりになる可能性も出てくるわ。最悪のケースだと、乗算とか、そのあたりかしらね……」

 うん?

 詳しく話を聞いてみると、次みたいな感じ。

 錬金術師は大抵、特に得意な分野という物を持つ。

 ただし、それは必ずしもわかりやすい形で顕現するとは限らない。

 たとえば僕のお母さん、サシェ・リバーは比較的わかりやすいタイプで、『治癒系統の錬金術が得意』。

 それでも比較的、とつくのは、必ずしもわかりやすい性質かというとそうではないからで、お母さんが特に得意としているのは『動物ではないものの治癒』、なのだそうだ。

「ちなみにこの国で特級品の白露草が作れるのはサシェだけだ。世界という単位で見ても、ほかに一人いるかどうかだろうな」

「そんなレアな道具だったんですか、あれ」

「うむ。そうでもなければ遠路はるばる買いに行かないさ」

 そりゃそうだ。

 閑話休題、じゃあわかりにくい形で顕現している人物で筆頭はだれかというと、それがイスカさんになる。

 イスカさんは『あらゆる基礎的な部分を得意とする』。代わりに『応用的な部分は苦手』、なのだそうだ。

 ざっくりしすぎである。

「私のような得意苦手のタイプは、さすがに珍しいがね。さて、これらの情報を踏まえたうえで、カナエくん。君の才能を少し考えてみたいところだ。君が錬金術で作り上げたもののうち、私やマリージアが確認しているものは、そのほとんどが指輪やそれに関連するものだ。虚空の指輪、表しの指輪、生命の指輪……。まあ、あのエッセンシア陰陽凝固体については少々考えなければならないが、少なくともカナエくんは指輪を作ることに長けているというのは一つの事実だろう」

「あなたが今さっき作ったこれも、そう作れるものじゃないわ。これは『魔尽の指輪』といってね、装備している者の魔力を消滅させる指輪よ」

 何そのデメリットしかない指輪。

「え? 『魔尽の指輪』ってあの『喪失品(ロスト)』ですか?」

 と、食いついたのは洋輔だった。

「詳しいのね、ヨーゼフくん。その通り、これは『喪失品』。……いえ、今ここにある以上、喪失品だった――と表現するべきね」

「……ヨーゼフ、あれって何に使えるの?」

「魔法使い的にはすごく便利なんだよ。安全装置としてな」

 安全装置?

「魔法が暴走したときにアレを装備すると、魔力が消滅するし、装備し続けている限り魔力がたまった時点で消滅するから、魔法が即座に確実に消せる」

 なるほど、そういう意味での安全装置か。そういわれると便利……なのかな?

 ニムにもらった事件簿にも、魔法の暴走による戦争の勃発とかあったからな。それを防げるわけで。

「喪失品とはいえ、それを過去に作った人物がマテリアルを明記していてね。問題はそのマテリアルをそろえたところで錬金術が成立しなかった、という点……何らかのマテリアルが不足しているのか、あるいは解釈を違えているのか、単に力量が不足しているのかと、いろいろと議論されたのだが、どうやら最後、力量不足ということだったらしい。現にカナエくんが作っている」

「そうね」

 ふうむ?

「そのうえで確認よ。カナエ。あなた、指輪以外のアクセサリを作ったことはある?」

「作っただけなら、何度かあると思います。ただ、特別な効果はつけたことがないですけど」

「そう……じゃあ、装備品のほうはどうかしら。鎧とか、武器のことね」

「武器なら作ったことが何度か」

 ね、と僕は洋輔に視線を向ける。

 通じたらしく、洋輔は装備していた短剣を机の上に置いた。

「この短剣、俺がカナエにお願いして作ってもらったんです。『重さ』について特殊な効果をつけてもらいました」

「ふうん。軽く、かしら?」

 とか言いつつ、マリージアさんは机の上の短剣を手に取ろうとして、持ち上げることに失敗した。

 まあ、かなり重いもんね、アレ。

「重いわね」

「重さを三十倍くらいにする魔法をマテリアルにして、短剣に仕込んだんですよ。『重い短剣を作ってくれ』ってお願いされたので」

「……ふむ。差し支えなければ、そうだな。この鉄材で、適当な短剣を作ってもらってもいいかな。特殊効果は不要だ」

「かまいませんよ。装飾とかはどうしますか?」

「特に指定はない」

 じゃあ適当でいいか。

 受け取った鉄材を器に投入、ふぁん。

 完成。

「できました」

「うん。切れ味は……うむ、なかなか高い、というか、かなり高いというか……。品質的な意味で一級品だな」

「やっぱり、賢者の石がないと特級品は難しいですね」

「……いや、普通、錬金術で作る武器って、そもそも品質は五級品がいいところなのよ」

 え、そうなの?

 マリージアさんの補足に僕は少し驚き、一方で洋輔は『だよなあ』とでも言わんばかりの表情でこちらを見てきた。

「特に武器や防具を作るのが得意な錬金術師なら、二級品、一級品。場合によっては特級品を作るのもいるけど、まあ、珍しい部類ではあるな。ふむ、指輪ではなく、装備品までは範囲が確定か……。どうやら君は、装備品、身に着けるものを作るのがとても得意らしい」

 そうなのか。

「言われてみれば、バッグとか、下着とか。そういうのも適当なニュアンスで作れちゃいましたからね。装備品って括りだったからかな?」

「…………」

 反応が芳しくない。

「確かに、それを考えれば装備品が得意、だから作れた。そう考えられるのだけれど……。それで説明をしようとすると、どうしても一つ、問題が出てくるのだよ。『君はエッセンシア陰陽凝固体を作ってしまった』のだ。そこの説明が、装備品が得意だから、では通らない。材料までは聞かないが、確認をさせてくれ。君は現時点でエッセンシアを何種類、作れているのかな?」

「フラムエッセンシア、カプ・リキッド、キラ・リキッド、エリクシル、ポワソンイクサル、ワールドコール……だから、六種類ですね。作れた全部を合わせて作ったので、エッセンシア陰陽凝固体は十五個です」

「なるほど。つまり失敗はしていないと」

 まあ……そうなるのかな?

「一個作れれば、残りはマテリアルを置き換えるだけだったので……そういうことになる、のかな?」

「脅威だな」

「脅威ね」

 うん?

「だってあなた、エリクシルがエッセンシアの一種であることを知ったのはそれこそ、トーラーに会ったその日……おとといのことでしょう?」

 頷くことで答える。

「まあ、血が特異マテリアルとして必要だ、というヒントも貰ったので、最初に躓かなかったのがでかいかなって思ってますよ」

「だとしても、二日で六種は出来すぎね。それにエッセンシア類は……」

「例の特性か」

「ええ」

 例の特性……?

「最悪のケース、と、見るべきでしょうね……」

「なあに。確かに最悪ではあるが、我々としては最も望ましい――錬金術師としては最もおいしいケースでもあるだろう」

「…………?」

 よくわからない会話を繰り広げる教員二人に、僕と洋輔の視線が自然と向かう。

「えっと……つまり、僕の得意が何か、わかったんですか?」

「わかったわけじゃないわ。断言はできない……けど、推測はできる。可能性だけどね」

「…………」

「聞きたいなら教えてあげるわよ。でも、それを聞くことで、あなたがこれまでつかんできた錬金術の感覚が、ちょっとずれるかもしれない。そういうリスクがあるのよ。だから、自覚するのが一番いいの。それでも、あなたが聞きたいならば教えてあげるわ。たぶんあなたは、この国の錬金術を大きく引き上げてくれるでしょうから」

「教えてください」

 僕は、即答で聞く。

 マリージアさんは視線をイスカさんに向け、イスカさんは大きくうなずくと、近くの黒板に寄った。

「『錬金術はマテリアルの足し算である』――錬金術の基本だ。君自身、おそらくサシェからそう教わってきただろう?」

「はい」

 薬草、足す、水、イコール、ポーション。

 イスカさんはまず、黒板にそう書いた。そしてその横に、『一般的な錬金術』とも。

 一般的な。

「そして、君の錬金術は」

 そのすぐ下に、カナエの錬金術、と書き――イスカさんは、薬草、水、ポーションとそれぞれ記入。

 が、『足す』――『+』が、書かれていない。

「発想的には掛け算である可能性が極めて高い」

 代わりに書き込まれたのは、『掛ける』――『×』。

「エリクシルを含むエッセンシアの錬金が難しい……とされているのはね。そもそも、『錬金術はマテリアルの足し算である』という原則から外れるからなんだ――エッセンシアは例外的に、『マテリアルの掛け算』を用いるのだ。そして、その『マテリアルの掛け算』を他の錬金術にも応用できるようにするのが、一般錬金術『昇華』の最終目標……『足し算』で作るよりも『掛け算』で作る方がより少ないマテリアルで、より高い品質のものが作れるため、なのだよ」

 ふむ。

「僕は、すでにそのマテリアルの掛け算をしている……と?」

「そうね。まあ、そもそもエリクシルを作れた時点で、あなたはその感覚を持っているはずなんだけど……。基礎的なことをいまさら確認するわね。カナエ。あなた、エリクシルを作るときとポーションを作るとき、何か違う感覚を使ってる?」

 いいえ、と僕は首を横に振る。

 ポーションだろうがエリクシルだろうが、短剣だろうとなんだろうと、全部同じ感覚だ。

「なら、決まりね。あなたの錬金術は『マテリアルの掛け算』が基本になっているのよ。だから私やイスカには想定できないような、とんでもないことを平然とやってのける。……さて、結論も出たところで、イスカ。やっぱり、アレを与えるべきよ」

「……まあ、そうだな」

 と言って。

 イスカさんは、奥の棚の鍵を開ける。

 そこに入っていたのは、二十冊を超える分厚い本。

「これを持っていきなさい、カナエくん。君が提出した品々に対する我々が用意できる最大限の――そして、最高の『対価』だ」

「これは……?」

「図解登録名称一覧図鑑:全品目版。この国に存在する『全て』の道具の名前と見た目が記録された代物だ。ちなみに国家機密にあたるから、なくさないように」

 …………。

 なくさないようにっていうか、それ、譲渡していいものなの?

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