81 - 昨日の今日と過去の例
一通りゼリーを凝固体に変換し終え(なお、この作業に伴いゼリーが倍に一時期増えたけどそれはそれ)、収納用の箱を作成、ジュエルケースみたいな感じになったそれに全部入れて、今日の作業はおしまい。
これらの作り方とノリで作った虚空の指輪を合わせれば、ちょっとした機密だとしても現代錬金術用の錬金鍋の一つや二つ、譲ってくれるだろうとの算段だ。
そして翌朝、朝のお勤めを終えて朝食をとり、僕は洋輔に言った。
「洋輔。お休みの日で悪いんだけど、イスカさんに会いに行きたいんだよね。ついてきてくれる?」
「いいぜ。どうせやりたいこともねーし。授業受けるのは面倒ってだけだな」
苦笑しながら答える洋輔に、僕はありがとうと頷き、荷物を整理。
普段通りの最低限の錬金術用マテリアルに加えて、今回は虚空の指輪と凝固体ケースを持っていく。
他は……別にいいか。
あ、でも薬草はちょっと多めに持っていこっと。
寮を出て現代錬金術の授業が行われる講堂へと直行。
朝早くで、今日の授業が開始されるまで時間的にかなり開いているということもあってか、人影は無し。
鍵かかってるかもな、と思いつつ扉に手をかけると、普通にあいた。
「お邪魔します」
「ん? 授業はまだ……、って、カナエくんとヨーゼフくんか。どうしたね」
「おはようございます」
イスカさんは机の上に置かれている錬金鍋の掃除をしていたようだ。
妙な時間の来訪者が僕たちであることに気づくと、作業を中断して僕たちによって来る。
ので、僕は早速、凝固体ケースを差し出して言った。
「作業中のようなので、単刀直入に失礼します。イスカさん」
「何かな」
「現代錬金術用の錬金鍋を二、三個と、レシピ本をください」
「…………。また、直球で、しかもすごい要求をしてくるね。で、その箱が対価か? 君とは過去に二度取引をしているけれど、しかし今回の君の要求は、だいぶ高いよ」
箱を受け取りつつ、イスカさんは憮然と答えた。
だよなあ。
そして、そのままイスカさんは僕たちを招いて講堂の奥へ。
控室のようになっているそこは準備室も兼ねているようで、そこの中央、何も置かれていない机の上にイスカさんは箱を置く。
「まあ、君がそういう要求をしてくるだろう……というのは、おおよそ見当がついていたがね。君が対価を持ってくるであろうことも含めて……だからこそ、私は少し、期待していたんだ。君がどんなものを対価として持ってくるかについてね」
「つまらないものですよ。僕もそれを作ったのは昨日が初めてなので、なんとも言えませんけど、もしかしたらイスカさんは見覚えがあるものかもしれません。ちなみに、それの作成にはヨーゼフのヒントがあって成功しました」
「ふむ」
箱の蓋を開け、そして保護用の布を取り払って、イスカさんはついにずらっと並んだ凝固体を目にしたようだ。
ちなみに、箱の中に入っているのは、僕が作れたエッセンシア六種を二種類、掛け合わせたもの。
つまり十五種の複合凝固体である。
見た目は色が違うだけで、やっぱり太極図のあれっぽい感じがしたり。
「…………」
イスカさんはそれを目にして、保護用の布を改めて敷くとすっと箱の蓋を閉じ、そして改めてふたを開けて布を取り払い、やっぱりそこに十五種の複合凝固体があるのを見てしばらく動きを止めた。
「なあ、カナエ。やっぱあれ、ダメな奴なんじゃないのか?」
「うーん。でも、エッセンシア凝固体って概念それ自体は、むしろ僕が教えられた方だし。ああいう発想を僕がしたのも元はと言えばヨーゼフの癖を思い出したからだけど、でも僕以外にも何人か、発送した人はいるでしょ。錬金術ができたのって、ずいぶん昔みたいだし」
「まあ、そうか」
魔法よりも前にあった技術なのだ。
僕が作ってきたものなど、とっくに前例があるに決まっている。
実際、
「確かに」
と。
イスカさんはようやく動き出して、そう頷いた。
「これと同じものを、資料で見たことならばある。エッセンシア陰陽凝固体――二種類のエッセンシアを、一つの凝固体として錬金することで完成する物質にして、異なる性質をもつ二種類のエッセンシアを一つにすることで、その効果をさらに変質、強化した代物。……もっとも、私が見たのは、白色の『エンジェルコール』と黒色の『モアマリスコール』をそれにしたもので、おそらく世界に現存する唯一の陰陽凝固体だったのだが……」
おお、白と黒で作ったやつがあるのか。見てみたいな。まあ、作れるようになった方が早そうだけど。
「確認だが、カナエくん。これ、作ったのかね?」
「はい。昨日作りました」
「…………」
対価としてはそれでも不足しているのだろうか?
なら、もうちょっと情報を重ねるか。
「ちなみに、そこにも入ってますけど、青と黄色のやつ。えっと、陰陽凝固体でしたか。それは魔力を増幅するという力を持っているようです。で、指輪と錬金したらこれになりました」
これ、と言いつつ虚空の指輪を取り出し、イスカさんに手渡す。
「……虚空の指輪?」
「あ、イスカさんも知ってるんですか。僕は全然知らなかったんですよね、それ。ヨーゼフが教えてくれたんです」
「えっと……。本物かな、これは」
イスカさんは指に虚空の指輪を装着し、魔力を通したらしい。それが魔力を大きく増幅させたことにを認識するやすぐさま取り外し、机の上に置いた。
「カナエくん」
「はい」
「君は以前、生命の指輪も作っていたね」
「そうですね。あれ、結局僕、使い道見つけられなかったんですけど……」
「……あれと同じで、虚空の指輪も『唯一品』のはずだ。生命の指輪を君が作ったというだけならば、まだ、奇跡的な偶然で済んでいた。しかし君は、虚空の指輪まで作ってしまった。となれば、もはや君の錬金術は、すでに奇跡的な偶然ではないということになる」
実際、偶然作ってしまった感じはあるけど、奇跡的って感じではないしな。
そりゃそうだろう。
「君の要求は、現代錬金術用の錬金鍋と、レシピ本だったね。正直に言えば、それだけでは割に合わない。君の方が……ね。陰陽凝固体一つでも、こちらは余計に何かを渡さなければならないはずなんだ。それが十五個、加えて虚空の指輪か……。ちょっと、私の一存では決めかねるな……」
ん……あれ?
なんか雲行きがおかしい。
「あの。僕としては、僕の要求が呑んでもらえるなら、それだけでいいんですけど」
「そうはいかない。成果には対価を、だ。ましてや、このような歴史的発見となるとな……」
歴史的発見って。
陰陽凝固体なんて名前がついてるくらいだ、既に存在するものをもう一度作っただけに過ぎないわけで、歴史的発見とは違う気がする。
「マリージアを呼んで協議するから、悪いが少し待っていてくれ。少し時間がかかるかもしれないから、そうだね。好きな錬金鍋を好きなだけ選んでおきなさい。もっていっていい。レシピ本も、この準備室のそちらの棚にあるものが、完全版……難易度が高い、危険性があるなどの理由で教材から外されたレシピも書かれた、現代錬金術の授業を完全に履修した者に与えられるものだ。一冊でも二冊でも、持っていくといい。しばらくはそれを眺めて、時間をつぶしていてくれ」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、イスカさんは、陰陽凝固体の入ったケースを抱えて急ぎ足で去っていく。
ああ、裏口があったのか、ここ……。
なんてずれた感想を抱きつつも、僕は言われた棚からレシピ本を取り出した。
結構分厚いな。
「だってさ、ヨーゼフ。錬金鍋、くれるって」
「……まあ、その点については感謝するけどな。お前、錬金術師的にもとんでもないもの作ったんだな、やっぱり」
「そうなのかな? ……名前がついてないものならともかく、名前が付いたやつを作っただけだし、そこまでおかしくないと思うけど」
「だとしたら学長なんて立場の人間がああも驚かねえよ」
まあ、そうかも。
僕はレシピ本を開き、ぱらぱらとめくり始める。
一方で、洋輔は錬金鍋をいくつか手に取っていた。
「どう、何かわかりそう?」
「そうだなー。かなり複雑な魔法が仕込まれてる、ってのは言ったけど……。どれも同じ魔法だな」
「そりゃそうじゃないの?」
「そうでもない。初級用、中級用、上級用……みたいに分けてるケースもあるだろ?」
ああ、そういうことか。
「それと、鍋の材料とか大きさに依存していない、ってのもポイントになるかもな。魔力の整形……というより、魔力の解釈、翻訳みたいな感じかな……この手の魔法は、正直得意じゃねえからなあ。アランの連中なら大喜びで解析を始めるんだろうが……。ま、だからこそやりごたえはあるな」
「ふうん……?」
アラン……か。確か、魔法を汎用的にしようとしている血統だったかな。
魔力の整形ではなく、解釈や翻訳。確かに、そういわれてみるとそれっぽい。
案外、イスカさんも現代錬金術を作り上げるのに際して、そのあたりから手伝ってもらったのかもしれない。
「それで、カナエのほうはどうなんだ。レシピ本」
「結構、ボリュームがあるね。まあ、品質が違うだけで同じものとか、同じものの同じ品質でもレシピ違いとかがあるから余計なんだろうけど」
「へえ……?」
「意外なところだと、料理錬金もサポートしてるみたい」
「マジで意外だな」
うん。
ちなみにレシピ本にあった料理錬金、つまりご飯を作る錬金術はパンの作り方。
小麦粉その他七種の材料を特定の比率で錬金すると完成するらしい。すっごい手間がかかるうえに、品質は七級品。
食べられないことはないけどあんまりおいしくもないだろうな……僕が小麦粉だけで錬金してパンを作るやつとどっちがマシかな?
「で、お前のお目当て……特異マテリアルのほうはどうだ?」
「んー。それ、と明言されてるわけじゃないけど、たとえば、『網』とか」
明らかに必要がなさそうな錬金術のレシピに、しかしあえて網を入れている。何らかの特異マテリアルである可能性が高い。
「ちらほらと、見られる感じだね」
「なるほどな」
まあもっとも、現代錬金術における特異マテリアルが、普通の錬金術においてもそうであるとは限らない。
それでも全く無関係とも思えないし、試す価値はあるだろう。
「よっし。俺はこの鍋にするか」
「一つでいいの?」
「いや、一個あれば十分だろ」
「分解したりできないじゃん」
「…………。もしかしてお前が二、三個要求したのって、その前提?」
「うん。僕は普通の錬金術使えるから、正直、レシピだけわかればなんとでもなるし」
ひっでえやつ、と言いつつも、洋輔はさらに二つほど錬金鍋を確保していた。
わかりやすい行動だ。
「いくつまでもらっていいと思う?」
「僕とヨーゼフのぶん。で、それぞれの予備。四つが限度じゃない?」
「じゃああと一個か」
これにしよう、と洋輔は四個目も確保。
ま、妥当か。
「洋輔もレシピ本、読んでみる?」
「難しいんだろ?」
「そうでもないよ。材料とその量、完成品が書いてあるだけ」
「じゃあ読んでみる」
一冊を差し出すと、洋輔はさらさらと読み始めた。
しかし、イスカさん。
マリージアさんを呼んでくるとは言ってたけど、マリージアさん、今日も授業やるはずだよね。その辺どうなんだろう?




