80 - ひと手間加えたその結果
ほかにもいくつか組み合わせてはみてみたが、全部ゼリーになった。
結果、魔法で作ったお皿の上には色とりどりの二色ゼリーが。
「うーん……」
特に色の組み合わせに制限は無し。
現状で作ることに成功したエッセンシアは六種類、これを総当たりして全部成功しているので、まあ、ほぼほぼ断言でいいと思う。
で、色はやっぱり方角……北と南ではなく、東と西で必ず固定。
方角についてはマテリアルとして認識した一つ目が東で、二つ目が西になる。エッセンシアの種類ごとに方角が固定されているわけではないようで、同じ組み合わせでもマテリアルとしての順番を変えれば色は変えられる。よって方角に意味はない。
名前で呼ぶと長いので、ここは色で呼ぶけれど、『青+黄』として認識すると東が青、西が黄色。『黄+青』として認識してれば東が黄色、西が青として別々に作れるわけだ。
一応、品質とかでも変わるかな? と試してみたけど、どう組み合わせても自由だった。
「…………」
そのうえで、じゃあこのゼリーは何だろうか、と考える。
『青+黄』で作ったゼリーとか、本来は一滴でも触れると即座にすべてが消滅する黄色ことカプ・リキッドを材料にしているゼリーの、黄色い部分に触れてみても、特に何も変化は起きない。
つまり、カプ・リキッドとしての性質は失っている――とまでは言わないけど、少なくともカプ・リキッドそのものではなくなっている可能性が出てきた。
……んー。
ちょっと怖いんだけどな。やってみるか。
「洋輔。僕の机から、ポーション取ってきてくれる? 九級品のやつ。赤いラベル張ってあるからすぐわかるよ」
「おっけー」
洋輔にお願いしてポーションを調達、しているあいだに僕はどれを使うか決める……まあ、一番最初に作ったやつでいいか。
「これか?」
「うん。さんきゅー」
というわけで、魔法で器を作成、中に九級品のポーションと一番最初に作った『青+黄』のゼリーを投入、錬金。
僕の想像が正しければ、一応ポーションが完成するはず、だけど。
ふぁん、と音がして、器の中に残っているのはポーションだけ。ゼリーは消えている。
完成品をポーション・毒消し薬用の表しの指輪に垂らしてっと……、ポーションとしては六級品、毒消し薬としては三級品と出た。
元が九級品のポーションで、毒消し薬は錬金していないのに、毒消し薬としての品質が表示されている……のは、エリクシルの性質を引き継いでるからかな?
念のため、エリクシルの表しの指輪にも垂らしてみる……判別不可、エリクシルとしては認識不可。
カプ・リキッドの表しの指輪でもチェック、こっちも判別不可。カプ・リキッドでもない。
うーん。
『魔力を回復する』、の効果が完全に消えてるとも思えないんだよな。
ちょっと怖いけど一滴、手の甲に垂らす。ぴちゃん、と手の甲に一滴、……とくに消えてなくなる感じは無し。
つまり、カプ・リキッドとしての、『一滴でも触れると全部消える』の性質は引き継いでいない。
魔力の回復もこの様子だと無しか……?
いいや。
飲んじゃおう。
ぐいっとポーションを飲み干す。
味はなんか薬品っぽい。ポーションだな。
「おい何してんだ! すぐに吐き出せ! そんな得体のしれないもん!」
「たぶん大丈夫。毒だったら毒消しとエリクシルで消すから」
全然大丈夫じゃねえ、と洋輔は怒りをあらわにした。
けどまあ、今回に関しては大丈夫のはずだ。
「毒が入る余地はないし、大丈夫だよ。毒消しの性質はあるけど」
「本当か……?」
「うん」
そして体内に意識を向けてみて、っと……んー、カプ・リキッドほどじゃないけど魔力が不自然に増えてる。
つまり、ポーションをベースにカプ・リキッドとエリクシルが混ざって、薄まった……みたいな?
毒消しポーションとしての品質は六の三、これにカプ・リキッドのまがい物として考えると、材料に対して得られる結果の割が合わない。
僕が気づいていないだけで何らかの効果があるか、あるいは強引に作ったが故の品質の低さか……。
まあ、ポーションとゼリーを混ぜるのは正解じゃないな。強引に効果をある程度移せないこともない、程度か。
となると……。
「なあ、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だってば。ポーションと毒消し薬とカプ・リキッドをすっごい薄めたものを飲んだ程度だよ」
「なら、まあ、いいけど……」
尚も心配してくる洋輔はさておいて、僕はゼリーに視線を移す。
んー……。ポーションに混ぜてもあんまり意味はない。
液体化するならば水と錬金すれば、水をベースにできるし、そもそも錬金術で状態を変えるだけ、というのは水を氷にするときとかで結構使っているから、まあたぶんできる。
このゼリーが凝固体と違う点は、凝固していないというところだ。固体にはなってるけど凝縮まではしていない、っていうか……。
なんかなー。
このいかにもよくわからない形態が完成品、終着点とは思えないし、もう一個手順を加えれば案外、完成しそうなんだけど。
とっかかりが……。
「しかしさ、佳苗」
「だから大丈夫だって」
「いや、ごめん。わかったから。そっちじゃないところの感想だ」
「あ、こっちこそごめん」
つい反射的に邪険にしてしまった。
反省。
「いや、そもそも賢者の石の材料って、エリクシルを二つと、あの砂一つなんだよな?」
「そうだね」
「なんでエリクシルを二つ使うんだ」
「さあ。そこまでは知らないよ。ただ、賢者の石はエリクシル二つを凝固させたもの、みたいな感じだから……ええっと、ほら、魔法に矛盾真理って法則あるでしょ?」
「ああ」
「それと似てて、同別の法則ってのが錬金術にはあるんだよ。『同じ、だけど違うもの』――『同じものの品質違い』をマテリアルにすることで、普段とは違った結果を得るってやつ。表しの指輪とか賢者の石は、その法則に基づいて作ってるんだよね」
などと説明していて、ふと気づく。
そうだ、賢者の石を作るとき、に限らず金の魔石にせよ何にせよ、凝固体を作るときは同別の法則と中和緩衝剤を使っている。
中途半端にゼリーとはいえ固体だったから、これに何かを加えるというイメージを持っちゃったけど、これをエリクシルとか、エッセンシアとして認識してやればいいのか?
つまり、『青・黄』のゼリーは同じゼリー……ううん、ここで同別の法則。『青・黄』と同じだけど違う、『黄・青』をマテリアルにして、中和緩衝剤もつかって錬金か。
「……ナイスヒント」
「え?」
僕は器に『青・黄』と『黄・青』、中和緩衝剤を入れて錬金、ふぁん。
完成品はっと……うん。
「洋輔には感謝してもしきれないね」
「……できたのか?」
「うん」
取り出した完成品を、僕は洋輔に手渡す。
洋輔は恐る恐る、完成品の凝固体を掌に載せ、そのまま光に透かした。
「なんだ、これ……」
今回作ったものは、青い石の内側に、黄色い石が含まれているようなものになるかなあと、そんなことを思っていたのだけど……完成品は少し、特徴的だった。
太極図、だっけ。そんな感じに、青色と黄色がお互いを侵食しあい、がっちりとかみ合っていて、青が極まった中心点にはぽつんと黄色が、黄が極まった中心点にはぽつんと青色が、当然のように指している。
「よくデザインで見るよね、こういうの。白と黒で作ったら、もろにアレになりそう」
「確かに……」
なんか正式な名前があった気がするけど、覚えているわけもなく。
おんみょう、と読んで、違うと訂正されたところまでは覚えてるから、漢字で書くと陰陽、かな。
「しかし、妙なのができたな。これの効果は何なんだ」
「さあ。今作ったばかりだからなんとも……。賢者の石と金の魔石が半分ずつだから、普通に考えればそれぞれの半分ずつの効果、だと思うけど、どうなんだろうね」
「……魔力流してみてもいいか?」
「いいけど、危ないかもしれないよ?」
「佳苗よりかは魔力の扱いには慣れてるからな。まだましだろ」
確かに。
どうぞと手で促すと、洋輔は掌の上のそれに魔力を流したようだった。
ほぼ直後、洋輔は「うわっ」と声を荒げ、慌てて石をテーブルの上に落とす。
はて?
「おい。これやばいぞ」
「やばいって、何が?」
「なんか、ほんのちょっとだけ流した魔力がとんでもない量で帰ってきた」
「…………」
今更だけど、魔力を流す……というのは、電気を流すのと似ている。
つまり、十の力を流せば、基本的には十の力で再び体内に戻ってくるのである――起動させるのに一定量の魔力が必要というだけで、消費はしないことがほとんどだ。
ただ、この性質は絶対の原則かといえばそうでもなくて、例外もちらほらと存在する。具体的にどれ、と言われると困るけど。
逆に言えば、賢者の石にせよ金の魔石にせよ、少なくともその二つは例外ではないということだ。
賢者の石は一定量の魔力を流すことで、治癒の効果を表すけれど、流した魔力はそっくりそのまま戻ってくる。
金の魔石は一定量の魔力を流すことで、その魔石に籠っている魔力を自分の魔力として扱えるようになるけど、流した魔力それ自体はそのまま戻ってくる。
が、僕が今さっき作ったあの奇妙な凝固体は、どうやらその原則から外れているらしい。
「魔力が回復した、ってこと?」
「いや、増幅された感覚だな」
「増幅……」
うーん……?
賢者の石としての性質は『治癒効果』と『品質を上げる特異マテリアル』で、金の魔石が持つ性質は『魔力の代替を行う』。もしかしたら金の魔石も何らかの特異マテリアルかもしれないけど、それはこの際、後回しでいい。
重要なのは魔力を流した際に得られる効果で、治癒効果と魔力の代替、この二つが合体しているのだから、魔力を治癒する――魔力を回復する、とかならば、まだわかる。まだわかるけど、魔力を増幅するというのは、なんかが違うんだよな。
魔法的な感覚については、僕よりも洋輔のほうが数段上だし、洋輔が回復ではなく増幅だというならば、そっちのほうがより正しい。
ならば、この凝固体。それに特化してるものか?
魔力を流すことで魔力を増幅する――という、魔力を強引に調達するための道具、とか。
あるいは、それさえも副作用に過ぎなくて、本来の――別の効果があるのか。
「……作ったはいいけど、あれだね。これの検証、怖くてできないよね」
「だな。ちょっと、尋常じゃないレベルで魔力が増幅された。えっと、俺の感覚で『五』の魔力を流したんだけど、それが三千ちょっとで帰ってきたから……」
実に六百倍か。これがあれば魔力には困らない気がする。
そしてそれ、事実上の回復じゃない?
「いや、その石を離した時点で、その増幅された分の魔力が消えて、もとの大きさに戻ってるんだよ。だから、増幅が正しい」
「なるほど……条件付きの増幅器、みたいな感じか」
「うん。魔力をためるのが苦手な魔法使いにはもって来い、だろうな……うん?」
あれ、と洋輔は首をかしげると、腕を組んだ。
「どうしたの?」
「…………」
そして数秒ほど考え込み、もしかしたら、と続ける。
「見た目がだいぶ違うけど、似たような効果のものを俺、知ってるかも……」
「…………?」
「唯一品って概念は知ってるか?」
「えっと、世界に一つしかない、みたいなものだっけ」
「そう。その中に、虚空の指輪ってアイテムがあって……、魔力をほとんど持ってない人間でも、それを装備してる間は最高峰の魔法使いに匹敵しうる魔力を持つ、とか。そんな感じだった。確か、ガンスタンアルバスが保有してるはずだ」
ふむ?
指輪か。
「じゃあ、物は試しってことで」
「ん?」
近くに置いてあった銀のスプーンと、さっき作った謎の石を器に入れて錬金。
ディティールはわからないけど、たぶん指輪というからには指輪だろう。ふぁん。
完成したのは、複雑な色の石のついた指輪だった。
石の色が変わってるのが気になるな。
「おい。佳苗。俺は何も虚空の指輪を作れとは言ってないぞ」
「いやあ、性質が似てるならできるかなって。で、似てる?」
「似てるっていうか、そのものに見える」
あ、そうなんだ。
試しに装備をしてみる。魔力が増えた感じはしないな。
魔力を十くらい通してみて……、え? なんか数千倍くらいになってない?
「…………」
とりあえず、指輪を外してテーブルの上に戻す。
すると、身体の中の魔力は元に戻った。よかった。
「ねえ、洋輔」
「なんだ」
「これ怖いんだけど」
「作ったのはお前だ」
返す言葉がなかった。




