08 - 成功ではない未知の正解
店の中にあるもので、銀貨五枚以下の物、特に錬金術に使えそうなものをピックアップすると、これが意外と少なかった。
紙、洗剤、簡易接着剤、インク、石鹸、油、塩、砂糖、砂糖もどき、研磨剤、砂、宝石片くらいか。
あとは無理矢理錬金術に使えるかもしれない、かつぬるぬるしそうなものは昆布とか。
で、あの液体、まあ液体に違いは無いのだから、水を使う可能性が高い。水を使わないならば油か洗剤だけど、うーん。
洗剤はあんまり口に入れちゃいけない気がするし、油って感じではなかったからな。
主材料は水でいいと思うのだ。
補助材料は……、片っ端から試してみても良い、けど、やっぱり口に入れるのはどうかなと思うものがほとんどだ。
うーん……。
まあ、とりあえず食べても大丈夫なものということで、油と塩と砂糖、あと砂糖もどきも手に取ってみる。
片っ端から錬金してみよう。
お店から錬金鍋の置かれた部屋に戻り、まずは油と水を錬金してみる。
…………。
無反応。
まあそうだよな、『水と油』って時点で駄目だと思う。あ、石鹸も入れればいいのか。
台所においてあった石鹸を少し削って、改めて鍋に入れて錬金をしてみる。
無反応。だよね。
よしんば何かが出来たとしても、たぶん違うものが出来る組み合わせだろう、今のは。
で、次に水と塩を入れて錬金。
ふぁんっ。
錬金術自体は発動して、成功もしたけど、多分……。
僕は鍋の中身を見ると、そこには器に入った液体が。
取りだして舐めてみる。うん、やっぱり海水だ。
ハズレ。
次、水と砂糖。これもなあ。なんかなあ。
ふぁんっ。
例によって器に入った液体が鍋の中に。
取りだしてみると、ちょっととろみは付いていた。
舐めるとすっごい甘ったるい。なんか、あんみつの『みつの部分』って感じ。もしくは凄い濃くしたガムシロップ。
まあハズレだ。
次、水と砂糖もどき。
砂糖もどきというのはなんぞや、って感じだけど、『甘い蜜』って感じかな。
砂糖と比べると大分甘さは控えめなんだけど、ちょっと粘り気のある無色透明の液体。
ガムシロップとはちょっと違うけどね。
とりあえず錬金してみて、と。
ふぁんっ。
あ、成功した。また砂糖水か?
それとも何が出来たかな、と鍋の中を見てみると、小ビンに入った液体が。
作りたいやつ、とはちょっと違う気がするけど、小ビンを振るとだいぶぬるぬるとしている感じがする。
例によって左手に垂らしてみると、こっちのほうがお手本よりもさらさらしてるのかな?
舐めてみると、味は……ちょっと甘い。うーん。
一応聞いてみるか。
お店の方へと向かい、お客さんも居なかったのでお母さんに提出。
「お母さん。なんか似てるのはできたんだけど、違うよね?」
「早いわね。こっちに頂戴」
素直に渡すと、お母さんは小ビンを軽く振り、はて、と首を傾げた。
そして数滴を手のひらに移し、「これは……」と、なんとも複雑な声を上げた。
「あなた、何で作ったのかしら、これ」
「砂糖もどきと水だけど……」
「そう……」
「それじゃ、お手本と違うし駄目だよね?」
「……お手本とは違うんだけど」
あれ?
なんかお母さんの歯切れが悪いぞ。
「でも、これはこれで正解と言うか」
「どういう事?」
「私がお手本として渡したものは、そもそも私が原典となるものを再現しようとして作ったものなの。けど、ちょっと原典と比べると粘性……ぬるぬる感のことね、それが強すぎたのよ。で、あなたが作ったこれのほうが、むしろ原典には近いんじゃないかしら……」
ふうん……?
「だから、『合格か不合格か』に対しては『正解』、が答えなの。このケースは想定して無かったわ……」
「じゃあ、僕はまだ続けたほうがいい?」
「いえ、もう良いわ。これが作れるなら、あとは材料さえ解れば、私が渡したものも作れるでしょうしね」
あ、良いんだ。
結構大らかだよな、このあたり。受験的には駄目な気がするんだけど。
「そういえばさ、お母さん。『僕はそっちの考え方か~』みたいな事言ってたけど、アレは何だったの?」
「錬金術師の考え方は、大まかに二つあるの。一つは『手あたり次第にマテリアルを確かめてみるタイプ』、つまりカナエみたいなタイプね。次は『そのマテリアルを知っている人を探すタイプ』、これは私が該当するわ」
「つまり……なるほど、僕が誰かにあれの正体を聞きに行く、って手もあったのか」
そうね、とお母さんは頷いた。
「マテリアルや作りたいものの正体がどうしても自分ではわからない時は、それを知っている人や、それについて書いてある文献を探すのも選択肢よ。今後はそれも考えてみてね」
「はい! ……で、結局それって何なの?」
「潤滑剤よ?」
ジュンカツザイ?
「何それ?」
「まだあなたには必要が無いわね。まあ、遅くとも髭が生えてくるような時期には使う事になると思うし、早めに作れるようになっておくと何かと便利よ」
あ、やっぱりシャークリングオイル的なものだったのか。
でも鮫の油なんて使ってないんだけど。
何か僕が覚え違いをしてる気がしてきた。
「ともあれ。錬金術の方は、もう基本が出来ちゃったわね。あとは色々なマテリアルを、自由に組み合わせてみて、何が出来るのか、そして何が出来ないのかを知るくらいよ。そろそろ比率の事も考えて、どのくらいの比率だと品質が良くなる、悪くなる、というのも覚えると良いわ」
「うん」
「錬金鍋は自由に使っていいわ。ただ、店の中の商品を材料にする時は、必ず一声かける事。いいかしら?」
「はい」
それは当然だ。売り物なんだし。
「で、これからなのだけれど。錬金術のお勉強に一年かけるつもりが、もう終わっちゃったのよね」
「あれ……、そうなの?」
「ええ。正直、さっきの潤滑剤を作るのに何カ月かはかかるだろうと踏んでたのよ?」
そんなものを最初の試練に出すのはどうかと思う。
もうちょっと段階を踏んで貰いたいところだ。
「だから、後は本当の意味での店の手伝いをしてもら――」
と、言葉が途切れたかと思うと、店の扉があいた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
僕とお母さんの声が重なる。
入って来たお客さんは……あれ?
大きな弓を背負った、冒険者じゃ無い、ついさっき、毒消し薬とかを買って行ってくれた人だ。
「主人、ちょっと良いでしょうか」
「はい、どうなされましたか?」
もしかして毒消し薬の効果がいまいちだったとか?
クレームか。
「あの毒消し薬、在庫はいくつありますか?」
って、うん?
お母さんは僕をちらりと見て、困ったような表情を浮かべた。
「申し訳ありませんが、現時点での在庫は棚にある分ですわ。つまり、あと二瓶です」
「そうですか。ならばその二瓶を買います。それと、今後在庫が復活するようならば、予約をしたいのだけれど……」
また、お母さんは僕をちらりと見てきた。
「ご予約ですか。……特級品となると、さすがに供給が不安定でして。必ずしもご用意できるとは限らないのですが」
「それでも構いません。お願いできないだろうか。必要ならば前金を支払っても良いですよ」
ええ……?
僕みたいな子供にでもわかる怪しさだ。
いくらなんでも話が良すぎる。入荷するかどうかもわからないものに前金って……。
どんだけお金を余らせてるんだろう、この人。
「……でしたら、お客様。今日の夕方頃に、もう一度ご来店をお願いしてもよろしいですか? それまでに、どの程度用意できそうか、確認を致します」
「はい。そうして貰えると、こちらも助かります。ご主人、手間をかけてすまない」
「いえ、こちらこそ。それと……もしよろしければ、何故大量に必要なのかを教えていただいても?」
「何、簡単な話です。『私が求めていた品質』を大幅に超える、良品質。あれは数を揃えておきたいのですよ、ウチに」
……ウチ?