79 - 最後の鍵との取引材料
イスカさんとはその後もいくつかのことについて話し合い、僕たちは講堂を後にした。
まあ、ほかの授業の見学という兼ね合いもあるし、イスカさんだって錬金科の学長であって、忙しい人なのだ。仕方あるまい。
ほかに三つほどの授業を見学し、寮に戻った僕たちは食堂で夕食を済ませ、部屋に戻って一段落。
ふう。結構疲れた。
「明日はどうする?」
「んー。そろそろ一日休憩入れたいよな」
「じゃ、明日はお休みで」
「そうするか」
とまあ、そんな感じで明日は特に見学をしないことに。
代わりにいろいろと実験や実証が必要になったし。
実証のほうは難しいから、時間を賭けなければならないけれど、実験のほうはすぐにできるものもある。そっちはさっさと済ませておこう。
「にしても、現代錬金術。あれ、やっぱり魔法的な解釈だな」
「あー。やっぱり洋輔もそう結論するか」
「うん。ただ、最後の鍵が特殊すぎる」
最後の鍵、と洋輔が表現したのは、現代錬金術用の錬金鍋だ。
現代錬金術は、レシピ通りに材料をそろえて、現代錬金術用に調整された錬金鍋を使わなければならない。
レシピという概念はまだしも、鍋の調整に厳密な指定があるという点において、普通の錬金術は一線を画している――と同時に、そこに本質的な何かがあるということを示唆している。
本誌素敵な何か。
それこそが洋輔の言った、『最後の鍵』だ。
「あの鍋、すっげえ複雑な魔法が込められてたぞ。それが『現代錬金術』の正体だと俺は見た」
「魔法による錬金術の再現、か……」
「うん。だから俺は現代錬金術はいいや」
あれ、興味あるとか言ってたのに。
そんな僕の表情を見てか、洋輔はやれやれと首を振りつつ手を挙げた。
「俺の興味なら、あの錬金鍋に仕込まれてた魔法に移ってるよ。そしてそれを作り上げた、イスカ・タイムって人に……かな。なにせ、その魔法の組み方がわかれば、『レシピを作ること』だってできるかもしれねえ。要するに、あの魔法鍋に仕込まれてる魔法はルールブックなんだからさ」
ルールブック、ねえ。
「錬金鍋に仕込まれた魔法が何を参照して、何を認識して、そしてどんな魔法によって結果を出しているのか。それがわかれば……自然と、錬金術についても多少は心得ができるだろうし。だから、俺は現代錬金術はいいや。魔法系をメインに、いろいろと受けることになると思う」
「洋輔らしい、といえば、らしいのかな……」
けど、イスカさんだってかなり苦労してそれを作ったんだろう。
それをそう簡単に再現できるとも思えないけど……ま、やってみないとわかんないか。
「ちなみに佳苗的にはどうだったんだ、現代錬金術」
「んー。ちょっとした法則性みたいなのを学ぶにはちょうどいいかなって思ってる」
「法則性?」
「今日はポーションしかレシピは開示されてなかったけど、レシピ本を全部読めるようになれば、レシピの間の共通項みたいなものも見えてくるかもしれない。そうなれば、僕の知らないマテリアルの使い方も見えてくると思って」
「なるほどな」
「でもさ、洋輔。現代錬金術の授業を受けないとなると、あの錬金鍋、どうやって調べるの?」
「え? …………。あー」
考えてなかったのか……。
そのあたりも含めて洋輔らしいぞ。本当に。
「そうだよなあ。考えてみればあれ、機密の塊みたいなもんだろうし……そうそう簡単には譲ってくれねえか……」
「それ以前に、授業に出ないと接点もないじゃん。ヨーゼフ・ミュゼはカナエ・リバーと相部屋で、カナエ・リバーが錬金術師だって知ってるけど、イスカさん的には『それだけ』だ。渡来佳苗と鶴来洋輔のことは知らないんだから、洋輔一人だと、そもそも会うのも大変だと思う」
「そうだよなあ……ていうか、イスカって人、何歳なんだ?」
「さあ……」
現代錬金術を作り上げた人、ということは八十年前くらいにはすでに第一線だったんだろう。
…………。
あれ?
見た目的には壮年の男性だけど、実はすごい老齢なんだろうか。
「まあ、錬金術で年齢はある程度なんとかなる……のかな? 賢者の石もあるわけだし……」
「なんだろうな、すっげえ雑だけど妙に納得しそうになる」
「いやあ。だって錬金術だよ。不老不死が目標ってよく聞くじゃん。そこまでは至ってなくても、ある程度の長寿くらいは実現しててもおかしくないし」
「ごもっとも。しかしそうなると、ちょっと使えなさそうか……」
「使えないって、何が?」
「俺の常套手段……他人に取り入るのは結構得意なんだけどなー。相手が老人だと、いろんな意味で通じねえからなあ」
老人には通じない……?
ああ、亀の甲より年の劫、洋輔程度の仕掛けじゃ見抜かれるってことか。
納得。
「どうすっかな……」
「洋輔のお願いなら、僕、一個くらいはもらってくるけど」
「いやあ、機密の塊だぜ。タダではもらえねえだろうし、交渉が必要になると思う」
「んー。対価はこっちからいくつかマテリアルを教える、とか、何かしらの錬金をやる、とか、そのあたりで大丈夫だと思う。交渉も、まあこっちが積めば何とかなるでしょ」
「……いいのか?」
「いいよ。そのくらい、別に」
大した苦労もないし。
僕はそう答えつつも、何を対価として教えるかなあ、と考え始める。
エッセンシア系列のマテリアルを交渉材料にできないかな……ちょっと厳しいか?
イスカさんのことだ、あの十八種全部作れるだろうし、使い方や効果も知ってるだろう。
となるとそれよりもさらに先を示さなければならない。
エッセンシアの表しの指輪……は、マテリアルを置き換えるだけだしな。交渉材料にはならないだろう。
この方向性でさらに先、となると表しの指輪の改良版を作らないといけないなあ。
エッセンシアと凝固体の方向性で行くならば、十九種類目の発見か……?
うーん、でもかなり時間をかけて世代をかけて、ようやく十八種、とほとんど確定したのだと思うと、ちょっと前に錬金術を覚えたばかりの僕が十九種類目を見つけられるとは考えにくいし。
「……かき氷にしようかなー。それなら、交渉材料になりそうだし」
「は? ……かき氷でどうやって機密の塊と交換するんだよ」
「発想自体は、たぶん僕以外にも何人かしてると思うんだけど、完成品は見たことないし。となると錬金の難易度も高いかなー。それでもまあ、試すくらいはやってみないとだし」
「いや、かき氷くらい簡単に作れると思うぞ」
…………。
「いや。かき氷はたとえだよ、たとえ。僕が言ってるのは、エッセンシアのこと」
「それがどうしてかき氷になるんだ」
「洋輔はかき氷、たしかレモン味が好きだよね」
「おい、話が飛んだぞ。あと俺が好きなのはレモン味じゃなくて、レモン味とメロン味を半分ずつかけた奴だ。あの贅沢感と名前の紛らわしさが最高!」
うん、知ってた、と僕はうなずく。
何度も聞いた話だ。
「…………」
そして、それをあえて今聞いたことで、洋輔は僕の発想を理解したらしい。
「……いや、できるのか?」
「やってみないとわからない――やる前からできないと決め付けてたら、できるものもできなくなるしね」
寝室、僕の勉強机の上に放置してあったエッセンシアや材料を一通り、魔法でお盆を作ってその上に載せ、ダイニングの机に戻る。
すると洋輔は椅子に座っていたので、
「洋輔。これ適当においといて」
「おっけ」
とパス。僕はそのまま物置へ。
物置の棚、鍵付きのほうからもいくつか、使いそうな材料を確保。
紐……じゃないよなあ。たぶん特異マテリアルを使うことになるんだけど、その特異マテリアルが何かがわからない。
中和緩衝剤?
……あれは『同じものを混ぜない』だから違うよな。まあ、広義では同じっぽいけど、なんかニュアンスが違う。
方向性的にはこれでいいはずだし、ならば中和緩衝剤にちょっと、何かしらの細工をすればいいのか……?
いろいろと考えながらダイニングへ戻ると、洋輔はエッセンシアの数々をテーブルの上にきちんと並べてくれていた。
「さて、じゃあ試行錯誤を始めないとね……」
「作れるといいな」
「うん。洋輔のためにも、僕のためにも」
とりあえず、最初に試すのはカプ・リキッドとエリクシルで行こう。
魔力を回復するカプ・リキッドと、傷をいやす――体力を回復するエリクシル。
どちらも回復するという共通項は持っている。たぶん、変な現象が起きるとかはないはずだ。
「そもそも賢者の石……エッセンシア凝固体には、『同種類、二つのエッセンシア』をマテリアルに要求する。だから、賢者の石は青と青、金の魔石は黄と黄……同じ色、だけど微妙に色合いの異なる二つが、混ざらずに奇妙な、それでもきれいな感じになるんだよね」
僕が手に取ったのは、カプ・リキッド三級品、エリクシル二級品――そして、中和緩衝剤。
それを一つの器に入れて、錬金術を試みる。反応なし。
おおむね予想通りの結果だ。
「……俺、実は佳苗が錬金術を失敗したっぽいの、初めて見たかもしれねえ」
「確かに、このところは大体成功してたからね――まあ、事実上の失敗は結構あったけど」
「え? でも大抵何かできてただろ?」
「想定してたものとだいぶ違うものができたことも結構あるんだよ。そういう意味での失敗ってこと」
なるほど、と洋輔はうなずいた。
そう。
僕が今回、取引の材料として作成を試みているのは、『二種類のエッセンシアによる凝固体』だ。
発想の元はかき氷。
二種類のシロップを選べるタイプのお店がお祭りであったりすると、洋輔が決まってレモンとメロンの二つを選んでいたのを思い出してのことである。
ちなみに僕はブルーハワイ派だ。あのおよそ食べ物とは思えない感じの色が実に好み。
「うーん。変なものができちゃうよりかは、こうやって無反応であってくれるほうが助かると言えば助かるけど、まったくヒントがないんだよね」
「なあ、その中和緩衝剤……だよな、その粉って、そもそも何のために入れてるんだ?」
「同じものを混ぜない、ってマテリアルでね。エリクシルとエリクシルを錬金すると、エリクシルになっちゃうところを、中和緩衝剤で阻害して、賢者の石にできるって寸法」
「なるほど。けど今回は別物なんだからいらねえんじゃねえの?」
それもそう。
器の中から中和緩衝剤を取り出し、もう一度、錬金を試みる。ふぁん。
あ、なんかできた。
「……なにこれ?」
「いや、俺に聞かれても」
完成したのは、器に入った液体だ。
器、は瓶の形状で、この形状は特に形状を指定していない場合のエリクシル――をはじめとする、エッセンシアたちと同じである。
が、その器の中に入っている液体は、少なくとも僕の知らないものだった。
まるで内側に衝立があるかのように、二色の液体が混ざろうともせずに、『横』に並んでいる。
……ミルクティーとかカフェラテとか、あとは飲んだことがないけどカクテルとか、そういうのは『縦』に並ぶよね。
たとえばいちごミルクは、牛乳部分といちご部分がきっちり分かれてるやつがあるけど、その場合はたぶん重さの都合で、いちごの赤色が下に固まり、牛乳の白が上に浮かぶ。
そういう別れ方なら、まあ、まだわかる。
けど今作ったものは、横に並んでいる。僕から見て左側が青、右側が黄色。
たぶんエリクシルとカプ・リキッドだと思うけど……。
屈折かなにかの都合で衝立が見えないだけかな?
蓋をしめた状態で手に取り、容器を横にしてみる。
ゆらりと液体は揺れ、左側に青、右側に黄色という状態が維持された。
その後、一通り傾けてみると、ゆらりゆらりと液体は揺れて、どうやっても左側に青、右側に黄色。方角か何かで固定されてるのかな?
容器の内側でそういった変化があるということは、見えない衝立があるわけではないようだ。
「……材料的に、危険はないはずだし」
といいつつ、一応特級品の毒消し薬とエリクシルを手元に用意しつつ、開封。
一滴、手の甲に垂らし……、あれ、垂れてこない。ていうか器の中から出てこないぞこれ。
仕方がないので容器の中に指を入れてみると、ぷにぷにという感触。ゼリーを直接つついた感じだ。液体のように見えて固体らしい。
ヘラを使って容器から強引に取り出す……ああ、できた。魔法で作ったお皿に移動。
すると、容器の形を維持したまま、それはぷにっとお皿の上へ。色は変わらず、左に青、右に黄色。
「洋輔。このゼリー、食べてみる?」
「断固拒否する」
だよね。




