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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 ちょっと違った学校生活
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78 - 無自覚な躍進

「おーい、佳苗。そろそろ出ねえと、授業間に合わねえぞ」

「げ」

 もうそんな時間か、と僕は手元のものを整理する。

 表しの指輪でエリクシル以外に完成したのは、フラムエッセンシア(橙色だ)、ポワソンイクサル(これは紫色)、ワールドコール(灰色のやつ)、カプ・リキッド(黄色いの)。

 すべてエッセンシアの類である。

 どれがどの指輪かわからなくなるのを防ぐために、指輪の宝石の色とエッセンシアの色を合わせることにした。

 幸い、宝石には結構な在庫があったので、色は適当にでっち上げられたしね。

 ……宝石としてはどうなのかとか、そういうところはさておいて、まあわかりやすいしいいと思う。

 ポーションと毒消し薬の表しの指輪は合体させちゃったけど、エリクシルはどうしようかな。全部で十八種類ともなると桁数ばっかり増えるし読みにくいよな。合体はあきらめるか。

 などと考えつつ、指輪を全部ネックレスに通す。……でもなあ、あと十三個増えると思うと、やっぱり圧縮したいというか。色々と考えなければならないな。

 あと、この表しの指輪を製作する時、ちょっと間違って血液を入れてしまい、意図しないエッセンシアが完成した。

 黄緑色のエッセンシア、キラ・リキッドだ。凝固体の名称は、賢愚の石となっていた。

 ほとんど流れ作業的に作っていたので追加マテリアルの特定がちょっと大変だったけど、賢者の石が一つ減っていたので、試しにそれを試してみたら正解だった。よって、キラ・リキッドに要求される追加マテリアルは血液と賢者の石である。

 当然、賢者の石をマテリアルとするため、その品質は最初から高い。というか、推定特級品で完成していた。

 それが二つあるので、一つは自棄気味に二百倍に希釈、品質を思いっきり下げて表しの指輪の作成を試みたのだけど反応なし。

 さすがに二百倍はだめらしい。

 要研究だ。

 とまあ、そんなこんなで慌てて準備を終えて、僕はすでに玄関で待機していた洋輔のもとへ。

「お待たせ」

「ん。急ぐぞ」

「うん」

 今日は現代錬金術の授業の見学を主体にすることは相談済み。

 さて、何か面白いことが分かればいいのだけれど……。

 移動に二十五分ほどかけ、たどり着いた講堂は比較的広めのところだった。

 現代錬金術用の行動と比べると、たぶん縦横幅ともに二倍くらい。

 さらに設備面でもちょっと特殊で、この学校では珍しく、机は一人用のものが横に並べられている形である。

 ただ、机は単に並んでいるのではなく全体で大まかに円になるようになっていて、椅子は外側。自然と、円の中心に視線が向かう形になっている。

 それだけではない。それぞれの机の上にはいくつかのものが置いてあった。

 一つは教科書。もう一つはティッシュ箱サイズの、奇妙な模様が刻まれた器でたぶん錬金鍋。最後に箱詰めされている薬草と水入りの小瓶、その他諸々。

 何をさせたいのかがあからさまにわかるな、これ。

 ちなみにこの授業、見学場所の指定がないので、僕と洋輔は出入り口に近い、二つ並んだ席を確保し着席。

 授業開始まで十分ほど、ほかに見学に来ている生徒は二十人ちょっと。まだまだ増えそうだ。

「おや」

 と。

「カナエくん。お久しぶりだね」

 そう声をかけてきたのは、円の内側を忙しそうに移動していた壮年の男性――イスカさんである。

「お久しぶりです、イスカさん」

 頭を下げると、イスカさんは苦笑した。

「それと、そちらはヨーゼフくんだね。初めまして」

「初めまして。えっと……」

「イスカ・タイムだ。後で自己紹介はするが、錬金科の学長もやっている。イスカと呼んでくれたまえ」

 そう言いつつ、イスカさんは僕に近づくと小声で言った。

「この授業が終わった後、しばらく残ってくれるかね。少し確認したいことがある」

「はい。わかりました」

 イスカさんは用は済んだ、と言わんばかりにまた作業に戻る。

 確認したいこと……なんだろ?


 現代錬金術基礎の授業は、なんとも無難な形に行われた。

 案の定、ポーションの作成が今回の目標で、今日のこの授業を見学したのは結局、新入生在校生合わせて三十二人。

 うち、ポーション作成に成功したのは十三人と、まあまあな数字だった。もちろん、僕と洋輔はこの十三人に含まれている。

 で、

「今日、この授業内でポーションの作成に成功した者たちは、少なくとも現代錬金術において適性は認められる。授業を受けることを勧めよう。華々しいキャリア、『錬金術師』の称号を将来的に得られないとも限らないしな。逆にこの授業内で作成できなかったものでも、そう悲観することはない。見学期間内に何度でも受けて、一度でも成功すればよいのだから」

 とは、イスカさんの談。

 この後すぐに授業の終わりを告げるチャイムが鳴り解散となって、生徒たちがそれぞれ帰路に就いた。

 ちなみに僕はもともと錬金術が使えたこともあって一瞬で成立してしまったのだけど、洋輔も三十秒ほどの試行錯誤……とも言えないような工夫程度で成功させていた。

 ほかに成功させた生徒たちも、おおむね最初の十分ほどで成功させていたようである。感覚に依存するということは、つまりそういうことなのだろう。

 逆に、第二学年の在校生、先輩の一人は、授業が終わる五分前に何とか成功させた。ちょっと珍しい例だったようで、イスカさんが喜んでいたのが印象的だった。

 さて、解散から五分ほど。すでに僕と洋輔以外の生徒は講堂から消えていて、部屋にはただ三人だけとなっている。

「やあ、カナエくん。あらためまして、久しぶり。ヨーゼフくんには話してあるのかな?」

「改めまして、お久しぶりです、イスカさん。当然話していますよ。相部屋ですし、隠し事をするのも無理があります」

「ならばいい」

 満足そうに頷き、イスカさんは僕と洋輔が座っている机の前に椅子を置き、そこに座った。

 一段落、といった様子だ。

「マリージアから少し、話は聞いている。オールベルやトーラーと会ったのだろう?」

「はい。どちらもいい先輩ですね……オールベルさんはなにかと僕のことを気遣ってくれますし、トーラーさんも贈り物をくれましたから」

「そうか。……うん? トーラーから贈り物?」

「エッセンシア凝固体の詰め合わせです」

「…………、」

 イスカさんはすう、と目を細めると腕と足を組む。

 意図を理解しかねる……という感じか。

「もう自分には必要ない、見たいなことを言ってましたよ」

「ふうん……そうかい。となるとトーラーのやつ、エッセンシアの錬金に成功したか。……あの詰め合わせを作ったのは私の血縁でね。まあ、タイムと書いてあっただろうから想像はついただろう」

 はい、と頷く。

「あの箱の中身は、いわば錬金術師が至るべき最果て。昇華の授業は、最初がそれの錬金が目標となる。エリクシル以外の一つを作るのだって大変だろうが、君には頑張ってほしい。期待しているよ」

「はい。努力します」

 実際、十八種コンプまでは結構時間かかりそうだしな……。

「その努力の手助けになるかもしれないヒントを一つだけ。まず、エリクシルではないものが一つでも作れたならば、君はエクセリオンを目指すべきだ。それは身体的な負担を大きく下げてくれる効果を持つ」

 身体的な負担……?

「というと、血ですか?」

「……驚いた。すんなり血が出てくるとは……もうそこにはたどり着いているのかい?」

「いえ、血を使うということは、トーラーさんに助言してもらったんです。まあ、それ以外のことは教えてくれませんでしたが……。ちょうど、その日マリージアさんから、術者の血液が特異マテリアルだ、という話も聞いてたので」

「なるほどね。あの二人なりに、あるいはカナエくんに何かを感じているということか……」

 うん?

 単なるヒントだと思ったんだけど、違うのかな。

「血液という特異マテリアルは、錬金術をある程度解している――ある程度強引に使える者でもないと扱えないのだよ。それに加えて、一回ごとに軽視できない量を使うからね、身体的、肉体的負担もある。そう大量に確保できるものでもない」

「そうなんですか……」

「それなら、カナエはエクセリオン……だっけ、それは後回しでよさそうだな」

「そうだね」

「うん? ……いや、最優先するべきだろう。必要もなく痛い思いをするのはどうかと思うしな」

 うーん……。

「僕も最初はそう思ったんですけど、ヨーゼフに相談したら意外な解決策が見つかったんです」

「意外な解決策……というと?」

「『血を出すのが嫌ならば、血を作ってしまえばいい』」

「…………」

 イスカさんは何言ってるんだこいつら、といった様子で僕と洋輔を交互に見た。

「待ってくれ。えっと、血を作る? 錬金術で作るということかね?」

「そうです」

「……作れたのかね?」

「作れましたよ。一発で」

「…………」

 信じられん、とイスカさんは小さく小さくつぶやいた。

 あれ?

「えっと、作れちゃまずかったですか?」

「まずい、という訳ではない。むしろ歓迎するべき躍進というべきかな……それは錬金術師にとって一種の命題でね、『血を作る』というところまでは、成功させている錬金術師もちらほらといる。かくいう私もそうだし、トーラーもだな。カナエくんの周りだと、サシェもおそらく、そこまでは到達していたと思う。だが、同じ地平にいるであろうマリージアはまだそこには至っていない」

「そうなんですか。意外ですね」

 マリージアさんならさっくり作れそうだけど。

「そうでもない。血液の錬金となると、治癒の領域がどうしても入ってくる。マリージアは昔から、治癒に関する錬金が苦手だからな……それでも平均は超えている、優秀な錬金術師なのだが、サシェはその分野において敵なしだった。そのあたりが今も、マリージアにとっては劣等感らしい」

 苦手と得意……か。お母さんも、治癒系が得意だとは散々言ってたし……。

 僕が毒消し薬をあっさり特級品で作れたのも、お母さんから才能が遺伝しているから、なのかもしれない。

「が、私たちに作れる血液は、『血液』なのだよ。間違いなくそれは血液だが、しかし自分のものではないし、誰のものでもない。血液のような何かは作れても、それは血液ではない――だから、それをマテリアルにしたところで特異マテリアルにはならない。それが問題だったのだ」

 ふうん。自分のものだ、って関連付けをしてないから、って気もするけど。

「…………」

「…………」

 そして、イスカさんは言いにくそうに黙って僕を見てきた。

 なんとなくわかる。これ、たぶんイスカさんが僕に会いに来た時と同じような感じだ。

 あの時は生命の指輪という道具の確認に来たんだっけ。懐かしいな。

 ……というか、生命の指輪、作ったは作ったけど使ったことないぞ。宝の持ち腐れって感じがする。今度売り払っちゃおうかな?

「……えっと、二人とも、どうしたんだ?」

 と、沈黙に耐え切れなくなったらしい洋輔が口を開く。

 僕は苦笑し、しかしイスカさんはやっぱり言いにくそうな表情のままだ。

「いやあ。お互いに『解ってる』んだけど、イスカさんからは言い出しにくいし、僕としてもどうしようかなあ、と悩んでる。その結果がこの沈黙なんだよ」

「わかってるならさっさと言えよ。この空気の中、俺だけわかってない状態で不安になるのは避けてくれ」

「それもそうだね」

 洋輔に無駄な負担をかけても致し方あるまい。

「条件を付けますけど、いいですよね」

「うむ」

「エクセリオンの効果を教えてください。それが引き換えです」

「いいだろう」

「おい。結局話が読めねえぞ」

「『術者の血液』のマテリアルを教える条件だよ。取引ってこと」

「ああ。なるほど」

 あっさりと頷き、洋輔は黙った。

 …………。

 どうやらまるで分らないとか言っておきながら、若干のあたりはついていたということか。

 さすがの直感力だよなあ。

「僕が使ったのは、『豚肉』『賢者の石』『唾液』『水』です」

「……豚肉?」

「別に鶏肉とか牛肉とか、兎の肉でも大丈夫だと思いますけど。偶然手元にあったのが豚肉だったんで」

「そうか……」

 想定外のマテリアルだったようで、イスカさんは複雑な表情を浮かべて頷いた。

「感謝しよう。取引だ。エクセリオンの効果、それは『術者の血液の代替品』だよ。ただし、『術者の血液』とは異なり、別人が作ったものでも扱える。それと、エクセリオンの凝固体は重の奇石――完成品を『二セット』にする、という特異マテリアルだ」

 って何その便利道具。

 やっぱり優先して作ろ。

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