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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 ちょっと違った学校生活
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77 - タクラの到達点

「ニムからもらったノートにも書いてあることだし、ミュゼとして知っていることでもあるんだけど……そもそも、魔法って技術は新参者でね。錬金術って技術のほうがよっぽど古くからあったのさ。錬金術があって、そのあとに魔法ができた。まず、その点を頭に入れておいてくれな」

「うん」

「まず結論を言おう。佳苗が作ったものは『タクラの魔石』が目指したものだ」

「目指したもの?」

「うん。究極的な意味で、タクラって家系が目指したものと言ってもいいかな」

 タクラが目指したのは、魔力の物質化、だったか。

 通常、眠ると霧散してしまう魔力を、あらかじめ物質化して固定化することで魔力の保存を試み、必要な時に必要な分だけかき集めることで、膨大な魔力として扱えるようにする……と。

「さっきも言ったけど、タクラが現状で到達してるのは、そうだな、ここでは花子さんと太郎さんを例に挙げるか」

「誰」

「匿名の凡例ってことで」

 納得。でもすごいセンスだな、洋輔。それ、僕たちの世代じゃないぞ。

 ……いやそうでもないな。クラスメイトにいたし。少なくとも太郎くんは。

「ここでは花子さんと太郎さんがタクラの技術を獲得している、と仮定しよう。そのうえで、花子さんが物質化した魔力と、太郎さんが物質化した魔力があるとする。現状のタクラでは、花子さんが物質化した魔力は、花子さんにしか使えない――それはつまり、『太郎さんが物質化した魔力』を花子さんは魔力として扱えないってことでもある。もちろん、タクラとしてはそれをなんとか改良しようと頑張ってるんだろうけどな。もし物質化した魔力を、誰でも簡単に扱えるようになれば、それは革命に近い。魔力を売れるわけだからな」

「ああ……確かに、そうなるね。そう考えたとき、魔力って売れるのかな?」

「売れる。地球で無理やり比喩するなら『何にでも使える何にでもなりうる無色透明のエネルギー』だぜ、魔力って。火を起こすのも水を作るのも熱を冷ますのも全部できるし、防衛魔法とか攻撃魔法にも使えて、回復魔法のエネルギーにだってなる。そんなものが売れないわけがねえ。一般家庭で買おうとする奴が現れるかどうかは値段次第だが、冒険者とかならば多少高くても買うだろ。命には代えられねえ」

 ごもっとも。

「話を戻すぜ。で、さっき佳苗が作ってくれたアレ、金の魔石だったか、あれを使ってちょっと魔法を使ってみたんだよ、俺」

「そうなの? ……特に何も起きてなかったように見えたけど」

「回復魔法を無駄遣いしただけ。俺たちは怪我も病気してなかったから、全部不発になったんだろ」

 無駄遣い……なのかな?

 まあ、病気をしてないのが分かったならそれはそれでいいか……。

「問題はそこじゃねえよ。『金の魔石を使えた』ってところが、問題なんだ」

「なんで?」

「だからさ。『タクラの技術では、魔力を物質化したものを他人は扱えない』……だろ? けど、今、『佳苗が魔力を物質化したものを俺が使えた』んだぜ?」

 あ。

「タクラの魔石が金の魔石と似てるのは、原典と再現って意味なんだろう。じゃあどっちが原典か……って話だが、金の魔石、錬金術側のほうが原典だ」

「錬金術のほうが先にあったから……?」

「そう。しかも効果的にも上位互換だろ?」

 ちょっと乱暴な気もするけど、強く否定はできないところだな……。

 しかしそうなると疑問もある。

「錬金術師の中でも『賢者の石』に色の違うものがあって、そもそも『賢者の石』自体がエッセンシア凝固体の一種にすぎない、なんてことを知ってるのは、たぶんものすごい一部だと思うよ。実際、僕も昨日までは考えもしなかったし。そんなものをどうやって、タクラの一族は知ったんだろ?」

「うん。そこは考え方が二つある。一つ目は単純に偶然、それに触れたって説」

「ほとんど奇跡じゃん、それ」

「千年単位で見れば一度くらいは起きてもおかしくない事だろ?」

 それもそうか。

「けど、本命は二つ目だな。『そもそもタクラは錬金術師だった』って説だ」

 洋輔の言葉に、僕はなるほど、と頷かざるを得なかった。

「魔法使いが錬金術を使える、というのと、錬金術師が魔法を使える、というのは同じようで別物だ。お前は後者、『魔法が使える錬金術師』……たぶん、最初のタクラもな。けど、今のタクラの本質は前者だろう。タクラはあくまで魔法使い、錬金術も場合によっては使える、かもしれない程度なんだと思う。あるいはもはや錬金術を使えないのかもしれない……魔法で強引に錬金術の一部を再現してるだけなのかもしれねえし、錬金術とは関係のない魔法だけでの再現をしているのかもしれない。それが、『タクラの魔石』と『金の魔石』の差に直結しているというのが、俺の仮説だ」

 本来の手順で作ったものが『金の魔石』――本来の手順で作っているからこそ、それは本来目指している効果をすでに獲得している。

 異なった手順で作るものが『タクラの魔石』――本来の手順ではない魔法によって作っているから、効果は大分落ちてしまっている。

 可能性としてはどうなのかな。

 そもそも錬金術を魔法で再現できるのかどうか……、もしそれが可能ならば錬金術の価値は……、ああ、それが現代錬金術ってものがあるのか。

 現代錬金術はレシピを用いる。材料と結果が最初から決まっていて、そこに行使の感覚を用いることで、レシピ通りにものができる。

 それは言い方を変えれば、結果は発想で、材料が連想だ。『発想と連想』による『行使』、つまり魔法的な解釈をした錬金術、か。

 まあ、一つのレシピを作り出すだけでも大変な行為だろうに、それをある程度まとまった数のレシピを纏めて形態化されたのが現代錬金術……だとしたら、タクラの人たちが何世代もかけてただ一つ、金の魔石を現代錬金術的な解釈で再現しようとし、そしてある程度の成功を収める可能性は否定できない。

 『だとしたら』。

「僕も仮説ができたよ。ちょっと試してみたいことがあるんだけど、洋輔、手伝ってくれる?」

「ん? 何を手伝えばいいんだ」

「もう一度金の魔石を作るから、それを使ってみてほしいんだよね」

「別にいいけど、どんな仮説だ」

 よし。

 オッケーをもらったので材料をかき集め、まずは黄色のエッセンシアこと、カプ・リキッドを一つだけ作成。

 別に空っぽの器を二つ用意、そこに完成品の二割ほどと一割ほどを慎重に流し込む。

 これで比率は一対二対七。

 で、水をそれぞれ九、八、三と流し込んで、カプ・リキッド七に水が三入ったものを再度錬金、改めてカプ・リキッドとして定義、ふぁん。

 僕の経験上、一度錬金術を挟めばたぶん、別物として扱われるはず……一応実証のために、改めて錬金された方のカプ・リキッドを一滴掌に垂らすと、改めて錬金された部分だけが消滅した。

 一方、水で薄められた残り三割のほうは残っている。これならいけるだろう。

「僕の仮説は、そのタクラの人たちの再現が、事実上、現代錬金術なんじゃないか……ってことだよ。現代錬金術はレシピと呼ばれる概念を使っていてね。完成品と素材があらかじめがっちり指定されてる……その上で行使することで、錬金術が実行される仕組みらしい」

「……なるほど、魔法の発想に完成品が、連想に素材が当たるわけか」

「そう。でも、現代錬金術には致命的な問題がある。品質だよ。どんなに頑張っても七級品までしか作れない」

 僕が作るカプ・リキッドの品質は、比較対象がないから不明だ。

 しかし、エリクシルの品質は最近徐々に上がってて、適当に作っても三級品、たいていは二級品程度のものになる。

 金の器を使えば今なら特級品も狙えるかもしれない。今度やってみよう。

 まあともあれ、カプ・リキッドとかの変質エッセンシアでも、たぶん品質に劇的な変化はない。

 あっても一段階か二段階下がる程度だろう。かなりおおざっぱに考えても、まあ、五級品程度だと推定。

 そう。適当でも、五級品くらいの可能性があるのだ。

 これをもっと引き下げる――そのために水で希釈する。水で希釈すれば品質は落ちる、これはポーションにせよエリクシルにせよ毒消し薬にせよ、共通して可能なことである。

 とはいえ、今回はちょっと特殊なので、一対九にしたものと二対八にしたものをそれぞれ再度、ふぁん、ふぁん、と錬金して再定義、これで別個の、そしてきわめて品質の低いカプ・リキッドになったはずだ。

 それらをマテリアルとして、中和緩衝剤といっしょにふぁん。

「無事、完成っと」

「完成はしてるけど……なんか、さっきのより色が濁ってねえか?」

「品質が低いからだろうね。光り方も薄いでしょ」

「言われて見れば……」

「で、洋輔。これを使ってみてくれる?」

「ん」

 洋輔に投げ渡すと、洋輔は金の魔石を握りしめる。

 そして、魔力を流したようだけれど……あれ、と洋輔は首を傾げた。

「駄目だ。これ、俺には使えねえよ」

 金の魔石を投げ返しつつ洋輔はぼやいた。

 やっぱりか。

 僕は受け取った金の魔石に魔力を流して、適当に防衛魔法を張ってみる……と、握っていたはずの金の魔石は消滅し、防衛魔法は展開された。

 僕が持っている魔力に変動は無し。魔石を魔力として扱えたようだ。

「うん。まあ、推測は正しかったかも」

「説明。してくれるよな?」

 もちろんと頷き、僕はノートにペンを走らせた。

 錬金術による完成品の品質、がもたらす効果の変質。

 特に顕著に表れるのは毒消し薬。

 品質が低いとある程度までの毒を消せる程度だけど、品質が高ければほとんどの毒を消せるし、特級品にもなると一部の病さえ治してしまう。

 これは言い換えれば、もともと毒消し薬は病さえ治せる効果を持っているんだけど、品質が下がるごとに機能がちょっとずつ削られている……ともなるわけだ。

 これと同じ現象が、金の魔石にも起きているのではないか。

 金の魔石はもともと誰でも使えるような機能を持っているのだけれど、品質が落ちることでそこが削られてしまう。つまり、作った張本人にしか使えなくなっているのではないか。

「それを実証するには、品質の低い金の魔石を作ればいい。洋輔に使えなかった方は、まさに品質を落としたものだから……」

「なるほどな。だから俺には使えなかった、と……佳苗が言いたいことはわかった。つまり、もしタクラの連中の技術が現代錬金術の延長上にあるようなものならば、どうやっても七級品までしか作れない。だから『他人に使える状態にはなっていない』、というのがお前の見立てか」

「うん。でも、まだ絶対に無理とは言えないかな」

「なんでだ」

「まだ僕も現代錬金術の授業を受けたわけじゃないから断言はしかねるけど、基本的にそれで作れるのは九級品なんだよ。そこに応用的な、ちょっと難易度の高い材料を追加して、品質を上げる……、のだと思う。だから、タクラの魔石が金の魔石としての九級品にすぎない可能性もあるわけ」

 その場合は上に八級品、七級品があるわけで、もしかしたら八級品、それがだめでも七級品ならば他人にも使える状態かもしれない。

 そういうことだ。

「ふうん……、品質ねえ。そういや、ポーションとかは指輪みたいなやつで品質を確認してたけど、それの亜種とかねえの?」

「どうだろう。ポーションの応用で毒消し薬は、作れたけど。同別の法則って言ってね、同じものの別の品質、具体的には九級品と特級品をマテリアルに要求するんだよ。品質を落とすのはともかく、上げるのは大変だから……」

 うん?

 品質を上げる……?

「いや、そうでもないかも?」

 賢者の石を使えばどうにでもなるんじゃない?

 エリクシルのマテリアルに賢者の石を追加して錬金、ふぁん。

 うん、かなり品質の高いエリクシルが完成。十中八九、特級品だ。

 銀の塊をふぁんと指輪に錬金、紐と空き瓶。最後に薬草を二つ。これらを全部マテリアルとして魔法の器に投入、『段階を分ける』魔法も含めて錬金、ふぃん。

 無事完成。『表しの指輪:エリクシル』っと。

「いやあ。そういや賢者の石を使えば強引に作れるんだった。忘れてたよ」

「…………。いや、俺、錬金術は本当わかんねえんだけど、なんか理不尽が起きてるんじゃねえの?」

「気のせいじゃない?」

 他のエッセンシアに対応するやつも賢者の石を使えば作れそうだな。やってみよう。

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