75 - うとうとアドバイサー
寝る前、ベッドの上。
僕は改めて賢者の石とエリクシルたち……改め、エッセンシア凝固体、およびエッセンシアが納められた箱を眺めていた。
いや、改める必要もないか。
実際これまで僕が見てきた、そして作ってきたものは賢者の石とエリクシルに他ならないのだ。
ただ、そのマイナーチェンジ版が大量にあって、それらを総合していうとき、別の言葉が用いられるというだけで。
それもごく一部の専門家くらいしか知らない事なのだろう。普通はそんな知識を必要としないだろうし……そもそも、錬金術師だとしても、賢者の石やエリクシルにこのような別バージョンがあるとは知らない人のほうが多いんじゃないかろうか。
あの二人は何も言わなかったけど、だからこそ、このエッセンシアやエッセンシア凝固体という概念が、『昇華』の域にあるのはそれとなく示唆しているし……。
マテリアルはエリクシルのものをベースに、術者の血と、プラスアルファだろう。十八種、うち一つがエリクシルになるとしても、残り十七種。
とりあえず適当に混ぜてみれば何種類かは作れるだろう。
作れるだろうけどなあ。
血かあ。
血なあ。
やだなあ。痛いのは。
注射器を作るにしても、アレ、上手にやれるのはお医者さんとか看護師さんくらいだろう。
当然僕はそんな技術を持っていないし、そもそも注射って怖いよね。よって却下。
となると指先とかをちょっと切る感じ……? やだなあ。
「ねえ、洋輔」
「なんだ……ふぁあ」
と、話しかけたら大あくびで返された。
「あ、ごめん。もう寝てた?」
「いや。うとうとはしてたけど……」
それはもう、ほとんど寝ていたというものな気がする。
悪いことをしたな。けどまあ我慢してもらおう。
「あのさ。相談があるんだけど」
「うん……?」
「僕が怪我したとき、回復魔法お願いできる?」
「…………」
洋輔はしばらく無言になり、ため息をついたかと思うと上半身を起こし、僕の頭にこつんと拳を当ててきた。
「当然だろ。けど、なんで今更そんな確認を?」
「……んー。実は、錬金術のマテリアル……材料として、術者の血が必要なんだよね」
「術者の血……?」
「うん。僕の場合は、だから、僕の血が必要」
「……つまり、怪我っつーより、自傷行為か」
「そうなるね」
決して、やりたいことではないのだけど……。
僕がそんな表情をしていたからか、洋輔は茶化すように言った。
「あのさー。俺、錬金術は詳しくねえから、もしかしたら土台無理なことかもしれねーんだけど、一応一つ聞いてもいいか?」
「うん。といっても僕も、錬金術が使えるだけで詳しいわけじゃないけど」
「血、作れねえの?」
「…………」
いや、それは……、えっと、どうなんだろう?
血。血液。そもそもそれは赤血球とか白血球、血小板とかを含む体液の一種、だよね。だからそれらの材料になりうるものをそろえれば、まあ、理論上は作れると思う。
問題は『術者の血』と厳密に指定されている点で、それはたぶん遺伝子的なもので判別がされている……のだとしたら、遺伝子レベルで指定して作っちゃえばそこはいいのか。
ならば、血の具体的な材料は何だろう。詳しいところは保健体育とか理科の授業じゃさすがに習ってないよな。中学校とかならもうちょっと詳しく教えてくれたんだろうけど、僕が知りうる範囲だと、血の材料は酸素を運ぶ赤血球、体調を管理する白血球、傷をふさぐ血小板、だ。
で、血が赤く見えるのは赤血球、に多く含まれるヘモグロビンとかいうものが原因で、それ以外も真っ赤というわけではない、とか……。家庭医学系の番組でほんのちょっとだけ見たけど、当時の時点で僕は血が苦手だったので……まあ、詳しくは見ていない。
ヘモグロビンってそもそもどんなものなんだ。ビタミン……? 違うか。
でもまあ、人間の体なんてものは食べてるものでできているのだ。食べられるものから作れるものには違いがないはず。
えーと、家庭科か何かの授業でやった三大栄養素を思い出そう。
そう、体を作るのは……なんだっけ、タンパク質だっけ?
じゃあ、タンパク質から血は作れるのかな? ちょっと段階が飛んでる気がするけど。賢者の石も含めれば強引に持っていけるかもしれない。
遺伝子レベルで指定して作る、のは、発想としては自分自身をマテリアルにする、なんだけど、なんか怖いよね。となると遺伝子情報を何らかの形で用意しなきゃいけないのか。うーん。
「ねえ、洋輔。その流れで一つ、意見をもらいたいんだけど……助言、かな」
「俺にわかることならな。でも、俺、錬金術はわかんねーぞ」
「うん。そっちじゃないから大丈夫。遺伝子情報を含んでて、取り出しやすいものって何があるかな?」
「は? ……は?」
洋輔は二度呆れて僕を見た。
なんだろう、心なしか頬が引きつっているようにも見える。というかちょっと照れている。何で?
「え? いや、えっと……、ああ、あー。でも佳苗だしなー」
「ちょっと。洋輔、今何考えてたの? なんか失礼なこと考えなかった?」
「いや全然。んー。遺伝子ねえ。遺伝子検査というと、ほら、粘膜を採取することがあるよな。ドラマとかで」
粘膜?
「頬っぺたの内側とか、鼻の内側とか」
「……それを採取って、痛そうだけど」
「いや、綿棒とかでちょこちょこっとするだけ」
「んー」
それを採用するとなると、綿棒もマテリアルに含んじゃうんだよね。不純物はちょっとな。
「駄目か?」
「うーん……最終的にはそれで行くけど、もっと簡単に、できれば余計なものが含まれないのが理想なんだよね」
「髪の毛とか?」
「……気軽に使えないじゃん。ふと気が付いたら丸坊主とかやだよ、僕」
「そりゃそうだ」
しかしそうなると難しいな、と洋輔は腕を組む。
「一番いいのは体液じゃねえかなあ、となると」
「その体液、血液を作ろうとしてるんだってば」
「いや、何も体液って血だけじゃないだろ」
特に俺たちは、と小さく洋輔はつぶやいた。
うん? 特に僕たちは?
何と比較してんだろう……人間は人間だと思うけど。
「……えー。もしかしてアレか? これ俺が教えないとダメな奴か? それすっごい……その、よっぽど佳苗が切羽詰まってるならともかく、ここまでのやり取りで発送できてねえならやめた方がいいと思うぜ?」
「んー……でも、思いつかないし」
そう答えると、洋輔はごくり、とつばを飲み込んだ。
緊張しているらし……ん?
つば?
「ああ。唾液があったか」
「…………」
「ありがと、洋輔」
「…………」
「洋輔?」
「……いや、なんでもない。役に立てたなら幸いだよ」
といって、洋輔は何やら不貞腐れた様子でベッドに横になると、そのまま反対側を向いてしまった。
あれ?
なんか僕まずいことした?
まあ、大丈夫だよね……たぶん。
えっと。
話を戻そう。となると、血のマテリアルはタンパク質と賢者の石、あとは唾液。
……んー。なんかの塊は作れそうだけど、血液にはならないよね?
やっぱり水もいるかな。唾液の水分もあるけど……。
タンパク質といえば、動物性と植物性、があるんだっけ。人間は動物だから当然、動物性のタンパク質を使いたい。
まあ、お肉かな。豚肉ならストックが結構あるし。
ちょっとばかし複雑な気分ではあるけど、まあやるだけやってみるか……。
ベッドから降りて、と。
「なんだ、今からやるのか」
「明日の朝になって、忘れてたら悲しいからね」
「ふうん。……まあ、俺は寝てるけど、怪我したら起こしていいからな。すぐ治してやる」
「うん。期待してる」
なんて会話を挟みつつ、僕は単独、ダイニングへ。
そういえば、氷室の設置に関してはあきらめた。あれ、ちょっとでかすぎるのだ。部屋に入らないとは言わないけど、あまりにスペースを取りすぎる。
よって、魔法瓶もどきの保冷箱もどきをつくり、その際に『冷たい』だとかを連想した『冷気を内側に発する』という魔法を関連付けて作った結果、なんていうか、冷蔵庫みたいなものができた。
何事も試してみるものである。結果オーライの極みというかなんというか。冷蔵庫と違って電気を使わないのでエコロジー。
欲を言えば冷凍庫もほしいんだけど、さすがにそっちは調整が難しそうなので放置。
必要なものを必要な分だけ置く分にはこれで十分だしね。
ともあれ、冷蔵庫もどきから豚肉を取り出して、賢者の石はキッチンの上に置いた棚からいくつか取り出して確保。
なんでこんなところに賢者の石を置いているのかと言えば、当然料理に使うからだ。別に使わなくてもそこそこ食べられるんだけど、使うとすごくおいしくなるし、比率を考えないでも大体オッケーなので重宝している。
豚肉と賢者の石を、魔法で作った器に入れて、蛇口から水を少しだけ追加。
最後に唾液。すっぱいものを想像して口の中に唾液を満たし、ちょっと汚いなあとか思いながら器に垂らして……これくらいで大丈夫かな?
錬金術を行使、ふぁん。
完成品は引き続き魔法で作った器に入っている。そこには……うん、一応、血液っぽいものは作れたけど、問題はこれが本当に血かどうかという点だ。
やだなあ。
と、思いつつも手近においてあった金属片を錬金、ふぁん、とスプーンとしてでっちあげ、完成した赤い液体をすくってみる。
ちょっと鉄っぽいにおい。ぬめぬめとした感じに、怪しい赤。
まあ、血だろう。たぶん。気持ち悪くなってくるし……。
さっき使った材料は、豚肉が五十グラムくらい、唾液はスプーンに二匙くらいで、賢者の石は一つ、水はコップに半分くらい。
それで完成した液体、推定血液の量は……、んーと、一応正確に測るか。
再び手近においてあったガラス瓶を手に取って錬金、ふぁん、と計量カップをでっち上げ、魔法の容器をそのカップの中に移動させて、魔法を解除。
自然、器を失って推定血液は計量カップの中に移動。
量は……三百ミリリットル、には届いていないな。二百……八十くらい?
なんか中途半端な量だなあ……。
まあいいか。
で、作った血液はどうしよう。
……保存できるのかな?
でもこのままおいておくのはなんかアレだよね。血って固まるらしいし。
となると、輸血パックみたいな感じ……?
うーん。保存面で問題があるな、これ。
いいや、試しにエリクシル……もとい、エッセンシアを作ってみよう。
材料を急いで十セットほど集めて、僕は魔法で器をつくり、そこに普段エリクシルを作る際の材料をそのまま投入。
血はどのくらい必要なのかな?
そんなに大量には必要ないと思うんだよね。スプーンに一杯分でいっか。
とりあえず、ほかの材料は無しで錬金。
ふぁん。
完成したのは、紫色の推定エッセンシア。
もう一度同じ材料でやってみる、ふぁん、で、完成したのはやっぱり紫色のエッセンシア。
中和緩衝剤と紫色のエッセンシア二つで錬金、ふぁん、で当然、紫色のエッセンシア凝固体が完成。
たしかこの色は『揮毒の石』と『ポワゾンイクサル』だったかな。
名前からして毒に関連するタイプだろう。毒消しか、それとも毒を与えるのかは不明。
あとでお母さんからもらった試験人形を使って確認してみよう。……たぶん大丈夫だよね?
あ、でも石にしちゃったから試しようがないか。
いいや、もう一度ふぁんっと作って、これで良し。
残り七セット分。
プラスアルファは、とりあえず思いついたものでやっていこう。




