74 - 次の階位に導く指南書
時間にして三十分ほど、僕はトーラーさんと会話……、いや、会話と呼んでいいのだろうか?
そのあたりが割と疑問ではあるけれど、とりあえず会話らしきものを実行し、そしていくつかのことに気が付いた。
まず一つ。トーラーさんは少なくとも行動面でいえば、常識人の部類である。
ちゃんとお客さんに対してコーヒーを入れたり茶菓子を用意したり、細かな気配りができている。そんな印象だ。
次に、トーラーさんは会話を一応、試みてはいる。はずである。
傍から見れば、というか実際に会話をしようとしても、理解に苦しむ回答が返ってくるのは事実だ。だが、まったく無関係なことを突然話しているわけではない。
普通は段階を踏んで、それこそキャッチボールのように会話を進めるべきところを、一球目でほとんど完結させてしまう、というだけで。
だから、僕が賢者の石に興味を持った時に言った『ならば血を使うといい』というのは、僕が色のついた賢者の石を作りたがっていることを察したから、それに対する回答。その次に僕が確認をした時に言った『覚悟が必要だ』というのは、己の血を用意するための、自分を傷つけるという覚悟が必要だよ、という回答なのかもしれない。
だとしても、もうちょっと会話というものをしてもらいたいのだけど……。
「それじゃ、そろそろ戻るか。時間もいい時間だしな」
「そうですね」
オールベルさんが時計を見て言う。時計は四時半を指していて、そろそろ帰らないと洋輔も心配しているだろう。
「カナエ・リバー」
と。
トーラーさんが僕の名前を呼んだ。
「君が持つ才能は、私やオールベルのそれとは一線を画している――その上で問おう。君は何を目指す?」
「…………、」
それは明確に成立させることを意図したかのような会話だった。
よほど珍しいのだろう、オールベルさんも驚きに表情を染めている。
「ごめんなさい。僕は、別に何も目指していません。世界一の錬金術師になろうとも思っていないし、錬金術で何かが作れるようになりたいという具体的な目標もない。ただ……僕には興味があります。何が作れるのかな、って興味が。それだけです」
「…………」
僕の答えに、トーラーさんは目を閉じて、ゆっくりと頷くと立ち上がり、奥の引き出しから箱を取り出すと僕にそのまま渡してきた。
箱。木製……かな、大きさは結構大きく、それなりに重たいけど、重すぎるわけではない。
「もはや私には必要のないものだ。譲渡しよう」
「ありがとうございます。……えっと、中身は?」
「見ればわかる」
ふむ。
ならまあ、特に危険なものでもないのだろう。
ありがたく貰っておくことに。
「オールベル」
「なんだ、トーラー」
「出直しだな」
そして、また成立しているようなしていないような会話に戻って。
オールベルさんは苦笑し、立ち上がる――僕もそれにつられて、立ち上がる。
「それでは、失礼します」
トーラーさんは優しげに微笑み、その後は寮の外まで見送りをしてくれた。
これが僕とトーラーさんの出会いの日。
僕がこの日、トーラーさんという人物に抱いた感想は、『変わった人だなあ』という程度。
積極的にお友達にはなりたくないけど、ちょっとしたかかわりくらいならばストレスにも感じない。その程度だ。
うーん。
やっぱり、聞いてた感じとは違うよなあ。
なんて思いつつ、自分の寮へと帰ることに。
「どうする、カナエ。送ろうか」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、オールベルさん」
「ん。気をつけろよ。この時間でも決闘を吹っかけられる可能性はあるからな」
「はい。もちろんです」
結局、帰り道には一度だけ決闘を吹っかけられたけれど、防衛魔法で閉じ込めておしまい。
薬草が三つほど増えた。これ、一人で出歩けば薬草が際限なく手に入るのではなかろうか……?
狙って稼ぎというのはどうかと思うけど。
なんて思いながら寮にたどり着くと、入り口に洋輔が立ち尽くしていた。
あれ?
「どうしたの、ヨーゼフ」
「おかえり、カナエ。……いや、お前の帰りが遅かったから、な。決闘でも吹っかけられたのかと思って」
あながち間違いでもない。
「ごめん。心配かけたか。まあ、その辺も含めて報告するけど、部屋でいい?」
「おう」
苦笑する洋輔に僕も苦笑で返し、部屋へと向かう。
その途中でカリン、ニーサの二人とすれ違って挨拶したりもしつつ部屋に入り、ダイニングの椅子に座ると、僕はもらった箱を机の上に置く。
「で、さっきから気になってたんだけど、その箱は?」
「んー。僕も中身は知らないんだよね。貰い物」
「……知らないものをもらってきたのか? 誰からだ」
「トーラー・トークって人。今日初めて会ったんだけどね――」
というわけで、自然と流れが向いたので、僕の方から今日あったことを説明する。
アルガン・リバーという人物が一応血縁で、僕のお父さんの弟だったということ――その件について、アルガンさんはお父さんが自分のことを知らないからじゃないかと言ったけれど、僕はちょっと意見が違うということ。
一般錬金術の授業は特に問題がなさそうだということ――昇華の授業も受けることを勧められたということ。その流れでオールベルさんやトーラーさんという、錬金科のトップとコネクションを得たということ。
そして、そのトーラーさんの部屋を訪ねて、実際にお話をさせてもらったということ――そこで僕の知らない錬金術の完成品を見つけたこと、そしてこの箱を譲り受けたということ。
最後に、決闘は二回、二人と三人からそれぞれ申し込まれたということ――どちらも防衛魔法で穏便にそして瞬時に終了したということ。
「防衛魔法……なるほど、それで完全封鎖か」
「うん。洋輔のほうはどうだった?」
「俺は近接戦闘の発展、応用をまずは見学してきた。発展のほうは問題なしだな。応用は手ごたえがすごかったぜ」
ふむ。洋輔でも手間取るか。その上で昇華がある……と思うとぞっとしないな。
「とはいえ、俺も昇華を受けても大丈夫だろう、と教師に言われた。ま、ちょっと考え中」
「僕はたぶん、錬金術を昇華まで受けるし。受けちゃえば?」
「……いや、お前のその錬金術はまだ疲れにくいけど、あれだからな。近接戦闘ってものすごく体を動かす授業だからな」
あ。
言われてみれば。
僕よりも体力があるとはいえ、そりゃ疲れるか……。
「それに、魔法のほうもいろいろと見たいしな。ああ、それと、近接戦闘の応用の授業でカリンと会った」
「へえ。どうだった?」
「強いぞ、あいつ。ベクトラベル有りなら負けねーけど、なしだと分けか、負けだろうな」
洋輔にそこまで言わせるのか。
すごいな。まあ、それを強引に押さえつけるベクトラベルはもっとアレだけど。
「俺たちくらいの年齢だと、まだ女のほうが力は強いことも多いからなー。そのせいもあるんだろうけど、あいつは技もかなり出来上がってる。当然だけど、カリンは昇華も受けるらしいぜ」
「へえ。さすがというか、なんというか。……ちなみに、洋輔は決闘申し込まれなかった?」
「申し込まれた。二回な」
眉をひそめて答える洋輔は不機嫌そうだ。
「ていうか、一人で行動するイコール決闘オッケーって。どんなルールだよ、それ」
「同感……。結局、洋輔はその決闘、どうしたの?」
「殺すわけにもいかなかったし、あんまり大けがさせても面倒だったからな。とりあえず相手の武器をたたき折って、降参させた」
なるほど、その手があったか。
相手が素手で戦う格闘家とかだったらちょっと使いにくいけど、剣にせよ杖にせよ、そういうものを武器とする人には効果がありそうだ。
「で、洋輔は何を賭けでもらったの?」
「連絡先」
「連絡先……?」
「こっちからいつでも連絡をとれるようにしたんだよ。特にほしいものもなかったし、直接金銭を奪うことはできない、だろ? それならコネクションを広げたほうがいい」
なるほど。洋輔らしいといえば洋輔らしい機転だな。
……薬草を奪った僕って、一体。
「ま、今日はこんな具合だな……」
「明日からは、また一緒に行動するような感じだね。無駄に決闘はしたくないし」
「同感だ」
よし、と話がまとまって、洋輔の視線は自然と、僕の手元の箱へと向いた。
まあ……気になるよな。
「開けてみねえか?」
「そうだね。中身、僕も気になってるし……」
蓋は……ここかな、蓋を押し上げてみると、かしゃ、と音が。
かしゃ?
何かの仕掛けが動いたようだけど……。
鍵でもかかってたのかな。
まあいいや、ときちんと開けきると、箱の中身は布で保護されている。
布も取り払って……、え?
「へえ、奇麗だな。宝石か? ……妙な宝石だが」
いや……は?
「どうしたんだ、佳苗。なんか愉快な表情になってるぞ」
「……これ、賢者の石だよ」
「はぁ? ……いや、たしかにこの、青い奴はそうかもしれないけど。でも、ほかの色のはどう説明するんだ」
「…………、」
まあ、洋輔には隠すことでもない。
僕はトーラーさんの部屋で見たものを正直に伝えると、洋輔はようやくこの箱の中身を理解したようで、頬を引きつらせていた。
箱の中身。
そこには十八色、十八個の賢者の石と、その真横にはそれぞれの色と同一の液体が入った小瓶が入っていて、それらはきっちり、ぴったりと収まるようになっている。
十八色のうち十四色はきれいなグラデーションが虹になるように置かれていて、残る四つは縦軸に、白、灰、黒、そして透明といった具合だ。
形状や性質からして、これら十八個はすべてが賢者の石である――となれば、その横にある十八個の小瓶の中身は、そのマテリアルとして使われたエリクシル……あるいはエッセンシアということか。
って、なんか蓋のほうにポケットがあって、そこには何かが入っていた……手紙?
引っ張り出してみると二枚あるようだ。読んでみる。
要約すると、一枚目には『エッセンシア凝固体および、エッセンシア全集、サルバトル・タイム作』と、内容物とその作者の案内。
タイムということはイスカさんの血縁、かな?
で、二枚目には十八種のエッセンシア、およびそれらを材料とした賢者の石の俗称……かな、性質をそのまま名前にしただけって感じだけれど、そういったものが書かれている。
たとえば普通の賢者の石のところには『賢者の石/エリクシル』。
時々名前以外の記号が書かれていることもあって、たとえば『賢聖の石/エッセンシア▽』。
今のやつには▽、という記号が用いられているけど、ほかには▲が使われている。
とはいえ記号付きのものは少なく、十八個のうちの三個だけ。
何かしらの特殊な効果があることを意味している……、のだとは思うけど。
「……これを読む限り、賢者の石ってのはこの青い奴だけで、ほかには別の名前があるんだな」
「みたい、だね。……名前が違うってことは効果も違いそうだ。で、総称はエッセンシア凝固体……」
「俺は錬金術わかんねーからなんともいえねえけど、どうなんだ。佳苗はこれ、作れそうか?」
「時間はかかるかもしれないけど、なんとか。洋輔、興味あるの?」
「んー」
おや、想定外の反応だ。興味がないか、あるいはがっついてくるかのどっちかだと思ったんだけど。
「この、黄色い奴なんだけど。昔、これに似てるものを見たことがあるんだ」
「どこで?」
「たしか、タクラのところだったかな……ミュゼとかの血統の一つな」
魔法使いの血統が、これを使う……?
ちなみに黄色い奴、と洋輔が指さしたものについている名前は『金の魔石/カプ・リキッド』。
リキッド、は液体、って意味の英語っぽいけど、じゃあカプは何だろう。
いや、そもそも英語とも限らないか……。
「それが作れたら教えてくれよ。もしかしたら、魔法と錬金術の間に何かがあるかもしんねえ」
「うん」
ま、時間はかかるだろうけど……ね。




