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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 ちょっと違った学校生活
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73 - 凡才と鬼才と天才と

 授業を終えた後、僕は興味を結局押さえつけることができず、オールベルさんにトーラーさんという人物についてを聞いてみることに。

 すると、『お前も物好きだな……』と呆れられ、次に『これは俺の個人的な感想だが』と前置きをしたうえで、一応は教えてくれた。

 トーラーさんのフルネームはトーラー・トーク。

 第六学年の次席生徒……錬金科においては首席の地位につき、どころか実は、第六学年においても首席、つまり第六学年総代にして国立学校総代という栄誉と名誉に溢れる立場に本来ならばつくはずだった鬼才。

 第一学年で現代錬金術のほぼすべてを習得し、第二学年で一般錬金術を学び、第三学年では一般錬金術昇華の門をたたくと、錬金科に進学。

 イスカさん、マリージアさんといった錬金術に関係する教員二名と並んで国立学校錬金術師三大巨頭の一人とされる人物と、トーラーさんに対する評価は極めて高い。

 ただし、それらは錬金術師としてトーラー・トークを評価した場合であって、一人の生徒、あるいは一人の人間としてのトーラー・トークとしてみると、それはもう、途方もない問題児……というか、問題の塊のような人間であるらしい。

 曰く、会話が成立しない。同じ言葉を話しているはずなのに、なぜか祖語しか生まれない……考えていることが理解できず、考えていることを理解しようとしてくれない。人付き合いが苦手というか、人付き合いを放棄している。

 そんな人であるらしい。

 地球においては、歴史上の天才とか呼ばれる人は結構エキセントリックな人が多いだとか、そんな話も時折されていたようなきがするけれど、もしかしたらそのパターンなのかな……なんだっけ、サバずしじゃなくて、サバ……サバルトール? まあそんな感じの『症候群』、とか。

 話を聞けば聞くほどに会ってみたくなる。

 ……それに、気になることもある。

 人間性がおかしい、社交性に問題がある、だから能力的には高いけど実際には総代になれなかった、とか言うけれど、その実、第六学年まで進学できているのだ、その人は、

 進学できる、イコール、退学していない。

 さらに単位もきちんと取っている、ということに他ならないわけで、何かと『退学』の文字が入学時の資料に書いてあったことを考えると、それは奇妙なのだ。

 もちろん、錬金術師として囲い込みたくて、特例を取った可能性はあるけど――その場合は、『本来は首席という立場につくはずだった』と言われるところが不要なはずである。

「トーラーさんと会ってみたいなあ……錬金術師として、もしかしたら何かヒントがあるかもしれないし」

「……本当に物好きだなあ、お前は」

「好奇心は人並みにあるんですよ、オールベルさん。……トーラーさんとは、どこで会えるか、わかりますか?」

「……え? 本当に会うつもりか? 会話が成立しないぞ?」

「かまいません。会話以外でなんとかします」

 僕の断言に、オールベルさんは少し考える。

「いいじゃない。会わせちゃえば?」

 と。

 助け舟を出してくれたのはマリージアさんだった。

「カナエ、どうせあなた、今日は昇華の授業を見学しないんでしょう。この後のあなたの予定にもよるけれど、時間が許すなら行ってきちゃいなさい。トーラーとの初顔合わせは、早くて困ることもないわ」

「……だ、そうだが。どうする?」

 もちろん、

「会わせてください」

「ん。じゃあ先生、俺はこのまま案内してくるから」

「ええ、任せるわ、オールベル。色々とこっちも、手回しはしておくわ」

 手回し……?

 なんか奇妙な言い方だな、と思うと、しかし当然のようにオールベルさんはうなずく。

「ついてきてくれ。今日、あいつはたぶんどこにも出かけてないだろうから、寮にいるはずだ。寮に案内する」

「お願いします」

 講堂を出て、移動開始。

 移動する方向は僕が暮らしている寮、とは反対側……なるほど、上級生とはあんまりすれ違わないなあと思ってたけど、そもそも正反対側に配置されていたのか、なんて今更ながらに理解してみたり。

 とはいえ、やっぱり人通りは少ないな。

「こっち側は人がすくねえだろ」

「……はい」

 まるで見透かすかのようにオールベルさんが言う。

「ま、そもそも第四学年以降に進めるのは二割か、三割か。そのくらいだからな。で、今年の段階だとこの方角が第四、第五、第六学年の寮だ」

「今年の段階?」

「ああ。学生寮はおおむね、中心を囲うように円状に、学年順に配置されてるんだ。時計をイメージしてもらうとわかりやすい、かな。一年が十二時の位置なら、二年が二時、三年が四時、四年が六時、五年が八時、六年が十時の位置にあると思えばいい」

「……学年が変わっても、寮そのものは変更なしなんですよね?」

「うん。だから、さっきのたとえだと来年は、二年が十二時、三年が二時……って感じで、十時に一年が来る」

 んっと……、ああ、じゃあ反対側と言っても、寮の位置的には隣なのか、最高学年と。

 となると、上級生とすれ違わない理由は配置の問題というより、単に絶対的な生徒数の問題か。

 その後、適当な雑談をしながら道を進み、そしてたどり着いたのはどこか閑散とした雰囲気のある寮だった。

 閑散とした……僕が暮らしている寮よりも、なんとなく寂れているような気がする。

 設備的には、同じっぽいけど。

「ここの201号室がトーラーの部屋だ」

「201……」

 僕と同じ……、成績的にはトップ付近だったのか。

 女子生徒のほうが総代だったのかな?

 あるいは……、ま、会ってみればわかるか。

「ちなみに俺は、この寮の211号室だ。覚えておいてくれ」

「はい。わかりました」

 寮の構造はほとんど僕が暮らしている寮と同じだけど、ところどころ部屋割りが違うらしい。

 設備的にどっちが優れている、という感じはない。誤差の範疇だろう。

 ともあれ、なんだかより一層に静かな階段を上って、二階の廊下、踊り場を曲がって、つきあたりの部屋。

 ドアベルを鳴らして、少しすると扉がゆっくりと開き、その陰から出てきたのはどこかちぐはぐな印象のある青年だった。

「よお、トーラー」

「ならばいい」

 気さくに話しかけるオールベルさんに対し、青年、トーラーさんはそう答えた。

 …………。

 えっと、答えたの?

 何に?

 と、困惑していると、トーラーさんは扉を大きく開けると部屋に戻ってしまう。

 そして、当然のようにオールベルさんは室内へ。

「カナエも入ってこい。いいって言ってただろ?」

「…………」

 言ってたかなあ……。

 まあ、いいや。

 言われるがままに部屋に入る。部屋の中はかなり整理されているからかさほど感じないけれど、かなり物が多く、棚もたくさんある。

 薬品類……、も、そこそこあるけど、それ以上に目立つのは金属片。

 いろいろな種類の金属が、ある程度の分類ごとに分けられているような印象だ。

 こっちのほうにあるのは、金とか、ええと、プラチナかな……錆びない、もしくは錆びにくい金属をまとめてあって、反対側の棚には強度だろうか、鉄とか、鋼? らしきものが置かれている。

 いいなあ、こういうの。ちゃんと研究したんだろう。

 で、次の棚を見てさすがに僕も絶句する。賢者の石コーナーだったのだけど……いくつあるんだろう。ちょっと数えきれないが、百はくだらないよね。どんだけ生産してるんだ、この人。いや、気持ちはわかるけど。僕も何かと使うけど、賢者の石。便利だし……。

 反対側の棚には、見たことのない石が。賢者の石は青と青が不思議と混ざらないような、そんな奇妙な色合いなのだけど、そっちの石は赤かったり緑色だったり黄色かったりモノクロだったり、なんだか変な感覚だ。賢者の石に何かの性質を付与した感じ……かな? あるいはエリクシルの段階で何かいじったのかも。今度作ってみよう。

「おい、カナエ。どうした」

「あ。すいません。珍しいものが置いてあったので、興味深くて」

 オールベルさんに注意されて慌ててダイニングに向かうと、トーラーさんはコーヒーを三杯入れてくれていた。しかも丁寧に。

 前もって聞いていた感じのエキセントリックさは、今のところないんだけどな。

「カナエも座っておけ」

「はい」

 トーラーさんは、オールベルさんの言葉になにも言わず、ただ、

「なるほど。ならば血を使うといい」

 と答えた。

 ごめん、えっと、ちょっと解読に時間がかかるぞ。何か高度なギャグだろうか?

 いや、ギャグではないよな。言葉のかかる場所がおかしいのだろうか。そもそも何に反応してそんな答えが……。

「ま、紹介は俺がしておくとするか。こいつがトーラー・トーク。第六学年、錬金科だ。で、こっちの新入生がカナエ・リバー。一年だが一般錬金術、『昇華』の門をたたいている」

 ぴくり、と。

 そんな紹介に、トーラーさんが反応した……と、思う。

 ほんのわずかな反応だ。よく見てなければわからないような、その程度の反応だけど。

「マリージア先生曰く、実技面では少なくとも俺は超えてるそうだ。知識面がまだ追いついてないそうだがな。ま、お前が果たせなかった俺のライバルにはなるだろう」

「……エッセンシアには豊かなる表情があり、かくなるものには血が絡む。血による変質は式を書き換え、意志に色を付けるだろう」

 …………。

 会話が、えっと、できてるのかな。

 微妙なところだ。

 けれど、言わんとしていることはわかる。

 いや、正しいかどうかはわからないけど……つまり。

「僕が気になった、色の違う賢者の石。それの作り方が、血による変質――ただし、賢者の石の段階じゃなくて、その材料の段階で変質させなければならない。そういうヒントですか……?」

「覚悟は必要だ」

 確認に、しかしトーラーさんコーヒーの入ったカップを持って、そんなことを言うだけだった。

 エッセンシア。

 エリクシルの別名……、豊かなる青とも訳されると、お父さんは言っていた。

 あるいは。

 エリクシルと呼ばれるものと、エッセンシアは同じだけど、別物なのか?

 ピーマンとパプリカみたいな関係なのかもしれない。

 つまり、エリクシルとして扱われるものは、エッセンシアの一部であって……ただ、エリクシルとは変質してしまったものを、エッセンシアと呼ぶ、とか。

 で、そのカギが血。

 マリージアさんも、血が特異マテリアルの一つだとは言っていた。危険な効果を持つとも――だから自分で試すべきだと。

 だけど、それが『本当に危険なもの』であるならば、その危険性を教えるべきだ。あるいは、それが特異マテリアルであることを教えないほうがよっぽどまともな対応だし……なのに、マリージアさんはそれを教えている。

 何のために――試させるために決まっている。

 だとしたら、血が持つ特異マテリアルの性質が変質……なのかな?

 うーん。でも、あの賢者の石、いろんな色があったし。血を混ぜるだけで調整ができるとは思えない……比率で操作できるのはせいぜい品質くらいだろうし。

 血液型が関係してるのかな? でも特異マテリアルとして説明されたのは術者の血液。すべてトーラーさんが作ったのだとしたら、血液型ではない。

 どのみち試行錯誤が必要そうだけど、そのためには血を何らかの方法で出さなきゃいけない。やだなあ。

 痛くない方法で血をなんとか出せないだろうか。……鼻血とか?

 意識して出せるものでもないけど。

「なあ、トーラー。どうだ、こいつは。なかなかの逸材だろう?」

 会話が一段落したと見たのか、オールベルさんが問いかける。

 すると、トーラーさんはコーヒーの注がれたカップを手に取って、小さく笑みを漏らした。

「残念だ」

 と。

 …………。

 いや本当にこれさ、会話、成立してるの……?

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