72 - 応用技術とライバル登場?
一般錬金術発展の授業を終えたのち、僕は移動せず、そのまま応用の授業を見学することに。
マリージアさん曰く、僕はすでに昇華の授業を受けてもなんら問題ない域に実技面では達している、らしい。
ただ、知識や座学的な方面ではちょっと怪しいけど、そのあたりの見極めは、応用の授業の見学でたぶん何とかなるだろう、だそうだ。
どうやら応用の授業は、座学的な面が強いらしいな。
なんて勝手に納得をしている間に、ちらほらと生徒が集まり始めていた。
発展の授業が終わってからのインターバルはわずかに十分なので、ほとんど間髪入れずに応用の授業が始まることになる。
思ったよりも多めかな?
なんて考えながら待機して、十分経過。
例によってチャイムが鳴っている間に周囲を改めて確認すると、僕以外に四人いた。
結構多いな。
……当然のように、僕以外はみんな第三学年以上だけど。
で、その四人がそろって、僕の様子を探ってきている。やっぱり新入生がこの授業を受ける、というのは珍しいどころの騒ぎではないのだろう。
「一般錬金術、応用の授業を始めるわ。今日は見学というわけだから、第一回目の授業とほぼ同等の内容で行うので、そのつもりで」
あれ、自己紹介はなし?
……考えてみれば当然か。みんな発展の授業を受けて、きちんとゴーサインがでたのちにこっちに来るのだろうし。
「一般錬金術が、本来の錬金術の形であることは今に言い始めたことじゃないけれど、だからこそ、この錬金術には結構な数の応用が存在するの。特に華々しいものだと、錬金付与術。魔法をマテリアルとして認識し、それを完成品に付与するという技術ね。魔法道具や魔法武具は、この応用を用いて作ることがほとんどよ。錬金術師にとってはぜひともほしい便利道具、表しの指輪もこの技術を使って作ることになるわ。この応用の授業では、そういったものをはじめとした応用技術の六割と、知識面をつけてもらうことになる。知識面というのは、たとえばマテリアルが持つ特性だとか、マテリアルの正しい効果や認識の仕方だとか、そういうものよ。さて、ここまででついてこれないという子はいるかしら? いるならば離脱しなさい、時間の無駄よ」
そういってマリージアさんは僕たち生徒を一瞥する。
そして当然のように、僕に他の生徒からの視線が集中した。
言外に帰れ、と言われている気がするけど……。
僕はマリージアさんに視線を向けると、彼女は苦笑して補足した。
「皆はそこの新入生に興味津々のようだけど、断言するわ。ここにいる生徒の中では、錬金術の実技は、間違いなくその新入生が一番上手よ。冗談でもなく贔屓でもなく……ね。だから、彼をそう言った視線で見るのは感心しないわ」
あ、なんか視線の質が変わった。
……なんでこいつが、みたいな感じに。
これはこれで居心地が悪いな。
「それじゃあ早速、授業を始めたいのだけれど……、そうね、全員、中和緩衝剤を二つずつ作って頂戴。材料は部屋にあるものを使ってね」
ふむ。
先輩たちがそれぞれ薬草を手に取ったので、僕も薬草を手に取る。
そして最高学年、第六学年の制服を着ている先輩が錬金鍋の前に移動し、その後ろに他の先輩たちが年功序列で並んでいた。
効率悪そうだな。
僕はそんなことを他人事のように思いながら薬草を宙に二つ投げ、包み込むように袋を魔法で展開、錬金、ふぁん。
無事に中和緩衝剤が二つ完成。
「え?」
そんな様子を偶然見ていた先輩の一人が、間の抜けた声を上げる。
「何か?」
「……いや」
なんでもない、と先輩は言った。
そんな様子を見て、マリージアさんはにたにたと笑うだけだった。
応用の授業で出てくる応用のうち、ほとんどは僕が無意識で使っているものだった。
錬金鍋を用いない錬金術の行使や、完成品が現れる場所の変更、魔法を道具に込める付与錬金術などなどがそれにあたる。
ていうか、完成品が出てくる場所を変えるあれ、一応応用技術だったんだな。
『その辺にできないかな?』って想像したら普通にできたから、むしろ基本的な部分なのかなあと思ってたぞ。
で、僕が知らなかった応用としては、錬金再生術、あるいは錬金修復術とも呼ばれるそれだ。
その名前からもなんとなくわかるかもしれないけれど、破損したものを主なマテリアル、それが破損した部分と同じ材質のものを追加のマテリアルとして錬金術を行使することで、修復……修理ができるという応用だ。
似たような別のものに錬金してしまうという手が取れるならばそっちのほうが材料が少なくて済むし、材質で困ることもないのでそっちのほうが優位だけれど、その手が使えない場合……つまり、どうしても『修理』という形をとらなければならない場合はこれを用いるのがいい。
もちろん、修理をしたい部分と同じ材質のものをマテリアルとして用意しなければならないのはかなり大変で、そういう場合は特殊なマテリアル――特異マテリアルを用いることもできる。
その特異マテリアルとは、白露草である。
これによって大抵のものは修復できるんだとか。
注意点として、これは生物ではないものに対してのみ有効。道具や武具は大概大丈夫だけど、人や動物を対象にはできない。
お肉とかはどうなんだろう?
生物じゃあないし、一応修復はできるのかな?
……なんかグロそうだし、試すのはやめておこう。
さて、応用技術面ではそんな感じで軽く説明を受け、次に知識面。
こっちは結構知らないことが多く、いろいろと参考になることが多かった。
特に重要なのは、やっぱり特異マテリアルとされるものだろう。
薬草、中和緩衝剤以外にこの授業中で挙げられたものは、入手のしやすさ順で『錬金術を行使する人物の血液、糸、紐、白露草、純銀、純金、賢者の石』。
糸は他のマテリアルに含まれる特性を薄める効果を持つ。
紐は魔法をマテリアルとして扱うとき、錬金付与術の品質を上げる。
白露草は錬金修復術(もしくは錬金再生術)において、主マテリアルの材質に関係なく追加マテリアルとして扱える。
純銀は完成品に魔法を受けやすくする効果を持つ。
純金は完成品の魔法を受けにくくする効果を持つ。
賢者の石は完成品の品質を跳ね上げる。
術者の血液はちょっと特殊で、『授業では教えることのできない危険な効果』だそうで、ちょっと謎。
これについては自分で探求すること、と締めくくられた。
危険な効果ねえ。試してみたいけど、自分で自分を怪我させるのは嫌だしな。
それに危険な効果ってことは、必ずしもプラス方向ではなさそうだし。
まあ、何かの紛れで怪我をしてしまった時にでも、適当に保管しておくことにしよう。できればそんな時が来ないのが一番だけども。
そして地味にこの時、賢者の石のマテリアルとしての効果がはっきりとした。
僕の想像が大体あっていたようだ。
「ちなみにこの場に集ったあなたたちの中で、賢者の石を錬金できるのは二人いるわけだけれど、賢者の石の錬金は『昇華』の授業を受ける前提になってるわ。けど、応用の授業までならばそういう条件付けはないから、安心して頂戴。それに、応用の授業を受けている間に賢者の石が作れるようになるかもしれないしね」
「二人……? 一人は俺だけど、もう一人いるのかい、先生」
と、声を上げたのは最高学年、第六学年の制服を着た男子生徒である。
「ええ」
「俺に内緒で成功させるとは大したもんだな」
その子は感心しながらいうが、ほかの先輩たちがそれぞれ自分ではない、というように遠慮を表情に浮かべるのを見て、あれ、と首を傾げた。
「勘違いしないで頂戴、オールベル」
オールベル……?
男子生徒の名前かな?
「あなたは確かに才能に恵まれた錬金術師よ。一年で発展の大半を習得し、次の一年で賢者の石の錬金までたどり着いたんですもの。でも、あなたの力は一歩及ばない。あなたは大した錬金術師で、あなたは平均よりも上の錬金術師だけれど、決して最高の錬金術師にはなれないわ」
「……どういうことだよ、先生。聞き捨てならねえ。俺が二流だって言いたいのか?」
「いいえ、あなたは一流よ。それは誇っていいわ」
うん……?
なんだろう、マリージアさん、この人のことを褒めたいのか、それとも貶したいのだろうか?
「だけれど、あなたは一流に過ぎないわ。錬金科の首席、トーラーとの間には、大きすぎる実力差がある……そのことを忘れてるんじゃないでしょうね?」
「……忘れるもんかよ。でもな、先生。俺はあいつとちがって社交的だぜ。その点も考慮してもらいたいところだ」
「まあ、それは言えてるわね。というか社交性に限らず、人間性でいうならばあなたのほうが圧倒的に優位よ」
うん、いよいよわからない。
トーラーという人が壮絶に貶されているのは分かったけど、どんな人なんだろう。話を聞くに社交性が皆無で人間性がダメってことだよな。
こう、ダメ人間だけど錬金術の才能はとびぬけてる……とか?
「あなたは他人への助言をためらわない。あなたは他人を認めることができる。その上で、自分が力を持っていることも知っている……きっとあなたは、この国でも有数の錬金術師として大成するでしょう。慕われ、頼られる。そういう、錬金術師に……あるいは私のように、国立学校の授業を任されるほどの立場にも登り詰めるかもしれないわね……」
褒めている、はずなのに、その表情にはなにか、気遣うような感情が強く浮かんでいる。
「けれど、だからこそ、あなたは今回もその試練に打ち勝てると信じているわ」
「……試練?」
「ええ。試練よ。……あなたと、もう一人の賢者の石の錬金に成功した、『昇華』の扉を開けたあなた。おとなしく手をあげなさい」
えっと……、はい、と手を挙げる。
自然――皆の視線が、集まった。
「カナエ・リバー。歴史上稀に見る、試験を『満点』で合格した二人の新入生総代、その片割れにして、『錬金術師』よ。この子にはまだ、知識が足りない。この子にはまだ、経験が足りない。けれど、実技面ではすでに、オールベル、あなたはおろか、トーラーさえも凌駕しているわ」
「へえ……そこまで言うのか、先生が。だとしたら……」
男子生徒は、一歩、二歩と僕に近づいて、そして僕と目の高さを合わせるように屈むと、僕に手を差し伸べてきた。
まるで、握手を求めるかのように。
「よろしくな、カナエ。俺はオールベル・クラウドだ。オールベルと呼んでくれ。お前の才能は羨ましいが、お前という壁の登場には歓迎しかないさ」
「歓迎……ですか?」
握手に応じた感じ、敵対心はなさそうなんだけど……普通こういうときって嫉妬するんじゃないの?
「ああ。だってほら、あれだろ。『ライバルが強いほど、自分を高みに導ける』だろ? だから、俺はお前を歓迎する。……まあ、正直な話」
そこで一度言葉を区切り、男子生徒、改め、オールベルさんは言った。
「本来そのポジションにはトーラーってやつがつくはずだったんだけどな。……あいつ、ちょっと、こう、話が通じないタイプの天才でさ。ライバルにできなかったんだよ」
……いや、本当にどんな人なの、そのトーラーって人。
ますます気になってきたんだけど。




