71 - 右と左と前と後ろと上と下
「一般錬金術という技術は、とにもかくにも感覚的な部分に依存するの。だから授業は、個別に進めることになることをあらかじめ宣言しておくわ。他の授業では考えられないでしょうけど、同じ授業に参加する子でも、まるで違うことを学ぶことになるから、そのつもりで。それと、この授業、一般錬金術発展に関してのみ、単位は特例が働くわ。最終的にどの段階まで行けたかで、付与される単位が変動するの。『錬金術の行使に成功した』ならば単位は一つ、『第一試験を突破した』ならば単位は二つ、『第二試験を突破した』ならば単位は三つ、『最終試験を突破した』ならば単位は六つよ。そういうわけだから、イーベイ、クォーレルは頑張りなさい」
マリージアさんはそう宣言する。
あれ、僕は?
と思ったのは僕だけではなかったようで、イーベイさんは僕を見ていた。クォーレルさんもちょっと遅れて、僕に視線を向けてきている。
「そしてカナエ、あなたについてはちょっと事情が特殊ね。あなた、現代錬金術を知らない、んでしょう?」
「はい。概念的に、そういうのがある、とは知ってますけど。それだけです」
「そう。じゃあ、一般錬金術はどこまでできるのかしら」
え、とイーベイさんとクォーレルさんの表情が変わった。
僕は僕で首をかしげる。どこまでできる、と聞かれると困るな。
「どこまで、って、何か基準があるんですか? 僕、お母さんから特に教えてもらえてないんですよね。大体、錬金術は魔法のように、どうしても得意苦手が現れるんですよね?」
「ええ。ポーションの生成が得意な人もいれば、苦手な人もいるわ。ポーションとかの簡単なものならばともかく、応用が絡むようなやつだと、錬金術が成立しないことも多いわね」
なるほどねえ。
そう考えると、僕の苦手分野って何だろう。
大概のものは作れてるんだよなあ。
「段階は、だから品質である程度表せるわ。六級品、三級品、一級品、そして特級品。そうね、とりあえずこの部屋にあるもので、何か作ってみてくれるかしら」
「じゃあ、毒消し薬でいいですか?」
「かまわないけど、ポーションのほうが楽よ?」
「僕は毒消し薬だと、ものすごく簡単に品質が高いものが作れるんですよね。たぶん、得意ということなんだと思います」
部屋のところどころに置かれた机から毒薬と薬草を一つずつ手に取り、僕はそれを宙に投げ、二つを包み込むように袋を魔法で作成、錬金。
ふぁん、と毒消し薬が完成、それを両手で受け止めて、そのままマリージアさんに提出。
「できました」
「…………」
マリージアさんは頬を引きつらせながらも毒消し薬を受け取ると、それを手の甲に……じゃないな。
右手に七つつけている指輪の一つに垂らし、そこに浮かんだ数字を見て驚くような表情を浮かべ、ついで笑みになった。
「驚いた。こうも簡単に特級品を作るだなんて……よっぽど適性が向いているのかしら?」
「かもしれません。ほとんど最初から、それが作れたので」
「へえ」
けれど、とマリージアさんは続けた。
「錬金鍋の代用までできてるのか。それ、授業的には第二試験を突破する感じよ」
「そうなんですか。大きなものを作るときとかは、鍋使うより楽なんですけどね」
「まあね」
苦笑しつつ、マリージアさんはどこからともなく青い石を取り出した。
青い石。
というか、賢者の石。
「ちなみに最終試験はこの石を作ることよ。もちろん、マテリアルは自分で導き出してもらうことになるわ」
「賢者の石ですよね?」
「え? これが何か知ってるの?」
「はい。まあ、僕もそれの存在を知ったのは、試験を受けるための移動中でしたけども」
「そう……。まさか作れたりするのかしら?」
ふむ?
「作れますけど……」
「…………」
思いっきり怪しまれた。
「材料、この部屋にあるやつ使ってもいいですか?」
「……構わないわよ。でも、この部屋にあるもので作れる?」
「たぶん、問題はないです」
周囲の机を一通り見て回り、薬草を五つ、水入りの小瓶と毒薬を二つ調達。
おさらいしておくと、中和緩衝剤は薬草か、薬草をマテリアルとした錬金術の完成品をマテリアルにすれば大抵オッケー。
エリクシルのマテリアルは薬草二つと毒薬、水である。ただし、器を別途マテリアルに追加することで品質を上げることが可能だ。
賢者の石のマテリアルはエリクシルが二つと中和緩衝剤。
エリクシルが二つというのはちょっとコストが高くも見えるが、実はこれ、抜け道があって、まず一つのエリクシルを二つの器に適当に分ける。で、それぞれ水で薄めて一個分の分量にしてやると、実はそれでも『エリクシルが二つ』として成立する。
当然、水で薄めるとエリクシルの品質は落ちるから、賢者の石の品質も落ちるのだけど、たとえば料理の材料にする分にはそれで十分だったり。
今回はちゃんとエリクシル二つ分の材料を含めているので、賢者の石としての品質も落ちてはいないはずだ。
面倒なので全部魔法で作った袋に入れて、錬金。ふぁん。
完成した賢者の石をマリージアさんに渡すと、マリージアさんは表情から感情を消し、渡した賢者の石を明りに透かした。
しばらくそうやって眺めたのちに、マリージアさんは僕に石を返してくる。
「?」
返されたのはなぜだろうか、なにか不備でもあったのだろうかと考えたところで、マリージアさんは両手で僕の両頬に触れてきた。
というか、つまんできた。
むしろ、つままれた。
「つっ! 痛い! 痛いですから! 体罰反対!」
「そのくらい、その石でどうにでもなるわ。やれやれ。カナエ。あなた、すでに最終試験を突破してるわね。それの『錬金』が、最終試験の内容なのよ」
「あ、そうなんですか。けど、この授業は受けてもいいんですよね?」
「……まあ、かまいませんが。応用を受けても問題はないですよ」
「うーん……。でも僕、お母さん以外からはイスカさんにちょっと助言をもらったことがある程度ですからね。基本的なところを、知らないことも多いかなって思って」
「まあ、たしかにそれは言えてるか……」
なんだかしみじみと言われた。これはそのまま受け取ってはいけないやつと見た。
「イーベイ、クォーレル。二人には先に伝えておくわ。今あなたたちが見たのは、確かに一般錬金術による錬金術に違いはない。でもこの子が、カナエが行った錬金術は目安にしちゃだめ。この子の錬金術は少なくとも『応用』の授業の後半、『昇華』の領域にさえ踏み込んでいるわ」
「わかりました」
「なるほど」
イーベイさんとクォーレルさんがそれぞれにうなずく。
え、そうなの?
「じゃ、二人は頑張って、まずは錬金術を成功させることを目標にしなさい」
はい、と二人は声をそろえて頷くと、それぞれ錬金鍋のほうへと向かっていく。
あれ、僕は?
「あなたの授業の段階は、進めるわ。座学のほうだけどね。いいかしら」
「もちろんです」
むしろ望むところだった。
じゃあ始めますか、とマリージアさんは言うと、部屋の片隅、黒板のそばへ移動。
僕もついていくと、マリージアさんは黒板に慣れた手つきで、整った字を書いてゆく。
曰く、『ポイント、特異マテリアルについて』。
「一般錬金術には、いくつか特殊なマテリアルが存在しているの。それらを総じて、特異マテリアルと呼ぶわ。賢者の石を作れた以上、あなたは少なくともそのうちの二種を知っているはずよ。何かわかる?」
「えっと……特殊なマテリアル、ですか。一つは、薬草ですよね?」
「ふむ。なんでそう思ったの?」
「あれには『品質が存在しない』。その点で、やっぱり目立つかなって」
「その通り。正しいわ」
マリージアさんは満足そうに頷き、薬草、と黒板に書き足した。
「もう一つは?」
「うーん……」
賢者の石を作れるならば、知っている、か。
その言い方からして、賢者の石のマテリアルだよな。
その中でも特異なもの。
となれば、
「中和緩衝剤……?」
「そう、大正解よ」
同じく、中和緩衝剤、と書き足して、さらにマリージアさんは続ける。
「薬草は『品質が固定されている』効果を、中和緩衝剤は『結合を阻害する』効果を持つの。もっとも、それらの効果を完成品に与えることは原則、できないわ。あくまで、それらの特異マテリアルがそういう性質を持っている、というだけのことよ」
「なるほど。つまり、薬草をマテリアルにしているポーションは品質が固定されないし、中和緩衝剤を使っても結合を阻害する効果を持てないと」
「そうね。他には、紐も特異マテリアルの一つよ。どんな効果だと思う?」
「魔法を乗せやすくなる、くらいのイメージですね。表しの指輪とかを作るときにマテリアルにすると便利みたいな」
「……え? 何で知ってるの?」
「表しの指輪の作り方を、実はイスカさんとの取引で教えてもらったんですよ。で、そのあといろいろと試行錯誤してたら、魔法をマテリアルにするときに紐を入れるとなんか品質が安定するなあって」
マリージアさんは少し考え込み、小さく「付与に遷移、それに省略までもか……」とつぶやいた。
「そういえば、イスカさんも言ってたんですけど。錬金付与術とか、錬金遷移術とか、それって何なんですか?」
「……錬金付与術は応用の授業の範囲で、魔法の効果を完成品に付与するものよ。錬金遷移術はマテリアルが持つ性質を完成品に遷移する技術で、昇華の授業範囲にあたるわ」
えっと……?
つまり、錬金術の応用編……なのか?
魔法における矛盾真理みたいな。
特にこれと言って、特別なことをしている感覚はないのだけど。
「にしても、カナエ、あなたの周りには魔法がよほど得意なお友達でもいたのかしら?」
「えっと……? どうだろう。相部屋の子は、結構魔法が使える方だと思いますけど」
「あなたの相部屋って誰だっけ」
「ヨーゼフです。ヨーゼフ・ミュゼ。僕と同じで、新入生総代ですよ」
「ああ。そりゃ得意か」
ミュゼの家系の子なら仕方ないわね、とマリージアさんは言う。
「なんで魔法が得意な友達がいる、って話になってるんですか?」
「だって、錬金術で魔法を付与するとき、魔法使いが要るでしょ?」
「え? 自分で使った魔法をそのままマテリアルにした方が早くないですか? 錬金術使うと魔力もたまりますし」
「……え? もしかしてあなた、自前の魔法をマテリアルにしてるの?」
むしろ他人の魔法をマテリアルにする方が難しくない?
マテリアルとして認識して錬金術を行使するタイミングに合わせて魔法を発動してもらわないといけないのって、かなり手間だと思うぞ。
「おかしいこと、なんですか?」
「……そう簡単にできることじゃあないわ。イスカならできるかしら……、少なくとも私には無理ね。あなたのお母さんにもできないはずよ」
なぜ。
「なぜって。魔法の行使の感覚と、錬金術の行使の感覚。この二つを混同せずにそれぞれ発動するのって、とんでもない技術なのよ?」
「うーん……」
実感がわかないなあ……。
「あなた、本当に右と左と前と後ろと上と下を同時に見れそうね……うらやましいわ」
その後、適当な話をしている間に一般錬金術発展の見学授業が終了。
イーベイさんとクォーレルさんは結局、この授業中に成功させることができなかったようだった。
僕も数日がかりだったのだ、一日くらいはやっぱりかかるのだろう。たとえ現代錬金術という下地があったとしても。
で、授業の終わりを告げるチャイムの後、マリージアさんは二人にこう言った。
「一般錬金術で使う錬金鍋は、現代錬金術のそれとは違って、『なんでもいい』から。まあ、一応鍋の形をしているほうが、イメージを持ちやすいとは思うけどね。だから、寮の部屋で調理用の鍋でも使って、薬草と水で錬金をひたすらに試してみなさい。いずれポーションができるわ。見学期間中にそれを成功させることができれば最良だけど、それができなくても半年間で錬金術を成立させることができれば、とりあえず単位が一つ出せるし。ま、そのあたりは各々考えて頂戴ね」




