07 - 一人前になるために
結局、謎は謎のまま。
お母さんはそんな謎に悩んでいる僕の頭を撫でながら言った。
「さて、カナエにはそろそろ目標をあげなきゃね」
「目標?」
「ええ。あなたの錬金術が一人前と呼べるようになる、そんな目標よ。ずばり……錬金術で、これと同じものを作ってみなさい」
これ、と渡されたのは、小ビンに入った液体だ。
ただ、ポーションとも毒消しポーションとも違うな。
瓶を揺らしてみると、中身はとろとろとしている感じがする。水溶き片栗粉みたいな?
「これ、触っても大丈夫なやつ?」
「ええ。触れても大丈夫よ。口に入っても……まあ、害は無いわね。美味しくは無いわ」
ふむ。薬みたいなものだろうか。
「それが何なのかは教えてあげない。ただ、この店の中に材料はそろっているから、ある程度は自由に使っていいわよ。ただし、それを作るために必要なのは、特に高いもので揃えても、原価は銀貨五枚程度よ」
銀貨五枚か。
ということは、少なくとも薬草は入って無いな……。
この店にあるものって、結構高いものが多い。だから、『銀貨五枚以下で揃える』というのは結構なヒント……だと、思う。
「でも、これが何なのか解らないと、作りようが無いんだけど」
「そうね。だからこそ、まずは自分でそれが何なのかを調べなさい」
ああ、そこから頑張らないといけないのか。
「錬金術師にとっては、未知のマテリアルと遭遇する事も珍しくは無いわ。この前あなたが作った、粉もそうね。だから、そういう未知の成果物と同等のものを、なんとかして作り出す……そんな事ができれば、あなたはもう、一人前の錬金術師になれる素質を持っていることになるの」
「一人前……」
それは、ちょっと、惹かれるな。
「……頑張ってみる」
「ええ。時間はかかるかもしれないけれど、頑張って。……その小ビンの中身が無くなったら、言いなさい。追加であげるわ」
「うん。他に注意とかない?」
「そうねえ。掃除が大変だから、もし広げてみるつもりならば、水浴び場あたりでやりなさい。そのくらいかしら」
なるほど。危険性は無いけど、掃除は大変、と。
僕は頷いて瓶をもう一度揺らしてみる。やっぱり、とろりとしている感じだ。
そんな事を確認している僕を見て、お母さんは笑みを浮かべて店へと戻って行った。
……ふーむ。
お母さんが目を放しても大丈夫と踏んでいる、だからこれは本当に危険ではないのだろう。たぶん。
だから毒薬も使わないはずだ。
そもそも銀貨五枚じゃあ最低ランクの毒薬を少量しか買えないから、最初から選択肢に入ってないか……。
ま、まずは液体の正体を見極めよう。掃除が大変とか言ってたし、お風呂場へ。
服は……まあ、着てて大丈夫だろう。
蓋を開けて左手にこぼしてみると、案の定、その液体はとろりと落ちてきた。
ポーションや水をさらさらと表現するならば、これはとろとろ。瓶を持った右手と液体を受け取る左手の距離は二十センチほど、この瓶と手のひらまで、液体が糸のように繋がっている。
手触りは……ひんやり、ぬるぬるって感じ。なんか癖になりそうと言えばなりそうだけど……。
うーん。
やっぱり水溶き片栗粉かな?
家庭科の調理実習とかで作った記憶があるような、ないような……。
それとも、理科の実験で作ったスライム的なものだろうか。
でも、あのスライムみたいなやつって、絶対に口に入れちゃダメって念押しされてたような気もするし、洗濯のりとかも使うしな。
となると、……テレビのコマーシャルとかでたまにやってる、大人の女の人が使うフェイシャルエステ? だっけ、あれに付属してるゼリーみたいなやつかな。
あとはお父さん……っと、これは渡来佳苗としてのお父さんがひげそりをする時に使っているものも、たしか、こんな感じのぬるぬるだった気がする。
確か名前は……シャークイングオイル?
って、鮫してる油? なんか変な名前だな。
大体、鮫の油なんて触ったこと無いからわかんないぞ。でも油はぬるぬるというよりぬめぬめだよな。微妙な違いだけど重要だ。
ただ、それを言うなら水溶き片栗粉はやっぱり違う気がする。あれはぬるぬるとかぬめぬめじゃなくて、とろとろだ。それに錬金術で作る意味が無いからやっぱり無し。
真面目に解らないぞ、これの使い道。
ひんやりするのも特に、ハッカみたいな感じじゃないし。単に水っぽいからひんやり感じるだけだろう。
で、口に入っても害は無い、けど美味しくは無いならば、たぶん調味料でもないだろう。
でもなあ。
世の中、何のためにあるのか解らない調味料もあるからなあ。
うま味調味料とか。
…………。
勇気を出して左手に垂れていた液体を舐めてみた。
味は……、しない。
水みたいな感じ。
でも舌触りが悪いな。ぬるっとしてるし、なんか味覚が塞がれるような……。
はて。なんか似たような感想を、いつだったか、何かで覚えた気が……何だったかなあ、随分小さい頃のことだと思うけど。よく覚えていない。
ただ、何かを食べたか飲んだかした時に、こんな感じに……、いや、飲んだ? 薬かも?
薬そのものじゃなくて、それと一緒に飲んだゼリー。ビブラート……じゃない、ええと、オブラート、だっけ?
なんか違う気もするけど、とりあえずそうだと考えてみよう。
で、オブラートのゼリーってどうやって作るんだろう。
家にあったんだから作れるのかな。いやでも、コマーシャルを見てた限り既成品が売ってたから、自宅で作る類のものじゃないと思う。
おお、いよいよもって錬金術の出番っぽいぞ。でも何で作ってるんだろうアレ。
食べても大丈夫なもの……、で、ゼリーだから、ゼラチンとか?
カンテンは違うよな、アレはもっと硬くなる。でもそれを言うならゼラチンで作ってもぬるぬるにはならないような……うーむ、振り出しに戻る。
正体不明すぎる。
せめて何に使うのかが解ればなあ……。
手に付いたぬるぬるを洗い流して、お店に移動……の前に、一応容器は錬金鍋の近くのテーブルに置いておく。
今度こそ移動すると、お客さんが来ているようだ。冒険者さんだろうか、背中には大きな弓を背負っている。
そして僕に即座に気付いたようで、その男の人は僕に視線を向けると口を開けた。
「主人。その子は?」
「ああ。挨拶しなさい、カナエ」
「はい。カナエ・リバーです」
「カナエ・リバー……、ああ、主人が言っていた息子さんか」
「ええ。この前、十一歳になりましてね。『受験』に備える勉強も兼ねて、店の手伝いを始めてもらったのですわ」
「なるほど」
なんかお母さんのキャラがおかしい……客商売だからな、そんなこともあるか。
「しかし、主人のお子さんと言う事は、この子も錬金術師に?」
「そうですね。先の誕生日から勉強を始めて、今ではポーションや毒消し薬、それらの複合ポーションを作れるまでにはなっていますわ。ポーションはまだ、品質が低いのですが……」
「ほう。それでも中々、十分でしょう」
男の人は微笑を浮かべている。
ふとカウンターに視線を向けると、そこには僕が作った毒消し薬が置かれていた。もしかしたら買ってくれるのかな?
「では、主人。この商品を戴きましょう」
「はい。特級品毒消し薬、金貨十四枚。三級品ポーションが十二個、金貨六枚。合わせて金貨二十枚ですわ」
「これを」
お客さんは袋から金貨を二十枚取り出すと、お母さんはそれを受け取り枚数を確認。問題なく取引は成立したようだ。
「今後ともごひいきに」
「ええ。それでは。カナエくん、君も頑張りなさい」
「はい!」
「良い返事です」
微笑のまま、男の人は店を出て行った。
ふーむ。
「……ねえ、お母さん。今の人って、冒険者さん?」
「いいえ、違うわ。似ているけれど……ね」
じゃあ騎士さんだろうか。
ともあれ、金貨二十枚をぽんと支払ったあの財力はすさまじい。
「それで、カナエ。どうしたのかしら?」
「あ、そうだった。材料を探しに来たんだ」
「ふふ。あれが何か解ったのかしら?」
「それが、全然わかんなくて……。だから、銀貨五枚以下で作れる、ってヒントを基に材料を絞り込んでみようかなって」
「なるほど。あなたはそっちの考え方か……良いわよ、お客さんが来たら、邪魔にならないようにね」
はーい。