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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第四章 ちょっと違った学校生活
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69 - 形だけを見るならば

 六月三日。

 洋輔とは別行動をとることになったこの日、僕が一番最初に見学に向かったのが小隊指揮発展の授業である。

 僕が他に見学するつもりの一般錬金術の授業はすべて午後の授業で、小隊指揮発展の授業が午前にある以上、これは当然のことだった。

 で、その授業が行われるのは小規模な講堂。ちょっと寮からは距離がある、しかし学区的に見れば中心地に比較的近い場所である。

 入室してみると、新入生仲間は当然のようにおらず、どころか在校生組も二人だけ。

 まだ授業の開始まで五分ほど時間があるとはいえど、一気に生徒が増えるとも思えないしな。

 少なくとも見学は後回しにされがちな授業、なのかもしれない。

 そんなことを考えているとすぐに時間が訪れて、僕を含めて三人だけの見学者の前に現れた教師さんは、どことなくお父さんに似ている男性だった。

 でも、言われてみれば似ているという程度で、そっくりという感じではないなあ。

 他人かな?

 と結論を下しかけるも、教師さんは僕たち三人を一瞥したのちにあれ、と僕を二度見した。

「本年度において小隊指揮発展の授業を担当する、アルガン・リバーだ。授業をするのは本年度からなので、いろいろと至らぬ点もあるだろうが、その点は修正を行うので、容赦してほしい。それでは授業を開始する」

 授業の内容自体は、最初から結構難しかった。

 そもそも指揮によって得られる効果だとか、指揮が必要な規模などはすでに知っている前提で話が進められていたからである。

 その辺は基礎で学んで来い、ということなのだろう。ううむ。

 でもぶっちゃけ、指揮の授業、とるかどうか微妙なんだよね。よっぽど暇ならとってもいいけど、あんまり興味ないし。

 まして日本に戻ってから役に立たないよね?

 ああでも、リーダーシップって意味ではあって困るものでもないのか。

 ……生徒会長は戦争しないけど。

 この授業は五十分、設定されている単位は二。

 最初の十五分はなんとかついていくことができたけど、後半はちんぷんかんぷんだった。

 そしてそんな様子の僕を見て、なんでこの授業を受けようと思ったんだ、というような視線が三つほど。うん、身分不相応なのはある程度想像ついてたんだけど、好奇心には勝てなかったんだ。ごめんなさい。

 というわけで授業終了、解散。

 在校生の二人が去ったあと、僕は意を決して先生に問いかけた。

「あの、すいません。質問がしたいんですけれど」

「何かな、新入生総代。正直君が受けるには、まだこの授業は早かったようだが」

「その点に関しては面目ないです。ちゃんと基礎を学んでから出直すことにします」

「うん。それがいいだろう」

「けど、質問は授業についてじゃありません。えっと、もしかして、先生は僕と血縁関係だったりするんですか?」

「…………」

 何をいまさら、そんな表情で先生はまず浮かべて、次にああでも仕方ないな、みたいな感じの表情になると小さく息をついた。

「その様子だと、兄者は何も君に話してないのだね」

 兄者?

「その通り、私は君の叔父にあたる。君の父親の弟……だ」

 あ、普通に弟さんだったのか。

「もっとも、君の父親、私の兄者にあたるあの人は、私の存在を知らないかもしれないな」

「え?」

「私と兄者は十七歳差だ。兄者が自立してから少し期間をおいて、私が生まれたのだが、兄者は結局一度も実家に帰らずにそのまま結婚、辺境に居を移してしまったからな……。私は兄者と会ったことがない」

「……僕のお父さん、自由を謳歌してたんですね」

「そういうことだ」

 お父さんが学校に関係者がいることを教えてくれなかったのは、お父さん自身がそれを知らなかったから……か?

 ……うーん。

 なんかイメージと違うな。

 お父さんはとぼけたふりして、結構いろいろと知ってる人なのだ。

 大体、建築を専門としていたとはいえもとは首都で騎士をしていたのだし、弟の存在を知らないとも思えない……。

 けど、目の前にいる叔父さんことアルガンさんが嘘をついているようにも見えない。

 お父さんが何か、隠し事をしてる感じかな?

「私としても正直、少なからず兄者に思うところがあるが……まあ、親のことは親のことだ。君には関係がない。逆に言えば、君は確かに私の血縁だが、それを理由に特別扱いをするつもりはないし、逆に君も私を特別視しないように。何があろうと、君だけを優先して特別に助けることはしないだろうからね」

「はい。肝に銘じます」

「いい答えだ。他に質問は?」

「ありません」

「そうか。いろいろな授業を見て回りなさい」

 はい、ありがとうございます、と僕はお辞儀をして、講堂を出る。

 うーむ。

 結構、突き放された感じがするな。

 もうちょっとこう、親戚なんだしフレンドリーにやってくれたらよかったのにと思わないでもないけど、日本ならともかくこの国じゃあこれが普通なのかな……。

 まあいいや。

 お昼ご飯たべよ。

 僕はすぐ近くにあった多目的スペースに向かうと、そこにお弁当を展開。

 今日のお弁当はカツサンドだ。

 レシピは豚肉、小麦粉、食用油、ソース。

 ソースはニンジンをマテリアルとして、賢者の石で強引においしいものを作り上げた。なお、その工程を見た洋輔が頭を抱えていたのは言うまでもないが、いい加減に慣れてほしいものである。

 まあ、コスパ的な意味では、ちゃんとしたマテリアルを見つけたほうがいいんだろうけど。

 飲み物は水筒に入れてきたアイスティ。欲を言えばウーロン茶とかのほうがいいんだけど、売ってるのを見たことないんだよね……。

 一人でもさもさとカツサンドとアイスティを食している、そんな時だった。

「ん? 新入生?」

「本当だ。珍しいな、こんなところにいるのは。しかも一人か」

 うん……?

 在校生さん、だよね。制服の色からして第三学年っぽい。

 別に感じが悪いというわけではないけど、なんか言葉尻が引っかかる。

「そこの新入生」

「僕、ですか?」

「そう。お前だ。お前、これまでに何度戦った?」

「戦う?」

 えっと、何と?

 魔物か何かだろうか。

「その様子だと経験なし、か」

「だな。ま、最初はだれでも困惑するだろうが……学校生活というものを、知ってもらわなきゃ、な!」

 うん?

 先輩の片方が短剣を取り出すと、こちらに向けてきた。

 もう片方の先輩も見れば、片手で持つタイプの杖を手にしている。

 え、臨戦態勢?

 なぜ?

 僕の後ろになんか居るのかな、と一応確認してみても、特に何もいない。

 つまりあの先輩たちは僕に武器を向けている。そういうことになる、よね。

「新入生。お前、初めてなんだろう? さっさと武器を抜け」

「何でですか。僕、別に先輩たちと喧嘩したくてご飯食べてるわけじゃないんですけども」

「お前が一人で行動しているからだ」

 一人で行動しているから……?

「この学校には明文化されていないルールがいくつかある。その中でも代表的なのが、このルール。『単独で行動する、イコール、決闘を受けつけるという意思表示である』」

「決闘……」

 確かに、決闘というルールについては入学式典後に配布された大量の本の中にいくつかその作法について書かれていた。

 学年を問わず、生徒間で何かを賭けて戦う行為を、全般的に決闘と呼ぶ、だったかな。

 ここでいう戦いとは肉弾戦に限らず、たとえば座学……クイズだとかテストの点数だとか、そういうものも含めていたはずだ。

 ちなみにこの決闘で賭けることが許される最大のものは、時間にして一時間以内で完了できる程度の作業、もしくは銀貨二十枚未満の物品一つ。

 で、決闘は何も一対一でなければならないわけではなく、一対多もあり。

 その場合、賭けの限度は人数に依存し、つまり一のほうが負ける分には普段通りで、他のほうが負けるとその人数分だけ一のほうが奪うことができる。

 妙に制度化されてるなあと洋輔とは話してたけど……。

「どうせ知らなかったのだろう。だから一人で行動をした」

「その通りです。見逃してくれませんか?」

「痛い目を見たほうが覚えるのが早いもんでな」

 見逃してはくれない……か。

「というわけで、俺たちが買ったらお前が食っているそれをもらおう。旨そうだしな」

「新入生、君が勝ったら何がほしい?」

「そうですね……」

 二人だから、僕が要求できるのは合計二時間以内に完了できる程度の作業、もしくは合計銀貨四十枚未満の物品を二つまで。

「じゃあ、僕が勝ったら、お二人が持ってる薬草を二つもらいます」

「いいだろう。武器を構えなさい」

「それは、遠慮します」

 僕は席から立つこともなく首を横に振る。

 武器なんて持ってないしな。一応ナイフは持ってるけど、果物ナイフ的な目的のあれなので、武器としては不適格だ。

「なんだ、まさか丸腰で歩き回ってたのか。感心しないな……次からは気をつけろよ?」

 …………。

 え?

 もしかして決闘って、一人で行動すると大抵発動するの?

 今回がかなりのレアケースってことじゃなくて?

「新入生がどう考えてるのかはわからないでもないが、あれだぞ。単独行動をするならば、一日に二回から三回は決闘をする羽目になる。特に人通りが多いとな」

「そうなんですか……面倒ですね……」

 しかしなんとなく納得もできるのだった。

 アルさんが一年生のころ、常に武器を持ち歩いていた……とか言ってたけど、それはこの決闘対策か。

 ううむ。いよいよ学校というより養成機関って感じがしてきたぞ。

 でも形だけを見るならば、制度化されたカツアゲともいえるから、やっぱり学校……?

「まあいい。それで、武器も持っていないならば素手で戦ってもらうわけだが、一応補足しておこう。決闘は不戦敗を選ぶことができる。決闘で怪我を負った場合、負わせた側が治療施設に連れて行かなければならない決まりだし、早めに決断してもらえるとありがたいな」

「魅力的な提案ですけど、お断りします。僕はこれでも結構食い意地が張るタイプなんです」

「そうか。残念だ。そろそろ攻撃を開始するが、いいのか?」

「かまいませんよ」

 僕はそう答えつつも発想し、連想も済ませておく。

 武器を構えるつもりはない。

 僕は杖を必要としないからだ。

 そして、怪我をさせるつもりもない。

 治療施設に連れていかなければならないということも、確かに本に書いてあった。

 正直、連れていかれるのも連れていくのもごめんだ。

 であるならば、僕がするべきことは決まっている。

「それじゃあ、決闘成立、開始ってことで――な!」

 杖を持ったほうの先輩が杖を掲げる。

 その瞬間に合わせて、防衛魔法を二人の先輩を閉じ込めるような球状に展開。

 魔力によるコストの代替はオンの状態で、今の僕が持っている魔力はちょっと普段よりも多め。

 あの時。

 ジーナさんが破るのに苦労したあれよりも、さらに強度は上がっているはずだ。

 当時第四学年の、しかも成績がトップ近かったジーナさんでそうだったのだから、第三学年のこの人たちには破れないだろうと判断してのことである。

「……遅くなりましたが、名乗りますね。僕はカナエ・リバーと言います。新入生総代の片方です。その上で判断してください。お二人にこれ、破れますか?」

 もし破れるならば、ちょっと試してみたいこともある。

 破れないならば降参してくれるだろう。

 僕の目論見は、残念ながら後者の側で果たされたのだった。

「降参だ。俺たちの負け……で、いい」

「そうですか。……それにしても」

 防衛魔法を解除し、二人から薬草を受け取りつつ僕は続ける。

「単独行動が決闘を受ける、の意思表示……ねえ。なんでそんな重要ルールが、明文化されてないんですか?」

「新入生に単独で行動させたくないからさ。どうしても入学したてだとガードが甘いからな。そこで痛い目に合わせて、二人以上で行動する癖をつけさせるのが目的だと、俺たちは聞いている」

 なるほど。

 人間、失敗したほうが身に染みて覚えることも多いしな。そのあたりが理由なのかも。

 洋輔、大丈夫かな?

 ベクトラベルがある以上、負けるとは思わないけど、なんかやりすぎてそうだ……。

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