67 - 杖の役割
新入生向けの授業見学は、通常の授業が行われる時間と同じ時間に行われる。
移動も含めた実際の負担を把握できるように、という意図が含まれているらしい。
六月二日、記念すべき最初の見学は、大分類『魔法』小分類『魔法理論』階級『発展』を選択。
最初だし基礎のほうが良いんじゃないかと僕は言ったのだけれど、洋輔曰く、
「俺にせよ佳苗にせよ、『矛盾真理』を込めた防衛魔法が展開できるんだ。だから、基礎のレベルはとっくに通過してる。発展もあるいは通り過ぎてるかも……。矛盾真理にせよ防衛魔法にせよ、難易度だけで言えばありゃ上から数えたほうが早い技術だからな」
との事らしい。
僕にはそのあたりの知識が抜けているのだけれど、洋輔はヨーゼフ・ミュゼとして、ミュゼという魔法使いの家系に生まれているわけで、そのあたりには詳しいのだった。
だから、最初から発展。
もちろん、解らない事が多すぎれば基礎に行くという前提のもと、僕達は授業が行われる場所へと向かったのである。
他にも来てる新入生、居るのかな……と、授業を行う会場として指定されていた講堂に入ると、上級生らしき人たちが着席していた。
見学者向けのスペースは……っと、あそこか。
「あっちみたいだね」
「だな」
他に新入生は来ていない、みたいだ。
ちょっと残念。
でもまだ授業が始まるまでは十分ほどあるので、まだ増えるかもしれないけど……。
尚、僕と洋輔はこの見学に望むにあたって、とりあえず筆記用具は持ってきているのだけど、杖は持っていなかったり。
でもここに居る生徒さん達、みんな杖もってるんだよね……。
「やっぱり杖、必要なのかな?」
「んー……」
僕が小さくつぶやくと、洋輔は曖昧に首を傾げた。
「そもそも杖ってものがなんで魔法に使われるか、カナエは知ってるのか?」
「全然」
「……多分そのあたりは基礎のほうで教えてくれるんだろーな。杖ってのは効果の指定を補助してくれる道具なのさ」
「効果の指定?」
「範囲とか対象とかの指定、だな」
うん……?
僕がいまいち理解していないことに気付いてだろう、洋輔はさらに補足をしてくれた。
「もっと簡単な事だよ。そうだな。カナエ、そっちの机を見てみろ」
「そっちって……」
とりあえず適当に見てみると、「それじゃない」と指摘された。
どれのことだ。この講堂には机が沢山あるぞ。
「今のじゃどの机かわからねえ、だろ?」
「うん」
「じゃあ、そっちの机を見てみろ」
と、言葉は同じく、しかし洋輔は隣の机を指でさしながら言う。
さすがにそれは解る。
「……なるほど。概念的にはそう言う事か」
「そ。『対象の指定を手伝う』道具……それが、一般的に使われてる片手で持てる杖だ。逆に言えば、咄嗟に、そして瞬時にその指定ができるようになれば杖は要らねえ。俺もカナエも、だから杖を必要としてないワケ」
「じゃあ、両手で抱えるような杖は?」
「そっちは効果の安定を補助する道具だ」
「ふうん。杖を持つと効果が強くなる! とかじゃあないんだね」
「んー」
あれ?
強くなるの?
「厳密には強くならねえよ。だからカナエの認識は正しい。でも、杖を持てばその分だけ魔法の行使が最適化される……つまり、ちょっと楽になるんだ。その楽になった分だけ、魔法の効果に集中できるし、結果的に魔法の効果が上がる、ことはある」
「僕も杖を持った方が良いのかな?」
「いやあ、微妙だろ。俺もカナエも、防衛魔法とか、普通に杖無しで発動できるだろ? 自分が想像した通りの場所に、『矛盾真理』とかもひっくるめて」
「うん。でも、皆そうじゃないの?」
「皆そうだったら杖なんていらねーよ。で、だ。そういう指定が無意識レベルでできちゃってる俺達だと、杖を持ったところで、そもそも最適化の余地が殆ど無い。だから杖を持っても、ほぼ誤差だろうな。全く効果がねえとは言わねえけど」
結構めんどくさいんだな、魔法周りは。
「ほほお。なかなか興味深いお話ですねー。ヨーゼフくんはさすがに魔法に詳しいんですね!」
と。
どこかで聞き覚えのある声がして、そちらに顔を向けて見る。
すると、同学年であるい事を意味する学年カラーの制服を纏った女子生徒が二人、いつの間にか立っていた。
片方には心当たりが無いけれど、もう片方、洋輔に話しかけた方の女子生徒には見覚えがある。
確か、
「フゥ、だったよね。おはよう」
「おはようございます、カナエくん。フゥのこと、覚えていてくれて嬉しいですよ」
よかった、合ってた。
まあこの子、一度話したら忘れられないだろうけど。なんか口調が独特だし。
「ちょっと、フゥ。その子たち知り合いなの? ていうか、その子たち確か、新入生総代よね?」
「フゥはこれでも知人が多いのですよー。友達百人できるのですよ!」
「そう、そうなると良いわね。で、実際のところどうなの?」
「以前、雑貨屋さんでお二人と偶然出会ったですよ。この前見せた銀塊を買いに行ったときですねー」
「へえ」
で、本当なの?
と、言いたげな視線が向けられてきたので、とりあえず頷くと、その女子生徒はそう、と頷いた。
「あたしはヤムナ・シヴェル。フゥと相部屋の魔法剣士よ。よろしくね」
「こちらこそ。カナエ・リバーです」
「俺はヨーゼフ・ミュゼ」
「礼儀正しくどうも」
ヤムナ・シヴェルと名乗ったその女子生徒とは、僕よりも身長の高い女の子だった。
薄褐色の肌に金色の目、長く金色の髪がとても綺麗に映えているけれど、その色は限りなく白に近い。控えめに言って神秘的だけど、逆に言えばなんか人工的というか……。フゥとは別方向だな。
確か、例の評価リストによると、30、50、30、90だったっけ?
星こそ獲得していないけれど、生存試験で結構な高得点、体術面でもそれなりに、って感じの子だったはずだ。
そんな彼女がなるほど、フゥの相部屋ね。
気苦労が多そうだけど適任かもしれない。
「シヴェル……か。その髪。まさか本物のシヴェルなのか?」
「そう判別が付くということは、やっぱりあなたも本物のミュゼなのね」
「やれやれだ」
「やれやれね」
…………?
なんか二人の間で話がとんとんと進んでいる。どういう意味だろうか。
「隣、座っても?」
「あ、はい。どうぞ」
「失礼するわ。フゥもふわふわしてないで座りなさい」
「はーい」
ヤムナは僕の右隣に座り、ヤムナの隣にフゥが座る。
結果、左から順に洋輔、僕、ヤムナ、フゥ。
なんか奇妙な絵面になってそうだ。
「……差し支えなければ、今の会話の意味、聞いても良い?」
「座りたかったからよ」
「ごめん。そのもう一個前」
「解ってるわ。……あたしは良いけど、そっちはどうなの、ミュゼ」
「俺も別に構わねえぞ」
「あたしから説明したほうが良いならあたしから説明するけど、どうする? 相部屋ならミュゼ、あなたから話した方が良いのではなくて?」
「……まーな」
えっと……これは俗に言う、藪蛇だったかな。
聞かなければよかったと後悔。
でも興味を持ってしまったものは仕方ないわけで。
「この国には魔法使いの血統が七つある。その中でも特に独立路線に進んだのが俺、ミュゼの血統。だとしたらその反対側、真っ当な方向に進んだ家系の一つがシヴェルだ。だから直接の知り合いじゃねえけど、大体の事情は互いに知ってるって微妙な関係なんだよ。遠い遠い親戚の親友、みたいな……」
「それ、一般的に他人って言わない?」
「そーだなあ。一般的には他人である事に違い無い。けど、互いに色々知り過ぎてる。『知ってる他人』というか、『知らない知人』というか、そんな感じなんだよ」
なんだか複雑な事情があるようだ。
「そっから先は、シヴェルの事情があるからな。俺が言っていい事じゃない」
「お気づかいどうも。でも、あたしのことはヤムナと呼んで欲しいわ」
「なら、俺の事もヨーゼフと呼んでくれ。ミュゼはどうせ、俺が最後だからな」
「……ミュゼが滅びかけてるって噂、本当だったのね」
「ああ」
寂しくなるわあ、とか言いつつ、ヤムナは手を広げると僕に見せてきた。
その手の中には円が三つ、重なり合うように描かれて……、いや、違う。
刻まれている……?
「詳細までは教えてあげられないけど、ま、こういうのが私の特徴よ。よろしくね、カナエくん」
「こちらこそ」
まあいいや。
部屋に帰った後に洋輔が教えてくれたら、その時は覚えておこう。
「新入生は結局、僕達四人だけか」
「そうなりそうだな」
時間的に、という洋輔の言葉は、ジリリリリリリ、という音でかき消される。
チャイム……かな?
目覚まし時計みたいだけど。
そんな音がしている間に、講堂には大人の男性が一人入ってくる。
それに合わせて先輩方が起立したので、僕達新入生も合わせて起立。
すると、大人の男性はちらりと僕達四人をみると満足そうにうなずいた。
チャイムの音が鳴り終えるなり、男性は言う。
「魔法理論発展の担当教師、ロカだ。今回の授業は見学期間であるため、六月十五日からの七日間に行われる『一回目の授業』と内容は同じとする。第二学年以上の者は授業に積極的に参加するように。第一学年、新入生の諸君については、こちらから当てる事は無いので、まずは様子見をして見るように。以上。これより授業を開始する――」
「――であるからして、魔力の定義には様々な――」
「――魔力を二系統以上に分断することで複数の魔法を――」
「――矛盾真理に代表される応用技術の踏み台としての理論――」
「――そもそも魔法の原理とされる発想とは――」
……とまあ、授業それ自体は卒なく進み、普通に終了。
チャイムが鳴って起立、礼をして教師のロカさんが去ってゆき、生徒たちも帰り支度を始めている。
僕達四人はそれを眺めて、ただ、ぼーっとしていた。
「まあ、なんていうか……。あれだな。なにをいまさら、って感じの内容だったな」
洋輔が身も蓋も無く纏めると、「そうですねえ」とフゥが同意した。
「いくら魔法理論という基礎的な部分であるとしても、フゥにはちょっと簡単すぎるですよー。昇華は無理でも、応用はいけそうですねー」
「……フゥって魔法得意なの?」
「どうですかねー。一通りの魔法は使えるですけど、特にこれと言って得意、という魔法がないですねー」
「…………」
本当に?
と、視線をヤムナに向けて見ると、ヤムナは首を横に振った。
「なんていうのかしらね。普通魔法って、得意苦手が出るものなのよ。攻撃魔法が得意だけど防御系の魔法が苦手とか、補助魔法がずば抜けてるけど攻撃魔法が使えないとか。その点、フゥはちょっと特別で、『全ての魔法を普通に使える』という珍しいタイプよ」
「なんだそりゃ。もしかしてフゥってアランの血統か?」
「あたしの見立てだと、それは無いわね。アランの証は無かったわ」
「天然物かよ」
え、何この会話。
アラン?
血統ってことは、流れ的に魔法使いの血統……か?
「あのぅ。フゥはよくわからないんですけど、アランって何のことなんですか?」
「何でもないわ。あたしたちの親戚というか仲間と言うか……、まあ、その家族なんじゃないかって話よ。でもあなたの周りに、アランって姓の人は居ないでしょう?」
「アラン……ですかあ」
フゥは暫く考え込むようなそぶりを見せて、居ますね、と呟いた。
「そうだろうな。やっぱり居ねえよな。……え、居るのか?」
「居ますよ。フゥのお父さんのお友達と結婚した方の義理のお兄さんに、ランドル・アランという人がいるです!」
えっと、お父さん、の友達、と結婚した人の義理の兄。
…………。
「それ、他人じゃない?」
僕の突っ込みに、洋輔とヤムナは大きなため息で答えるのだった。




