65 - 入学式典における洗礼
六月一日。
午前九時三十分。
国立学校『大講堂』アルターヘイヴン。
特に重要な学校行事は、その最大規模の施設で行われる。
僕達新入生はこの日の八時に多目的室に集合し、その後教職員の指揮のもと寮からそれぞれ移動して、会場に到着したところで今日の日程について、簡単な説明が行われた。
「本日、この式典を経て、諸君は国立学校の生徒となる。これから名前を呼ばれた順に、会場に入るように。会場内には新入生用の席がある。その席の前から、左詰めで座る事」
僕達がそれに異議を唱えなかったのを見て、教職員さんは言った。
「では、一人目。フユーシュ・セゾン」
「はい」
フゥがまずは呼ばれ、入場。
やっぱり天然っぽいよなあ。全体的に。
その後呼ばれて入って行った順番は、あの時見せられたリストの順番通りだった。
そして最後まで残された僕と洋輔は、教職員に呼ばれること無く「付いてきてくるように」と指示をされ、教職員に連れられる形で会場に入場。
「新入生総代、入場」
そんなアナウンスがされた瞬間、会場内がざわつくと、僕達に視線が集中した。
…………。
段取りは知ってたとはいえ、あれだな。新入生が最後に入場するというのは結構、神経の太さを要求されると言うか。
会場がざわついたのは、僕と洋輔が並んで歩いていたからだろう。
新入生総代は原則一人。
二人が同時に選出される事は希、らしいし……。
やりにくいなー、と思いながらも歩き、当然のように新入生用の席を通り過ぎて、そのまま壇上に用意された席へ。
席は二つ開いていて、向かって右側の席の後ろに居た人が小声で「ヨーゼフくんはこちらに」と言った。なるほど。
言われた通りの席に向かい、僕達は揃ってお辞儀をしてから着席する。
こうして、新入生を新入生として迎える国立学校の最初の行事――入学式典は、厳かに開始されたのだった。
予め指定されていた通りに事は進み、新入生総代としての宣誓を僕と洋輔が終えると、次は在校生の答辞。
これも卒が無く終わり、順調に式典は進む。
国のお偉いさんによるお話は長く二十分にも及び、大分眠くなったりもしたけどそれはそれ。
こうして、予定されたプログラムは終了。
その後新入生にはレクリエーションが有る、とのことだったが、しかしなかなか退場に関するアナウンスが出ない。
何かトラブルだろうか?
と思ったら、在校生総代、最高学年における最優秀生徒であるマルレル・ティファニエさんが壇上に登ると、杖を掲げた。
両手杖……?
さっきまでは持ってなかったはずだ。
事実、彼女の腰には片手で持てるような、小さい杖が装備されている。
「在校生総代、マルレル・ティファニエより、新入生の皆さんに今後の予定をお知らせします」
はて。
予定表には無い行動……いや、別に退場する、とは予定表になかったわけで、ならばこれも予定通りなのか?
だとすると、レクリエーションをするのは先生方じゃなく、この人か。
「まず、今後の学校生活について。詳細な情報は寮の各部屋に、この式典をしている最中に届けられていますから、本日、この式典が終了次第それぞれ必ず確認をし、そこに書かれている通りの行動をすることを望みます」
ふむ……、式典中に届けてくる、ねえ。
普通に言葉で説明してくれればいいのに。
いや、それとも、言葉じゃ説明し難いのかな……?
「あなたがたがどのように授業を選び、単位を取得するかはあなたがたが考える事です、自由に分配してください。しかしながら在校生総代として、あるいは単なる一人の先輩として忠告をさせていただくのであれば、単位をギリギリにしてしまうと後々厄介なことになりますし、かといってあまりに多くの授業を選べば捌き切る事が出来なくなるでしょう。それぞれ自分に見合った分量の、それぞれ自分に対処しうる範囲で頑張る事です」
う……ん……?
小学校とか中学校とは全然違うのかな、もしかして。
授業を選ぶ……、選べるのか、そもそも。
なんか似たような仕組みをどこかで聞いたことが有るような……。
「大学みたいだな」
ぼそり、と隣に座った洋輔が、僕にだけ聞こえる程度に呟いた。
ああ、なるほど。そうだ、大学がそんなルールだった。
単位制……だったっけ?
「また、授業の選び方にもポイントが有ります。自分の得意をさらに伸ばすか、自分の苦手を補うか……。あなた方は己の思うがままに、己を磨くのが良いでしょう。得意を伸ばしたことで特定の分野における最高位に昇りつめた者も居れば、苦手を補ってあらゆる分野に名を馳せた者もいますから、一概にどちらが良いともいえません」
錬金術の授業とかあるのかな。気になる所だ。
「但し」
と、マルレルさんは凛と言う。
「あなたが新入生、第一学年には、かならず受けなければならない授業が存在します」
あ、必修科目ってやつだろうか。
やっぱり算数とか歴史かな?
「それは、護身術です」
ええ……。
「あなた方は国立学校に入学した者たちです。国立学校に入学した、ただその一点のみで、あなた方の持つ価値は跳ね上がっている……あなた方がどう考えどう感じどう受け止めているかどうかは別として、その他の者たちはあなた方に膨大な価値を見出してしまうのです。たとえそれが実情を伴わないとしても、たとえそれが現実には無いものだとしても、『国立学校に入学した者である』という称号は、ただそれだけで多大な影響を環境に与えてしまうのです」
影響を与える……か。
六千人のなかの百数十人。
国からのお墨付きとしてのエリート。
「あなた方は学区内に居る限り、教職員から最低限にして厳重な保護をされます。ですが学区からひとたび足を踏み出せば、そこはもはや庇護の外。ここで、明確に数字を出しておきましょう。十五人です――十五人という数字を、出しておきましょう」
十五人……?
「もちろん多少の増減はしますが、新入生の内、十五人ほどが第一学年において脱落しています。学区から外に出たところを誘拐され行方不明になる子。あるいは学区から外に出たところを殺害された子。様々な理由で、十五人ほどが居なくなってしまうのです。どんなに警告をしても、どんなに警戒をしてもね。もちろんあなた方は覚悟を持てる強い方々である事を、私は確信しています。私だけではありません、ここに居る全ての在校生と教職員、そして国の方々も、そこについては信頼しています。……ですが」
マルレルさんは首を横に振って。
「覚悟があっても、決意があっても、現実の脅威に対抗できるとは限りません。覚悟をしただけで決意をしただけで無敵になれるわけではないのです。あなた方を攫おうとする者たちは、あなた方を殺そうとする者たちは、それを知っています。あなた方が決して弱くは無い事を、あなた方がとても強いと言う事を……そして、その上で尚、あなた方を攫ったり、殺す事は可能である事を」
無敵になれるわけではない……精神論じゃあ何も変わらない、か。
「だからこそ、あなた方には護身術を必ず学んでいただきます。最低限、普通の大人に負けない程度の力量を、そこで獲得して貰います。戦闘が苦手でもこれは必須です。とはいえ……この場に居るあなた方は、それが十分に可能です。それさえもできないような子は、そもそも合格できませんから、ね――」
マルレルさんはそう言うと、改めて杖を掲げた。
「――それでは、最後になりましたが、洗礼を開始します。あなた方が国立学校の生徒であるという事を自覚するための、あなた方が国立学校の生徒として認められたと言う事を確認するための、そしてそれらの意味するところを知らしめるための洗礼を開始します」
そんな言葉を合図にして、僕達の横から何かが運ばれてくる。
鉄格子……の、箱。
要するに、移動できるようにした檻、だろうか?
中には大人が二人入っていて、どちらも鎖につながれている。
服装はそこそこ整っていて、健康状態も決して悪くはなさそうだけど……なんかこう、晒し物って感じだよな。
あんまり良い感じはしない。
むしろ嫌な予感がする。
「この檻に囚われているお二人は、今年の一月、本学校の生徒一名を拉致監禁し、自害に至らしめた張本人……罪人です。罪人として検挙されるまで、このお二人は大商人としてこの国の発展に貢献していましたが……嘆かわしい事に、彼らは『国立学校の生徒という称号を求めるがあまりに、短絡的な行動をとってしまった』のです」
檻の中に繋がれた二人は、明確に表情を歪めた。
「罪には罰を」
マルレルさんが呟き、杖を振る。
鉄格子ががらんがらん、と音を立てて崩壊し、中に閉じ込められていた二人の身体が宙に浮いた。
えっと……魔法?
「そして新入生の皆さんに与える洗礼とは、」
杖を振る――崩壊した鉄格子が、宙に浮かぶ。
「即ち、罪人をこのように『処理』できる立場にあなた方があるという事を自覚させるものです」
鉄格子を構成していた鉄の棒が、串のように二人の罪人を貫いた。
叫び声が響き渡るが、それを塞ぐかのように鉄格子が罪人の喉をも貫く。
「残酷だと思うかもしれません。横暴だと思うかもしれません。もしあなた方がそのような感情を抱いたならば、その感情はとても優しいものです。その感情はとても尊いものです。だからこそ、そのように思ったならば、あなたは己を護りなさい。己を護って、このような『処理』を自らの手でしないで済むように、仲間の手にさせずに済むように励みなさい」
ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、と。
だくだくと。
串刺しになった二人の身体から、血が流れている。
僕はそれを見て……気が遠くなるのを自覚する。
けど、なんとか。気絶は、免れている。
……ちょっとでも油断したら、たぶん落ちるな、僕。
「これにて入学式典の全工程は終了です。新入生の皆さんは、各自部屋に戻り、今後の学校生活に関する詳細が記されたものを必ず今日中に確認し、指定された期間までに指定されたことを済ませてくださいね。以上で解散します――これからの学校生活、一緒に頑張りましょう」
マルレルさんはにこりと笑って言う。
そして、僕達に振りむくと、少し意外そうな表情を僕に向けた。
「おや。カナエくん、随分と顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
「……ええ、まあ、たぶん」
「そうですか。無理はしないでくださいね。あなたもヨーゼフくんも新入生総代……あなた方には、他の新入生よりも少し決めなければならないことが多いのですから」
「え?」
部屋に戻れば解りますよ、と言って、マルレルさんは去って行く。
僕は暫く呆然として。
洋輔の手が肩に置かれて、はっとする。
「もう、立てるか」
「うん。……ごめん」
「お前は悪くねえよ」
言いつつ、洋輔は自然と僕の前に立っていた。
きっと、アレを僕に見せないために。
だから、僕もあえて見ようとはせずに立ち上がり、ただ、洋輔に問いかける。
「他の子たちは?」
「解散した。反応は色々だが、とりあえず会場を出てるはずだ。俺達が最後……だろうな。三十分は経ってるから」
「そっか」
三十分。
気絶しなかっただけでも上出来だと考えるべきか、それとも結局三十分も行動できないならば意味が無いと見るべきか。
「上出来だよ」
洋輔はまるで僕の心を読むかのように言う。
「今日のカナエはよく踏ん張った。……部屋に、戻ろう」
「……うん」




