64 - 生活試験の裏側で
僕達が生活試験の名目で三日間寮に拘束されている間、学区内大規模人工林において行われていた生存試験について、僕達がポーラさんから追加で獲得できた情報は次の通り。
まず、参加者は四千三百二十二名。開始前に千六百弱が棄権を申し出たらしい。まあ、三日間サバイバル生活を生き残れ、と突然言われて、はいそうですかと受け容れる子ばかりではない。試験が始まる前に三分の一ほどが脱落したと言うわけだ。
で、残った四千人ほどには、『支給品』として望んだ武器・防具・道具のいずれか一つが渡される事が説明され、同時にそれを何にするかを決めるための時間として三十分間の猶予が与えられた。三十分後、試験は支給品の支給を以って開始とされ、全受験生が人工林に突入したのは最初の受験生が突入してから二時間後。
四千人を捌くにはそのくらいはやっぱり掛かるよなあ。
まあともあれ、そんな感じで試験は開始。極一部とはいえその意図を理解した子たちも居て、そんな子たちは初日の、試験開始直後、あるいは試験が始まる前に同盟やパーティを結成、道具を分担する形で突入し、結果も上々でほとんどが合格と相成ったらしい。
一方で、三日間を同盟もパーティも無しに単身で突破した子も居ないわけではなく、その中でも特に異質な例がフユーシュ・セゾンという女子である。
フユーシュ・セゾン。それは僕と洋輔の名前の次に名前が書かれた、生存試験の満点合格者だ。
その子は平均を上回る魔法・戦闘・技術・知識・知恵などを駆使し、遂に三日間の生活を、他のどんな受験生たちよりも余裕にこなしたのだと言う。
制度的に存在しないが故に付与される事は無いが、事実上、星のバッヂを獲得してもおかしくなかったんだとか。
なんでそんな子が一次試験の三種で埋もれていたのかについては不明。
少なくとも、生存試験において発揮したその子の力量は、一次試験のいずれかで星を獲得していてもおかしくない程度ではあったそうだ。
ともあれ、そんな例外のような例はあれど、基本的に星を持たない、生存試験を突破した子たちは連携を出来ていると言う事である。
そう考えると、生存試験を免除された側はそれがちょっと怪しい。
個々の能力は大したものなのだろうけれど、咄嗟の連携ができるかどうかは別問題だ。
むしろなまじ力がある分だけ、連携を苦手とする子も多いかもしれない。
「それにしても」
「うん?」
「いやあ。生存試験を受けてた子から見ると、僕達が柔らかなベッドとあたたかいご飯を食べて三日間生活しているってのは許し難いだろうなあって」
「あー……」
確かにな、と洋輔は頷いた。
「最初は、だから、そこだろうね……免除組と突破組の間に起きるであろうトラブル。それをどの程度抑えられるか」
「トラブルねえ。起きるかな?」
「起きると思うよ。寮ごと分けてるのはそのあたりが理由だろうし」
免除組にはどうしても優越感があるし、突破組にはそれに対する嫉妬や劣等感が付き纏うだろう。
それをいかに解消するか。学校のお手並み拝見だ。
ちなみに洋輔がこのあたりに思い至っていないのは、単にこう言い換えることができるからである。
つまり、免除組を推薦組、突破組は一般組、と。
その後、僕達は半日ほどをかけて情報を可能な限り記憶し、ポーラさんに挨拶をしてその場を辞した。
寮への帰り道。
まだまだ慣れない道ではあるけど、入り組んでいるわけでもないので、特に迷う要素も無く。
結構いろんな生徒とすれ違ったけど、微妙に僕達が来ている制服とは色が違ったりして、学年カラーと言う奴なのだろうな、と納得したり。
ついでだったので途中で色々と買い物もしていく事に。
と言っても、大半が僕の要求なんだけどね。
って、うお。銀塊がある。珍しいな。お値段もそこそこ安い……、買っちゃおうかな?
と棚に置かれた銀塊に手を伸ばすと、僕では無い誰かも同時に同じ物に手を伸ばして来ていた。
危うく手が触れそうになって引きもどし、その誰かのほうに視線を向けると、女の子。
知らない子だな。
「あなたも、それが御入り用ですか?」
その子は僕をまじまじと見てから言う。
「ちょっと安めだったから……ね」
僕もその子をまじまじと見ながら言う。
彼女が着ている制服は、僕達の制服と同じ色。
つまり、新入生か。
寮でも見覚えが全く無いって事は、たぶん突破組だな……。
黒い髪を肩より少し伸ばしていて、右耳にはイヤリング。育ちは良さそうだ。
「でも、どうしても必要ってわけじゃないし。君が必要なら、どうぞ」
「では、遠慮なく」
女の子は微笑を浮かべて銀塊を手に取ると、ぺこりとお辞儀をしてきた。
「申し遅れました。フゥはフゥです。新入生ですよ」
「…………?」
えっと……、うん?
今の、自己紹介だろうか?
「僕はカナエです。カナエ・リバー。僕も新入生なので、同級生になりそうですね」
「おや、そうでしたか。ちょっと気が楽になりました」
なら良いけども。
しかし、フゥ?
そんな名前の子、居たっけ……? 愛称かな?
「おーい、カナエー。ちょっとこれ見てくれー」
「あ、うん。ヨーゼフ、ちょっと待ってて」
「ん?」
「そんなわけで、僕は連れが呼んでるので。また会いましょうね」
「はい。……うん? ヨーゼフ?」
あれ?
洋輔の知り合いかな?
「ヨーゼフと言うと、ヨーゼフ・ミュゼくんですか?」
「うん。……えっと、フゥさんは、ヨーゼフの知り合い?」
「一方的に私が知っているだけですよ。それと、フゥのことはフゥと呼んでくださいね。さんとかちゃんとかは要りません」
そんな事を言われても、いきなり女の子を愛称で呼ぶのはちょっと。
僕がそんな葛藤をしているのを知ってか知らずか、彼女は洋輔の声がした方へと歩みを進める。
そして恐らく、棚の先に居たであろう洋輔を見て、「ああ、やっぱり」と声を漏らした。
「初めましてになりますね。ヨーゼフ・ミュゼくん」
「ん……? 誰だ、お前」
「フゥはフゥです」
駄目だこの子、なんか天然だ。
もうちょっと会話を成立させようとして欲しい。
「フゥのお父さんが、ヨーゼフ・ミュゼくんにお世話になったと。そのお礼を、もし会えたらしてほしいと言われていたのですよ」
「ん……? お前のお父さんが俺に?」
何その状況。
困惑してるのは洋輔もなのか、洋輔は僕の方に近づいてきた。その表情には明らかに困惑が浮かんでいる。
「ねえ、ヨーゼフ。知り合い?」
「いや、全く」
「フゥは結局、連れて行ってもらった事がなかったですからねー。お父さんは時々、お母さんに内緒で行ってたそうですよ?」
「…………、えっと? フゥ、だっけ。お前、名前は?」
「フゥです!」
「フルネームで頼む」
あ、洋輔のお願いが切実になった。
そしてフゥと名乗っていた彼女も、今思い出したと言わんばかりに一瞬驚愕の表情を浮かべ、そして言った。
「ごめんなさい! フゥは、フユーシュ・セゾンですよ」
……へ?
フユーシュ・セゾン?
この子が?
この天然な子が、生存試験の満点合格者……?
俄かには信じがたい……。
「そして、フゥのお父さんはナツテリアル・セゾンです。聞き覚え、無いですか?」
「ナツテリアル・セゾン……」
洋輔は考え込み、そして十五秒程の沈黙を経て「あー……」と何かに思い至ったようで、次に「ああああああ!」、と叫んだ。
「お前、あの上級騎士の娘か!」
「はい。お恥ずかしながら、フゥはナツテリアルの娘です! フゥのお父さんが何度もお世話になったようで、ありがとうございます!」
「いや、えっと、俺は構わねえけど……え? あのおっさ……あの上級騎士、自分があの店に行ってたって娘に教えたのか?」
「フゥが気付いたのですよー。で、問い詰めたら白状したです」
「うわあ。……えっと、お前の家庭、大丈夫だったか?」
「はい。お母さんが出て行きましたけど、それだけです!」
家庭崩壊してんじゃん!
え、何?
洋輔、どんな酒場で働いてたの?
「あ、安心して下さい。お母さんは結局、四日くらいで帰ってきましたから」
「そ、そうか……それは、よかった」
よっぽどの高級店だったのか……?
いやだとしても、酒場に通う程度で出て行くか?
「はー。いっがいな所で繋がりが有るもんだな。……ああ、カナエ向けに説明しとくと、俺の受験手続を取ってくれた人が、そのナツテリアルって人な」
「そういえば、お客さんにやって貰ったって言ってたっけ」
「うん。そういえば同じくらいの歳の娘がいる、みたいなことも言ってたかも。うわあ。しかし言われるまで気付かなかったぜ……」
「あははははー。フゥはお父さんとあんまり、外見的にも性格的にも似てませんからねー」
彼女は天然に笑いながら言う。
外見的にはともかく、性格的に彼女と似ている子持ちの男性とかが存在しているとなると恐怖なので、それはありがたいことだ。
「フゥは御挨拶できて幸運ですねー。けど、ヨーゼフくんも、カナエくんも、試験で見覚えは無いのですけど……」
「一次試験の組が違ったんじゃないかな」
「ああ、そうかもしれませんね。フゥは生存試験も受けましたけど、お二方は?」
「俺達は受けてねえよ」
「やはり、あの星のバッヂが免除組でしたか」
やはり?
「いえ、フゥは星型のバッヂを貰えなかったのですよ。けど、なんとなくあれが体の良い隔離用の目印だってことは解ってましたからねー。その上で生存試験の内容を聞いて、『ああ、たぶん星のバッヂを付けてた子たちが先に移動したのは生存試験が免除されたからなんだろうなー』って思ったんですよー。星型のバッヂを付けてた子たちは、揃いも揃ってできる子でしたからねー」
……それは、生存試験の突破組の共通認識なのか?
それともこの子が単に察しただけか。
この子、どう見ても天然だけど、天然だからこそ察しが良いとかもよくある事だしな……判断が難しいところだ。
「ともあれ、これからよろしくです。フゥはいつでも歓迎しますよー。じゃ、買い物中なので今日はこのあたりで!」
そう言って彼女はお辞儀をすると、僕達の返事も待たずに歩いて行った。
なんていうか、周りが見えてるような見えてないような……。
だから星型のバッヂがもらえなかったのかもしれない。
「また、すごい子だね。……ヨーゼフ、本当にあの子のお父さんと知り合い? 実は別人とかじゃない?」
「いやあ、今にして思えばナツテリアルって人もちょっとエキセントリックな人だったからな……」
ふうん……。
「……上級騎士、か」
「ああ。一隊を預かる身分だったはずだぜ」
「すごいお客さんだね」
「まあな。俺の学校についての知識は、大半がその人由来」
ふむ。
にしてもあの子、なんで銀塊なんて買うんだろう。
もしかしてあの子も錬金術使えるのかな?
だとしたら数少ないお仲間なんだけど、どう確認してみるかな……。
僕はついに、彼女が錬金術師であると言う確信を抱く事は出来ないままに、時はどんどん、勝手に流れ。
そして、六月一日の朝を、僕らは寮の自室で迎えたのだった。




