62 - 用事を片付け次の用
「さてと。聞きたい事はそれでおしまいか? オレたちはそろそろ部屋に戻るつもりだけど」
「うん。ごめんね、手間かけさせて」
「いーって別に。食事代、出してもらったしな」
先行投資しといてよかった。
なんて思いつつ、僕は数度頷く。
結局その後、さしたる雑談が挟まる事も無く、カリンとニーサは多目的室を出て行った。
僕は改めて黒板を眺める――魔物というものの本質を考える。
「厄介だな」
と。
洋輔は言った。
僕も同感だった。
『魔王が既にいるから統率されていて人が襲われていない』のか、『魔王が不在であるから統率される事無く結果人を襲わない』のか……。
「魔王が不在ならば、僕達は魔王を探さなきゃいけない。逆に魔王が居るならば、僕達が達成するべきは魔王討伐ではない……」
「魔王を倒してはい終わり、とはいかねえってことだな」
うん、と頷き、腕を組む。
「そもそも、魔物の発生に関して、国はもうちょっと詳しい事を知ってそうだよね」
「それは間違いないだろうな。街から離れるほど魔物になり易い――街に近づくほど魔物になりにくいってのが一般論であるならば、そこには因果関係が有るはず。どっちの因果かはわかんねえが」
「どっちのって?」
「『人里があるから魔物にならない』のか、『魔物にならないから人里がある』のかだ」
……なるほど、些細と言うには重大に過ぎる違いだな。
「後者なら確定で、国は魔物の詳しい発生条件を知ってるって事になる。前者だとしても、何故そんな傾向があるのか――って調査はされてるだろ」
「だけど、それは公表されていない。公表できない理由がある、としたら、どうかな?」
「魔王が存在する。その上で、魔王と国が手を結んでる、とか……」
まあ……陰謀論じみてはいるけれど、否定しきれないよな、そこ。
うーん。
「そこを突き詰めると、国外に島流しされてるこの国の王様って……」
「…………」
僕の発想に、洋輔は静かに目を細めた。
「怪しいよな。まだ言いがかりの域は出ねえけど……」
点々とそれっぽい示唆はある。
けれど、その点を結ぶような決定的な根拠は無い。
なんか、もやもやするな……。
「追々、この辺りも検証しないと駄目かもしれないね――」
と、話しているところで、扉がノックされた。
視線を扉に向けると、そこには見慣れた影が、二つ。
「どうぞ。鍵は開いてます」
「お邪魔するわ」
当然のように入ってきたのは、ジーナさんとアルさんである。
「この前はすまなかった。本当ならば君が目覚めるまで、私たちも居るつもりだったのだが」
「いえ、倒れてしまった僕の方が不甲斐なかっただけのことです。むしろ心配や迷惑をかけてしまい、ごめんなさい」
「良いのよ」
なんて言いつつも、ジーナさんとアルさんの表情にはまだ心配の色が浮かんでいる。
「それで、調子はどうなのかな?」
「ほぼほぼ万全です。倒れた原因も解ったので、改善も出来そうですし」
「そうか」
うん、とアルさんが頷く横で、ジーナさんはじと、っと僕を見ていた。
もっと詳しく教えろ、そんな空気が出ている。
「……トラウマとでも言うんですかね。どうも僕、大量出血に極めて強い苦手意識と言うか、それと関連づいた記憶を忘れたがってたみたいなんですよ。けどその記憶はもう思い出したんで、気が遠くなる事はあっても、有無を言わさずに倒れる事は無い、と思います」
「ふうん……そこまで自己分析が出来てるならば大丈夫そうか」
面目ない。
「でも確認させてもらうわ。ヨーゼフくん、カナエくんが言ってる事は本当?」
「ええ、本当です。少なくとも俺はその説明に納得できましたから。ただ、記憶の中身については……プライバシーってことで」
「そこまでは聞かないわよ。あなたが大丈夫と言うならば大丈夫でしょうし」
洋輔、信頼されてるな……羨ましい気がする。
「まあ、血が苦手という弱点は可能な限り克服するべきだろう。……じゃないと、学校生活は大変だ」
「はい。がんばります」
本当はあんまり慣れたくないんだけどね。
無縁でいられるならば、それが一番いい。
「そうだ。せっかくなので、聞きたい事が有るんですけど」
「なにかな?」
「いえ、もしよろしければ、アルさんとジーナさんの連絡先を」
「ああ、そうか。下級生からは上級生の居場所が特定できないんだったね」
失念してた、といった様子で、アルさんは懐からメモ帳を取り出すとさらさらと走り書き、僕にそれを渡してくれた。
寮の名称と部屋番号、のようだ。けど、番号が二つある……?
「私とジーナは同じ寮でね。私が三階、ジーナが二階」
なるほど。
「何か私たちに用事があるなら、食堂を介して伝えてくれ。直接寮に来ても良いけれど、私にせよジーナにせよ、依頼を受けていて学内に居ない事も多いからね」
「はい。ありがとうござます」
「じゃ、私たちの要件はおしまい。あなたの快復を確認したかっただけだしね。あなた達が特に用事をもたないなら、そろそろね。何かある?」
さて?
と首を傾げて考えて見ると、洋輔が「ひとつ」と口を開けた。
「ひとつだけあります」
「何かしら」
「いや。この前部屋に来た時に、ポールハンガーがどうこうとか言ってませんでしたっけ。あれ、カナエに用意させるなら今だと思いますよ」
そういえばそんなことを頼まれていたような気もする。
二つだっけ?
「木材があるならすぐに作りますけど。ジーナさん、どうします?」
「すぐに買ってくるわ。どのくらいあればいいかしら」
「一般的な角材が一個あれば一つ作れますよ」
「わかったわ。二人は何時までここに居るの?」
「さて?」
特に考えて無かったな。今日いっぱいはこの部屋借りちゃってるけど……。
「どの道作り方が作り方なので、材料があっても部屋でやる事になると思います」
「それもそうか。じゃ、買うだけ買って部屋を訪ねるわ。そしたらお願い」
「はい。わかりました」
そうときまれば膳は急げね、とジーナさんは言って部屋を出て行き、その後ろをアルさんが付いて行く。
去り際にお辞儀をしてくれたのでお辞儀で返して、改めて僕と洋輔の二人になった。
「じゃ、部屋に戻る……前に、片付けだな」
「うん」
特に示し合わせたわけでもないけど、僕は黒板周り、洋輔は椅子や机周りを軽く掃除。
十分弱ほどで終了、大分綺麗になったので、こんなもので良いかと多目的室を出て、使用中の札を外すと食堂へ。
受付さんにもう多目的室の用事が終わった事を伝えて部屋に戻り、洋輔はノートに先程の説明を記録開始。
僕はダイニングで夕食の準備をし始め、さらに十分ほどたったころだろうか。
呼び鈴が鳴ったので対応。
「すまないね、待たせたかな?」
「いえ。とりあえず、部屋の中にどうぞ」
「失礼するわ」
アルさんとジーナさんをそのまま招き入れて、ダイニングで木材を受け取る。
一般的な角材、が三本?
「三つ作ったほうがいいですか?」
「そうしてくれると嬉しいわね」
「解りました。大きさはそこにあるやつと同じで良いのかな? ちょっとくらいなら調整できますけど」
「なら、少し大きめに作れる?」
「はい」
ふぁん。
とりあえず一個作成。
「このくらいで大丈夫ですか?」
「ええ。完璧よ。後二つ、いいかしら」
「はい」
ふぁん、ふぁん。
完成。
「できました」
「……改めて目の当たりにすると色々と不条理を感じるのだが」
「そうですか?」
「普通の方法でこれを作ろうとしたら一日掛かるわ。それをあなたは秒単位で済ませてるじゃない」
うーん。
僕は首を傾げると、いやいや、とアルさんが苦笑した。
「そこは納得するところだろう」
「いえ。僕が工作でポールハンガーを作ろうとしたら、たぶん一週間かけてやっと形になるかどうかだなあと思って」
「…………」
設計図も無いし。
あってもたぶん難しいだろう。
「……ねえ、カナエくん。これはちょっとした疑問、というか、確認というか、なのだけれど」
「はい?」
「あなた、錬金術で大体のものは作れるのよね」
「完成形が想像できていて、材料がはっきりしてれば、です。材料が解らなかったりすると、ちょっと思考錯誤が必要ですね」
「なら、あるものを渡して、その材料も渡すから、複製をお願いできたりするかしら?」
複製……。
「それは、すみません。たぶん、難しいです」
「あら。なんでかしら」
「錬金術は良くも悪くも、それを使った人物が想像したものを作る……感じなんですよ」
外面を似せる事は簡単だ。実物が手元にあれば、それを観察しまくって思考錯誤をすれば、外見的には見抜けない程度に似せる事は簡単だろう。
が、内側はまず間違いなく別物になる。
「外見的に見抜けないなら問題ないんじゃないかしら」
「そうでもありませんよ。簡単な例を出すと……そうですね」
僕は小麦粉と材料を適当にとりだし、錬金。
ふぁん、ふぁん、と二つのパンが完成。
見た目は全く同じである。
「この二つのパン、見ての通り今作ったんですけど」
「錬金術、不条理すぎるわね……」
「まあそれはさておいて、この二つ、同じに見えますよね?」
「ああ」
アルさんは声を出して頷き、ジーナさんも声には出さずに頷いた。
それを確認して、僕は片方のパンを半分にちぎって、もう片方のパンも半分にちぎる。
先にちぎった方は中身がぎっしりつまった普通のパン。
後にちぎった方は中身が空洞のパンだ。
「これは、単にそういうものとして作ったから、というのもありますけどね。でも本質は同じですよ。外面をどんなに似せても、内面がそれに伴わないと、やっぱり複製とはいえません」
「なるほどねえ……。そうそう上手くはいかないってことか」
残念、とジーナさんは息をついた。
構造が単純なものならば出来るとは思うけど、それでもばれそうだしな。
「ごめんなさい、無理を言ったわね」
「いえ。お気になさらず」
「そしてありがとう。あり難く使わせてもらうわ」
はい、と頷くと、ジーナさんとアルさんは顔を見合わせ、大きく頷く。
そして、
「カナエくん、ヨーゼフくん」
と、改まって名前を呼んできた。
何だろう、と僕が視線をアルさんに向け、洋輔も視線をアルさんに向けると、アルさんは封筒を二つ取り出し机の上に置いた。
黒い封筒は、朱色の蝋で封がされている。封蝋、だっけ? 親書であることの証だったか。
そして、それぞれの封筒には『カナエ・リバー殿』『ヨーゼフ・ミュゼ殿』と表題がされている。
「国立学校普通科学長、セキレイ・コバル氏からの親書だ。それぞれ中身を確認してくれるかな。返答を貰うようにと言われていてね」
「セキレイ・コバル……って、たしか試験の責任者とかいってたあの人か?」
洋輔が思い出すように呟く。確かに、そんな名前だったような……。
それぞれ封筒を手に取って、封を解いて中身を確認。
中に入っていたのは、真っ黒な紙だった。
そこに白いインクで書かれた字は、奇妙に映えている。
要約すると、そこには。
『君、カナエ・リバー及びヨーゼフ・ミュゼを新入生総代として扱う。入学式典の詳細を相談する必要があるので、都合の良い頃合いをメッセンジャーに伝えてほしい』
といった事が長ったらしく書いてあった。
「……ヨーゼフは、どうする?」
「どうもこうも、これ、事実上の命令だろ。なら、しかたねえさ」
「ま、そうだね」
封筒に手紙をしまいつつ、僕はアルさんに答えたのだった。
「いつでも構いません」
可能な限り、僕達は学校側の都合に合わせます、と。




