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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 邂逅が手繰り寄せる可能性
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62 - 用事を片付け次の用

「さてと。聞きたい事はそれでおしまいか? オレたちはそろそろ部屋に戻るつもりだけど」

「うん。ごめんね、手間かけさせて」

「いーって別に。食事代、出してもらったしな」

 先行投資しといてよかった。

 なんて思いつつ、僕は数度頷く。

 結局その後、さしたる雑談が挟まる事も無く、カリンとニーサは多目的室を出て行った。

 僕は改めて黒板を眺める――魔物というものの本質を考える。

「厄介だな」

 と。

 洋輔は言った。

 僕も同感だった。

 『魔王が既にいるから統率されていて人が襲われていない』のか、『魔王が不在であるから統率される事無く結果人を襲わない』のか……。

「魔王が不在ならば、僕達は魔王を探さなきゃいけない。逆に魔王が居るならば、僕達が達成するべきは魔王討伐ではない……」

「魔王を倒してはい終わり、とはいかねえってことだな」

 うん、と頷き、腕を組む。

「そもそも、魔物の発生に関して、国はもうちょっと詳しい事を知ってそうだよね」

「それは間違いないだろうな。街から離れるほど魔物になり易い――街に近づくほど魔物になりにくいってのが一般論であるならば、そこには因果関係が有るはず。どっちの因果かはわかんねえが」

「どっちのって?」

「『人里があるから魔物にならない』のか、『魔物にならないから人里がある』のかだ」

 ……なるほど、些細と言うには重大に過ぎる違いだな。

「後者なら確定で、国は魔物の詳しい発生条件を知ってるって事になる。前者だとしても、何故そんな傾向があるのか――って調査はされてるだろ」

「だけど、それは公表されていない。公表できない理由がある、としたら、どうかな?」

「魔王が存在する。その上で、魔王と国が手を結んでる、とか……」

 まあ……陰謀論じみてはいるけれど、否定しきれないよな、そこ。

 うーん。

「そこを突き詰めると、国外に島流しされてるこの国の王様って……」

「…………」

 僕の発想に、洋輔は静かに目を細めた。

「怪しいよな。まだ言いがかりの域は出ねえけど……」

 点々とそれっぽい示唆はある。

 けれど、その点を結ぶような決定的な根拠は無い。

 なんか、もやもやするな……。

「追々、この辺りも検証しないと駄目かもしれないね――」

 と、話しているところで、扉がノックされた。

 視線を扉に向けると、そこには見慣れた影が、二つ。

「どうぞ。鍵は開いてます」

「お邪魔するわ」

 当然のように入ってきたのは、ジーナさんとアルさんである。

「この前はすまなかった。本当ならば君が目覚めるまで、私たちも居るつもりだったのだが」

「いえ、倒れてしまった僕の方が不甲斐なかっただけのことです。むしろ心配や迷惑をかけてしまい、ごめんなさい」

「良いのよ」

 なんて言いつつも、ジーナさんとアルさんの表情にはまだ心配の色が浮かんでいる。

「それで、調子はどうなのかな?」

「ほぼほぼ万全です。倒れた原因も解ったので、改善も出来そうですし」

「そうか」

 うん、とアルさんが頷く横で、ジーナさんはじと、っと僕を見ていた。

 もっと詳しく教えろ、そんな空気が出ている。

「……トラウマとでも言うんですかね。どうも僕、大量出血に極めて強い苦手意識と言うか、それと関連づいた記憶を忘れたがってたみたいなんですよ。けどその記憶はもう思い出したんで、気が遠くなる事はあっても、有無を言わさずに倒れる事は無い、と思います」

「ふうん……そこまで自己分析が出来てるならば大丈夫そうか」

 面目ない。

「でも確認させてもらうわ。ヨーゼフくん、カナエくんが言ってる事は本当?」

「ええ、本当です。少なくとも俺はその説明に納得できましたから。ただ、記憶の中身については……プライバシーってことで」

「そこまでは聞かないわよ。あなたが大丈夫と言うならば大丈夫でしょうし」

 洋輔、信頼されてるな……羨ましい気がする。

「まあ、血が苦手という弱点は可能な限り克服するべきだろう。……じゃないと、学校生活は大変だ」

「はい。がんばります」

 本当はあんまり慣れたくないんだけどね。

 無縁でいられるならば、それが一番いい。

「そうだ。せっかくなので、聞きたい事が有るんですけど」

「なにかな?」

「いえ、もしよろしければ、アルさんとジーナさんの連絡先を」

「ああ、そうか。下級生からは上級生の居場所が特定できないんだったね」

 失念してた、といった様子で、アルさんは懐からメモ帳を取り出すとさらさらと走り書き、僕にそれを渡してくれた。

 寮の名称と部屋番号、のようだ。けど、番号が二つある……?

「私とジーナは同じ寮でね。私が三階、ジーナが二階」

 なるほど。

「何か私たちに用事があるなら、食堂を介して伝えてくれ。直接寮に来ても良いけれど、私にせよジーナにせよ、依頼を受けていて学内に居ない事も多いからね」

「はい。ありがとうござます」

「じゃ、私たちの要件はおしまい。あなたの快復を確認したかっただけだしね。あなた達が特に用事をもたないなら、そろそろね。何かある?」

 さて?

 と首を傾げて考えて見ると、洋輔が「ひとつ」と口を開けた。

「ひとつだけあります」

「何かしら」

「いや。この前部屋に来た時に、ポールハンガーがどうこうとか言ってませんでしたっけ。あれ、カナエに用意させるなら今だと思いますよ」

 そういえばそんなことを頼まれていたような気もする。

 二つだっけ?

「木材があるならすぐに作りますけど。ジーナさん、どうします?」

「すぐに買ってくるわ。どのくらいあればいいかしら」

「一般的な角材が一個あれば一つ作れますよ」

「わかったわ。二人は何時までここに居るの?」

「さて?」

 特に考えて無かったな。今日いっぱいはこの部屋借りちゃってるけど……。

「どの道作り方が作り方なので、材料があっても部屋でやる事になると思います」

「それもそうか。じゃ、買うだけ買って部屋を訪ねるわ。そしたらお願い」

「はい。わかりました」

 そうときまれば膳は急げね、とジーナさんは言って部屋を出て行き、その後ろをアルさんが付いて行く。

 去り際にお辞儀をしてくれたのでお辞儀で返して、改めて僕と洋輔の二人になった。

「じゃ、部屋に戻る……前に、片付けだな」

「うん」

 特に示し合わせたわけでもないけど、僕は黒板周り、洋輔は椅子や机周りを軽く掃除。

 十分弱ほどで終了、大分綺麗になったので、こんなもので良いかと多目的室を出て、使用中の札を外すと食堂へ。

 受付さんにもう多目的室の用事が終わった事を伝えて部屋に戻り、洋輔はノートに先程の説明を記録開始。

 僕はダイニングで夕食の準備をし始め、さらに十分ほどたったころだろうか。

 呼び鈴が鳴ったので対応。

「すまないね、待たせたかな?」

「いえ。とりあえず、部屋の中にどうぞ」

「失礼するわ」

 アルさんとジーナさんをそのまま招き入れて、ダイニングで木材を受け取る。

 一般的な角材、が三本?

「三つ作ったほうがいいですか?」

「そうしてくれると嬉しいわね」

「解りました。大きさはそこにあるやつと同じで良いのかな? ちょっとくらいなら調整できますけど」

「なら、少し大きめに作れる?」

「はい」

 ふぁん。

 とりあえず一個作成。

「このくらいで大丈夫ですか?」

「ええ。完璧よ。後二つ、いいかしら」

「はい」

 ふぁん、ふぁん。

 完成。

「できました」

「……改めて目の当たりにすると色々と不条理を感じるのだが」

「そうですか?」

「普通の方法でこれを作ろうとしたら一日掛かるわ。それをあなたは秒単位で済ませてるじゃない」

 うーん。

 僕は首を傾げると、いやいや、とアルさんが苦笑した。

「そこは納得するところだろう」

「いえ。僕が工作でポールハンガーを作ろうとしたら、たぶん一週間かけてやっと形になるかどうかだなあと思って」

「…………」

 設計図も無いし。

 あってもたぶん難しいだろう。

「……ねえ、カナエくん。これはちょっとした疑問、というか、確認というか、なのだけれど」

「はい?」

「あなた、錬金術で大体のものは作れるのよね」

「完成形が想像できていて、材料がはっきりしてれば、です。材料が解らなかったりすると、ちょっと思考錯誤が必要ですね」

「なら、あるものを渡して、その材料も渡すから、複製をお願いできたりするかしら?」

 複製……。

「それは、すみません。たぶん、難しいです」

「あら。なんでかしら」

「錬金術は良くも悪くも、それを使った人物が想像したものを作る……感じなんですよ」

 外面を似せる事は簡単だ。実物が手元にあれば、それを観察しまくって思考錯誤をすれば、外見的には見抜けない程度に似せる事は簡単だろう。

 が、内側はまず間違いなく別物になる。

「外見的に見抜けないなら問題ないんじゃないかしら」

「そうでもありませんよ。簡単な例を出すと……そうですね」

 僕は小麦粉と材料を適当にとりだし、錬金。

 ふぁん、ふぁん、と二つのパンが完成。

 見た目は全く同じである。

「この二つのパン、見ての通り今作ったんですけど」

「錬金術、不条理すぎるわね……」

「まあそれはさておいて、この二つ、同じに見えますよね?」

「ああ」

 アルさんは声を出して頷き、ジーナさんも声には出さずに頷いた。

 それを確認して、僕は片方のパンを半分にちぎって、もう片方のパンも半分にちぎる。

 先にちぎった方は中身がぎっしりつまった普通のパン。

 後にちぎった方は中身が空洞のパンだ。

「これは、単にそういうものとして作ったから、というのもありますけどね。でも本質は同じですよ。外面をどんなに似せても、内面がそれに伴わないと、やっぱり複製とはいえません」

「なるほどねえ……。そうそう上手くはいかないってことか」

 残念、とジーナさんは息をついた。

 構造が単純なものならば出来るとは思うけど、それでもばれそうだしな。

「ごめんなさい、無理を言ったわね」

「いえ。お気になさらず」

「そしてありがとう。あり難く使わせてもらうわ」

 はい、と頷くと、ジーナさんとアルさんは顔を見合わせ、大きく頷く。

 そして、

「カナエくん、ヨーゼフくん」

 と、改まって名前を呼んできた。

 何だろう、と僕が視線をアルさんに向け、洋輔も視線をアルさんに向けると、アルさんは封筒を二つ取り出し机の上に置いた。

 黒い封筒は、朱色の蝋で封がされている。封蝋、だっけ? 親書であることの証だったか。

 そして、それぞれの封筒には『カナエ・リバー殿』『ヨーゼフ・ミュゼ殿』と表題がされている。

「国立学校普通科学長、セキレイ・コバル氏からの親書だ。それぞれ中身を確認してくれるかな。返答を貰うようにと言われていてね」

「セキレイ・コバル……って、たしか試験の責任者とかいってたあの人か?」

 洋輔が思い出すように呟く。確かに、そんな名前だったような……。

 それぞれ封筒を手に取って、封を解いて中身を確認。

 中に入っていたのは、真っ黒な紙だった。

 そこに白いインクで書かれた字は、奇妙に映えている。

 要約すると、そこには。

『君、カナエ・リバー及びヨーゼフ・ミュゼを新入生総代として扱う。入学式典の詳細を相談する必要があるので、都合の良い頃合いをメッセンジャーに伝えてほしい』

 といった事が長ったらしく書いてあった。

「……ヨーゼフは、どうする?」

「どうもこうも、これ、事実上の命令だろ。なら、しかたねえさ」

「ま、そうだね」

 封筒に手紙をしまいつつ、僕はアルさんに答えたのだった。

「いつでも構いません」

 可能な限り、僕達は学校側の都合に合わせます、と。

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