61 - 魔物と呼ばれる者たち
カリンと連絡を取りたい、と食堂の受付に伝えると、これはあっさりとオッケーが出た。
連絡先が解っていれば問題が無い、らしい。
とはいえ、まさか僕達が三階に行くわけにもいかないし、またカリンに二階に来てもらうのもアレだったのでどうしたものかと悩んだのだけれど、
「多目的室を使えばいい」
と受付さんが助言をくれた。
多目的室の利用には申請が必要だけど、逆に言えば申請さえしておけば大抵は使えるらしい。
また、既に僕たち以外に何組か使っていることも発覚。
使えるものは使わせてもらおう、と言う事で、そのまま僕達は食堂に居座って適当に雑談を交わし……結局、三時間ほど経過した午後二時過ぎ。
「珍しい奴らに呼ばれるとはな」
と、そんな声がしたのは。
声のした方へと視線を向ければ、そこにはカリンともう一人、女子が立っていた。
相部屋の子だろうか?
「久しぶり、カリン」
「ああ、久しぶり、だ。計らずともな」
「初めまして……か? 俺はヨーゼフ・ミュゼと言う。カナエの相部屋だ」
「カリン・アーシェだ。カリンで良いぜ」
相も変わらず粗雑な挨拶だなあ、と思っていると、その横の女子が困り顔で軽く頭を下げてきた。
どうやらこの子は常識的な子らしい。
「ニーサ・イシュタルと申します。カリンと相部屋です」
「ニーサ、か。僕はカナエ・リバー。よろしくね」
「はい。こちらこそ」
ちなみに、ニーサと名乗った彼女は両手で抱えるタイプの杖を背負っている。
純魔法使いって奴だろうか。珍しいな。
まあ、カリンの相部屋、つまり二ツ星あたりなのだろうから、何らかの尖った才能を持ってておかしくないのだろうけれど……。
「で、オレたちに用事があるって聞いたんだけど?」
「うん。時間が大丈夫なら、多目的室に。何か食べるなら、持って行けるみたいだよ」
「なら飲み物くらいは持って行くとするか。長話になるんだろ?」
うん、と頷く。察しが良いのか、受付さんから聞いていたのか……。
ともあれ、僕は予め用意しておいた小袋をカリンに投げ渡すと、カリンはさも当然といった様子でキャッチし、中身を確認もせずに眉をひそめた。
「何のつもりだ、カナエ。オレはこんなものを要求した覚えは無いぞ」
「呼び立てたのはこっちだからね。飲食代くらいは出させてもらうよ」
「……へえ。ま、貰えるもんは貰っとくか。ニーサはどうする?」
「ならばお茶とスープを」
お茶と……スープ……?
「デザートのミルクもお願いします」
……この子、液食主義か何かなのかな?
いやそんな言葉が有るかどうかもわからないけど。
カリンとニーサが注文したものはすぐに出されたので、四人で揃って多目的室へ。
鍵は予め預かっていて、使用中の札をかけておくことで他人の入出を制限できる形だ。
多目的室には黒板があって、備品として自由に使って良い事は確認済み……。
ちらり、と洋輔に視線を向けると、洋輔は軽く頷き席に着く。
それにつられるように、カリンとニーサも席に着いたので、僕は黒板の前に立つ。
「じゃあ、早速だけど要件に入らせてもらうね。カリン。実は、君に聞きたい事が有るんだ」
「オレに? 何をだ」
「魔物って、何?」
「……はぁ?」
カリンは、思いっきり馬鹿にするかのように言い放った。
一通りその質問に対して追加で情報を与えると、カリンは手にしたパンをちぎりながらなるほどねえ、と数度頷いた。
「要するに、お前たちは魔物という存在がそもそも何で、いったいどんな生態なのかを知りたいと。……まあ、質問の意図は解らねえでもねえけどさ、なんでオレに聞くんだ」
「僕もヨーゼフも、魔物について思いのほか無知でね。ヨーゼフはまだ戦闘経験があるだけマシだけど、僕に至っては戦ったこと、どころか見たことすらない気がするんだよ」
「ふうん……、それが普通だと思うけどな」
あれ、そうなの?
僕が首を傾げたからか、やれやれとカリンはちぎったパンを頬張ると、僕の横に歩いてくる。
そしてチョークを手に取って、黒板に何かを書き始めた。
「オレは両親が冒険者でね。いや、元冒険者か。オレが生まれたことで現役を引退して、親父は街の総督になって、御袋は冒険者の店を経営している。そんな環境で育ってるから、オレの知識や技術はその大半が冒険者に由来するもんだ。だから、騎士やこの学校がどう教えているのかは正直知らねえ――と、予防線は張らせてもらうぜ。それでもまあ、一応オレなりに理解している範囲でよければ定義はこうだ」
たんっ、とひときわ強くチョークで黒板に文字を書きあげ、カリンは宣言するかのように言った。
「魔物とは『何らかの影響を受けた何かである』」
えっと……?
「何らかの影響を受けた何か……って、またざっくりしすぎじゃない?」
「だろ? けど、そう説明するのが一番『それっぽい』。だから、冒険者ではそう定義する――魔物とは何らかの影響を受けた何かである、とな。具体例を出してやろう」
と、黒板に書かれたのは小さな、ウサギのような動物である。
デフォルメされていて無駄に可愛い。
それが二匹。
「まず、その辺にウサギが居るとしよう。この段階でこいつらは動物、ただのウサギだ」
「うん」
「が、ここに何らかの影響が与えられると、」
そう言いつつ、カリンはウサギの片方に角を生やした。
「魔物になる。この例だとウサギがマウサギになってるわけだ」
「つまり、魔物ってもともとは魔物じゃないってこと?」
「そう。魔物ってのは『何らかの影響を受けた何か』のことであって、魔物って分類の生き物が居るわけじゃねーんだ」
それは……ちょっとどころじゃなく意外だな。
「今回あげた例はウサギだから、強い魔物になることはそんなにねーけど、熊とかが魔物になればそりゃ危険だし、『魔力』が魔物になったりする例もある。オレが知ってる中で最悪の魔物は、『森そのもの』が魔物になった時だな」
デフォルメされた熊や綿のようなもの、木々のようなものを描きつつカリンは続けた。
ふむ。
「森そのものが……って、どういう意味?」
「そのままの意味だよ。森そのものが魔物としての性質を帯びた。木が土が水が、それらの全てが魔物として意識を持った大惨事……八年前のことだな。当時の冒険者と騎士が協力してそれを排除したが、結構犠牲も大きかったらしい。オレは物ごころつく前だったから詳しくは覚えてねえけど、帳簿見る限り冒険者だけでも数百人単位で投入されてたはずだぜ」
うわあ。
なんていうか、そういう概念規模で魔物になることもあるのか。
「ちなみにその、『何らかの影響』って何?」
「それが解りゃ苦労しねえよ。ただ、『人里から離れれば離れるほどその影響を受けやすい』らしいぜ。実際どーなのかは知らねえけど、人里に近づけば近づくほど魔物が少なくなるのは有名な事だな」
そこまで解ってるなら、魔物ってものの本質にもある程度あたりがついてる……もしくは、ほとんど答えが解ってる感じなのかもしれな。
ただ、公にできないというだけで。
人里から離れれば離れるほど魔物が生まれやすく、近づけば近づくほど魔物が減る……か。
「その様子だと、根本的なところも一つ説明したほうがよさそうだな。カナエがどう考えてるかは知らねえけど、魔物ってのは本来、危険なものじゃあないんだぜ」
「え?」
「単に影響を受けただけのものだからな。凶暴になるわけじゃあない。ただ、ちょっと力を獲得するだけ……本来は持っていなかったはずの能力を手にしているだけで、本質は変わらない。さっきの例なら、ウサギが魔物になったマウサギは、特になにもしなけりゃ普通のウサギと一緒に普通に生活をするだけなのさ」
「……でも、森が魔物になった時はそれを排除したんでしょ?」
「そりゃ、森が意思を持っちまったからだ。木材を手に入れようとしても蔦や土がそれに抵抗してくるんだ、人間が生活出来ねえだろ?」
「それは……そうだけど。じゃあ、魔物が襲ってきた例っていうのは無いの?」
「完全に皆無ってわけじゃあねえぞ。オレが出陣した防衛戦とかの例もある。けど、その防衛戦で襲撃してきた魔物の一団も、要するに『人に同胞を殺されたから、その復讐をしに来た』ってのが真相だ」
魔物だって能動的に人を襲いたいわけじゃない。
むしろ、魔物は人を襲わない。
カリンはそう主張する。
「街を離れて道を行くとき、人が魔物に襲われる。そういう話はよく聞くけど、じゃあそのあたりはどうなるのかな」
「魔物の正体が動物系なら、単にその動物のナワ張りに入っちまったから、それに怒った動物が、動物としての本能で、魔物としての力を持って人を襲った。動物系じゃないにせよ、根底はそこ。つまり、『人が何かをしたから、それに反応する形で結果的には襲っている』ケースばっかりだよ」
「…………」
「だから、冒険者には魔物の討伐依頼って、実は殆ど無いんだぜ」
だとしたら……魔王って存在は、人間に対して本来はそこまでの危険ではないはずの魔物を統率して、人間を滅ぼそうとしていた……ってことだよな。
あるいは、その魔王が打ち滅ぼされた後、実はすぐに次の魔王が生まれていて、その魔王の統率によって人間を襲わないようにしている、か?
「『魔物とは何か』――に対する回答は、まあ、こんなもんだろ。参考になったか?」
「うん。とても。ありがとう、カリン」
「どういたしまして。けど、呼び出してまで聞く事か、こんな事」
「僕は聞いて良かったと思ってるよ。結構、魔物の事を誤解していたし」
苦笑しながら僕は机の上に手を乗せる。
「魔物はもっと悪い生き物だと思っていた。魔物と呼ばれる分類の存在が居て、人間と敵対しているのだと思っていた……」
「ははは。そりゃ、子供に対しては『魔物は怖いものだ』と教えて、変に街の外に出ないように教育するのが基本だからな。無理のねえことだろ」
そう、それはそうだ。
けれど、僕のこの先入観は、そして洋輔も抱いていたであろう先入観は、ゲーム的な解釈をしていたからで。
ゲームにおいて魔物とは倒される敵である事が大半だし……ね。
「そうだ。オレばっかり教えるのも癪だから、一つ教えてほしい事がある。良いか?」
「僕に答えられる事なら、何でも良いけども」
「カナエにというより、ヨーゼフの方にだ」
うん?
ちらりと洋輔に視線を向けると、「別に構わないぜ」と洋輔は言った。
「いやさ、さっき、ヨーゼフ・ミュゼって名乗ったよな。てことはお前、あの『ミュゼ』か?」
「……俺の両親を知ってるのか?」
「直接の面識はねーけどな。オレの両親とお前の両親は何度か会った事があるはずだぜ」
奇妙な縁があるもんだよな、とカリンは言う。
そして、それまで黙ってスープを飲んでいたニーサが口を開いた。
「そうですわね。私の父も、ミュゼを名乗る魔法使いとパーティを組んだ事があると。誇らしげに話していましたわ」
ん……んん?
「ヨーゼフの親って冒険者やってたの?」
「いや、俺の両親はやってねえな。けど、伯父さんにあたる人が、やってたと思う。ダンヴェスって人」
「そう。そのダンヴェス様ですわ」
意外なところで因果は結ばれているものらしい。
「……となると、僕だけ冒険者系の知り合いが居ないのか」
なんだろう、この疎外感。




