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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 邂逅が手繰り寄せる可能性
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60 - 抜け落ちた存在

「やあやあやあやあ、大分お待たせしちゃったかな? というわけで建国史を用意していたのだが、頼まれても居ないとはいえ重要だしね、一応その前後の大陸事情についても記述をして見たよ。ただし、国内に関する情報はそのほとんど全てが検証済みのいわば史実であるけれど、国外に関してや建国前の物に関してはどうしても検証が確実とは断言できず、信ぴょう性は八割程度と考えていただければ幸いだ。まあ、大枠でそういった事件が起きてどう解決されたとか、そのあたりは正しいと思うけどね。それと、事件簿と比べてどうしても表現が難しくなってしまうところもあるから、解らない事があったら気軽に訪ねてくれたまえ。可能な限り解り易く答えようではないか!」

 と、生き生きとした様子でニムが渡してきたのは数えるのも馬鹿馬鹿しくなる大量のノートだった。

 ちなみにウィズは台車にそれを乗せていて、ウィズの表情が病んでいる。ひょっとしなくても手伝ったのだろうか……苦労人だなあ……。

「……えっと。ニム、ちょっと良いかな?」

「ああ。何でも聞いてくれたまえ」

「何冊あるの、それ」

「ふむ、可能な限り削ってはおいたから、せいぜい四百冊といったところかな?」

 せいぜい……せいぜい……?

「ああ、安心して欲しいのだが、きちんと文字が書かれているのはその中の十冊ほどにすぎないよ。残りは全部その傍証、補助としての資料だ。当時の地形図とかはどうしても事件ごとに必要になるからね、そう言うものだと考えてほしいな」

「なるほど」

 それなら納得。

 ……納得かなあ。

 まあいいや。

「ありがとう、ニム。それと、ウィズも運んでくれてありがとね」

「気にしないでいいさ、このくらい」

 ウィズは苦笑しつつ僕に台車を渡してきたので、僕はそのまま洋輔に台車をパス。

 その後適当な雑談を挟んで二人とは別れ、僕は洋輔が待つ寝室へと戻る。

 すると、洋輔は不自然な姿勢で固まっていた。


「あっりえねえ……」

「……どうしたの、洋輔?」

 ようやく洋輔が喋ったのは、僕が洋輔の隣に座ってから五分ほどしてからの事である。

「いやあ。俺達の昨日の哲学的な努力が完全に無駄になった」

「うん……?」

 どういうことかな、と思ったら、洋輔はノートを差し出してきた。

 建国史のノートで、その一冊目。

 この国が作られたその理由がそこには書かれている。

 ええと、

「この国の成立は、そもそも魔王なき後、魔物の脅威を大きく減じた人類社会が都市間での争いを起こす事を未然に防止する意味合いが強く、都市同盟の発展形としての樹立である……」

 魔王なき後。

 …………。

 魔王?

「え?」

「な? そうなるだろ?」

「魔王居たの?」

「らしいぞ」

 まさか。

 いやでも、魔王なんて聞いたこと無いよ僕。

「……ちょっと読みあさってみようか」

「だな」

 で、僕と洋輔でまた手分けをして貰った大量の資料を読みあさって解った事は次の通り。

 そもそもこの国が成立もしくは樹立したのは、今から三千五百十六年前。

 三千六百年前に世界的な転機――即ち『魔王討伐』の偉業が為され、その結果としての平和が世界に浸透し始めた頃合いだったそうだ。

 じゃあ魔王とは何ぞやと言うと、『魔物の王』としての魔王である。

 今でも魔物はちらほらと残っているけれど、当時の魔物はより多く、しかも魔王というカリスマの下で統率された軍隊じみた動きをしていたようで、当時の人々は途方も無い苦戦を強いられていたらしい。

 そんな魔王の脅威は四千年ほど前から四百年ほど続いていて、人類は疲弊、このままだと敗北するかもしれないという所まで行ったようだ。

 が、ここで奇跡的にも英雄が誕生。

 その英雄は二人の友と力を合わせ、魔物の軍隊を次々と打ち破り、人類に希望を灯した。

 いつしか世界に希望が灯りきった時、英雄と二人の友は勇者となっていて、勇者となった彼らは絶大な期待と希望によって増幅された実力により、魔王との決戦を迎え、これに勝利。

 遂に魔王は撃ち滅ぼされ、魔王というカリスマを失った魔物たちは希望を取り戻した人類にとって対処できる範囲に収まって、魔物の脅威が消えたわけではないにせよ、世界はそうして救われた、と。

「要するにさ。俺達の聞き方が悪かったってことか」

「そう……だねえ……」

 僕達がニムに聞いたのはこの国の歴史である。

 それを顧みれば、世界に訪れていたであろう危機も知ることができると踏んだからだ。

 もっと簡単に、世界的な規模での危機というものを聞いてれば一発だったのではないか、そんな事を考えてしまう……、まあ、いいや。解らないよりかはマシだから。

「魔王が存在して、勇者も存在した。英雄は世界に希望を灯して勇者となり、勇者は魔王を滅ぼして人類を救った。『何かを為した』、と言って過言じゃないね」

「なら、俺達がするべきも魔王の討伐か?」

「…………」

 順当かどうかはさておいて、単純に考えるならそうなるだろう。

 けど、今のところ魔王が居ると言う話は聞かない。

 魔物は確かに脅威だけれど、対処しようと思えば出来る範囲……、魔王と言うカリスマは、今のところは存在しない……。

「魔王が居るならば、それで良いと思う」

「なら、決まりだろ。さっさと探して倒して帰ろうぜ」

「そう簡単にいかないよ、洋輔。僕達が魔王の存在を知らなった……仮定の話でも、魔王が居るとは思っていなかった。それはつまり、現代に魔王が居ないって意味じゃない?」

「…………」

 魔王が居るならばそれを倒せばいい。それで世界を救って、たぶん僕達は帰ることができる。

 実際にはそんな簡単な事じゃない筈だ。魔王に対抗するだけの手を用意しなければならない。それは強さだったり装備だったり、あるいは条件であったりと様々だろう。

 それを揃えることだって、本来は難しい。それでも全くの不可能じゃないかもしれない。努力をすれば報われる可能性はある。

 けど、存在しない者を倒す事はどうやったって不可能である。

「存在しない者は倒せない。存在するものならば、あるいは倒せる。ってことは、存在させる所からか?」

「でっちあげ、ね……」

 発想としてはどうかと思うけど、まあ、そうなるよな。

 魔王を倒す事が正しく僕達が為すべきことであるならば、まずは魔王に出てきてもらわなければならない。

 世界を危機から救うためには、世界が危機に陥っていなければならないのだから。

「あるいは、今も実は魔王が居るのかもしれないぜ。ただ、隠れてるだけで」

「んー……、出来ればその線でお願いしたいよね。探すのは大変そうだけど、捏造するよりかは簡単そうだし」

「うん」

 やれやれ、なんとも。

 僕は大きく首を振って、ベッドから降りると軽く身体を動かした。

「だめだな。魔王どころか、僕は魔物についても正しい知識を持ってない……。洋輔の方が詳しいと思うから聞くけど、洋輔、魔物って何?」

「知らん」

 だよね。

「まずは、そのあたりから調べないと、だよね……どこでどうやって調べるか」

「ニムに頼むか?」

「うん。けど、ニムもそこまで詳しいかどうかは別だし」

「まあな。……学校で教えてくれると良いんだが」

「そこで教えてくれなかったらどこでも教えてくれないもんね」

「違いない」

 僕達にできる事は、だから決して多くは無い。

 それでも出来る事をやって行かないと、何も出来ないわけで。

「それと、ウィズにも聞いてみるか」

「ウィズって言うとニムの相部屋のあいつだな」

「うん……って、そうか。その線があったか」

「ん?」

 魔物について詳しそうなの、一人いたな。

 それもウィズやニムよりも遥かに詳しそうな子が。

「洋輔、あとで食堂一緒に行こう」

「構わねえけど、飯食いに?」

「それも兼ねるけどね。ちょっと、同じ寮の子を呼んでもらうつもり。他学年の生徒には渡りが付かなくてもそのくらいはしてくれるでしょ」

「…………? なら、そのまま部屋尋ねたほうが早くねえか?」

「それが出来たら苦労しないけど、三階行く勇気ある?」

 三階。

 つまり、女子フロア。

 それを聞いて、洋輔はなるほどね、と頷いた。

「で、誰と会うんだ」

「カリン。カリン・アーシェって子だよ。たしかだけど、両親が冒険者だって言ってたから、魔物については僕達よりかは詳しいでしょ」

「なるほどな。しかし、アーシェねえ」

 うん?

 有名人、なのか?

「苗字が同じだけで俺が知ってる奴とは関係ない可能性もあるけど、な」

「ふうん……どんな話?」

「俺も直接知ってるわけじゃねえさ。客からの又聞きだし、俺自身信じてねえ部分がほとんどだ。けど、これだけは正しいって情報が一個ある」

 どんな情報だろう。

「首都から馬車で六日程の距離にある交易街の総督に、アーシェって冒険者が着任してる。十三年前だな。以来、その街は襲撃にめっぽう強くなったって話だ」

「総督……」

 って、街で一番偉い人って事だよな。

 え?

 じゃあカリンってもしかして良い所のお嬢さん?

 あの口調で?

 ……俄かには信じがたいな。けど、そういうこともあるのか……?

 喋るとすっごいけど、黙ってればおしとやかだし。

 我ながら酷い評価を他人に下している気がする……。

「ま、本人に聞いてみるのが一番だろ。どうする、早速行くか?」

「んー」

 ちらり、と時計を確認。

「まだお昼には早いよね。正直、そこまでお腹すいてないんだけど」

「なら、スープあたりで軽く入れとけば?」

 それもそうだ。

 僕は行こうか、と洋輔に手を向けると、洋輔は苦笑しながら立ち上がった。

 何か少しでも良い。

 魔物についてを知ることで、何かヒントが得られれば良いのだけれど。

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