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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 邂逅が手繰り寄せる可能性
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59 - ゲームに例えてばかりでは

「やあやあお待たせしたかな? しちゃったよね。ごめんよ、なかなかノートに書き切るには時間が必要でね。情報の取捨選択だとかを頑張ってなんとか一冊に納めては見たもののご覧の有様だ。読みにくいとは思うけれど、ちょっと我慢して読んでおくれ」

 と、ニムがウィズと一緒に僕達の部屋を訪れたのは、次の日の朝十時。

 ニムは五冊、ウィズは二十八冊のノートを抱えていて、一体なにがどう『一冊』とカウントされているのだろうかと疑問に思わないでもないのだけど、合計三十三冊ものノートを一晩書けずに書きあげると言うその根性はすさまじいと言わざるを得ない。

 半分呆れ、もう半分で感心しながらノートを受け取り、洋輔にお願いして奥の部屋に運んでもらって、僕はそのノートの代わりに箱を二人に手渡した。

「これは何かな?」

「僕からのお礼……ってことにしておいて。ま、あって損は無いと思うしね。代わりに、僕が錬金術を使えると言うのは内緒にしてほしいなあって」

「ああ、その事かい。もちろん、それは構わないよ。あの技術はどうしても人を呼んでしまうからねえ。ウィズ、君も構わないだろう?」

「うん。自分も昨日の夜お前に言われるまで気付かなかった体たらくだしな。けどカナエ、これは何の箱だ?」

「中に瓶が八つずつ入ってる。中身はポーションと毒消し薬が四つずつだね。あって困るものでも無いでしょ」

「ほほう。いや、あり難い」

 そう言ってニムはお辞儀をしてくる。

「それじゃあ、また明日。明日は建国史の方を用意するから、一日ほど待っていてくれたまえ」

「じゃあな、カナエ。ヨーゼフにもよろしく」

「うん。ありがとう、ニム、ウィズ」

 と、二人が帰って行ったので、扉を閉めて施錠。

 ダイニングに戻ると洋輔の姿は無く、さらに奥の寝室、机の上にノートがどさりと置かれていた。

「こっちのほうが良いだろ。どうせベッドで読むんだろうし」

「まあね」

 さて、三十三冊か……。

 読み終えるまでにどのくらい時間がかかる事やら。

「で、どうする。分担するか? 量が量だぞ」

「だね……最近の事件の方からと、古い事件の方からでそれぞれ読み進める感じかな。どっちがいい?」

「俺は最近の事件のほうが知りたい」

「じゃ、僕が古い事件ってことで」

 さて、何が出てくるかな?

 僕が担当する一冊目にのノートに書かれた表題は、『サンクチュアリ・フォールン』。

 ……えっと、昨日聞いた事件じゃないよねこれ。


 一通り読み進め……、進めても進めても終わりが見えず、仕方が無いので軽食は錬金術で工面して解読を続行し、なんとか全てを手分けして読み終えたのは、午後十時。

 ……二人で読んでもこれだけ掛かったのに、おそらく一人でしかも一日で、この全てを書いたであろうニムって何者だ。

「いや魔法だろ」

 ですよね。

 とまあ、そんなわけでベッドの上に寝そべりつつ、お互いに気になった事件を挙げていく。

 この国の存亡に関わるような事件、というのは、意外と少なく、比較的安定した治世が続いているようだった。

 それでも三回ほどこの国は滅びかけていて、うちの二回は政治形態に変化も起きている。

 最新の政治形態は君臨王政。

 この政治形態がどんなものなのかについては、ノートを解読した限り、

「この国は王様のいる国家、一周の王国である。国王は血によってその地位を継承し、国王の家族は王族と呼ばれる」

「但し国王には一切の権限が無く、王族もまた同等として扱われる。国王と王族は政治に介入する事が出来ず、外交などおいて象徴的な役割を担う」

 僕と洋輔が交互に口に出してみると、どうだろう。ここまでを切り取ると日本にものすごく似ている。

 けど、実際は別物だ。

「何故政治に介入できないかと言えば、国王は君臨するものであり、国民とは次元のちがう場所に立っているから。つまり、君臨王政ってのは絶対王政のバージョン違いだな」

「バージョン違いと言うには、違いすぎる気もするけど」

 国王そのものが法であるとされる絶対王政と比べた時、君臨王政と言う制度は国王とは別に法が制定されている。

 そして、国王は国に対して干渉するためにいくつもの条件をクリアしなければならないけれど、条件さえクリアできれば何でもしてよい。

 そういう仕組み、らしい。

 但し、君臨王政になって以来、一度たりとも実際に国王が何かをしたという記録もないようだから、名目上の制度だ、と見ても良いのだけど。

「……まあ、国王が海外で生活してるのはどうかと思うよな」

「だよねえ……」

 今から三百年ほど前に起きた事件以来、この国の国王や王族は海外のとある島で晴耕雨読の生活をしているんだとか。

 それでいいのか、権力者。いや変に暴君が君臨するよりかは良いんだろうけど……。

「大体、国内に居るならまだしもさ。海外で自給自足生活って……それ、もう君臨すらしてねえだろ」

 洋輔の突っ込みはもっともだ。

 だからこそ、逆の視点が簡単に読み解ける。

「どうやらこの国は、国王って存在を可能な限りうやむやにしたいんだろうね……」

「うやむや?」

「うん。少なくとも僕はこれを読むまで、国王が存在することすら知らなかったし。ヨーゼフとしてはどうなの?」

「そう言われてみりゃ、確かに、国王って存在のことをはあんまり考えた事もねえな……」

 だからそれが目的なのかもしれない。

 海外の島で晴耕雨読。

 と言えば聞こえはいいけど、

「つまり王族丸ごと島流しでしょコレ」

「……あー。すっとするなその表現。てことはあれか、この国、国王って存在を有名無実化してるのか」

「下手するともう死んでるんじゃない?」

 どこの島で暮らしているとかも分かんないわけで。

 とっくに王家が滅んでいて、それを隠すための工作と言う線も大いにあり得る。

「なんつーか、この国もよく分かんねえな……とにもかくにも曖昧なところが多すぎる」

「明日貰える建国史で、そのあたりの事情もある程度解ると良いんだけど……」

 ま、期待はしておく事にしよう。多分裏切られる期待だけれど。

「で、国についてはそれでいいとして。世界的な事件、無いね」

「ああ。敢えて言うなら、大干ばつだけど……」

 『ラッカ大干ばつ』、千十三年前に起きた自然災害。

 この国を含む大陸の人口がごっそりと削られた異常気象。

 世界的な危機と言って過言ではない事件を挙げろと言われると、この災害くらいしかないのだ。

 国の存亡をかけるような事件自体、かなり少ないと言うのもある。

「ちょっと怪しい点はあるんだよね、たしかに。時期というか、地域的に」

「まあな。干ばつが起きるにしても規模がでかすぎるし、期間が妙に整い過ぎてる。ように、見える」

 曖昧に洋輔が濁したのは、当然僕も洋輔も、そういった事に詳しいわけではないからだ。

 所詮は中学生になった直後、実質的には中学校の授業を一分だって受けていない程度の知識しか僕達は持っていない。

 だから、その干ばつが本当に自然現象なのかもしれないし、何らかの作為があったという可能性も否定は出来ない。

 ほとんど陰謀論だけど。

「消極的な話だけどさ」

「うん?」

「少なくとも魔王みたいな、わかりやすいラスボスは居なさそうだね」

「あー……確かになあ」

 少なくとも僕達が獲得したこの事件簿を読む限り、その手のわかりやすい世界の敵は登場していない。

 魔物との戦争とかも無さそうだし。

 普通に平和だぞこの世界。

「となると、俺達がするべきは世界を救うじゃない……とか?」

「…………」

 何かを成し遂げれば戻されるだろう。

 あの声は確か、そう言っていた。

 何かを成し遂げろ、を、僕も洋輔も、世界を救えと解釈したけど……そうじゃない、とか?

 だとしたら僕達は何をすればいいのだろう。

「ゴールが、まるで見えないってのも厄介だね」

「だな……オープンワールド系のゲームって、何をしたらいいかわかんねーもん」

「洋輔はサンドボックスも苦手だもんね」

「建築は得意だぜ?」

「豆腐とか?」

「ピラミッドも作れるから」

 それはどうなのだろう。

「いや。建築しないでバトルばかりやってるお前には言われたくねえよ」

「だってあのゲーム、ゾンビと戦うゲームだよ」

「ちげえよ」

 冗談を交えつつ、僕はノートを適当に一冊手に取って、適当なページを開く。

「国を揺るがす事件はある。けど、世界の危機のような事件は無い。魔物は居る。けど、魔物を束ねる魔王とかは居ない。世界は平和で、安定している。なのに、僕達はこの世界に呼ばれた……」

「となれば、俺達がすべきことは世界を救う事じゃないと見るべきで、ならば俺達がするべきは何だろうな?」

「世界を変える……くらいしか思いつかないけども」

 ノートを放るようにして、僕は投げやりに答えた。

「何をどう変えればいいのかも、まるで分かんないんだよね。ゲーム的に考えても、勝利条件がどうこうとか以前の問題って言うか」

「言えてるな」

 そう。

 ゲーム的に考えるにも、限度はある……このゲームが一体何を目指すゲームなのかが僕達には解らない。

「目的の無いゲーム……か」

「そりゃ違うだろ」

 と。

 僕の諦めのような呟きに、しかし洋輔はそう否定する。

 なんでだろう、と洋輔に視線を向けると、洋輔は意地悪な笑みを浮かべていた。

「これはゲームじゃねえ。俺達の、カナエ・リバーとヨーゼフ・ミュゼの現実で、人生なんだからさ」

「…………」

 とても基本的で、とても当たり前なことだったけれど。

 それでも、僕にとっては重要な事で。

「そうだね」

 僕も苦笑で答えて、目を閉じる。

「……考えがまとまんないや。今日はこのまま寝ちゃうよ、僕」

「ん。お休み、佳苗」

「おやすみ」

 そう。

 これも、カナエ・リバーの人生なのだ。

 人生に勝利条件なんてものはない――人生はゲームでは無い。

 それは、世界も……同じなのかもしれないなと、僕は思った。

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