57 - 意外に近くに答えあり
朝ご飯も兼ねて、掃除やら洗濯やらを終えて、食堂へ。
今日の朝食は調理パンを注文してみた。メニュー名が『調理パン』なので前々から何が出てくるのかは気になっていたのだ。一体何が出てくるんだろう。普通にトーストだろうか?
で、そのまま席に戻る前に、一応確認。
「あと、すいません。特定の先輩と連絡を取りたいんですけど、そう言うのって可能ですか?」
「うん? 連絡先が解ってるならば問題ないけど」
「それが、わからないんですよね。この前僕たちを訪ねてきたジーナさんとアルさんなんですが」
「ふむ。残念だが不可だ」
げ。駄目なのか。
「規則でね。上級生は下級生に対して、寮の食堂を経由する事で連絡を取る事ができるし、その下級生がどの寮で暮らしているのかも情報を参照できる。けれど、下級生は上級生の寮を調べる事が出来ないんだ。但し、上級生が下級生に自分の寮を教えていて、それが正しいものであると確認できれば連絡は取れるし、何なら直接寮に行っても構わない。そういう仕組みさね。だから、もし君があの二人に自分から連絡をしたいならば、あの二人の連絡先を聞いておかないと駄目だ」
「できれば早いうちに教えておいて欲しい事でしたね……」
「入学式の後のオリエンテーションで、そのあたりは説明される事だからねえ。普通、入学式を迎えてすらいない新入生を、先輩が訪ねてくる事自体珍しいのさ」
珍しい、というのはなんとなく察してたけど、そうか、そりゃそうだよな。
まだ僕達は合格して入学が確定しているだけで、厳密にはまだこの学校の生徒ではない。
ノートにも在籍は六月一日からって書いてあったし。
「どうしても、というなら、例外としての手続きを踏むか、あるいはその二人が居そうな所に張りこんでみるといい」
「うーん……」
そこまでする迄もないと言うか。
状況的に向こうから尋ねて来てくれる可能性もあるしな……。
「ご迷惑をおかけしました。ごめんなさい、無理言って」
「いや、気にするな。……しかし、君はあのクランク兄妹と親しいようだけれど、一体どんな繋がりなんだい?」
「クランク……ああ、アルさん達のことですか。あの二人が依頼の一環で僕のお母さんがやってる店に来まして。その繋がりでちょっと魔法とかを教わったんですよ。で、その接点から首都までの護衛をお願いしたり」
「へえ。意外なところで繋がりはできるものだねえ」
全くだ。
なんて世話話をしていると、後ろから別の子たちが食堂に。
あんまり邪魔をするのもよくないな、ということで、会釈をしてその場を離れ、洋輔の隣の席に着く。
「駄目だって」
「そっか。どうするよ、この後」
「うーん……。僕が倒れたのを心配して、どっちかが確認しにきてくれれば、それが一番なんだけど」
「まあ、そうだな……」
どうしたものかな。
なんて悩んでいると、注文していた朝食が届いた。
ちなみに洋輔が頼んだのはマッシュポテト。僕にして見れば意外なチョイスだけど、ヨーゼフとしての人生的には慣れたものらしい。
なんか粉ふきいもが食べたくなってきた。たまに給食で出てくると取り合いになったなあ。
今度作ろう。じゃがいも売ってたし。
で、問題の僕が注文していた調理パンの正体はと言うと。
「意外すぎる……」
「ああ、さすがに想定外だ……」
出てきたのはパングラタンだった。
確かに調理されたパンだけど、これを調理パンと言い張るのはどうなのだろう。嘘は付いていないけど。
「まあ、美味しいから良いか」
塩っ気も丁度いいし、ベーコンもカリカリ。これは結構癖になりそうだ。
もしゃもしゃと洋輔と僕とで朝食を食べていると、僕達の席の前に見なれた二人が着席。
「やあやあ。おはよう、お二方」
「おはよう、ニム、ウィズ」
「おはようさん」
「おはよう」
その二人は隣の部屋のウィズとニムで、気軽に話しかけてきたのはニムの方だった。
どうやら席を選んだのはニムのほうらしく、ウィズは少し申し訳なさそうだ。
それにしても、やっぱりニムの雰囲気は猫っぽい。何でだろうな、本当に。
「気のせいでなければ、先程カナエくんは受付さんとなにやら話していたね。上級生と渡りをつけたいとのことだったが、一体どうしたんだい?」
「ちょっと、調べ事があってね。ごめん、邪魔だったかな?」
「まさか。いやいや、そう誤解されたならば吾輩の不徳の致す限りだね。謝るよ。申し訳ない。単なる興味と言うか好奇心でねえ。もしその調べ事とやらが吾輩にも手伝えるならば、是非手伝わせてもらうのだけれど、一体何を調べているんだい?」
吾輩……、吾輩……?
「おやおや、どうしたんだい? 何かおかしなことでもあったかな? それともご飯が優先事項かな。それもそうだね、いやあ済まない。まずは食べるとよいだろう。せっかくのご飯なのだから」
「いや……えっと」
困ってウィズに視線を向けると、「すまん」と言われた。
どうやら普段のテンションがこうらしい。なるほど、ウィズが初日に揉めるわけだな……、ウィズの丁寧な優等生って感じの性格に対して、ニムのこれはあまりにも異質すぎる。
「なかなか愉快な奴だなあ、ニムは。なあ、カナエ。駄目もとで聞いてみたら?」
「んー……まあ、そうだね。じゃあ、駄目もとで聞くんだけど、ニムは歴史に詳しかったりしない?」
「歴史……? はて、またおかしな問いかけをしてくる事もあるものだねえ」
首をかしげつつニムは答える。
「そのような事を調べたがるのはよほどの物好きくらいだからねえ、ましてや吾輩たちのような若輩者でそこに興味を持つとは珍しい。何か知りたいことがあるならば、言ってみたまえ。吾輩が知り及ぶ範囲でよければ、教えてあげられるけれども」
「そう? ……じゃあさ、この国が出来て以来、一番の危機って何だったのか解る?」
「ふむ。一番の危機……、というと、国家存亡の危機とかそういう類のもので良いのかな? だとすればそれは五百八十三年前に起きた『連鎖殺傷魔法暴発事件』もしくは二百六年前に起きた『南部大水害』のどちらかだろうね。前者は後に隣国との戦争、『北ペベルタ決戦』に発展してしまった大事件のことだ。後者は数万単位の死者を出した上、交易路に甚大な被害を与えた大災害。どちらもこの国が消滅しかねない大事件だったそうだよ」
うん?
「……えっと、ごめん。僕達、歴史を全然知らなくて、何とも言えないんだけど。それ、本当にあったこと?」
「ああ。勿論吾輩が知り及ぶ範囲において……と言う話だ、吾輩も知らないような事件が起きていた可能性は否定できないが、現時点で歴史に記されている大事件はその二つと言えるだろうね。少し危機としての格は落ちるが、八百二十年前に起きた『ノヤルの讒言』からの一連の騒ぎはこの国の政治形態を大きく変えることになった事件であるし、ほんの八十七年前には『現代錬金術の台頭』がこの国の錬金術の在り方を大きく変えてしまい、ポーション供給に重大な危機をもたらした。他にも挙げるならば千十三年前に起きた『ラッカ大干ばつ』、これによってこの国のみならず、この大陸の人口が三割ほど減ったとも伝えられているよ。国家存亡の危機という範囲ならば、このあたりが限度だと吾輩は考えるが、どうだろう。お役に立てただろうか?」
「うん、ものすごく。でも全然頭に入ってこなかった……。えっと……」
歴史上の危機というものは、どうやら結構あるようだ。
それをカナエやヨーゼフが知らないのは、まあ、小学校に類する施設が無いからな、この国。
国立学校に入学してやっと勉強ができるのだ、歴史などというものはそもそも科目にあるかどうかさえわからないし。
もっとも、問題がいくつかある。まず、歴史について勉強が出来ないのが普通なのに、なぜこの国が国として成立しているのかという点。
次に、ニムが言っている事が真実かどうかという点で、他にも何故彼が歴史に詳しいのか……ってところか。
でもなー。
嘘ついてるようには見えないしなー。
「なあ、俺からも質問しても良いか?」
「構わないとも。何かな?」
「いや、えっと、八百年前の『ノヤルのざんげん』……だっけ? それ、具体的にはどんな事件なんだ? ていうか、ざんげんって何?」
「八百二十年前の『ノヤルの讒言』かい。そうだね、まずは讒言という言葉について簡単に説明すると、誰かを陥れるために根も葉もないことを言いふらす、みたいな意味合いだね。例えばだ、これは例を上げたほうが解りやすいだろうから言ってみるが、ウィズは昨晩ベッドの上で寝小便をした」
「おいなんだその悪辣な嘘は」
あ、ウィズが怒った。
ていうか僕達ご飯中だから、その手の下ネタはやめていただきたい。
わかりやすい例だったけど……。
「あくまでも例だ。わかりやすかっただろう? とはいえ申し訳ない事をしたね、ウィズ。この埋め合わせと言っては何だが、今日の夜は期待してくれて構わないよ。君の好きな事をしてあげよう。それでどうか許してほしい。このお二方も今のが冗談だと解らないような人ではないだろうからね」
「ん……いや、えっと……」
「そしてとはいえ、今の例はあまり適切とも言えなくてね。大抵は権力に関係する形で行われるのだよ。ありもしない蛮行を吹聴することで騎士や軍人の地位を陥れたり、政治家を失脚させたりだ。そして『ノヤルの讒言』はまさにそれにあたり、当時、国で極めて高い地位についていた大魔法使い、ノヤル・モースが更なる権力を求めて政敵を排除するにあたり、讒言という手段を取ったのだ。それによって、有能と言って相応しかった人材の八割ほどが失権してね。国の行政機能が大きく落ちてしまい、これに怒った国民の代表団がノヤルの讒言こそが悪であると告発して政治的改善を要求。これによってノヤル・モースは粛清されたのだが、それ以前と以降では国の政治形態を変えざるを得なかった。少なくとも一人の讒言で行政が変化するようにはなってはならない、だが国の象徴としての存在は必要だ。そこで現代にも続く『君臨王制』という、奇妙な政治形態が確立されるに至るのだが、明確にこれの運用が開始されたとされるのは七百五十二年前。実に七十年もの月日を費やした事になるね」
君臨王政……?
えっと……、絶対王政、みたいな分類だろうか?
聞き覚えはないけど。
「ニムって、歴史に詳しいんだねえ……。僕達は全然だから、なんか羨ましいや」
「あはは。吾輩はお二方のような『家系』とは違うのだけれど、『組織』の一員ではあるからね」
うん……組織?
ていうか、僕達の事を『家系』って言ったよね、ニム。
「知っているよ。カナエ・リバー、君の母親は有名な錬金術師だね。しかし君も知らないだろうけれど、実は君のお母さん、サシェ・リバー殿の母親もまた錬金術師で、さらにその母親も錬金術師。リバーの家系は錬金術師の家系なのだよ。もっとも、女しか錬金術は習得が出来なかったと記録されているから、カナエ・リバーという君はちょっとした特別で、恐らくリバーという家系において見ても初めての男性錬金術師なのだろうけどね」
え……?
「そしてヨーゼフ・ミュゼ、君に至っては説明するまでも無い。ミュゼと言えば魔法使いの家系いや、もはや血統と言っても良いだろう。かの家系は独自の路線に進んでいるが故に知名度はさほど高くないが、それでも魔法という技術を検証するならばミュゼの系譜を辿らないわけにはいくまい。ミュゼが遺した技術は多く、『矛盾真理』も元を糺せばミュゼの発見であったわけだし……だからこそ、君のご両親が亡くなられたという報告を受けた時は、吾輩たちも少なからず動揺したのだよ。ミュゼの家系が途絶えるのではないかとね」
ちょっと……、いや、おかしいよ。なんでそんなことまで知ってるの、この子。
「改めて自己紹介をさせておらおう。吾輩はニムバス・トゥーベス=ヒストリア。『歴史』の称号を国に頂いた、志が無い魔法使いだ。いやはや、リバーの家系にミュゼの家系と一同に会せるとは、吾輩にとってはこの上ない幸運だ。君達には是非ともよろしくしていただきたいね。無論そのためであるならば、吾輩は援助も助力もそれ以外のことだって惜しまないよ?」
猫のような雰囲気の少年は、にたりと嗤ってそう言った。




