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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 邂逅が手繰り寄せる可能性
56/125

56 - ゲーム的解釈に基づく解決法

 頭が、痛い。

 吐気が酷い。

 視界がぐらぐらと揺らいでいる。

 耳がきんきんと鳴っている。

 誰かが僕を、抱きしめている。

 誰かが僕を、強く抱きしめている。

 誰かが。

 僕は、誰だ。

 僕は、何だ。

 わからない。

 ……暖かい。

 身体が、暖かい。

 まるで何かに浮いているような。

 まるで何かに包まれているような。

 僕は誰かに、何かをされている。

 僕は誰かに、呼びとめられている。

 僕は誰かに、しがみつかれている。

 ねえ。

 なんで君は、僕をそうも心配してくれるんだい。

 ねえ。

 なんで僕は、君にそうも安心しているんだい。

 解っている。

 解りきっている。

 僕は、覚えている。

 僕が誰なのかを。

 君が誰なのかを。

 僕がどうなったのかを。

 君がどうなったのかを。

 あれは現実だ。

 あれが現実だ。

 だけど、それでも君は僕を護ろうとしてくれる。

 いつものように助けてくれようとしている。

 後悔はある。

 思い出さなければよかったと思った。

 だけれど、僕は。

 それでも、僕は。

「よー……すけ、おもい、だせた、よ……」

 泣きじゃくりながら僕を強く、強く抱きしめて、僕の名前を呼び続けてくれているのは、洋輔だった。

 洋輔はいつも。

 そうやって、僕を助けてくれた。

 だから、今度は僕の番。


「僕も、よーすけも、あの日、あの道で……死んでるんだ」

「佳苗……本当に、思い出したのか……?」

「うん……」

「……教えてくれ。あの時、俺達はどうなったんだ?」

「本当に……知りたい?」

 こくり、と。

 洋輔は頷く。

 僕は、顔を伏して答えた。

「洋輔はあの時、突然『首から上が無くなった』んだ。突風みたいな、何かのせいでね。僕もその力に巻き込まれて、仰向けに倒れた……洋輔の身体は地面に倒れて、あたりを赤く染めてた。僕の服も、鞄も、手も、何もかも染め上げて、……洋輔はそこで、死んでる。僕は、それを受け容れる事が出来なかった。全部忘れようと思った。全部認めないことにした。現実から逃避してた。そうしている間に、僕もたぶん、首から上が落ちてる」

「……は、はは……やっぱり、俺達は……」

 死んでいる。

 完膚なきまでに、間違いなく。

 僕を抱きしめる力が、さらに強くなった。

 痛いほどに……強くなる。

「でも、その死に方が変なんだよ」

「……変?」

「うん。僕も洋輔も、普通に死んだわけじゃない。……だって、いくら突風が吹いたって、首が飛ぶことはないでしょ。それに、あの道で僕達は誰ともすれ違っていないし、車はそもそも通れない。なにも無いところで突然、洋輔と僕は死んだ。それは普通じゃない」

「…………」

「それに……僕にはどうしてか、死んだ後の記憶がある」

「死んだ……後?」

 うん、と頷いた。

 世界がひっくり返ったあの時。

 恐らく僕の頭が地面に落ちている。

 僕はその時点で死んでいたはずだ。

 なのに、そんな僕に何かが、あの野良猫が話しかけていた。

「猫が話すって、怖いぞそれ」

「いや。首なし死体になってる洋輔とか、首が落ちてる僕のほうがよっぽど怖いからね?」

「…………」

 ごもっとも、と無言で同意してきたので、僕はその猫が話した事を正直に、そのまま洋輔に伝える。

「世界に、俺達の死が記録されていない……?」

「うん。あの猫はそう言ってた」

 僕が洋輔と再会する事もあの猫は予言していたし……。

 そして、恐らくその会話を僕が思い出すであろうことも、あの猫は予想していたのだろう。

 だからあんな、あの時はどんな言葉も受け入れるつもりのなかった僕に、延々と一方的に話してくれていたのだ。

 『()たりの御子(みこ)』は交わる世界の契り。

 契りは因果を世界から千切り、何かを成し遂げれば戻されるだろう。

 僕達の死は、未だ世界に記録されていないから。

 僕達の死は、今は世界から千切られているから。

 だから、僕達が契りを果たせば、僕達は死を乗り越えられる。

「あの猫の言葉は、なんでか鮮明に覚えてるんだよね……僕、あの時は何も考えられなかったのに」

「……そう言う存在なんだろ」

「そう言う、って?」

「神様、みたいな」

 神様は神様でも死神の方っぽいなあ……。

 けど、確かにあの猫は普通じゃない。

 普通の猫は喋らないし、何やら事情を知っているようなふうだった。

 確かに、神様というのはありかもしれない。

「俺達は選ばれた……みたいな事も言ってたんだよな?」

「うん」

「じゃあ、俺達がこの身体に生まれ変わったのは、何か意味があるってことか……」

 そうなる……よね。

 ただ、

「あの猫も、それが『何』なのかは、解らないのかも。何かを成し遂げる、とか、そんな表現に終始してたし……」

「うーん……難しいな、解釈が」

 確かに。この手ものは、もはや国語の域じゃあない。

 哲学的なことだ。

「ゲーム的に、解釈してみようぜ」

 結局、洋輔はようやく、僕を解放してからごろりと寝返りを打ち、僕の隣にあおむけになりながら言う。

「まず、俺達が地球で生きてた。それとは別の世界が存在して、地球側か、あるいはその別の世界側が何らかの理由で、俺達を移動させた。けど、それは例外的な処理だから、ゲームをクリアすると、元にもどる……」

 ……うん。なんか急激に解りやすくなったぞ。

 つまり、

「『ゲームをクリア』、何かを成し遂げることで、ゲームはエンディングに突入。主人公たちは元の世界に戻って、めでたしめでたし?」

「まあ、そんな感じだろ」

 なるほど。

「細かい理屈はわかんねーし、なんで俺達がとか、そういう話もつかねえけど。今は、佳苗が思い出したその猫の言う事を信じるしかねーだろ」

「僕が思い出した猫の言う事、って時点で既に信頼度は振りきれてるけどね。悪い方に」

「…………」

 洋輔は誤魔化すように視線を逸らした。

「……ゲーム的に考えるとさ」

 そして、誤魔化すように話題を進めてきた。

「為すべき事ってのは、例えば、世界を救う、とかだよな」

「魔王を倒すとかね。でも、魔王が居るだなんて話は聞いたこと無いよ、僕」

「俺もだ」

 この世界には魔物が居るし、迷宮(ダンジョン)だってある。

 けれど、世界の危機かと言われると、そうではない気がするのだ。

 それらは既に日常に組み込まれているし、冒険者という仕組みも広く認知されている。

「破壊神って概念もねえよな」

「そもそも神様って存在が概念的って言うか……、この世界、宗教が無いんだよね」

「あー……、言われてみりゃそうだな」

 教会やお寺に類するものが無い。

 お墓はあるけど、墓参りの概念は薄い。

「この世界……って括りで話すには、ちょっと他の国の事がわかんねーけど。でも、この国には主だった宗教がねえな」

「うん。神様とかを信じる信仰はもとより、大地信仰とかもないっぽいんだよね」

「……社会の授業でさ。人間の社会は大抵、そういう信仰で国がまとまることが多かった、とかやんなかったか?」

「やった気がする……」

 たとえばエジプトあたりとかの太陽信仰は有名だ。

 日本だって、信仰によって国を纏めていた時期はある。卑弥呼の時代とかはまさにそうだったのだろう。

 ヨーロッパの方でも、大地の神って概念がある以上、そのあたりはあったはずだ。

 とはいえ。

「昔の事、だからね。なんとも。いまどきの国家なら、宗教とは関係のないところで成立することだってあるでしょ」

「そりゃそうだけどさ。この手のファンタジーな世界観だぜ?」

「水道もあるのに?」

「…………」

「お風呂とか、お湯も出るよ?」

「…………」

 生活水準で言えば、地球の日本、その現代生活と比べても、電気類が無いと言う点を除くと違いはほとんど無い。

 ただ、電気が無いと言うのが致命的な差である、というだけで。

「さすがに都市ガスはないけど……」

「タンク式のはある、からな……」

 プロパンガス、だっけ。

 それが食堂では使われているのを確認済み……。

「まあ、さすがに首都くらいだろうけどね。カナエ・リバーの故郷は、井戸水を使ってたし、火は薪だった」

「ヨーゼフ・ミュゼとしては、大概は魔法で済ませてたからな。けど、逆に言えば魔法を使わなきゃ不便だったぜ」

「やっぱりそうなんだ」

「まあ、店はある程度、水道が整備されてたけどな。お湯も出たし」

 ふうん……?

 流石は酒場か。水じゃ油汚れが落ちにくいし、お湯も欲しいのだろう。

「話題が逸れてるか。ごめん」

「いや、割と重要な事だと思うぜ」

 そうかな?

「歴史上の偉人の神格化さえされてねえってことだからな。そもそも歴史に関しても俺達は無知すぎる」

「…………」

 歴史に無知、か。

 佳苗と洋輔がこの世界の歴史を知る由が無いとはいえ……確かに、カナエとヨーゼフで考えても、あんまり詳しい事は知らない。

 この国がいつごろできたのかとかさえ、答えには詰まってしまう。

「学校でそのあたりは教えてくれると思うけど、どうかな……」

「まあ、今のところは授業待ちだな。歴史が解れば、この世界の『危機』とやらも、ある程度つかめるかもしんねえ」

「そうだね。……もっかい、ジーナさんたちに相談してみようか」

「相談って、何を? まさか転生の事か?」

「それはちょっと信じてもらえないと思う」

 だから、僕たちが相談するべきは歴史のことだ。

「昔こんな事件があった……世界的なものに限って、そういう話を聞こうかなって」

「あー……、それは、ありだな。けど、あの二人の連絡先わかるのか?」

「…………」

 国立学校宛てに手紙は出した事があるけど、この学内の何処に住んでるかまではわかんないなあ……。

「食堂で聞いてみようか」

「だな」

 他に聞く場所もないし。

「とはいえ、その二人だけに聞くのもなんか偏りそうだし……、他に頼れるやついねえかな」

「そういう洋輔は?」

「んー。働いてた店に、知恵袋みたいな人はいたけど」

「……洋輔ってどこで働いてたの? 首都じゃあないんだよね」

「ああ。ちょっと遠い街だよ。まあ、明日にでも出発すれば、余裕をもって行き帰りできるだろうけど」

 ふむ……。

「でもなー。俺、あの店に帰りにくいからなー」

「なんで?」

「俺以外にも何人か似たようなのが居てさ、全員落ちてるんだよ、試験。気まずいだろ?」

 言われてみればそうかもしれないけど、考え過ぎな気もする。

「だから、最終手段としては俺の伝手で行けるけど、可能な限り後回しにしたいってところだな」

「ふうん……洋輔らしくないね。洋輔なら、あんまり気にしないと思ったけど」

「洋輔なら、な。ヨーゼフとしては遠慮もするさ」

 洋輔は苦笑しながら答え、寝返りを打つ。

 それによって、また僕と向かい合う形になった。

 その目は、しっかりと僕を捉えている。

「本当に……帰れるかもしんねえ」

 あの、つまらない毎日に。

 洋輔は嬉しげにそう呟いた。

この話でやっと動機付け。

……このペースだと完結は何話になるんでしょうね。

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