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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 邂逅が手繰り寄せる可能性
54/125

54 - 答え合わせの行く先

 幸か不幸か、僕が忘れている事が真実トラウマであるならば、ヒントとして受け取れる情報がいくつかあった。

 もちろん、僕が抱えているトラウマが全く関係のないものだとか、実はトラウマとかとは関係なしに、大量の血を見て卒倒したという可能性も否定は出来ないのだけれど、今はその可能性は無視して、僕がトラウマを呼び起こされたことで倒れたのだと仮定する。

 その上で、ヒントとなる情報は、つまり僕の記憶と洋輔の記憶だ。

 いや、僕も洋輔も、そのトラウマについて心当たりが無い以上、それはヒントでは無いようにも思えるけれど、しかしそこには微妙な方向の違いがある。

 つまり――『僕はその事を忘れてるけど、洋輔はその事に心当たりが無い』ということだ。

 その情報だけではヒントにはならないけれど、他にもいくつか情報になり得る事がある。それを整理してみよう。

 まず第一に、何度も繰り返すようだけど、僕にせよ洋輔にせよ、最後の記憶は中学校の入学式からの帰り道だ。

 次に、僕の家は洋輔の家と文字通りの隣だし、登校にせよ下校にせよ、小学校のころだって僕達は一緒に行動する事が大半だったし、中学校の入学式においてもそれは同じだった。

 そして、僕達は下校している記憶はあるけれど、家の玄関を開けた記憶も無ければ、帰宅して『ただいま』と言った記憶もない。

 だからこそ、何かが起きていたのだとしたら、それは下校中の出来ごとである可能性が極めて高い。

 これらを踏まえた上で、入学式からの帰り道を思い出すのではなく、とりあえず想像してみよう。

 入学式と言うセレモニーを終えた僕と洋輔は、学校を出て家に帰るべく通学路を歩いていた。

 僕達の家から中学校までの道は、大きく分けて二種類あって、片方はとても覚えやすいけどちょっと遠回りの、大通りを使うパターン、もう片方は裏道を使うから覚え難いけど近道なパターンだ。

 登校にあたっては、遅刻をしてはシャレにならないからと遠回りでも道に迷わない遠回りの方を使ったと記憶しているが、帰りにおいては時間に駆られていないから、僕も洋輔も道を覚える意味も兼ねて、近道の方を使うと思うし、実際にその道を使った記憶もある。

 近道は一方通行の道路を一本通り、信号のない十字路を曲がって人通りの少ない道を歩くと商店街にぶつかる。そのまま商店街は横切って、前にあるはずの酒屋さんの左にある路地を通り抜ければ、家まではもうあと少しだ。

 ちなみに、この路地や裏道は車が通れないくらいの広さだ。とはいえ、人が三人くらいならば横に並べるくらいの広さはある……人通りは極めて少ないけど、特に危ない道という印象はない。お母さんもお父さんも特になにも言ってなかったし。

 その上で、じゃあ僕達はどこまで帰れたのだろうか?

 なんとか記憶を遡れるのは、酒屋さんのあたりだ。

 僕はあの日、あの店の近くで野良猫を見つけて駆け寄っている。

 洋輔の性格からして、猫を見つけて駆け寄る僕に呆れたりはしても、置いていく事はないだろう。だから、洋輔と僕は結局一緒に行動を続けたはずだ。

 そして何かが起きたとしたら、その後。酒屋さんの横の道に入った時よりも後、そして家に辿りつくまでの短い距離に限られる。

 その条件に当てはまる道はたったの二つ。

 一つ目の道の幅は、やはり人が三人横並びで切る程度。ギリギリ車が通れないとお父さんがぼやいていた、ちょっと使いにくい道だ。

 自転車は時々通るけど、本当に時々で、そもそも滅多に人通りがない。

 二つ目の道は僕達の家が直接面するところで、ここは車が通れる程度には幅が有る。大型トラックはちょっと厳しいだろうか? 宅配便とかは結構くるけど。

 人通りは……まあ、全く無いわけでは無いかな。

 距離で言うなら、一つ目の道は一分ほど歩き、二つ目の道は数十秒しか歩かない。

 だから、何かが起きたとしたら、一つ目の道である可能性が僅かに高い。本当にわずかだけども、これはおまけのような情報だ。

 既に重要な情報は出ている。

 つまり、『僕と洋輔は一緒に居た』『僕と洋輔は家に辿りつけていない』、この二つ。

 『僕はその事を忘れてるけど、洋輔はその事に心当たりが無い』と合わせて考えると、これがちょっと、厄介な事になる。

 だって、僕と洋輔は一緒に居たのだ。少なくとも家に辿りつくまでは一緒に居たはずなのに、そして家に辿りつけていない以上、やっぱり一緒に居たはずなのに、その時の記憶について持ち方が異なってしまっている。

 もちろん、僕にとってはトラウマになるような事でも洋輔にとってはそこまでの脅威では無かったとか、そういう可能性だってある。

 けど、だとしたら洋輔はそこで起きた事を覚えて居なければおかしい。僕がトラウマに思うほどの何かが起きた、そういう事態が発生したという点で、洋輔ならば覚えていてくれるはずだ。

 なのに洋輔は覚えていない。

 どころか、心当たりが無いと言う。

 この矛盾のような現象は、それでもやっぱり、矛盾ではない。

 極々簡単に説明ができてしまう。

 けどなあ。

 やだなあ。

 説明は出来る……可能性としてそれなりに高いとも思う。

 たしかにそれならば、僕がトラウマに思うのも無理はない。そういうシチュエーションが一つ、思い浮かんでいる。

「佳苗ー、風呂あがったぞー」

「あ、うん」

 ベッドの上であおむけになったまま考え込んでいると、洋輔がお風呂からあがってきた。

 下着姿にタオルを首からかける、洋輔のいつものスタイルだけど、ヨーゼフの身体でやられるとなんか妙な違和感があるよねやっぱり……。

 洋輔に言わせれば僕もなんだろうけど。

「……ねえ、ちょっといいかな」

「うん?」

「色々と考えてみたんだけどね。思い出せるかどうかは別として、どういう状況なら、僕がトラウマを感じて、洋輔がそれに心当たりが無いのか、とか」

「ああ……その事か。無理に思い出さなくて良いって言ってんのに」

「本当にね」

 僕はそう頷くと、洋輔はいぶかしげな表情で僕を見ると、ベッドに登って僕を横から捉えるような形でうつ伏せになる。

「何か、心当たりがあったのか?」

「あくまでも、推測……。可能性。思い出したわけじゃないから、それが真実とは限らない。けど、可能性は……結構高いと思う」

「なんか、随分と言い難そうだな」

「お見通しか」

「まあ、伊達に佳苗と十二年幼馴染をしてるわけじゃないしな。大方ろくでもない想像をして不安になったんだろ」

 ごもっとも。

 馬鹿者め、と洋輔は笑い飛ばし、僕の右手を両手で握ってきた。

 微かに。

 その両手が震えている。

「……洋輔も、気付いてたんでしょ? その可能性は」

「…………」

 洋輔は決して、察しが悪いわけではない。

 というより同年代の中では、察しの良い方だった。

 理論立てての計算ではなく、直感によってではあるけれど……それは、僕よりもずっと、得意だったのだ。

 だから、洋輔は多分、僕がそんなトラウマを持っている事を知って、すぐに気付いたのだろう。

「答え合わせしてみよう。僕の推理と、洋輔の直感が同じならば、たぶん、それが真実に一番近い……大外れなら、それが一番だけどね」

「……だな」

 あーあ。

 僕はそれを思い出さなきゃいけないのか。

「僕のトラウマ。僕と洋輔が一周の居る時に起きた、僕は『忘れる事を選び』、洋輔は『認識すらできなかった』、何か」

「発想の順序を換えれば、答えはおのずと見えてくる、よな。だから……佳苗のトラウマは」

「僕のトラウマは」

 『洋輔が死ぬ事になった、その瞬間の光景である』――


 ――強烈な吐き気と、頭痛が襲いかかってくる。

 目がぐるぐると回って、今僕がどんな体制になっているのかも理解できなくなるような、そんな状況に陥って。

 それでも、僕は自ら蓋をした、渡来佳苗という僕が持つ最後の記憶に触れる。

 あの時、僕が目にしてしまった事を……鮮明に、思い出し。


 けれど、記憶の映像はそこで終わらなかった。

彼らが彼らになった理由が、やっと。

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