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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 邂逅が手繰り寄せる可能性
53/125

53 - 刻みついたもの

 最後に向かったお店は、食料品店。

 食料品というか食材で、肉類・魚類・野菜類・穀物類・調味料ほか、色々なものが沢山揃っていた。

 どれもなかなか美味しそうだ。お値段は……まあ、そこそこといった感じだろうか?

 残念ながらお米は無かった。

 が、大概のものはここで揃えられそうだ。

 調理をするのは面倒だけど、食堂で食べるよりかは安いし、なにより錬金術で作っちゃうからな、大概。

 それになにより、渡来佳苗や鶴来洋輔として食べ慣れたものを作れるのが大きい。

 なんて理由で、ついでに色々買い物をして、帰り道。

「商業施設はこんな感じ、か」

「思ったより広かったな。全部回ろうとしたらどんだけかかるやら」

 本当にその通りだ。

「今日回った店だけで大概は事足りるわよ。一部、専門的な道具は、専門的なお店に行かないと駄目だけどね」

 ジーナさんは補足するように言う。

 専門的な道具……ねえ。

 その後、運動系の施設も回って、その横には医療施設。

 医療施設と言うか大病院というか。

 ちょっとした総合病院って感じにはしっかりしていた。

 ただ、医療施設に入った瞬間、僕が感じたのは血の匂いだった。

 洋輔も同じだったようで、眉をひそめている。

「どうしてもけが人が集まるからな。この匂いは、いかんともしがたいさ」

「その割に、消毒液とかの匂いはしないんですね」

「この国、外科治療が全く研究されてないわけじゃないけれど、魔法やポーションを使って治しちゃった方が早いし安いのよね。病気も大概は毒消し薬で治せちゃうし」

 ああ、納得。

「そういえばカナエくんは回復魔法、使えるようになったのかい?」

「残念ですが、今のところ試した事が無いです。……かといって、自分から傷を付けるような度胸は無いですから」

「なるほど。ヨーゼフくんは?」

「三回くらいだな」

 洋輔はしれっと答える。

 三回……? 何の回数だろう。

「俺が働いて時、客が荒っぽかったりすると、怪我もするから。自分の怪我を治したり同僚を治したりな。そういうのは結構あったけど、本格的に回復魔法として行使したのは三回くらいって事」

「ふうん……? そういえば、骨折くらいならすぐに治せるって言ってたもんね。そういうのが三回?」

「いや、腕と足が千切れてるのが二回。もう一回は両方が斬られてた」

「…………」

「…………」

「…………」

 僕とアルさん、ジーナさんが洋輔を睨みつける。

 よかった、僕だけじゃなくてアルさんやジーナさんにとってもそれは異常なことなのか。

「……言っとくけど、流石に生やすのには時間かかるからな」

 普通は時間を掛けてもできないんじゃないかなあ……。

「あとは、普通の怪我ならばしょっちゅう治してたよ。結構怪我する奴も多かったし、俺も時々、客から痛い目にあわされてたし」

「ふうん……」

 酒場の仕事も大変なんだな。

 まあ、お酒が入った大人って、性質が悪い人は暴れたりするから、そういう人に怪我をさせられたりしたのかもしれない。

「とはいえ、血の匂いは気になりますね。僕、あんまり嗅ぎ慣れてないし……」

 なんか酔ってきた。

「外に出よう」

 アルさんの提案に僕は頷く。

 結局、医療施設はその説明を外でして貰う事に。

 なんでも、簡単な怪我ならば特にお金がいらないらしい。

 簡単じゃない怪我や病気でも、学校に責任があるならば学校が負担してくれるんだとか。

 それ以外の部分でした怪我については有償だから気をつけなければならない。

 が、僕の場合は最悪エリクシルを使えばいいし、洋輔は洋輔で魔法があるので、お世話になる回数は少ないだろう。たぶん。

「……なあ、カナエ、大丈夫か?」

「ん? どうして?」

「いや。顔色わりぃもん」

 そうかな……?

 ふう、と息をついて、僕は少し自分の身体を確かめる。

 まあ……確かに、本調子とは結構外れてるかもしれない。

「……なるほどな。初めてカナエくんの弱点が見えた気がするよ。君は戦いを基本的には学ばなかった。運動はしてきたけれど、戦闘はしなかった……だからだろうね、君は多分、血に弱い」

「…………」

 血の匂い。

 あるいは、血の感触。

 確かに僕は、それが苦手だ。

 匂いを嗅いでいると気持ち悪くなるし、触れるとなんだか気が遠くなる。

 出来れば見るのも遠慮したいくらいだ。……旅の最中、調理とかで見てたから、ちょっと意識が揺れるだけで済むけどね。

「『三ツ星』で合格した……まして『満点(フルマーク)』なんて異常さに教職員の視線は集中しているけれど、カナエくんはその弱点をどう克服するか、考えるべきだろうね。授業が始まれば否応もなく血には触れることになる」

「……授業で、ですか?」

「ああ。戦闘訓練もあるし、それ以外でも怪我をする機会ならばいくらでもある。一年生は特に……そういった『突発的な事態への対応』を教え込まれる段階だから、余計ね」

 それは……僕が思ってた学校と違って、結構危険に満ち溢れてるってことか……。

 いやでも、戦闘科なんてものがあるくらいだしな。

 当然なのか。

 そんな事を考えている時だった。

 担架に乗せられたけが人が、僕達を押しのけるように運ばれてきたのは。

「…………」

 けが人はなかなかに大きな怪我をしていて、左腕が真っ赤に染まっていた。


 ふ、と。

 景色が変わる。

「…………」

 ここは……、寮の部屋、の、ベッドの上?

「ん……、佳苗、起きたか?」

「……洋輔」

 さっきまで僕たち、アルさんとジーナさんに連れられて案内を受けてたと思ったんだけど……、あれ?

 夢オチ?

「夢じゃねえよ。お前、病院の前でぶっ倒れたんだ」

「…………」

 病院の前……、ああ、そうか。

 あのけが人を見て、僕が倒れた……のか。

「その後、俺が佳苗を運んできたって事。アルさんとジーナさんは夕方まで居たんだけどな、もう帰ったよ」

「……今、何時?」

「七時過ぎ」

 五時間くらいは意識が飛んでたのか、僕。

「ごめん……、迷惑かけちゃったね」

「気にすんなよ。その程度」

 うん、と頷きながらもベッドから降りて、僕は洋輔の方へと向かう。

 まだまだなんか、調子が変だな。

 まあ、日常生活くらいならなんとかなるか……。

「なんか、身体がだるい……」

「あんまり無理すんなよ。食堂まで行くのもだるいだろ。夕飯、俺が作るから、座ってろ」

「でも……」

「俺も一応、この一年は自立してたからな。味は……あんまり保障出来ねえけど、簡単な調理くらいならできる」

「……ごめん。お願い」

 結局、僕は洋輔を頼る事にした。

 正直、ここまで不調になるとは思いもしなかったぞ、僕。

 ダイニングの椅子に座って、机に肘をついて僕はそんな事を思う。

 僕は、血が苦手だ。

 それを好きという子は少ないだろうけれど、なぜだか、僕は特にそれが苦手だ。

 見るだけで、なんだか身体が動かなくなる。

 頭が回らなくなる……真っ白になる。

 ちょっと指を切った、とか、ちょっと擦りむいた、とか。

 そのくらいならば別になんて事はないんだよね。

 べったりになると駄目だけど。

「佳苗はさ。……俺が知ってる限りにおいて、佳苗としては、大怪我をしたこと、なかったよな?」

「と、思う。……洋輔も大概だけど」

「まあな。俺の一番ひどい怪我が、打撲だったか……佳苗は何になる?」

「ひどいって意味では、ねんざかな。ほら、階段を二段飛ばしで降りた時に足をくじいて病院行った時の」

「あー。あの時は先生に怒られてたな」

 懐かしい。

 僕がした大きな怪我はそのくらいだ。

「けど、何でいきなり?」

「いや。佳苗がさ、……その、さっき、血をみて倒れた時。なんか、ひっかかった」

 ひっかかる?

「一瞬だったから、アルさんとジーナさんは気づいたかどうかわかんねーけど、なんか佳苗の表情が『佳苗が怯えてる時』に似てたんだよ」

「僕が……怯えてる時?」

「小三の頃の虎騒ぎ」

「…………」

 なんだろう。

 凄くわかりやすいんだけどものすごく恥ずかしい。

 それ僕がお漏ら……、えっと、ちょっと、まあ年齢不相応な事をした時のアレだよね。

 そりゃあの時、近くに洋輔いたけどさ。

 でも、僕が怯えてる時に似てた?

 妙な表現だ。

 僕は僕なのに……、

「ああいや、ほら。カナエ・リバーじゃなくて、渡来佳苗のほう。なんつーのかな……そりゃ、カナエ・リバーのお前も、大概渡来佳苗と同じような仕種だし、俺もまたそうなんだろうけど、完全に同じじゃないだろ?」

「それは……うん。まあ、身体違うし。その差じゃないの?」

「だろうな。俺達が『思い出す』までの十一年間は、まあ、それぞれの人生だったわけだし」

 それは良い。

「その上で、お前の怯えるような表情、仕種が、ほとんど渡来佳苗のそれだった。カナエ・リバーの怯える顔を知らねえからそう思っただけかもしんないし、何かそこに意味があるのかもしれない」

「……意味、ね」

 あるとしたら……何だろう。

「トラウマ……とか?」

「俺はそうだと思う」

 フライパンに刻んだ野菜を慣れた手つきで投入しつつ、洋輔は続けた。

「何がトラウマなのかはわかんねー……けど、たぶん、そのせいだ。カナエ・リバーとしてじゃなくて、渡来佳苗の、トラウマ。ちょっと血が出るくらいならなんともないんだろ?」

「うん……」

「なら、忘れている……忘れちゃっている何かがあるんだと思う」

「…………」

 渡来佳苗だったころの僕はどうだったのだろう。

 そこまで……気にした事はなかったような気がする。

 だとしたら、カナエ・リバーになった後のトラウマのはずなのに、洋輔は僕が渡来佳苗として怯えていたと、そう言う。

「無理に思いだす事はねえよ。大体、思い出したくないから忘れたんだろ。……なら、いつか自然と思いだすか、忘れた事にさえ忘れるのを待っていいんだ」

「……そう、だね」

「てことで、晩飯。単純な野菜炒めだけど。主食はパンで良いか?」

「うん。ありがと」

 並べられた料理は確かに雑ではあったけれど、不思議と美味しそうにも見える。

 作り慣れているというのは真実なのだろう。

 とりあえず一口……あ、美味しそうと言うか、これは美味しい。

 ものすごく食べやすい感じ……こう、油っぽさがかなり抑えられていて、塩っ気とスパイスが丁度良く絡み合っているというか……。

「どうだ、食べられるか?」

「うん。すごく美味しい」

「よかった。……たまに仲間が風邪ひいたりした時に、作ったりしてたんだ」

 なるほど。それで食べやすく感じるのか。

「ねえ、洋輔」

「うん?」

「……洋輔は、血、大丈夫?」

「ああ、その話か……まあ、俺は良くも悪くも慣れちまった。ヨーゼフ・ミュゼって人生でね」

「そっか」

 ならばこれは僕の問題。

 僕は……何を、忘れたかったんだろう。

 思い出したくはないはずなのに、だから忘れているはずなのに……それでも。

「無理に思い出さなくて良いって言っただろ」

「うん。……でも」

「でも?」

「なんだか、それは……僕達が『僕達』になった理由な気がするんだ」

 だから、僕は。

 思い出したい。

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