50 - 二つの伝言と試作品
五月九日。
寮での生活にもかなり慣れてきて、そろそろ学区内の探索もしようか、と洋輔と話していて思い出した。
手紙書いてない……。
「いや、それは忘れるなよ……」
ぐうの音も出ないけど、忘れていたものは忘れていたので仕方が無い。
慌てて書いて、手紙を出すにはどうすればいいのかな、とノートを確認。
どうやら寮の食堂で手続きが出来るようだ。
「ていうかさ。消耗品の補充も食堂なんだよな。あそこもう食堂じゃ無くて何でも屋じゃねえの?」
「そう思わない事もないけど、一応本分は食堂……なんじゃない?」
ううむ、と二人して悩んでみたりして、まあそれはそれ。
「ついでだしトイレの紙とティッシュも補充しようか」
「そうだな。紙はもうちょっとあるけど、そろそろティッシュは切れるし」
僕も洋輔もそれほどティッシュを使う方では無いはずなんだけど、気が付くとゴミ箱に結構入ってるんだよね。
僕もたまに零したポーションとかを拭いたりするのに使ってるし、洋輔も似たようなものなのかもしれない。
ともあれ、手紙を無事に書き終え……内容は無事に合格したよ、とか、学校の寮はどんなところだよ、とか、相部屋の子とすごい仲良しだよ、とか、そんな感じ。
最後にカナエ・リバーと署名をして……。
せっかくなので賢者の石を箱詰めし、テープで封をしてっと。
これでよし。
「洋輔は良いの? お店に手紙とか、書かないで」
「んー。変に出すと迷惑になるからなあ。だから、俺はいい」
「ふうん」
そんなものなのか。
ま、洋輔の事は洋輔が決めることだ。僕があれこれ口を挟むべきではない。
「じゃ、食堂に行こう」
「ん」
部屋を出て階段を下り、食堂へ。
この道のりもかなり慣れてきたな。
途中、数人の仲間とすれ違った。当然、挨拶くらいは挟んでいる。
で、食堂に付いた僕たちは、そのまま受付へ。
「すいません。手紙……宅急便かな? まあ、荷物を出したいのと、消耗品の補充をお願いしたいんですけど」
「はいよ。部屋番号は?」
「201です」
「で、届けるものは何だい」
「この箱です。中には手紙が入ってます」
「ん。国営路を使う事になるから、届ける場所によっては少し時間がかかるがいいかね」
「はい」
「届け先をこれに記入してくれ」
渡されたのは送り状と題された紙だった。
日本の宅急便のそれとは似ても似つかないけど、項目自体は大体同じで何とも言えない気分になるな。
「そんじゃ、カナエが書いてる間に消耗品いいですか」
「うん。何が欲しいんだい?」
「トイレの紙と、ティッシュを」
「はいよ。すぐ持ってくるから、待ってなさい」
「はい」
そういって受付さんが奥へ。
僕が送り状に記入を終えた頃に、受付さんは補充される品物を持って帰って来た。
洋輔はそれを受け取り、その後、僕は送り状を渡す。
「うん。ちゃんと掛けてるね。ええと、この町だと……そこそこ時間がかかるが、本当にいいんだね?」
「はい。中身はナマモノじゃないので、大丈夫です」
「わかった。それじゃあ、こっちは任せておくれ」
「お願いします」
補給品をちらりと確認すると、洋輔が既に量はチェックをしていたらしく、問題なしとの判断。
「じゃ、戻ろうか」
「そうだな。ありがとうございました」
「ありがとう」
「どういたしまして。……って、ちょっと待った」
うん?
受付さんが何かを思い出したかのように僕達を呼びとめる。
「201号室といえばカナエくんとヨーゼフくんだったね。カナエくん、君宛に伝言が届いている」
「伝言……ですか?」
誰からだろう。寮の誰か、だろうか?
だとしたら普通に訪ねてくればいいのに。それが出来ないとなると、女子のカリンかな?
「『都合のいい日を教えてほしい、君たちの入学に際して話しておきたい事がある』。ラビアル・クランクからの伝言だ」
「ラビアル・クランク……?」
誰?
「知らない人ですけど……」
「そうなのかい? なんだか、彼は随分君と親しいみたいな事を言っていたけれど」
いや知らないよ。
「一緒に馬車で首都まで来たとか言ってたけど、出まかせだったのかね? あの子、結構成績も良いし、そんな事を言うようなタイプじゃないと思うのだけれどなあ」
「馬車……?」
いや、たしかに馬車では来たけど、ラビアル・クランクなんて同乗者は……、いや。
ああ。
「アルさんか。本名知らなかったので……すいません、やっぱり知り合いみたいです」
「そうかい。で、どうするね。返事は私が送ることになっているが」
僕はちらりと洋輔に視線を送ると、洋輔は「別にどうでも良いぞ」と答えた。
ふむ。
「向こう三日間くらいは、ご飯とか以外では部屋に居るので。部屋を訪ねてくださいと伝えてください。……って、確認なんですけど、別にそう言うのはアリですよね? 他人の部屋に入らないようにって規則はありましたけど、招かれたり招いたりするのは」
「ああ、それは大丈夫。なら、その通りに伝えよう。世話を掛けたね」
「いえ、こちらこそ」
じゃあこんどこそありがとう、と食堂を去ることに。
階段をのぼりながら、洋輔は言った。
「アルって人の本名、そんな名前だったんだな」
「僕も始めて聞いたよ。ラビアル・クランクね……この調子だと、ジーナさんも名前が短縮されてるのかなあ」
「そう考えたほうが妥当だろうな」
ま、本人に聞けばいいか。
さて、部屋に戻って、洋輔はティッシュ箱をもってダイニングへ。僕はトイレに紙を設置。
ちなみに紙が無くなった時に困ると言う事で、トイレのちょっと高い所に紙置き場としての棚を増設している。
他にもいろんなところにいろんなものを増やしてるんだけど、それはそれ。
ついでだったので用を足して、手を洗ってからダイニングに戻ると、洋輔は椅子の上で大きく伸びをしていた。
「ふぁあ」
「眠そうだね」
「ていうか、運動不足でなー」
「あー……」
一応朝と夕方のランニングは洋輔も一緒にしているのだけど、洋輔の体力は僕よりもはるかに高いらしい。
羨ましいような、別にそうでもないような。
「僕はまだやることがあるから良いけど、洋輔は暇だろうね……」
「うん。まあ、むやみやたらと疲れたいわけでもねーから、余計な……」
まあ……うん。
「じゃあ、ちょっと実験に付き合ってくれる?」
「実験?」
「うん。例の『重いナイフ』の実験」
「構わねえけど、進展あったのか?」
「重量周りは、魔法を一応開発してみたんだ」
というわけで、近くの棚から金属片を二つ手に取り、錬金。
二つの金属塊が完成。重さは同じになるように調節してある。
「ベクトラベルが、僕のその魔法を認識してくれるかどうか。ちょっと試してみたくて」
「ああ、そう言う事か。良いぜ。で、どうすればいい?」
「とりあえず、この二つの塊を持って見て」
「ん」
特に重たいわけでもない。石とくらべれば重いけど、まあ余裕で持てる程度の金属塊である。
洋輔はそれを右手と左手に一個ずつ持ちあげた。
「右手の方を少し重くするから、それでちょっと感想を教えて」
「オッケ」
じゃあ、魔法を発動。発想は重力倍率の変更で、今回は三倍にしてみる。
重力が三倍にかかれば、当然三倍の重さになる……はず。
無事に発動したようで、魔力が消費される。
瞬間、洋輔はすっと目を細める。
「重くなったな」
「その割には軽々しく持ってるけど」
「ベクトラベル使ってるだけ」
「ああ……、ってことは、それでも、ベクトラベルで重量として活用できる?」
「ああ。力に違いはないし、十分だな。なんにもしてない方と比べると、三倍くらいか?」
大正解。
「しかし、なるほどね。重いやつを頼んだけどさ、魔法でそれを無理矢理重くするのか」
「うん。重い金属……っていうと、金とかだけど。あれ、柔らかいから剣にするには向かないかなって」
「ふむ。で、これ、どのくらいまで重くできる?」
「わかんない。やってみないと……」
魔法を解除……する前に、たぶんこれ、継続してコストが必要なタイプだよね。
ちょっとコストを確認……ああ、でもこんなものか。防衛魔法と同じくらいだ。
「一度解除して、二十倍くらいにしてみるね」
「ん」
というわけで、コストから逆算した発動に必要な魔力……、に、保険を掛けてその十倍ほどの魔力をつぎ込んで、発動してみる。
無事発動。維持コストは……さっきの十倍にギリギリ届かないくらいだから、結構綱渡りだったようだ。
でもってこれ、維持コストが結構馬鹿にできない消費である。
片手で持てる程度の小さな塊でもこれかあ。ナイフ全体にかけるとなると、数倍はいるよね……。
「これは、なかなかすごいな。佳苗も持って見るか?」
「うん」
受け取……って重っ!
慌てて筋力増強の魔法を使って支える。
魔力の消費が割と辛いけど、効果は十分すぎるほどだぞ、これ。
「どうする、洋輔。この倍率で良いなら、とりあえず試作してみるけれど」
「できるのか?」
「さあ。やってみないとわからない」
「まあ、じゃあやってみてくれよ」
了解。
僕は物置部屋から基礎とする金属の塊と、紐を取り出して洋輔の前に置く。
魔法を混ぜる時は、紐もマテリアルにすると品質が高くなりやすいんだよね。
「それは?」
「金属は、昨日作ったやつ。紐は錬金術で使う材料だから、気にしないで」
比較的丈夫で手入れのしやすい合金が理想……なんだけど、そんなものに心当たりが無かったので、色々と金属を混ぜて見たんだけど、いまいち。
そこで、とにかく『硬い』のイメージから、鉄にダイヤモンドを混ぜて見たらなかなかに丈夫なものができた。
で、ダイヤモンドとは炭素である。炭素と言えば炭だ。そっちのほうが安上がりということで、木材を炭に錬金、それを使って鉄と錬金。完成品はダイヤモンドを使った時と同じくらいには丈夫だったのでこれで妥協する事に。一応、賢者の石も混ぜて品質は強制的に引き上げておいた。
「ふうん……って、結構手間かけてるんだな、それも」
「まあね」
さて、錬金術の時間だ。
「ナイフのデザインに注文は?」
「何でもいいよ。とりあえずナイフとして使えれば」
「了解」
まずは魔法で袋を作り、その中に基礎、つまり主材料としてのマテリアルにその生成した金属を指定しつつ投入、重力を二十倍にする魔法を材料として認識させつつ、紐、賢者の石を投入。
ふぃんっ。
「ん? なんか音が違くねえか?」
「魔法を付与する時は、なんか音が変わるんだよ」
「へえ」
とまあ、そんなわけで試作品のナイフが完成。
形はごくごく一般的な、お母さんのお店でも取り扱っていたようなナイフである。
見た目は随分と軽そうだけど……とりあえず持ってみようとすると、ああうん、これ素じゃ持てないやつだ。
「洋輔、これ、持ってみて」
「って、もう完成してるのか?」
「してるよ?」
「…………」
視線でねーよと訴えつつも洋輔はナイフを手に取り、持ち上げようとして眉をひそめた。
「見た目からは想像もつかねえくらい重いなこれ」
「単純に重さが二十倍になってる……はず」
「ふうん」
なんて言いつつ、洋輔は当然のようにそれを片手で持ち上げる。
ううむ。
「うん……、形状に文句はない。切れ味は、何かで試してみるか」
「木材でも斬ってみる?」
「良いのか?」
「うん」
破片が残ってれば木材に戻せるし。普通の工作には使いにくくなるだろうけど、錬金術の素材として見るならば問題はない。
というわけで、適当な太さの木材を運び出し、洋輔はナイフでそれに斬りかかる。
すると木材はあっさりと両断され、ふむ、と洋輔は一度二度と頷いた。
「切れ味も十分……じゃねえかな。刃毀れもなさそうだし。もちろん、手入れは必要だろうけどな」
「そう。じゃあ、それが試作品って事で。一応、もうちょっと改善はしてみるね」
「うん。頼む」




