47 - 金銭感覚の差について
学区を抜けた僕たちは、まず一般商業区のベイカー街を目指した。
すると、なにやら奇異の視線で見られる見られる。
よっぽど似合ってないのだろうか、と不安にもなったが、洋輔が荷物を預けているという銀行に辿りつき、洋輔がそこで荷物を出す手続きをしている時に理由が判明。
「この度は合格おめでとうございます」
「うん。ありがとう……って、合格したとは言ってないんだけど、なんで解るんだ?」
「それはもちろん、制服を着用されておられますので」
「あー……」
当然と言えば当然だ。
合格した子にしか制服が与えられない、イコール、制服を着ていれば合格。そりゃそうだよね。
「ところで、そちらの方とのご関係は?」
「俺と相部屋になったやつでな。何かと世話になっている」
「世話になっているのは僕の方だよ」
「なるほど」
苦笑をしつつも、なんでそんな奇妙な言い回しなのだろうと思う。
前々からの知り合いだ、と言えばいいのに。あんまり外での話はしたくない感じなのかな?
「お待たせしました。お預かりしていた品物の準備ができました。ご確認を」
「うん。…………、大丈夫だ。ありがとう、助かった」
「今後ともごひいきに」
洋輔は一つ頷いて、荷物をそのまま担ぐと、僕に向き直った。
「さて、行こうか。お前の荷物も取らないといけないんだから」
「そうだね」
というわけで移動。
やっぱり移動中には奇異の視線が……。
それでも特に話しかけられる事は無く、普通に宿に到着。
「まさかここに泊ってたのか、佳苗は」
「そうだよ。この前話したアルさんにお願いして、宿取って貰ったんだけど。そしたらここだった」
「……贅沢者め」
「あはは……」
というわけで宿に突入。
すると、受付さんが驚いたような表情で僕を眺めた。
「おや。カナエ様、おかえりなさいませ」
「無事に試験が終わったので、荷物を取りに来ました」
「おめでとうございます」
無事に終わった、としか言っていないのに、合格したということが伝わったらしい。
「今年、この宿に宿泊した『受験生』のうち、合格したのはカナエ様のみですよ」
「そうなんだ……たしか、あと三人くらい泊ってたと記憶していたけれど」
「ええ。各自、部屋で休息を取っております」
ふうん……?
「ともあれ、預けていた荷物を受け取りたいんですけど、いいですか?」
「はい。すぐに係の者が持ってきますので、少々お待ち下さい。それと、カナエ様。差し支えなければ、なのですが」
うん?
差し出されたのは白い色紙、と羽ペンである。
なんだろう、これ。
「よろしければ、栄えある国立学校の合格者として、署名を戴けませんか? 額に入れてこの宿の誇りにしたいと思うのですが」
「…………。いや、僕は構わないですけど……、え? そんなにすごいことですか、これ?」
まるで芸能人みたいな扱いだな……。
「ええ、ええ。それはもちろん。例年通りならば、合格者は僅か百五十名なのです。入学したということだけでも、誇りになるのですよ」
「誇り……か」
お母さんも似たような事を言っていたな。
しかし、百五十人?
その数字が真実だとしたら、僕達『星持ち』組と同じくらいしか、二次試験は突破できてないってことか……?
例年通りならば……って区切ってるし、今年は少し多めとかかもしれないけれど。
「にしたって、十二歳そこそこの子供のサインなんて、何の役にも立たないでしょうに」
「では、頂けませんか?」
「いや別に、構わないですけども」
カナエ・リバーと普段通りに署名をして……っと。そうだ。こっそり『来』って書いておこう。ちっちゃくだけど。
「これで良いですか?」
「はい。ありがとうございます。当宿の宝としますね」
「あはは……ご期待にそえるように努力します」
宝……か。
「お待たせしました。隣室にお荷物を運び終えましたので、ご確認をお願いします」
「はい。心遣いに感謝します」
ここで確認しろと言われるかと思ったけど、ちゃんと別室に用意してくれたようだ。あり難い。
で、ちょっと長期戦だな。
「ヨーゼフ、ちょっと手伝ってくれる?」
「おう」
ちょっと数が多いので、洋輔に声を掛けて荷物の整理をお願いする事に。
隣室に向かうと、ひとまとめになった僕の荷物と、一振りの大剣がおかれている。
他に物はないので、ちょっと広げて見るとしよう。
「これがカナエの言ってた剣か」
「うん」
「確かにお前には重そうだな。ていうか、随分上等な剣じゃん。高いぞこれ」
「だろうね。お母さんも言ってたけど、どっかのちゃんとした鍛冶屋さんが作ったやつじゃないかって」
「へえ。持っていい?」
「良いよ」
減るもんでもないし。
洋輔は軽々とその剣を片手で持ちあげると、ひゅんひゅんと風切り音を立てて振りまわした。
ううむ、そんな使い方ができる武器には見えなかったのだが、さすが洋輔。ベクトラベルは反則だと思う。
「なかなか使いやすそうだ。羨ましいな」
「なんなら洋輔が使う?」
「いや、お前がもらったものだろ」
「そうだけど、僕が持ってても使い道そんなにないし……、それなら、『相部屋の子』でもある洋輔に使ってもらったほうが剣も浮かばれるでしょ。僕にそれをくれた人、アルさんだって、別に文句は言わないと思うよ」
「ふうん……? そう言う事なら遠慮なく使わせてもらおうかな。けど、あくまで借りるだけってことで」
「ん」
ま、それが落とし所だろう。
「じゃあ、鞄の中身確認するから、洋輔は並べてくれるかな」
「おっけ」
「じゃあ、まずは薬草七個」
「うん」
「毒薬十二個」
「うん?」
「毒消し薬の特級品が三個」
「え?」
「毒消し薬の一級品が十四個」
どんどん次に行こう。
ポーションの五級品が十二個、六級品が二十個。特級品が一個。
毒消しポーション、の毒消し一級ポーション三級が二個。
エリクシルの九級品から三級品が各一個、二級品は三個、一級品が六個。
賢者の石が四個、品質はバラバラ。
空き瓶は二十八個。
鉄くずは大体一キロちょっとぶん。
金属片は全十八種類、重さは合わせて八百グラム程度。
白紙が三十枚。
インクが五個、ペンは二個。
布材は六枚。
革材は二枚。
木材は小さなものが八個。
丈夫な糸が八個、普通の糸は三個。
潤滑剤?が二個。
例の粉こと中和緩衝剤が三個。
食塩が瓶で二個。
砂糖が瓶で二個。
小麦粉が三袋。
食用油は専用のボトルに入ったのが一つ、一リットル弱。
調理酒も専用のボトルに入ったのが一つ、こちらは二百ミリリットル程度。
あとは魔法瓶に入れた氷が大体二リットル分くらい。
着替えの下着が五着、着替えの普段着は三着、寝間着のローブは二着。
身だしなみを整える用のブラシが一個、歯磨きセットが一セット。
で、最後に金貨が二千八百十一枚、銀貨が百三十八枚、銅貨が二百三枚。
以上、全て問題無しと。
「うん。全部揃ってるね」
「いや、お前、荷物多すぎるだろこれ」
「そう?」
「あと高級品多すぎるだろ。総資産いくらだ、これ」
「えっと……」
毒消し薬とかエリクシル、賢者の石の事を考えると……、
「金貨二十万枚くらい?」
「…………。俺さあ。この一年間、生きるために必至で仕事頑張って、それでなんとか貯金もして、それで持ってるのが金貨数百枚なんだよな。え、何? 佳苗と俺の間の経済格差、ここまであるの?」
「そうでもないよ。ほら、錬金術系統のものは基本的に売れないし」
「売れない……? なんでだ?」
「僕が作ったと勘づかれたら面倒」
「あー……」
「だから、実質的な資産は現金だけなんだよね」
それでも洋輔の数倍は持っていることになるのだけど。
「……錬金術の質問は、えっと、まあ、寮に戻ってからさせてもらってもいいか?」
「うん。ここじゃアレだしね……」
というわけで、展開を終えた荷物を再度纏めていく。
滅多に使わないものは奥の方に突っ込むことに。潤滑剤とかは最初で良いな。
「…………」
と、潤滑剤を手に取ったところで、洋輔が僕の顔を見てくちをぱくぱくとしていた。何?
「お、お、お前、えっと、何それ?」
「えっとね、これは、潤滑剤、っていうんだって。でも僕、まだ髭生えてないし、使い道ないんだよね」
「な、何でそんなものを……」
「お母さんがね、どうせ学校に入って少ししたら使うことになるだろうからって、作れるようになったの」
「…………」
形容しがたい表情で洋輔は僕と潤滑剤を交互に眺めて、大きな大きなため息をついた。
そして、
「そうだよな、佳苗ってそういう奴だったよな……」
と、ものすごく落胆された。何故。
まあいいや。荷造り再開。
ちなみに僕が使っている鞄は、色々と移動の手間を考えた結果、キャリーバッグのように形状を変更しておいた。
結構荷物が重いので、やむを得ない措置である。
「……おい。なんかいつのまにか鞄が違うぞ」
「気のせい気のせい」
使わないものを下の方に、すぐに使いそうなものは上の方に。
お金は専用のケースに移動させるとして、一番上は食品類だな。
十分ほどかけて荷造りを終え、僕は洋輔と共にキャリーバッグをころころと転がしながら受付へ戻る。
「荷物の確認、出来ました。二週間くらいですが、お世話になりました」
「いえいえ」
「それじゃあ、会計を」
「畏まりました」
というわけで会計タイム。
実際の部屋代や食事代、サービス代なども含めて出された金額は特に問題のない数字だったので、現金で一括払い。
「それでは、カナエ様。よき学校生活を」
「はい。ありがとうございます」
洋輔も引きつれて、僕はそのまま宿を出た。
「さてと。買い物済ませようか」
「ん。なにから買ってく?」
「んー」
ぼくはちらり、と洋輔を見る。
……まずは、鞄だな。
「洋輔用の鞄、キャリーバッグ用意しようか」
「しようかって。売ってるのか、それ」
「いや、作る。近くに材料売ってるお店あるし」
「そうか……」
何やら諦めのような溜息をついて、「どこだ、その店は」と続ける。
僕はとりあえず、歩きだした。
「一分もかからないよ」
「ふうん。何度か来てるのか?」
「二回だけ。その店では雑貨類しか買ってないけどね」
「……うん?」
なんて話している間に到着。
道具屋さん、というか、雑貨屋さん。
入店すると驚きの視線が僕達に向けられた。またか。
「こんにちは。板材と布材、革材が欲しいんですよね。それと、もしあったら、小さな鉄塊も」
「板材と布材、革材についてはその辺にあるものを自由に選んでくれ。鉄塊は……、具体的にはどんなものを?」
「別に何でも構いませんよ。鉄材なら、折れた剣だろうとねじ類だろうと」
「じゃあ、こういうのはどうかね」
差し出されたのは折れた槍、の先端部。
うん、丁度いい。
「これを下さい。それと、板材はこれ、布材はそこの束、革材はそっちの棚にあるやつで。いくらですか?」
「金貨三枚、銀貨五十二枚」
「現金で払います」
というわけでお金を入れている所からきっちり提出。
「毎度どうも。運ぶのは大丈夫かい? 必要なら袋を付けるが」
「お願いしても良いですか?」
「ああ」
店主さんは布で作った簡素な袋に、購入したものを梱包して行く。あり難い、手間が省けた。
「お待たせ。……ところで君、ちょっと前にも買いものに来てた子だよね?」
「そうですよ」
「その服を着ていると言う事は、まさか、合格したのかい?」
「おかげさまで」
「へえ……。いやあ、驚いた。まさか合格者が、こうも普通に買い物に来るとはねえ」
そうなの?
洋輔に視線を向けるも、洋輔は知るかそんなもん、と言わんがばかりの表情で返してきた。ごもっとも。
「今後とも御贔屓にね」
「はい。その時はお願いします。行こうか、ヨーゼフ」
「お、おう」




