46 - 三日後通知と前準備
三日という期間は少し長すぎる気もしたけれど、相部屋だった相手が洋輔だったこともあり、会話は弾み、特にこれといって問題もなく経過。
折角なので僕は洋輔にちょっとだけ錬金術でできることや出来ない事を教えて見たり、逆に洋輔は僕に魔法をちょっと教えてくれたり。
幸い時間はたっぷりあったので、それなりにお互い理解が進んだ……と、思う。
尚、僕は洋輔の引き出しの多さにドン引きし、洋輔は僕の錬金術の多様さにドン引きしていた。お互い様とは良く言ったものだ。
ともあれ、その三日の期間を終えた頃。
「この後どうすればいいんだろうね?」
「そういや、特に期間の後については説明されてなかったな……」
なんて会話をしていると、呼び鈴が鳴らされた。
りんりんりん、とそこそこ大きめの音だ。そういえば隣の部屋の呼び鈴を鳴らした事はあったけど、ならされたのは始めてかも。
僕と洋輔は互いに顔を見合わせて、とりあえず二人揃って対応する事に。
扉を開けると、そこには見知らぬ騎士さんが三人、立っていた。
そのうちの一人が僕達に向けて、何か、台帳のようなものを差し出してくる。
「えっと?」
「失礼。まず、これにそれぞれ、署名をしてください」
署名……?
僕はちらりと洋輔に視線を向けると、洋輔は別にいいんじゃないかという感じで頷いてきた。
ので、さらりと署名。カナエ・リバーっと。
その後、洋輔に渡して洋輔も、ヨーゼフ・ミュゼと署名し騎士さんに返却した。
「では、バッヂの内、一番最初に渡されたものを提示してください。ああ、見せるだけで結構です」
「僕のはこれです」
「俺はこれ」
バッヂを見せると騎士さんは頷き、後ろの二人に視線を向ける。すると、後ろの二人の騎士さんもそれぞれに頷くと、それぞれが別の袋をもって部屋に近づいてきた。
え、何?
「カナエ・リバーくん」
「ヨーゼフ・ミュゼくん」
と、それぞれに名前を呼んで僕達にその袋を手渡してくる。
袋は布製っぽいな。僕達にとっては抱えるようなサイズで、そこそこ重たい。
「入学試験、合格おめでとうございます。試験の詳細な採点結果は、それぞれ袋の中にファイルがありますので、それをご確認ください。また、袋の中にはあなた方が今後着用することにある『制服』が入っています。サイズはこちらで計測したものですが、余りにもサイズが合わないようであれば、交換が可能です」
「えっと……?」
「また、これもどうぞ」
更に渡されたのは赤い背表紙のノートだ。
『入学について』と題されている。
「現時点から入学までにするべき事や出来る事などが、そこには記載されています。簡単に要点のみ説明しますと、新入生の正式な入学は六月一日付けです。それまでの間、あなた方の行動は自由となりますが、以降、食堂の使用は有償となりますのでご注意ください。また、袋の中には学内の正確な地図も含まれていますから、それを基にある程度、学内を回って置くと後々スムーズです」
「以降……ってことは、もうお金が要るって事ですよね。取りに帰って良いって事ですか?」
「はい。詳しくはそちらのノートをご確認ください」
ふむ。
しかしいきなり合格と言われてもな。
得に何かをしたって感じがしないんだけど……。
「それでは、今後の活躍に期待します。お疲れさまでした。またいずれ会いましょう」
騎士さん達はそろって敬礼をすると、扉を閉めるようにと視線で訴えられたので、とりあえず扉を閉めて見る。
…………。
「合格ねえ……。俺達、少なくともこの三日はぐーたらしてただけなんだけどな」
「だよね。食べる以外は寝てたとか、雑談してただけだし……。けどまあ、中身確認しようか」
「ん。どこにする?」
「ベッドで良いんじゃない?」
というわけで寝室へ移動。
とりあえずノートはベッドの中央当たりに投げ置いて、僕は奥、洋輔は手前に袋を置いて、中身を確認。
中には新品の衣服が数着と、分厚いファイルが。
ファイルのタイトルには成績表と書かれていて、どうやらこれが試験の結果らしい。
取り出して中身を確認してみると、一次試験『座学:星判定につき評価不要』『体術:星判定につき評価不要』『その他:星判定につき評価不要』とだけかかれていて、残りは白紙だった。
ええ……。
「佳苗、そっちの結果は?」
「見ての通り。……洋輔も?」
「うん」
洋輔はこちらに見えるように評価を見せてくる。それは僕のと同じようになっていた。
「これのどこが詳細な採点結果なんだろうね」
「全くだ」
ま、いっか。合格は合格だし。
衣服の方も取りだしてみる。数着……というのは、四着ほど。
「これが……制服かな?」
「みたいだな。夏服と冬服……が、二セットずつか?」
確かにそんな感じ。
ちなみに夏服は半袖、冬服は長袖。
どちらもズボンは長ズボンか。
靴に指定は無いようだ。
「体育着……は、流石に無いか」
「制服の時点で動きやすそうだからな。そのせいだろ」
なるほど。
でもなんか、この服装、見覚えがあるんだけど。気のせいかな?
「着てみる?」
「その前にノート確認しねえ?」
む。
まあ、これは洋輔の方が正しいか。
渋々制服を置いて、ベッドの上に移動。洋輔もベッドの上に乗り、一緒にノートの中身を確認。
まず最初に書かれていたのは、今後のスケジュールについて。
「六月一日を以って正式に入学。辞退する場合はそれまでに辞退届の提出をすること。合格者には寮の部屋が既に与えられているはずだから、そこで生活をするのは自由。寮での生活は、それぞれの寮で定められたルールに従う事。六月一日の午前八時に各寮の多目的室で集会。その後、入学儀礼を行うため、六月一日の朝は可能な限り自室で迎える事。それまでの期間は準備期間として、学内・学外を自由に行き来できる……か」
「入学後は外出難しいんだっけ?」
「うん。正当な理由があれば出れるらしいけど、ちょっとお出かけしたい、程度じゃ駄目だって聞いたよ」
洋輔に答えつつ、ちょっと考える。僕の両親には……まあ、実際に報告できればそれが一番だったんだけど、行って帰ってくるには時間が大分シビアだ。急げばできるだろうけど、ちょっとリスクがあるし、手紙かな。
「とりあえず、俺は荷物を金庫から引き出してきて……、どうしたもんかな」
「どうしたものって、結構荷物あるの?」
「いや、お金と、あとは着替えくらいだよ。殆ど着の身着のまま。そういうお前はどうなんだ、佳苗」
「錬金術系の材料と完成品がいくつかあるね。あと、大きな剣が一本」
「剣?」
うん、と頷き、僕は腕を広げて大きさを表現。
だいたいこのくらい、と伝えると、あきれるような視線で見られた。
「どう考えてもお前に使える大きさじゃねえだろ。なんでそんなもん買ったんだ」
「まさか、買うわけないじゃん。貰いものだよ、貰いもの」
「ふうん。素材にもよるとはいえ、重いだろ」
「重いなんてもんじゃないよアレ。両手で持つのだって精一杯だし……だから、筋力を増強する魔法とかが自然と覚えられたんだよね」
「何でそんなもん持ってきたんだよ」
「貰いものだから捨てるわけにもいかないし。それに、それを僕にくれたのはこの学校の学生さんなんだよ」
会いにきてくれた時に、剣を見せられないのはちょっと。
僕がそう補足すると、「佳苗らしいなあ」と呆れられた。しかし、その呆れの表情には笑みも混じっている。
もし洋輔が僕の立場でも、洋輔は僕と同じ事をしただろう。洋輔も人が良いからなあ。
「しかし、学生さんねえ……俺達の先輩に当たる人か」
「うん」
「名前は?」
「アルって人。フルネームは、そういえば聞いたこと無いな……ジーナって妹さんが居るんだよ」
「アル……ジーナ……?」
おや?
何やら引っかかるらしい。
「知ってるの?」
「いや、直接の面識はねーと思う。けど、客の一人がその名前を言ってたような……足しか、『優秀な生徒』で『扱いにくい』とかだったか?」
「あー……、そのアルさんとジーナさんだろうね。凄い優秀な人だよ」
「ふうん。意外なところで意外なつながりがあるもんだな」
まったくだ。世界は広いんだか狭いんだか。
「まあその辺はさておいて、錬金術の素材とか完成品って、何持ってきてるんだ」
「細かいのは覚えてないけどね、薬草とか毒薬とか空き瓶がメインかな。そのあたりは結構使うし。金属片とかもちょこちょこ集めてる」
「なるほどね……じゃあさ、物置、お前が使えば?」
「うん? ……いや、一緒に使うでしょ?」
「物置、そこそこ広いけどさ。お前の錬金術、どうしても道具が多くなるんだろ。なら、錬金術に使うものを入れといても良いぜ? 俺はあんまり、そいう固有の道具ってのを使わねえし」
ふうむ。提案としては嬉しい……んだけど。
僕は頬掻いて、首を横に振る。
「やっぱり、それはいいよ」
「なんで?」
「だってさ、そんな錬金術の材料庫みたいにして、何か……例えば、他の子がこの部屋に遊びに来たとか、先輩がチェックしに来た時、モロに錬金術使えるなこいつってバレるし」
「ああ……それもそうだな」
じゃあ俺も使うか、と洋輔は言う。
そう、使う予定は無くても、使い道ならばいくらでもあるのだ。
「とはいえ、あの部屋、何にもなかったからな。せめて棚が欲しいぜ」
「作ろうか?」
「作る……って、日曜大工か? そういやカナエの父さんは大工なんだっけ?」
「そうだけど、作る方法は錬金術」
「……大概に理不尽便利だろそれ」
否定はしない。僕も大体にたような感想を持っているのだ。
「材料は必要だから、買い出ししてから来る感じだね……。洋輔が使ってる貸金庫って何処?」
「ベイカー街ってところの銀行」
「あ、それ僕の宿があるところだ」
「マジ?」
「一緒に取りに行こうか。で、ついでに買い物もして、帰って来よう。今から行けば、夕暮れには帰れるでしょ」
そうだな、と洋輔は笑う。
久々だなあ、一緒に買い物。
「荷物の量は俺の方がすくね―し、先に俺の金庫で良いか?」
「うん。その後僕が使ってた宿で撤収して、そのまま買いもの、で帰って来よう」
「ん。でも服装はどうしような」
えーと、たしかそれはノートに書いてあったような気がする。
って、あった。
「うん。制服を着ていくべきみたい。それにバッヂも付けておく感じらしいね」
「あ、そうなのか」
「じゃないと門が出入りできないんだって」
「あー」
そんなやり取りの後、僕と洋輔は制服に身を包む。
お互いに着たのは長袖の方で、紺色。学生服とは大分違うけど、なかなかどうして新鮮な気持ちになるな。
最後にバッヂを付けて……っと。
「どうかな、変じゃないよね?」
「ああ。よく似合ってる。俺も大丈夫か?」
「バッチリだよ」
うん。ヨーゼフやカナエが着た限りにおいては、似合ってるようだ。
……あっ。
「思い出した……」
「何をだ」
「いや、なんか制服に見覚えがあるなと思って。警備員さんに似てない?」
「……言われてみれば」
そうだな、と洋輔は微妙な表情で頷いた。
いまいち同意は得られなかったようだ。




