45 - ありきたりなる一日目
夜、完全に日が沈むまで、僕と洋輔は色々な事を話していた。
どうでもいいことも、大切なことも。
過去のことも、未来のことも。
お互いに話して、話し疲れて、いい時間。
日は傾き、夕方……というか、夜の一歩手前。
「お腹空いたね……。ご飯食べに行かない?」
「そーだな」
ベッドから飛び降りつつ、洋輔は同意。
「灯りは付けておくか」
「うん」
帰ってきて真っ暗はちょっとね。
どっちが魔法を使う、とは決めていなかったので、ほぼ同時に灯りを灯す魔法が発動。
僕が使ったのは綿毛が光るいつものやつで、洋輔が使ったのは蝋燭に灯りが付いているような感じで、お互いに方向性が大分違う。
「佳苗の灯りの方が明るいな」
「けど、洋輔の灯りのほうが安心はするよね。なんかランタンに似てるし」
「だろ。それにこれ、ちゃんと風で消せるんだぜ。燃えないけど」
なるほど。試験で火事をでっち上げた時に使った魔法のようなものか。
今度使ってみよう。
「鍵は……どうする?」
「どうもこうも、掛けて行くしかないでしょ」
「いや、二人とも持っておくべきなのかどうかって」
「一緒に行動するとはいえ、一応持っといた方が良いよ」
「それもそうだな」
というわけで鍵を取り、部屋を出て施錠。
廊下はしんと静まり返っている。誰も部屋に居ないなんて訳はない、単に防音性が高すぎるのだ。
今もどこかの部屋で誰かが話しあってるだろうし……。
多分。
「あんまりに静かすぎるってのも、不気味だな」
と、洋輔が歩きだしながら呟く。
「防音性が高い……まあ、プライバシーを護ってくれてるわけだから、その点では喜ばしいけどね。確かに、ちょっと不気味かも」
僕と洋輔の話声しかしない。
地面を蹴る音は勿論、衣擦れの音でさえも嫌に響くほどに、静かだ。
ともあれ、中央階段を下りて、一階へ。
そして食堂へと向かう……その途中から、話声がちらほら聞こえるように。
食堂の扉を開けると、そこでは三組、六人の子たちが食事を取っていた。
その全員が扉の開く音に反応して僕達の方を見たのは、音に敏感になっているからか、あるいは別の何かがあるのか。
「こんばんは」
とりあえず挨拶をして見ると、ちらほらとこんばんはーと答えが返ってきた。
まあ、あえて和を乱そうとする者が居るわけも無いか。
僕たちはカウンターに近寄ると、カウンターの横にはメニューが書かれた板があった。
色々と注文できる仕組みのようだ。
面倒ならばお勧めセットと言えばいいらしい。
「俺は肉料理で、そこそこ量のあるやつを適当に」
「僕は……うーん。スパゲッティがあるのか。なら、それを普通量で」
「じゃあ、料理が出来たら持って行くから、好きな席にどうぞ」
「はい」
「お願いします」
手近な席に隣り合うように座り、僕は改めて食堂の中を確認。
席に余裕は……うん、微妙なところだな。全部で四十席くらいだろうか?
「この寮に居るの、八十人くらいだよね。全員は同時にご飯食べられない感じ」
「だな。まあ、皆が皆、同じ時間に飯を食いに来るとしたら昼くらいだろ。朝は結構ばらけるし、夜もそこそこばらける」
ごもっとも。
「ちなみに洋……、ヨーゼフは、いつも何時ぐらいにご飯食べてた?」
「朝は四時過ぎくらいかな。昼は遅くて、昼間の三時。夜飯は夜中に、空いた時間で食ってた」
「また、随分と妙な生活してたんだね」
「仕事の都合でね。俺がしてた商売、どうしても夜がメインだったから」
「ふうん」
夜に開けてるお店……というと、やっぱり酒場かなにかかな?
客商売とか言ってたしそれっぽいな。
「でも、朝の四時って……? 早すぎない?」
「生活の時間そのものがちょっとずれてたんだよ。起きるのが昼の二時過ぎで、寝るのが朝の五時ごろだったから」
「なるほど。昼夜逆転してたんだ」
「そ」
健康には悪そうだけど、起きてる時間が同じなら、別に問題があるわけでもないのか。
なにも人間、お昼にしか成長できないわけではないし。
「そういうカナエはどうなんだ。結構生活リズムは整ってた?」
「と思う。朝は七時ぐらい、お昼はお昼、夜は五時過ぎ」
「ふうん」
ちなみに現在時刻は六時過ぎ。
普段の食事と比べると、ちょっと遅めだ。
なんて雑談をしていると、僕の前にスパゲッティが。特に味付けは指定していなかったのだけど、クリームソースのようだ。
で、洋輔の前にはステーキがどんと置かれていた。肉料理と言うより肉である。
「いただきます」
「いただきます」
まあ、ご飯はご飯。
早速食べて見て、味は……うん、なかなか美味しい。
クリームソースにはチーズが入ってるな。それでいてくどさは無い。ホウレンソウとかベーコンとか入れるともっと美味しそうだけど。
「なかなか美味いな」
「だね」
ばくばくと洋輔は食べている。よほどお腹がすいていたのだろうか。
見ていて気持ちよくなるくらいに豪快だな。
その後、無言でばくばくと食べている間に一組、受験生がやってきた。知らない子だったけど。
そういや、ウィズは話纏まったかな。カリンも気になる所だ。
十五分ほど掛けて食べ終えると、横では洋輔も食べ終えたようで、満足そうに頬杖をついていた。
「さてと。部屋に戻ってお風呂済ませちゃおうか」
「そーだなー」
食器の片付けは自分でやるらしいので、きちんと返却口に戻しておく。
食堂を後にして、僕たちは自室、201号室へと戻った。
途中、やっぱりすれ違う事は無し。うーむ。
「どうした?」
「いや……なんか、寮ってより、ホテルっぽいなって思って」
「ああ……そりゃ、確かにな」
苦笑して洋輔は鍵を開けて中に入る。
既に日は沈み、暗がりに。
とはいえ、予め部屋の中に灯りはつけておいたので、問題は無し。
「今日の風呂掃除は俺だな」
「どうする? 初日だし、今日はノーカンで一緒にやる?」
「まあ、やり方の確認もあるか」
うん。
ついでに洗濯もしないとな。
「って何脱いでんだよ」
「何って。洗濯もするんだから、脱がないと」
「……あー」
それもそうだ、と思い直してくれたようで、洋輔も服を脱ぐ。
で、お風呂場に。
どうやらお湯が直接出せるタイプのようだ。
温度の調整は……えーと、お湯と水の割合を決めるタイプか。
とりあえずぬるま湯でお掃除を開始。
洗剤は置かれていた物を使用、洋輔は久々のお風呂掃除が楽しかったのか何なのか、案外素早く終わってしまった。
「けど、洗濯機……はないから、手洗いなんだよな」
「まあ、そのくらいはね」
大体、こっちでの生活で慣れてるし。
なんて僕が洗濯を始めると、僕以上に慣れた手つきで洋輔は洗濯を終えていた。
早っ。
しかも上手っ。
「……僕も二週間の幌馬車の旅とか、その後の二週間の宿暮らしで慣れてるつもりだったけど、洋輔、洗濯上手いね」
「んー。まあ、俺は洗濯、ずっとやってたからな……。とくにここ一年くらいは自分で働いてたから、その分だ」
「ふうん。客商売? とかも大変だね」
「本当、大変だぜ。まあ、回復魔法も使えたから大変なだけで済んだけどな。病気を気にしないで済んだし」
客商売に病気は付きものだからなあ。
僕も何度か風邪を貰った事がある。毒消し薬で治したけど。
道具屋でもそうだったのだ、酒場とかはもっとひどそうだ。
「でもまあ、洗濯はそこで慣れた。基本的に自分の服は自分で洗濯だったし……まあ、そうじゃなくても自分で洗濯はしてたと思うぜ?」
「ふうん」
とまあ、ちょっと遅れて僕も洗濯を終える。
洗濯物は一応籠に入れて、湯船にはお湯を張って、と。
「それじゃ、今日は再会を祝して一緒にお風呂入ろうか」
「それもいいな。けど、その前に洗濯物干そうぜ。しわがつく」
それもそうだ。
タオルを巻くくらいの事は一応しておいて、僕たちはバルコニーへ向かい、そのまま洗濯物を干しておく。
夜干しというのもどうなんだろうか?
まあ、干さないわけにも行くまい。
「雨が降らなきゃ朝には乾いてるだろ」
「気の長い話だね」
「まあな」
流石にタオル一枚で日の落ちた屋外は冷えるので、さっさと部屋に戻り、そのままお風呂場へ。
湯船にはなみなみと、丁度いいくらいの温度でお湯が溜まっている。
「先に洗うか。洋輔、背中向けて」
「うん?」
「いや、洗ってあげようかと思って。迷惑?」
「全然。じゃ、お願い」
なんか懐かしいなあ。
一通り背中を洗い終えると、当然のように今度は僕が背中を向ける。
うん……やっぱり懐かしい。
「なあ、佳苗」
「どうしたの?」
「なつかしーだろ」
「そうだね……でも」
「でも?」
「洗ってよ。抱きつかれてもしょーもないって」
「ごめん」
やれやれだ。
こんな弱気の洋輔を見れる日が来るなんて……。
僕は、かなり環境に恵まれてたんだろうなあ。
普通は、洋輔みたいになるのかもしれない。
普通は……普通は?
「……そういえばさ。話変わるけど」
「うん?」
「僕と洋輔以外にも、居るのかな、日本の記憶持ってるの」
「どうだろうな……。少なくとも俺一人じゃなかった、佳苗もいた。だから、三人目が居てもおかしくはない。けど……」
僕の背中をタオルでごしごしと洗いつつ、洋輔は首を傾げたようだった。
影を頼りに判断してるので、案外違うかもしれないが。
「洋輔にとっての最後の記憶が、帰り道だろ。あの場所で何かが起きて、その結果が今なのだとしたら、多くてもあと一人か二人……じゃねえかな」
「……人通り少なかったもんね、あの道」
「うん。断言は出来ないけど、すれ違った奴は一人いるかどうかだろ」
言われてみればその通り。
もしあの時、何かが起きたのだとしたら……僕たち以外には居ない可能性の方が高い。
居たとしても一人か、二人か。
「まあ、そう遠くないうちにわかるんじゃねーかな。もし俺達と一緒にこの世界に来てるなら、たぶん俺達と同年齢だろうし、学校にも合格してるだろ」
「それもそうだね……」
「はい、洗い終わったぞ」
「ん」
最後にシャワーをあびて、浴槽へ。
二人で入れないこともない、感じの大きさか。
「流石に二人だと足は伸ばせないか……」
「まあ、普段は一人で入るわけだから。充分だろ」
ごもっとも。
雑談を交えつつお風呂を上がり、下着を履いてタオルを巻いて、そのままベッドへと直行。
この世界には娯楽が少ない。だから夜は、眠るだけだ。
「それにしても」
「うん?」
同じく、ベッドの上に寝転がった洋輔は不意に口を開いた。
「まさか、また言えるとは思わなかった」
「何を?」
『おやすみ、佳苗』
日本語で。
洋輔は、笑みを浮かべて言う。
なるほど、確かに僕も、この言葉をまた、口に出すとは思わなかった。
でも、今。僕はそれを言うべきだろう。
『おやすみ、洋輔』
と。




