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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 邂逅が手繰り寄せる可能性
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45 - ありきたりなる一日目

 夜、完全に日が沈むまで、僕と洋輔は色々な事を話していた。

 どうでもいいことも、大切なことも。

 過去(これまで)のことも、未来(これから)のことも。

 お互いに話して、話し疲れて、いい時間。

 日は傾き、夕方……というか、夜の一歩手前。

「お腹空いたね……。ご飯食べに行かない?」

「そーだな」

 ベッドから飛び降りつつ、洋輔は同意。

「灯りは付けておくか」

「うん」

 帰ってきて真っ暗はちょっとね。

 どっちが魔法を使う、とは決めていなかったので、ほぼ同時に灯りを灯す魔法が発動。

 僕が使ったのは綿毛が光るいつものやつで、洋輔が使ったのは蝋燭に灯りが付いているような感じで、お互いに方向性が大分違う。

「佳苗の灯りの方が明るいな」

「けど、洋輔の灯りのほうが安心はするよね。なんかランタンに似てるし」

「だろ。それにこれ、ちゃんと風で消せるんだぜ。燃えないけど」

 なるほど。試験で火事をでっち上げた時に使った魔法のようなものか。

 今度使ってみよう。

「鍵は……どうする?」

「どうもこうも、掛けて行くしかないでしょ」

「いや、二人とも持っておくべきなのかどうかって」

「一緒に行動するとはいえ、一応持っといた方が良いよ」

「それもそうだな」

 というわけで鍵を取り、部屋を出て施錠。

 廊下はしんと静まり返っている。誰も部屋に居ないなんて訳はない、単に防音性が高すぎるのだ。

 今もどこかの部屋で誰かが話しあってるだろうし……。

 多分。

「あんまりに静かすぎるってのも、不気味だな」

 と、洋輔が歩きだしながら呟く。

「防音性が高い……まあ、プライバシーを護ってくれてるわけだから、その点では喜ばしいけどね。確かに、ちょっと不気味かも」

 僕と洋輔の話声しかしない。

 地面を蹴る音は勿論、衣擦れの音でさえも嫌に響くほどに、静かだ。

 ともあれ、中央階段を下りて、一階へ。

 そして食堂へと向かう……その途中から、話声がちらほら聞こえるように。

 食堂の扉を開けると、そこでは三組、六人の子たちが食事を取っていた。

 その全員が扉の開く音に反応して僕達の方を見たのは、音に敏感になっているからか、あるいは別の何かがあるのか。

「こんばんは」

 とりあえず挨拶をして見ると、ちらほらとこんばんはーと答えが返ってきた。

 まあ、あえて和を乱そうとする者が居るわけも無いか。

 僕たちはカウンターに近寄ると、カウンターの横にはメニューが書かれた板があった。

 色々と注文できる仕組みのようだ。

 面倒ならばお勧めセットと言えばいいらしい。

「俺は肉料理で、そこそこ量のあるやつを適当に」

「僕は……うーん。スパゲッティがあるのか。なら、それを普通量で」

「じゃあ、料理が出来たら持って行くから、好きな席にどうぞ」

「はい」

「お願いします」

 手近な席に隣り合うように座り、僕は改めて食堂の中を確認。

 席に余裕は……うん、微妙なところだな。全部で四十席くらいだろうか?

「この寮に居るの、八十人くらいだよね。全員は同時にご飯食べられない感じ」

「だな。まあ、皆が皆、同じ時間に飯を食いに来るとしたら昼くらいだろ。朝は結構ばらけるし、夜もそこそこばらける」

 ごもっとも。

「ちなみに洋……、ヨーゼフは、いつも何時ぐらいにご飯食べてた?」

「朝は四時過ぎくらいかな。昼は遅くて、昼間の三時。夜飯は夜中に、空いた時間で食ってた」

「また、随分と妙な生活してたんだね」

「仕事の都合でね。俺がしてた商売、どうしても夜がメインだったから」

「ふうん」

 夜に開けてるお店……というと、やっぱり酒場かなにかかな?

 客商売とか言ってたしそれっぽいな。

「でも、朝の四時って……? 早すぎない?」

「生活の時間そのものがちょっとずれてたんだよ。起きるのが昼の二時過ぎで、寝るのが朝の五時ごろだったから」

「なるほど。昼夜逆転してたんだ」

「そ」

 健康には悪そうだけど、起きてる時間が同じなら、別に問題があるわけでもないのか。

 なにも人間、お昼にしか成長できないわけではないし。

「そういうカナエはどうなんだ。結構生活リズムは整ってた?」

「と思う。朝は七時ぐらい、お昼はお昼、夜は五時過ぎ」

「ふうん」

 ちなみに現在時刻は六時過ぎ。

 普段の食事と比べると、ちょっと遅めだ。

 なんて雑談をしていると、僕の前にスパゲッティが。特に味付けは指定していなかったのだけど、クリームソースのようだ。

 で、洋輔の前にはステーキがどんと置かれていた。肉料理と言うより肉である。

「いただきます」

「いただきます」

 まあ、ご飯はご飯。

 早速食べて見て、味は……うん、なかなか美味しい。

 クリームソースにはチーズが入ってるな。それでいてくどさは無い。ホウレンソウとかベーコンとか入れるともっと美味しそうだけど。

「なかなか美味いな」

「だね」

 ばくばくと洋輔は食べている。よほどお腹がすいていたのだろうか。

 見ていて気持ちよくなるくらいに豪快だな。

 その後、無言でばくばくと食べている間に一組、受験生がやってきた。知らない子だったけど。

 そういや、ウィズは話纏まったかな。カリンも気になる所だ。

 十五分ほど掛けて食べ終えると、横では洋輔も食べ終えたようで、満足そうに頬杖をついていた。

「さてと。部屋に戻ってお風呂済ませちゃおうか」

「そーだなー」

 食器の片付けは自分でやるらしいので、きちんと返却口に戻しておく。

 食堂を後にして、僕たちは自室、201号室へと戻った。

 途中、やっぱりすれ違う事は無し。うーむ。

「どうした?」

「いや……なんか、寮ってより、ホテルっぽいなって思って」

「ああ……そりゃ、確かにな」

 苦笑して洋輔は鍵を開けて中に入る。

 既に日は沈み、暗がりに。

 とはいえ、予め部屋の中に灯りはつけておいたので、問題は無し。

「今日の風呂掃除は俺だな」

「どうする? 初日だし、今日はノーカンで一緒にやる?」

「まあ、やり方の確認もあるか」

 うん。

 ついでに洗濯もしないとな。

「って何脱いでんだよ」

「何って。洗濯もするんだから、脱がないと」

「……あー」

 それもそうだ、と思い直してくれたようで、洋輔も服を脱ぐ。

 で、お風呂場に。

 どうやらお湯が直接出せるタイプのようだ。

 温度の調整は……えーと、お湯と水の割合を決めるタイプか。

 とりあえずぬるま湯でお掃除を開始。

 洗剤は置かれていた物を使用、洋輔は久々のお風呂掃除が楽しかったのか何なのか、案外素早く終わってしまった。

「けど、洗濯機……はないから、手洗いなんだよな」

「まあ、そのくらいはね」

 大体、こっちでの生活で慣れてるし。

 なんて僕が洗濯を始めると、僕以上に慣れた手つきで洋輔は洗濯を終えていた。

 早っ。

 しかも上手っ。

「……僕も二週間の幌馬車の旅とか、その後の二週間の宿暮らしで慣れてるつもりだったけど、洋輔、洗濯上手いね」

「んー。まあ、俺は洗濯、ずっとやってたからな……。とくにここ一年くらいは自分で働いてたから、その分だ」

「ふうん。客商売? とかも大変だね」

「本当、大変だぜ。まあ、回復魔法も使えたから大変なだけで済んだけどな。病気を気にしないで済んだし」

 客商売に病気は付きものだからなあ。

 僕も何度か風邪を貰った事がある。毒消し薬で治したけど。

 道具屋でもそうだったのだ、酒場とかはもっとひどそうだ。

「でもまあ、洗濯はそこで慣れた。基本的に自分の服は自分で洗濯だったし……まあ、そうじゃなくても自分で洗濯はしてたと思うぜ?」

「ふうん」

 とまあ、ちょっと遅れて僕も洗濯を終える。

 洗濯物は一応籠に入れて、湯船にはお湯を張って、と。

「それじゃ、今日は再会を祝して一緒にお風呂入ろうか」

「それもいいな。けど、その前に洗濯物干そうぜ。しわがつく」

 それもそうだ。

 タオルを巻くくらいの事は一応しておいて、僕たちはバルコニーへ向かい、そのまま洗濯物を干しておく。

 夜干しというのもどうなんだろうか?

 まあ、干さないわけにも行くまい。

「雨が降らなきゃ朝には乾いてるだろ」

「気の長い話だね」

「まあな」

 流石にタオル一枚で日の落ちた屋外は冷えるので、さっさと部屋に戻り、そのままお風呂場へ。

 湯船にはなみなみと、丁度いいくらいの温度でお湯が溜まっている。

「先に洗うか。洋輔、背中向けて」

「うん?」

「いや、洗ってあげようかと思って。迷惑?」

「全然。じゃ、お願い」

 なんか懐かしいなあ。

 一通り背中を洗い終えると、当然のように今度は僕が背中を向ける。

 うん……やっぱり懐かしい。

「なあ、佳苗」

「どうしたの?」

「なつかしーだろ」

「そうだね……でも」

「でも?」

「洗ってよ。抱きつかれてもしょーもないって」

「ごめん」

 やれやれだ。

 こんな弱気の洋輔を見れる日が来るなんて……。

 僕は、かなり環境に恵まれてたんだろうなあ。

 普通は、洋輔みたいになるのかもしれない。

 普通は……普通は?

「……そういえばさ。話変わるけど」

「うん?」

「僕と洋輔以外にも、居るのかな、日本の記憶持ってるの」

「どうだろうな……。少なくとも俺一人じゃなかった、佳苗もいた。だから、三人目が居てもおかしくはない。けど……」

 僕の背中をタオルでごしごしと洗いつつ、洋輔は首を傾げたようだった。

 影を頼りに判断してるので、案外違うかもしれないが。

「洋輔にとっての最後の記憶が、帰り道だろ。あの場所で何かが起きて、その結果が今なのだとしたら、多くてもあと一人か二人……じゃねえかな」

「……人通り少なかったもんね、あの道」

「うん。断言は出来ないけど、すれ違った奴は一人いるかどうかだろ」

 言われてみればその通り。

 もしあの時、何かが起きたのだとしたら……僕たち以外には居ない可能性の方が高い。

 居たとしても一人か、二人か。

「まあ、そう遠くないうちにわかるんじゃねーかな。もし俺達と一緒にこの世界に来てるなら、たぶん俺達と同年齢だろうし、学校にも合格してるだろ」

「それもそうだね……」

「はい、洗い終わったぞ」

「ん」

 最後にシャワーをあびて、浴槽へ。

 二人で入れないこともない、感じの大きさか。

「流石に二人だと足は伸ばせないか……」

「まあ、普段は一人で入るわけだから。充分だろ」

 ごもっとも。

 雑談を交えつつお風呂を上がり、下着を履いてタオルを巻いて、そのままベッドへと直行。

 この世界には娯楽が少ない。だから夜は、眠るだけだ。

「それにしても」

「うん?」

 同じく、ベッドの上に寝転がった洋輔は不意に口を開いた。

「まさか、また言えるとは思わなかった」

「何を?」

『おやすみ、佳苗』

 日本語で。

 洋輔は、笑みを浮かべて言う。

 なるほど、確かに僕も、この言葉をまた、口に出すとは思わなかった。

 でも、今。僕はそれを言うべきだろう。

『おやすみ、洋輔』

 と。

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