44 - 力の行く先ベクトラベル
洋輔は僕をベッドの上に座らせると、僕のおでこに手を当ててきた。熱でも計っているのだろうか?
「一度、目を閉じてくれ」
「ん」
言われるがままに目を閉じる。
数秒程度で、「もういいぞ」と言われ、僕は目を開けた。
すると、視界が何か、おかしかった。
視界がと言うか世界がというか……、え、なにこれ?
「いろんなものから、いろんな方向に、いろんな色で、いろんな大きさの矢印が出てるだろ」
「……うん」
「俺が、というか、ヨーゼフ・ミュゼが先天的に習得してた才能で、『剛柔剣』と言うらしいぜ。ミュゼって家系は魔法使いの家系でね。魔法的に世界を見て、魔法的に世界を聞いて、魔法的に世界に触れる……ということを、最終的な目標、最終的な完成と想定して、何十代か続いてたんだ」
魔法的に……?
『剛柔剣』?
「もっとも、俺ほど『はっきり』と力を行使できる奴は一族でも珍しかったらしい。理想形じゃないけど、一種の完成形……それが、俺が持って生まれた力、らしいんだ」
「どういう意味?」
「その矢印は、力の種類と働いている方向、強さをそれぞれ表してるんだよ。それが、『魔法的に世界を見る』」
力を……見るって、どういう事だろう。
「そうだな。そのまま俺の拳を見てくれ。たぶん、俺の拳の内側に向かって、矢印が伸びてるだろ?」
「うん」
「で、動かそうとすると」
「あ、矢印の方向が変わった」
「そう」
なるほど、こう言う事か。
「なんだかごちゃごちゃしてない? これ」
「解りやすく説明するために全部『見える』ようにしてるだけ。普段の俺は、普通の人間と同じものしか見てねえよ。ただ、力の動きは無意識にも感じちゃうけどな」
へえ……、力の動きをみるだけでも、大概反則的な力だな。
不意打ちできそうにないし。
「で、言っておくと、俺の力はこれ……つまり、力を見る事じゃないからな」
「え?」
じゃあ何のためにこんなことを。
ていうか、だとしてもだとしたらこれ、すごい魔法なんじゃ。
「魔法使いの家系だっていっただろ。それも何十代も続いたような。だから、『力を見る魔法』ってのは、そもそも編み出されてんだよ」
「それを、僕に掛けた……ってこと?」
「そ。他人に使うのはちょっとこつが居るから、一族でも半々くらいだったかな」
なるほど……なのか?
いや、でも洋輔は、力を見せると言っていた。
これがその力では無いなら、どういう事だろう。
「そこで、だ。俺は今、ペンを持った」
「うん」
メモ用紙とセットのペンである。
ちなみにそのペンからも矢印は生えていて、下方向。
ペンが自発的に動こうとしているとは思えない……ああ、重力みたいなものか?
「ペンから生えてる矢印は、今のところ重力だ。だから真下に向かってるだろ」
「垂直を一発で計れるね」
「その使い方はどうだろうな……いや全くもってその通りなんだけど……。まあ、それでだ。これを投げると、当然力の動きは、矢印の方向はかわる」
洋輔はわざとペンを回転させるように宙に投げる。おお、回転する方向に矢印が常に向いている。プラス、その動きに沿うような矢印……いや逆だ、これ、矢印に沿って動いてるんだ。
てことは、
「軌道が見える……?」
「うん。もちろん、その他の力を掛ければ別の軌道になるけど、その辺はリアルタイムで更新される」
「ダーツで僕に勝ち目が無くなったね……」
「いや投げるまでわかんねーから軌道は」
「あ、そっか」
投げる前から解ってたら、もはやそれは未来予知だ。
「けどまあ、あながち間違いでもねえんだよ。俺が一族の中でも、『はっきり』と力を行使できる方だって言っただろ」
「うん」
既に十分はっきりしてる気がするけど、まだ先があるのだろうか。
「そこで、ペンをもう一度見てくれ」
「?」
言われるがままに視線をペンに戻す。
ペンはもう一度宙に投げられ、力の流れと、その軌道が放物線が予め矢印として顕れている。
が、その矢印が突然消えた。
あれ?
魔法がきれたのかな、とも思ったけど、他の矢印は見えたままだ。
そしてなにより……ペンが、微動だにしない……?
「俺にはその『矢印』の方向を変えたり、位置を変えたりできるんだな、これが」
「……はい?」
「『魔法的に世界に触れる』、に対する一つの回答、ミュゼの一つの完成形。俺は『世界に満ちている力の方向と位置を自由に変更できる』。力の強さ……矢印で言えば大きさとか色とかは変えられねえけど、その矢印が『何処から生えていて』『何処に向かっていて』『どんな軌道をしているのか』を、好きにできるワケ。ちなみに範囲は俺が認識できる範囲に限定されるぜ」
えっと……解釈が難しいぞ。
けど、あれだよな。
何となくわかってしまう。
「つまり、数値で言えば百の『力』が矢印として存在する時、その矢印の方向・軌道・根元を好き勝手に変えられる?」
「そう。数値自体は変えられないけどな」
「じゃあ、百の力が複数あった場合は?」
「それぞれ個別に対応できるぜ。頭が追いつく限りだけど」
それって……、ええ……?
「…………。なるほど。つまり、洋輔は飛び道具を完全に無効化できて、というか近接も無効化されるのか。力がある限り」
「そう。何らかの『力』をもって動く限り、それの方向や軌道を俺は変えられるし、根元も変えられる。根元を変えるって言うのは、……そうだな。佳苗、このペンを手のひらに載せておいて」
「うん」
「で、その辺に重力って力があるだろ。それの根元をペンに移動させ――」
「ちょ」
重ッ!
急に重くなったぞこのペン!
え、なにこれ?
「俺の後ろの椅子にかかってる重力の根元を、そのペンに移動させた。だから、椅子の分だけ重くなってるわけだ。もっと重くして見るか?」
「やめて手首がもげる」
けど、なるほど。根元を買えると言うのはこう言う意味か。
…………。
「ねえ、じゃあ喩え話だけどさ。百人が石を全力で投げたとするじゃん」
「ああ」
「で、その石の『動こうとする力』の根元を、洋輔が持ってる石とする石の根元にでも移動させて、百人分の全力を一個の石に集中するとかもできる?」
「できるぜ?」
うわあ……。
「あと、方向も変えられるって言っただろ。重力の方向も変えられるから、」
と言いつつ、洋輔は軽く跳躍。
そしてそのまま天井に着地した。
「こう言う事もできるわけだな」
「洋輔、人間やめたの?」
「良く言われるけど、ただの魔法だよ。魔力が要らないのと発動に魔力が掛からないだけで」
それはもはや魔法では無い気がする。
けどまあ、詠唱のさらに先……なのかな。
詠唱もようするに条件付けなのだから、それを普段の仕種に埋め込んでる、みたいな。
「とまあ、これが『剛柔剣』」
普通に床に戻りつつ、洋輔はこともなげに言った。
ふと気が付けばペンの重さは戻っていて、矢印も戻っているようだ。
「この矢印、いつまで見えてる感じかな……いい加減鬱陶しいんだけど」
「ああ、すぐに消すよ」
はい、と言われたが早いか、瞬きをしている瞬間に矢印は消えている。
ううむ……すごく便利で凄く強力だけど、慣れるまでは辛いだろうなあこれ。
「洋輔はよく、こんなの見てられるね……。僕だったら一時間もせずに発狂しそうだけど」
「んー。まあ、鶴来洋輔としては違和感バリバリだったけどさ、ヨーゼフ・ミュゼにとっては生まれた時から『そう』だったからな。違和感もなにもねー。それが世界だと思ってたし」
「醜いあひるの子みたいな感じ?」
「大分違えけどそんな感じだな」
「その上で、洋輔はどうやって受け容れたの? 違和感はあったんでしょ」
「まあな。けどほら、ゲーム的解釈をしたらそこまで気にならなくなった。つまり、プレイヤーとして『鶴来洋輔』が居て、ゲームの画面の中が『ヨーゼフ・ミュゼ』。で、ヨーゼフの視界の矢印は、『鶴来洋輔』が見てるゲームの画面に表示されてるもの、みたいな。それに、『見ようとすれば見える』けど、見ないようにすれば見ないでも済むから」
「それこそ、ゲーム上で表示するかしないかを選ぶ感覚か」
「そう言う事」
うーむ。僕もそうだったけど、ゲームに例えるというのはなかなか便利なものだ。
どう考えてもおかしなことが起きていても、『ゲーム的に解釈すればどうこう』と無理矢理に理由を付けられるわけだし……。
「残念だけど、僕には使えそうにないね、ソレ」
「それを言うなら、俺も錬金術は覚えて見たかったかなあ」
「錬金術はかなり効果が落ちるけど、現代錬金術って言う劣化版があるよ。本当に劣化版で、大分品質の低いものしか作れないし、予めある組み合わせじゃないとできないけど。学校で教えてくれるみたい」
「うん? ……つまり、レシピ、素材が決まってて、コマンドを入力すれば使えるみたいな?」
「そう」
これで通じるから日本人の同年代かつこの世界にいる人に教えるのは楽だ。
問題はそんな共通項を持った知り合いがいるとしたら洋輔だけということである。
「じゃあ、とりあえずそれを覚えてみるかあ……。あ、ちなみにさっき俺が佳苗に見せた景色だけど、あれも所詮は魔法だ。魔法がある程度使えるなら、練習次第では再現できると思う。ただ、矢印に干渉までは出来ねえと思うけど」
「ああ……そっか。だとすると発想はあの景色で、連想は……、うん、まあ今度やってみるけど、魔力馬鹿食いしそうだね」
「だろうな」
なんだかおかしくなって、僕は笑う。
つられて、洋輔も。
暫く笑って。
だから、僕は結局、『何故洋輔の、ヨーゼフの力があったのに、ヨーゼフの両親が死んだのか』と聞く事は、ついにしなかったのである。
いつか洋輔が話してくれるなら、それでいい。




