43 - 近所付き合い確認事項
隣の部屋に聞きに行くまで時間を置くと言っても、その時間を無駄にするのもアレだし、まだ決めていない事も多い。
というわけで。
「ベッドとか、決めちゃおうか」
「そうだな」
まずは寝室へ二人で向かう。
ここで改めて説明すると、ダイニングの右側にだけ、寝室へと通じる扉がある感じだ。ここの扉には鍵が無い。
で、寝室に入ると、手前と奥にベッドが二つ並んでいる。ベッドの間は結構近く、もう片方のベッドに手を出せばあっさりと届いてしまうほど。距離にして五十センチくらいだろうか?
「どうする? ベッド、もう少し離すか?」
「もしくはいっそくっつけちゃう?」
「え?」
「いや、中途半端に距離があると、なんか寝返りで落ちそうだし……」
「あー……」
まあ、そうかも、と洋輔は頷く。
「けど、くっつけるとそれはそれで、あれだろ。どっちかが夜更かししたときとか、気にならないか?」
「洋輔相手なら僕は気にしないかな。洋輔はどう?」
「……まあ、俺も佳苗相手なら構わないけど」
「じゃあくっつけちゃおう」
というわけで、まずはベッドとベッドの間に置かれていた、メモ帳付きの小さな台とゴミ箱を撤去。撤去先は……とりあえず、二つ並んだ机の間で。
で、洋輔と僕とで協力すれば動かせない重さでは無かったので、普通にベッドを動かして、ぴたっとくっつける。これで良し。ダブルサイズのベッド……とはまあ、違うけど、ごろごろと転がっても間に挟まることはないだろう。
「けど、物が落ちたらちょっと面倒だな」
「ああ。それはシーツで上手い事出来ると思う」
「そうか? じゃあ任せる」
任されたのでシーツをちょこっと弄る。といっても、元々使われていたものが大きめだったので、普通に張り直しただけだ。
これで間に物が落ちる事もあるまい。
「お見事。で、一応使うベッドも決めておこう。どっち使いたい?」
「ベッドは雑魚寝の適当で良いけど、机とかの兼ね合いがあるか……」
「うん。俺は拘りねーから、どっちでもいいけど」
「それを言うなら僕もなんだよね」
どうしたものか。
「じゃあ、僕が奥使うか」
「構わねえけど、何か意味あんのか?」
「お泊りで一緒に寝る時、なんとなくいつも僕が左側だし」
「言われてみりゃそうだな……って、本当にそんな理由で?」
「別に拘る事でも無いでしょ。それこそ、いつだって交換できる」
何も一度決めたら動かせないわけでもないし。
特にベッドはくっつけてしまっている以上、日替わりだって問題はない。
机にせよ棚にせよ、移動が面倒というだけで不可能ではないしな。
「まあいいや。こっちの棚は俺が使うぜ」
「うん。僕はこっちの棚」
「…………」
「…………」
さて、僕は棚を眺めて沈黙する。
多分洋輔も同じだろう。
「なあ、佳苗。棚を決めて早々、アレなんだが」
「奇遇だね。僕もだよ。……置く物無いよね」
「うん」
試験には最低限のものしか持ってきていない以上、仕方のないことだった。
「そういえば、洋服とかどうするんだろう。制服あるのかな?」
「ああ、制服はあるらしいぜ。前に客が言ってた」
「へえ。ノートに書いてなかったのは……」
「厳密にはまだ入学してねえからだろ」
だろうなあ。
一応これ、最終試験だし。三日間ぐーたら生活するだけだけど。
「荷物とか、取りに帰れるのが早くて三日後と思うとちょっとアレではあるな」
「確かに」
僕が預けているものにナマモノは無いし、大丈夫。
「佳苗は着替えどうするんだ?」
「『カナエ』の故郷から首都まで、二週間以上幌馬車の旅をして来ててね。その過程で洗濯も覚えちゃったよ」
「いや、洗濯は良いんだけど。その間の着替え」
「…………」
僕が預けているものにナマモノはないが、着替えは大いに含まれている。
どうしよう。
…………。
「最悪、洗濯中は全裸……だね。まあ、よくお風呂にだって一緒に入ってたんだから、今更でしょ」
「そりゃそうだけど……」
「それに、最悪の最悪はそうなるけど、音次第ではどうにでもなるよ」
「音?」
うん、と頷き、僕はお風呂場の方向を指差した。
「洗面室……風呂場か?」
「そ。そこにタオルが沢山置いてあったから、それを使って下着だけでも作ればいいかなって」
「あー。そりゃ良い考えかもな。服を一式そろえるのはちょっとアレだけど、下着だけでも履ければ大分マシだ」
そう言う事。
「でも、それがどうして音と繋がるんだ?」
「錬金術で作るから、だよ。僕、裁縫は得意じゃないしね」
なるほど、と洋輔は大きく頷く。
さて、話が脱線してるし戻すか。
「他に決める事はあったかな?」
「んー……掃除とか、ゴミ出しとか……?」
それがあったか。
「掃除は……まあ、毎日片付けを小まめにするのは当然だけど、一緒にちょっとずつやろうか」
「そうだな。風呂掃除とかトイレ掃除は特に大事だ」
「だね。その二つは当番制にしちゃう?」
「それが妥当そうだ」
最初の当番はじゃんけんで決定、今日は僕がトイレで洋輔がお風呂、明日は僕がお風呂で洋輔がトイレ、明後日はまた入れ替わり……の交互にすることで決定。
「一番風呂は、じゃあ風呂掃除したほうって感じかな」
「そうだね」
その方が不平感も少ないだろう。
もっとも、僕は一番風呂に拘りが無いので、毎日後でも良いんだけど……。
「佳苗らしい言い草だな。けどま、交互って決めておこう」
「そうだね。時間はどうする?」
「学校での拘束時間が今のところ分かんねえからな。朝に時間があるなら朝に……だと、帰ってきた頃にはぬるま湯か」
いや、どころか水になってると思う。
「なら……、夕方の五時くらいを目安にしとこう」
「ん」
そのくらいには学校も終わっているだろう。多分。
他に決める事、決める事……特にないかな?
「ゴミ出し当番……は、そもそも毎日ちゃんと捨てに行けば問題ないし」
「そうだな。あとは洗濯……か?」
それもあったか。
「……じゃあ、洗濯とゴミ出し当番も交互ってことで」
「オッケ。なら……、風呂掃除当番がそのまま洗濯のが効率的か?」
「うん」
じゃあそうしよう、と決定。
夜干しになりそうだ。
「風呂とか洗濯は、他に必要なら自分でどうぞの方針かな」
「だな」
そろそろ決める事も無い……、無いよね。
うん。
改めて洋輔の顔を見る。金髪碧眼、僕が知る鶴来洋輔とは似ても似つかないが、仕種は鶴来洋輔でしかないのだから何とも言えない。
色々と決めることを決めたりして気分も晴れたのだろう、単に時間が掛かったと言うのもあるだろうが、顔は普通の感じになっている。もはや泣いた後だとは言われない限り、というか言われてもよくよく観察しないと気付けないだろう。
「じゃ、そろそろ隣を訪問しようか」
「おう」
と言うわけでダイニングを抜けて廊下、廊下を直進して外へ。鍵は一応掛けておく。
で、隣の部屋……こうやってみると、普通に呼び鈴も設置されているので鳴らしてみる。
音は小さいな、と思ったら、扉のはるか上、ほぼ天井のあたりに小さな呼び鈴があった。防音がしっかりしてるなら『返し』が必要だろうに、どうするのかなと思ったら普通に連動式だった。そりゃそうだ。
暫く経って、開いた扉から顔をのぞかせたのはウィズである。
「こんにちは、ウィズ」
「ん。カナエか。そっちは……えっと、たしか三ツ星の?」
「ヨーゼフって言う。よろしくな」
「こちらこそ。……何か用事か? 今ちょっと、決めごとの最中なんだよな、俺達。……あ、もしかしてうるさかった? ごめん、ちょっと言い合いになって騒いじゃったからさ」
お、これはラッキー。
「いや、全然聞こえなかった。こっちもちょっと騒いじゃって、悪いことしたかなって誤りに来たんだ」
「なんだ、そうなのか? 俺達も全然気付かなかったけどな……結構防音、しっかりしてんのかもな」
うん、と頷く。
「用事はそれだけ。ごめんね、邪魔しちゃって」
「ん、気にすんな。じゃあまたなー」
「またね」
そしてがちゃり、と扉が閉まる。
どうやら決めごとを中断していたようだ。
「何だ? 知り合いだったのか?」
「僕たちは『その他』の試験が最後でね。そこで会ったんだよ」
「ああ、脱出試験か。確かにありゃ、意思疎通が必要だもんな」
そう言う事。
僕たちは自分の部屋に戻り、ついでにちょっと確認をして見ることに。
具体的には部屋の中に僕、部屋の外に洋輔が居る状態で、僕が思いっきり、全力で叫ぶ。
で、扉を開けて、と。
「聞こえた?」
「いや何にも」
「なら、よっぽど防音がしっかりしてるんだね」
音は魔法じゃ防げない、はずなんだけど……まあ、魔法以外の機構を使えばいいだけか。
当然のように水道も通ってるこの寮のことだ、日本の最先端技術に近い防音設備を魔法を交えて実現していてもおかしくない。
「具体的にはどのくらいの音なら大丈夫か解るか?」
「さっき叫んだ感じからすると、花火大会を特等席で見てる時、一番大きな花火の爆発音くらいは大丈夫」
「つまり、基本的には何も聞こえないと」
「窓が閉まってればね」
なるほど、と洋輔は頷いた。
実際、隣の部屋ではウィズとウィズの同部屋の子が口論の真っ最中なのだろうけど、何にも聞こえないしな。
「じゃあ、この部屋の中なら、色々と……例えば、日本の話をしても問題はないわけだ」
「外でも日本語を使えば、怪しまれないと思うけど」
「いやそれはねーよ、佳苗。知らない言語で喋ってる時点で怪しさ満点だろ」
言われてみればそりゃそうか……。
「で、佳苗は何してるんだ?」
「見ての通り、タオルを取ってる」
それは見ればわかるよ、と洋輔は言う。
まあ良いや。
「とりあえず寝室に」
「うん?」
なんて首をかしげつつもちゃんと付いてくるあたりは幼馴染の親友である。
「で、何だ?」
「いやほら、下着を作るってやつ。僕はトランクスにしちゃうけど、洋輔はどんなタイプのがいい?」
「え、何でもいいの?」
「まあ、布製のものならば大概は何とかなると思う」
「じゃあボクサー。こっちの世界にアレ無くてさ、なんか変な気持なんだよな。今はトランクスタイプの履いてるけど」
なるほど。
僕はタオルを適当に宙に投げて、魔法で袋を作り、タオルをマテリアルとして認識、錬金。
ふぁん、と音がしてパンツが完成。
「はい、ボクサータイプ」
「おう。……は? いや、全然『おう』じゃねえんだけど。今何したんだ?」
「だから、錬金術」
もう一度タオルを宙に投げて、魔法で袋を作、以下略。
ふぁん、と音がして今度はトランクスが完成。
「材料と、その材料を認識するための区切りとしての器があれば、どこでも使える技術が錬金術なんだよ。魔法で袋とかを作れば、文字通りどこでもなんでも行ける」
「すっげえ投げやりだな、それ」
「ただ、材料が間違ってたり足りなかったりすると、そもそも錬金術が発動しないけどね」
「そりゃそうか」
「逆に言えば材料さえあれば料理も作れる」
「なんでだよ」
それは僕も知りたいよ。
「しかし、それが佳苗の隠し玉か。魔法はおまけ程度ってことだな」
「うん。……で、その言い回し。洋輔にもなんかあるの?」
「ああ。まあ、他人にはあんまり教えたくないことなんだけど、佳苗の錬金術だってそうだろ? それに何より、俺とお前の間柄だし」
隠し事が完全に無いという仲ではない。
ただ、必要以上の隠し事は必要ない。
そんな言い草で、洋輔は言った。
「だから、お前が俺に『錬金術』を見せてくれたように、俺もお前に特別な力を、『剣』を見せてやるよ」
……剣?




