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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 邂逅が手繰り寄せる可能性
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42 - 現状整理と項目チェック

「そんじゃ、現状を確認するか」

「その前に顔を洗っておいでよ……」

 二十分ほどだろうか、散々泣き腫らした後にその場でうずくまっていた洋輔がすくっと立ちあがったかと思うと寝言を言ったので、とりあえず突っ込みを入れておいた。

 涙の跡や泣き腫らした瞼とかはしかたがないと思うが、鼻水もそのままで真面目な話は僕にはちょっとできそうにない。

 というわけで、洋輔はキッチンで洗顔。まあ洗面所に行けと思わない事も無いが、そっちのほうが近いのは認めよう。

 尚、せっかくなので僕は例のノートを拾ってダイニングに移動し、適当に椅子に座っている。

「すまん。じゃあ、今度こそ現状を確認するか」

「うん。とりあえず座って」

「ん」

 で、僕はノートを開く。

 ……向かい合う格好だと読みにくいな。

 ということで椅子をずらして、横並び。

 全く知らない子だったらたぶんこうはしなかっただろうけど、相手が洋輔ならば話は別だ。

 幼馴染だし、しょっちゅう一緒に寝泊まりしてたし。

「とりあえず、この寮の設備だけど。一通り、生活に必要なものはあるみたいだね。これは無償で提供されてる分だって」

「実際、こうしてみても……食器も含めて、ある程度揃ってる感じはするぜ。でも、無償ってどういう事だ?」

「今ここにあるもの、最初から置かれてるものは、全部僕達で自由に使っていい。けど、それらを壊してしまったとか無くしてしまった時、補充をする時は有料……ってことみたいだね。価格表もあるし」

「あー……」

 幸い、一通り必要なものは揃っていると思う。

 無いのは衣服くらいかな?

 タオルとかは新品のものが積んであったし、生活用品は暫く困らないだろう。

「ただ、一部の消耗品は一階でもらえる……って書いてあるね」

「消耗品、というと……なんだろ。紙類?」

「それも含んでる」

 例えばトイレの紙、ティッシュなどの生活用品。

 あと、ノートやペンなどの基本的な筆記用具も無料で貰えるようだ。

 まだ僕には必要ないけど、髭剃りとかも。

「そういえば、洋輔はひげそり、もう使ってる?」

「いや、まだ。全然はえてこねえもん。産毛なら生えてるけど」

「ふうん。声変わり始まってるみたいだし、そろそろ生えてくるんじゃない?」

「そういうお前はまだまだ声が高いよなぁ……」

 それは言外に僕を子供扱いしているのかな?

 ちょっとイラっとするけど、まあ、いつもの洋輔なのでサラっと流す。

「その辺の生活用品……あとは石鹸とか洗剤とかは無料。清掃道具は小さい奴は各部屋に置いてあるけど、大きいのが使いたいならレンタルか購入だって」

「レンタルで済むならそれで良いな」

 ごもっともだ。

「ちなみに冷蔵庫とかもねーんだけど、どうすんだ?」

「まあ、そもそも電気も無いしね。灯りはランタンを使うか、魔法を使うか……。ランタンとかは、一応タダらしいけど」

「あ、俺、簡単な魔法なら使える」

「奇遇だね。僕もだよ」

 灯りについては心配がなさそうだ。

「ちなみに佳苗、お前はどんな魔法が使えるんだ?」

「僕が明確に習得したって言えるのは、筋力を強化したり、壁を作ったり、簡単な食器類を作ったりする魔法だね。灯りを灯す魔法は……あれはまあ、基礎中の基礎みたいなものだし」

 あとは爆破か。あれはでも、そうそう簡単に使っていいものでもないからなあ。習得とはちがう気がする。

「洋輔はどうなの?」

「俺も壁を作ったりする魔法は覚えてる。防衛魔法っつーんだけど」

「あ、僕の壁もそれだよ」

「へえ。考えることは同じだな」

 うん、びっくりだ。

「あとは、回復魔法か」

「え? そんな便利なの使えるの?」

「おう。ちょっとした怪我なら瞬間で治せるぜ。骨折くらいまでだな」

 それはちょっとした怪我なのか……?

 僕にとっては骨折って大けがに分類される大事件なんだけど。

「切断されてたりするとちょっと話が違うけど、まあ大体生やせる」

「へ?」

「いやさすがに一瞬じゃ無理だよ。ちょっと時間はかかるけど」

 いやいやいやいや。

 そんな身体の再構築って。

「いや出来て当然だろ。回復なんだから」

 その理屈はおかしい。

 けどまあ、魔法ならできてもおかしくない、……のかな?

 うん、まあ、言われてみればそうかもしれない。

「納得して貰えたようだな」

「いや、なんか丸め込まれた感じがする……」

 まあいいや。

「話を戻して、今座ってる椅子とか机とかも、だから基本的には自由……ってことみたいだね」

「だな。で、次のページは?」

 さて、とめくってみると、食事についてのルールが描かれているようだった。

「食堂が開いてる時間なら食堂を使える。それ以外の時間は学内の店で食材を調達して、それぞれ調理……だって」

「ん? その書き方だと、食堂は……」

「うん。本来は有料、みたい」

 げ、と洋輔は顔をしかめる。

 どうやら財政状況があまりよろしくないようだ。

「一応、この三日間に限っては、無料らしいけど」

「その先は金が要るのかあ……。俺、金ほとんど持ってねえんだけど……」

「学内でお金稼ぎは出来るみたいだよ。お手伝いとかで」

「はああ……。学校の中じゃ、外みたいな稼ぎは無理だろうしな。地道に金溜めるしかねえな」

「……一応聞いておくとさ、洋輔は今、いくらくらい持ってるの?」

「ここには持ってきてねえけど、貸し金庫に金貨三百枚くらい。それが俺の全財産」

 三百枚か。

「二年、三年くらいは生きていけるけど、逆に言えばそれで枯渇する感じだね」

「うん。……まあ、学校は受験タダだって話は前に客に聞いててさ。それで申請書とかも用意して貰って、入試は受けたんだよな、俺」

 ふうん、洋輔も客商売してたのか。

「宿泊代が掛かんないし、風呂も洗濯もタダだから、想定よりかはマシだけど。なんかなー。ちょっと油断したらすぐ無くなるぜ、俺の財産」

「日本だったらね。……すっごい豪遊できたんだけど」

「まあな。金貨、あれ一枚で日本円だといくらにできるんだろうな」

「万は下らないでしょ」

「わあ。日本に帰ったら三百万も使える!」

 持ち帰れれば、ね。

「って歓びてえけど、実際には使うわけだし。ちぇ。まあ、生きるためにはお金が必要ってのは真理だからしかたねーや。……その点、佳苗はいくらくらいもってるんだ?」

「宿にお願いして、金庫を借りて、そこに荷物を入れてるから、正確な枚数は分かんないけど。とりあえず手持ちが、金貨千枚くらいかな……」

 もうちょっと多いかも。

「お前ん家、金持ちだったのか?」

「どうだろう。道具屋さんやってたんだよ、お母さんが。その流れで色々と僕も稼いでたから……」

「ふうん。羨ましいぜ」

 畜生、と言い捨てて、洋輔は僕の頭をがしっと掴んできた。ううむ。

「安心してよ。僕も見ず知らずの誰かだったらともかく、洋輔相手になら必要分くらいは融通するし」

「んー。でもなー。金の貸し借りはちょっとなー」

 そういえば洋輔はそのあたり、結構厳しく育ってるんだよね。

「じゃあ、何かとお願いするから、そのお手伝いに対する対価って事で」

「……ん。まあ、どうしようもなくなったらお願いするよ」

 妥協点をここで決めておくのは大事だ。うん。

 ……けども。

「でもさ、洋輔。もしさっき言ってたように回復魔法が使えるなら、それで結構稼げるんじゃないの?」

「え? そうなのか?」

「だって道具屋だと、そこそこ品質のポーションで銀貨五十枚とかだよ。最高品質のだと金貨数十枚とかだし。斬れた部位も時間かければ治せるなら、十分お金稼ぎになると思う」

「へえ……その発想はなかったぜ」

 だって回復魔法はゲームの店じゃ売ってねえもん、と洋輔は言う。

 言われてみればその通りだ。体力の回復は宿屋だしな。あれもよくわからないけど。

「まあ、ちょっとは希望が見えてきたぜ。で、次のページは?」

「えっと……、生活上の注意?」

 ようするに寮生活をするにあたって守らなければならない事、あるいは配慮するべき事が列挙されている。

 例えばむやみに廊下を走らない、壁を叩かない、洗濯物はきちんと固定する、他人の部屋には基本的に入らない……とか、そういった一般的な事の列挙だ。

 消灯時間や起床時間は特に指定無し。ただ、学校生活が始まればそれに合わせる必要は出てくるだろう。

「そういや、さっき俺、かなりわめいちゃったけど。隣の部屋に聞こえたかな……」

「うーん。たぶんだけど、大丈夫」

「なんで?」

「集中しても、隣の部屋の音、どころか、上の部屋の物音だって全然聞こえない。結構な防音処置がされてるんだと思う」

「……そういや、上にも誰かしらが入ってるはずなのか」

 そう言う事。

「でも佳苗は良く気付いたな、そんな事。俺、言われるまで気にも留めてなかった」

「いや、実は僕も後付けだよ」

「ん?」

 僕は生活上の注意、とされたページの一部を指差す。

 そこには、『大声を出す、もしくは大きな音を伴う作業を行う際は、窓を閉めて行う事』と書かれていた。

「なんだこのルール……」

「たぶん、魔法とか、それ以外の技術とかの練習を考慮してるんじゃないかな」

「あー。結構音するのもあるからな」

 うん。

 そして魔法の練習は寝る前にすることになることを考えれば、当然のルールなのかもしれない。

「とはいえ、これだけじゃ根拠が弱いね。後で隣の部屋の子に確認してみようか」

「え? それは……えっと、もし聞こえてたら俺がすっごい気まずいよ?」

「どの道その場合はむこうが勝手に気まずくなるから大丈夫」

 全然大丈夫じゃねえ、と洋輔は言う。

「いやでも、実際音が聞こえるかどうかは重要だしさ。僕はその方が色々都合も良い。洋輔もそうじゃないの?」

「……へ? えっと、いや、そりゃそうだけど……え、何? 佳苗はこっちで生活始めてから、色々とあったのか?」

「うん。色々とはあったよ」

 洋輔はぴくり、頬を引き攣らせて、「あの佳苗が……?」と呟く。

 何故。

「いやほら。あとで説明するけど、僕、錬金術が使えてね。アレ、そこそこ音がするんだよ。でも、技術としては習得してる事を可能な限り伏せたくて……」

「錬金術……へ、へえ。ああ、うん。そうか。なるほど。佳苗らしいな。……え? 錬金術? 使えるのか?」

 うん、と頷く。どうやら勘違いをされていたらしい。

 何と勘違いしたんだ、この幼馴染は……。

「俺、客に何度か聞いたことあるんだけど、錬金術って国に数十人くらいしかまともな奴が居ないんだろ?」

「らしいね」

「その一人?」

「らしい。ポーションとか毒消し薬とか、材料があれば簡単に作れるよ。エリクシルとかも」

「待て。エリクシルってあのエリクシルか?」

 あの?

「青い液体、だけど」

「やっぱりアレかよ……」

「知ってるんだ」

「まあ、客が持ち込んだことがあってな。すっげえ値段が付いてたと記憶してるぜ」

 へえ……洋輔の客商売もなかなか高度なものだったらしい。

「ふうん。でも、あれって音が出るのか」

「うん。あとで音が聞こえないって解れば、実践するから」

「おう。楽しみにしとく」

 次のページに書かれていたのは緊急事態発生時の対処についてで、その次は外部との連絡について。

 大体内容はこんなものか。

「じゃ、一段落したら隣の部屋を訪ねて見ようか」

「すぐじゃ無くていいのか?」

「その顔で良いならすぐ行くけど、どうする?」

 ちなみにまだまだ洋輔の瞼は腫れぼったい。泣いた後であることが一目でわかる程度には。

「……うん。一段落してからにしてくれ」

 微かな自尊心とはいえど、それはきっと、僕にも洋輔にも重要なのだ。

 男の子だし、ね。

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