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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 邂逅が手繰り寄せる可能性
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41 - カナエとヨーゼフ

 ……気のせいか?

 いやでも、明らかに会話が成立したよな、今。

『もしかして……、ヨーゼフは、日本語を知ってる?』

『そういうお前は知ってるのか? いや、知らなきゃ話せねえか……』

 うん、と頷き返す。

 間違いない、ヨーゼフは日本語を知っている。

『……お前は……えっと、お前の父親か母親が、教えてくれたのか?』

『いや……なんていうのかな。説明が難しいんだ。ていうか、真実を話したところで頭が大丈夫かどうか確認される感じだからさ……』

『……突然。そう、突然、思い出した、とか?』

 …………。

 これは……もしかして、僕と同じような状況なのか?

 僕は頷く。

『最後にもう一つ聞かせてくれ。だとしたら、お前が思い出したのは、「誰」だった?』

『……渡来佳苗』

 はっ、とするように。

 ヨーゼフはノートを落とすと、そのまま僕に抱きついてきた。

 ぎゅう、と力強く抱きしめられて……え? 何?

『俺もだよ。俺は洋輔。鶴来洋輔……それを、十一歳の誕生日に思い出した』

 え……よー……、よーすけ?

 でも洋輔は金髪じゃないし……いや、それをいうなら僕も見た目は変わっている。

 ならば、そう言う事もあるのか?

『洋輔……? 本当に?』

『ああ。そう言うお前も、本当に……本当に、佳苗なんだな?』

『うん……』

 抱きしめていた腕が解けたかと思うと、ヨーゼフは――洋輔は、その場に崩れるように座れ込む。

 そして、僕を自然と見上げて。

「もう二度と……その名前は、聞けないもんだと思ってたよ。俺はヨーゼフ・ミュゼとして、たぶん死ぬんだろうなあって……鶴来洋輔なんて奴の記憶は、きっと何かの間違いで思い出してしまったか、妄想なんだろうって思ってた」

「少なくとも、妄想じゃないでしょ。僕が居る。渡来佳苗が……ね。……僕も、渡来佳苗と名乗れる相手が居るとは、正直思わなかった」

「だよな」

「うん」

 思わぬところで思わぬ再会……か。

「確認したいんだけど……洋輔は、どこまで覚えてる? どこまで思い出した?」

「どこまで、って?」

「記憶の範囲。僕は中学校の入学式あたりまでは覚えてるんだけど、その後の事がどうも思い出せなくて」

「ああ……、そういや、そうだな。俺も中学校の入学式に出た事は覚えてる。で、帰り道にお前……佳苗と二人で歩いた記憶はあるぜ。ほら、野良猫が居て、お前が撫でまわして」

「あー……」

 言われてみればそんな事もあったような……。

 うん、ぼんやりと思いだしてきた。

「そこから先は?」

「……んー」

 床に胡坐で座って、ヨーゼフもとい洋輔は腕を組む。

 間違いない。この子は、これは、洋輔の仕種だ。

 なんか懐かしい……そして妙なギャップがあるのは、やっぱり見た目が全然違うからだろうか。

 やっぱり金髪と黒髪では別物だ。

「思い出せねえ。っていうか、考えてなかったな、その辺」

「洋輔らしいけど、少しは考えてよ……」

「ああ、いや、そうじゃない。その、鶴来洋輔としての記憶は色々と整理したんだ。思い出せる事は徹底して思い出した。その、割と恥ずかしい事とかもな。そしたら、なんでヨーゼフ・ミュゼになってんのかとかも解るかなと思って。まあ、分かんなかったけど」

 うん?

「で、俺がすんなり思い出せたのは、小学校の中学年くらいから、中学の入学式に出た事、その帰り道までなんだ。中学年になる前、低学年の頃も一応思い出せるし、幼稚園の事も曖昧になら思い出せるけど……。だから、『その先』の事は考えてねえんだ」

「……つまり?」

 何となくわかってしまった。

 けど、一応聞いておく。

 僕の内心は、さすがは洋輔、幼馴染なだけはある。

 お見通しのようで、あきれるように僕を見て言った。

「解ってて聞くんじゃねえよ。……でもまあ、言っとくとさ。俺達にはそこまでの記憶しかそもそもねーんじゃねえかな。中学校の入学式……その帰り道までの記憶はあっても、『帰宅した後の記憶はない』んだ。だから、俺達が『こう』なっているのも、その帰り道に何かが起きたから……って、そう考える方がまだしも自然だろ?」

「まだしも、ね」

「ああ、まだしも、だ」

 もとより、こんなわけのわからない世界にふと気づいたら当然のように生きていて。

 そして、前の世界の事を突然思い出す。

 そんな不自然な事が起きているのだ。

 自然もなにもあったものじゃあないけれど……確かに、それはそうなのだろう。

「あっちで……だから、渡来佳苗と鶴来洋輔として、俺達が中学校から下校した時に、何かが起きた。で、俺達は今、ここに居る」

「……身体が違うのは?」

「……まあ、そういうコトだろうな」

 そういうコト……ね。

「それでも、今の僕達は、形はどうあれ……理由もどうあれ、とりあえず生きてるし。日本の事を、地球の事を覚えてる」

「うん。佳苗は、どうだ。やっぱり、帰りたいか?」

「どうだろう……」

 ふと、視線をベッドに向けて僕は思う。

「お母さんに、お父さんもだけど。皆とまた会いたいとは思う。あっちの生活、僕は結構、あれで気に入ってたしね。……けど、今の僕は、今の僕として。カナエ・リバーとして、生活を受け容れてたし。カナエ・リバーには両親が居るし、カナエ・リバーとしての記憶もバッチリある。生きてる時間は一年くらいこっちのほうが短いけど、でも、思い入れは同じくらいにある」

「そっか」

「そういう洋輔はどうなの? ……やっぱり、帰りたい?」

「うん」

 あれ、と。

 僕は少し意外に思って、洋輔に視線を戻す。

「俺は、帰りたい。……帰れるなら、あっちに戻って、あっちで『普通』に生きたい」

「……洋輔らしくないね。洋輔なら、どっちかといえば冒険のできる……『ゲームの中の世界』みたいな、こっちの生活を好むかと思ったんだけど」

「そりゃさ、確かに楽しいぜ? 剣も触れる、どころか実際に使ってなにかを斬っても許される。あっちじゃ即座に銃刀法違反だろうけど、こっちにそんなものはねーし。だから、ゲーム感覚で言うならたしかに楽しい。けど……、だけど、俺は帰りたい」

「…………」

 ……本当に洋輔らしくないな。

 何かがあったのは間違いないだろうけど……何があったんだろう。

 僕の疑問を読みとったらしく、洋輔はゆっくりと、ためらいがちに口を開く。

「俺の……、ヨーゼフ・ミュゼの両親な。俺が記憶を取り戻した前の日に死んでるんだよ」

「……え?」

「で、その次の日、俺は『鶴来洋輔』を思い出した。両親が死んだから思い出したのか……あるいは、そんな『知らない世界の知らない誰か』を妄想して人格を作ったのかな、なんて思った事だって何度もあった。まあ、それにしては妙に『作りこまれてる』から、たぶん本当にあったことで、前世だかなんだかの記憶なんだろうと解釈したけどな」

 ヨーゼフとしての親は死んでる……、のか。

「その後も何度も死にかけて……だから、つまらなくても平和な、鶴来洋輔に戻りたい。鶴来洋輔に帰りたい。そう思っても、鏡をみて気付くんだ。ああ、でも俺は『ヨーゼフ・ミュゼ』なんだ、って思わされるんだ。鶴来洋輔としての面影なんて残ってねーしさ……」

「……僕が見ても、洋輔だとは思わなかったしね。そうやっていじけてる所とかは、モロに洋輔だけど」

「そうか?」

「そうだよ。見た目は全然違うけど、中身は同じ……だと思う。……僕もね」

 洋輔は帰りたい……か。

「帰るにしても、色々と大変そうだね。どうやれば帰れるのかがまず解らないし、もし解ったとしても、身体がどうなるかとか……。まるで想像がつかない」

「まあな。あっちに、日本に帰ったところで、この身体じゃあ鶴来洋輔としては認識してもらえねえだろうしなー。……となると、無戸籍の孤児扱いか?」

「そうなるね。まあ、僕は僕で、やっぱり渡来佳苗としては認識してもらえないと思うし」

「茶髪だしな。顔立ちも違うし」

 うん、と僕は頷く。

 前途多難。か。

「探してみようか。一緒に」

「何をだ?」

「帰り方」

 座りこんでいる洋輔に手を伸ばして、僕は言う。

「……でも、お前は、……こっちのお前にも、思い入れがあるんだろ?」

「あるよ。すごいある。カナエ・リバーとしての僕を育ててくれた人がいて、カナエ・リバーとしての僕に色々な事を教えてくれた人が居る」

「なら」

「でも」

 洋輔の言葉をさえぎって。

「弱気な洋輔を放っておけないよ、僕は」

「…………」

 いつも洋輔は、僕を護ってくれる側だった。

 なにかと……迷惑もかけていたと思う。

 でも、いつも困っていた僕を助けてくれたのは洋輔だったし。

 そんな洋輔がはっきりと弱気になったところを、僕は数えるほどしか見たことが無い。

 それに……、僕は気になるのだ。

 渡来佳苗と鶴来洋輔、その二人にあの日、中学校の帰り道で何が起きたのか。

 そして、その後の二人があるのか、ないのかが。

「なあ、佳苗」

「うん」

「すっげー、情けねえけどさ……」

「うん」

「泣いて良い?」

 うん。


 姿が違った、とはいえど。

 洋輔が声を上げて泣く所を見たのは、今日が初めてだった。

 帰り方が解るかどうか。

 そもそもあるのかどうかも解らない。

 ただ……そんな目標(きぼう)が、洋輔には必要なんだと思った。

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