40 - 最終試験に一足早く
旗を持った教員さんの言った通り、移動は三十分近く続いた。
なんだか随分と歩き通したなあ、とか思いつつ、辿りついたのはそこそこ大きな、しかし先程まで二千人が集合していた場所と比べればはるかに小さな、体育館である。
そこには既に数十人ほど、同年代らしき子たちがいて、その子たちもまた、星型のバッヂを身に付けていた。
ただ、菱形のバッヂを付けているのは僕達だけで、どうやら試験を受ける順番、グループごとにベースのバッヂが違うらしい。
「第二グループ、到着」
旗を持った人は宣言すると、旗を壁に掲げる。
その旗にはよくよく見れば菱形の意匠が施されていて、そんな旗の横には二つの旗。
一つは三角、もう一つは丸型の意匠が施されている。
それらは、たぶん僕達とは違うグループに渡されたバッヂの形なのだろう。
「全グループが結集したところで、改めて挨拶をさせてもらおう。質問は後ほど纏めて受けるので、まずは聞いてほしい」
と、壇上に現れた男性が言う。
「私の名前はセキレイ・コバル。本年度の『入学試験』の総監督を務めている者だ」
総監督……?
なんでそんな人が出てくるんだろう。
「ここに集められた受験生、『星』を渡された者は、試験において何らかの『特別な結果』を齎した者である。よって、君達は二次試験を免除され、最終試験を先行して受けて貰う」
二次試験を免除……?
まあ、今日一日で受験が全部終わるとは端から思ってなかったけど、三段階あったのか。
……なんていうか、二次試験の内容が気になるな。
「最終試験は至って単純だ。これから君達をとある訓練場に案内する……そして、そこで丸三日間、生活して貰う。ただ、それだけだ」
生活をする? だけ?
サバイバル……、かな?
「最終試験は、星を獲得した君達であれば、確実に通過できるものである……まずはその訓練場に案内しよう。そして、その場で今の言葉の意図を読み解いて欲しい。私からは以上だが、訓練場に移動する前にすることがあるな。君達の前には『旗』があるだろう? 『旗』にはそれぞれ、『丸型』『菱形』『三角』が描かれている。そこで……星を三つ持つ者は、三角の旗の前へ。星を二つ持つ者は、菱形の旗の前へ。星を一つ持つ者は、丸型の旗の前に移動するように」
ふむ。
ちらりと周囲を見ると、既に移動が始まっていた。
なので、僕も言われた通り、三つなので三角の旗の前へと移動。
人数としては……僕と同じ旗の前には、僕ともう一人だけ。
菱形の旗の前には八人、残りは丸型の旗の前に移動している。
「予め宣言しておこう。星は一つでもあれば特別だ。星を一つでも持つ君達にとって、二次試験は障害に成りえない。どころか、他の受験生たちを阻害してしまう可能性がある。だからこその措置である。……ましてや、今年は『三ツ星』が二人も居る」
総監督さんが言うと、視線が僕ともう一人に集中する。
そして……僕はもう一人の方に。もう一人は僕の方に。
それぞれ、視線を向けていた。
金髪碧眼の男の子。ウィズと比べると、より少年っぽい風の子だ。それは多分、髪が短いから……かな? あとは目つきもか。
じろじろと観察してしまったからだろうか、その少年はすこしむっとすると、しかし何も言わずに視線を総監督に戻した。
僕もそれに合わせて、総監督へと視線を移す。
こんなところでトラブルを起こすようじゃあ、星はもらえないって事なのかもしれない。
「さて、それでは早速、最終試験を行う訓練場へと案内する。旗手は手筈通りに。質問については、移動後に聞く機会を設けよう」
「はっ!」
僕達を連れてきた、旗を持っていた人が敬礼して答えると、僕達の正面へと移動。
「それでは、君達をこれから最終試験場へと案内する。移動距離はそれほど長くないので安心してくれ。では、星の多い順についてくるように」
うん?
僕達からってことか。
ていうか質問、ここでさせてくれればいいのにな。
暫く案内役の人について歩き、大体十分といったところだろうか。
それほど長くないとは言われたけれど十分な距離を移動した僕たちを待ちうけていた試験場は……、試験場……?
「ここが最終試験場になる。さて、改めて確認するが、星の数の順番で並んでいるね? よろしい。ならば、そのままの順番で前に一人ずつ来てくれ」
つまり最初は僕か、金髪のこの子か……ってことだけど。
ちらりとその子に視線を向けると、その子が先に一歩を踏み出した。
ううむ。会話が出来てないなあ。あの子、どんな子なんだろう。
「うむ。最初は君か。じゃあ、これを」
「……これは?」
「すぐにわかる」
あ、初めて声を聞けたかもしれない。まだ声変わりはし始めたばかりって感じのハスキーな声だった。
それはともかく、その子が渡されたのは……スティック?
とまあ、次は僕の番なので、僕も向かってみる。やはり僕にも、同じようなスティックが渡された。
スティックにはタグが付いていて、タグには201と刻印されている。
ていうかこれ……、鍵じゃない?
僕が首都で宿泊しているあの宿の鍵と似てるんだけど。
まさかとは思うけど……。
「よし、全員受け取ったな? ともすれば、『星』を持つような君達にはもはや明白だろうが、最終試験の具体的な内容を説明する。最終試験は『生活試験』。君達は今この時から丸三日間、この寮で共同生活をしてもらう。大きな問題を起こさない限りは、君達は晴れて入試を通過だ」
ああ、やっぱりそう言うことか。
「決まり事や生活上のルールは各部屋に詳細が記述されたノートを置いてあるから、それを読むように。その上で、予め説明しておくことは三点。一つ、部屋は個室では無い、二人部屋だ。ベッドや机、収納棚などの備品は二つずつあるから、どちらをどのように使うかは、同部屋の子と話しあって決めるように。また、部屋の掃除や洗濯も、それぞれ個々にきちんとすること。部屋があまりにも散らかっていたりすると、場合によっては処罰の対象になり得る。最後に、男子と女子は階を分けてある。異性のフロアには、基本的には立ち寄らないように。特に男子は三階に行かない事」
理想を言えば別の建物なんだろうけども、そのあたりは高望み、かな。
まあ、僕達男子側から言えば特に問題はない。女子側がどう思うかだけど……。
「では、解散。まずは三日間……特に問題を起こさず、普段通りに生活してくれればそれで良い。この三日間、私は一階の多目的室に待機している。何か質問があったら、その時に来るように」
以上、といって、案内をしてくれた人はそそくさと去ってしまう。
本当に最低限のことしか言ってくれなかったな。名乗って無いから最低限すら見たしてない気がするけど。
ま、いっか。
僕は建物に歩みを進める。外観は結構広め、作りもしっかりしているようだ。
防音性がどのくらいあるかで、僕の勝手は大分変わるんだよな……大体、錬金術的な意味で。
相部屋の子に隠れてやるのは無理だから、その子には教えることになるだろうけど、やむをえないし、大丈夫だろう。
何せ僕と相部屋の子も、星を三つ獲得している。何らかの『訳アリ』っぽいし。
というわけで、寮の入り口へ。
一階の玄関には簡単な見取り図があって、見取り図の横には昇り階段が。
この見取り図や外観からして、寮は横に長い長方形の建物。階段は三つ、メインに使うのはここにある中央階段になりそうだ。
階段を登れば一本の長い廊下があり、それが中央階段からは東西にそれぞれ伸びている。あとは南側に部屋があるだけ。
ようするに中央に階段があるタイプのマンション構造と言えよう。
尚、廊下の両端には非常口と階段があるんだけど、その階段を使うためには内側からしか開けることが出来ない扉を通らなければならないため、実質外に出る時専用のようだ。ややこしい。
でもって、201号室は当然、二階の一番隅。角部屋だ。
二階に階段で上り、廊下の状況を確かめつつ歩いてみる。隅々まで掃除が行き届いているけど、たぶん今後は僕達がやらなければならないやつだろう。
大体、階段から部屋の前までの移動には二分ほど。結構歩いたな。というか部屋と部屋の間隔が思いのほか大きい。
僕が移動をしている間、既に他の子は自身に割り振られたらしい部屋に入っているのも見たが、特に話声が聞こえない事からして、防音性はそこそこある……かな?
というわけで到着。
ちらり、と後ろを見ると、例の金髪の子が。
「えっと……初めまして。さっきは、その。じろじろみてごめんね」
「初めまして。かまわねーよ別に。……で、お前が俺と相部屋か」
「そうみたい」
僕は自分の胸元を指差して言うと、その少年も自身の胸元を指差した。そこには星型のバッヂが三つ、輝いている。
「鍵はどっちも同じだろ?」
「たぶん。どっちが開ける?」
「俺が開けても良いか?」
「もちろん」
というわけで解錠、扉を開けて、中は……うわお。
玄関扉を開けると、幅一メートルと少しの廊下が暫く続く。入ってすぐの右手には同じ棚が二つ連続して置かれていて、相部屋の子がその片方を開けると、どうやら靴箱らしい。一人一個と言う事かな?
廊下を進めば、左手側に扉が一つ、これは僕が開けて見ると、一枚の紙が落ちている部屋だった。何だろう、と紙を拾ってみると、『物置として活用する事』と書かれている。
「なんだ?」
「物置として使え、だって」
「ここも大概広い部屋に見えるけどな」
まあ、何も置かれていないから余計なのかもしれないけど、それでも八畳くらいはありそうだ。確かに広いかも。
部屋を二人で揃って出て、あらためて廊下を進めば、右手にまた扉。しかしさっきの扉とは違って擦りガラス。水場?
相部屋の子が開けると、そこは洗面室になっていた。さらに奥には扉が二つ、片方はトイレで、もう片方は浴槽付きのお風呂場。
ううむ……なんだか、こう、あれだな。普通のマンションの一室みたいな感じがする。渡来佳苗の友達にマンション暮らしをしている子がいて、結構憧れだったんだよね。
水場周りを離れてさらに直進すると、ようやく廊下が途切れて大部屋に。
これは……、ダイニング?
「大きな机に、椅子が二個。食器棚に本棚……ここは共用スペースってことか」
相部屋の子が呟いた。
「補足するとキッチンもあるみたい。簡単な料理なら、できそうだね」
「うわ、マジか」
うん、マジで。
で、ここで終わりならともかく、まだ奥があるんだよねここ。
恐る恐る向かってみると、そこはようやく寝室らしい。
と言っても、寝室自体は一つだけ。
そこにベッドが二つ並んでいて、衣服棚、学習机などが対になるように置かれている。ちなみに寝室には右手から入ることになる。そっちにしか繋がってるドアが無い。
ドアといえば、寝室の一面は大きなガラス戸になっていて、その奥はベランダ……いや、大きさ的にはバルコニーというのかな? 結構広めの空間があって、物干し竿とかも設置されていた。但し、物干し竿は大きめのものが一本だけ。
共同生活になるのだから、睡眠と風呂トイレ以外は一緒にしろと言うことのようだ。
「おーい、ちょっと良いかー」
「あ、うん。どうしたの?」
「例のノート、あったぞ。そっちは?」
あ、規則が書いてあるんだっけ。
「こっちは寝室。と、ベランダだね。洗濯は一緒に済ませる感じになりそうだよ」
「そうか」
やれやれだな、と相部屋の子は言いつつ、寝室へと入って来た。
そして寝室の設備を見るや頬を引き攣らせ、「至れり尽くせりだなあ」と呟く。御尤もだ。
「色々と決める前に、基本的な事を済ませようぜ。これから寝食を共にする……少なくとも三日は一緒なんだ。お互い名前を知らないと、面倒だろ」
「あ。それもそうだね」
「俺はヨーゼフ・ミュゼ。ヨーゼフ、が呼びにくければ、ジョーでも良いぜ」
「僕はカナエ・リバー。カナエって呼んでくれた方が嬉しいや。よろしくね、ヨーゼフ」
そうか、と相部屋の子、改めヨーゼフは頷き、ぴたりと動きが止まる。
「カナエ?」
「うん。僕の事、知ってるの?」
「いや、初めましてだ。ただ、古い友人に同じ名前の奴がいてな」
思い出しちまった、とヨーゼフは言った。
ふうん。カナエなんて珍しい名前、そうそう被らないと思うんだけどね。
『もう会えねえんだよ、あいつとは』
寂しげなヨーゼフの言葉は、不思議と懐かしい響きで。
…………。
え?
『日本語?』
『は?』
あれ?




