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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第一章 積み重ねるべきは
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04 - とっかかり

 僕は二日ほど錬金鍋の前で困り果てていた。

 いや、そもそも錬金術ってどう使うのかがまず解らない。

 とりあえず薬草と毒薬を鍋に入れながら、完成品の毒消し薬を手に取ってみても変化ないし……。

 でも、ちょっと考えれば当然なんだよね。ただ鍋に入れてるだけで変わったら、世の中のいろんなものが錬金されてしまうわけで。

 だから何か、特殊な手順がある、のだと思うのだ。

 魔法とかならまだ解りやすそうなのだけれど……ゲームに出てくる魔法は大体の場合でMPや魔力と呼ばれる力を消費して効果を得る。

 アニメや漫画を思い出すと、詠唱とかでなんか発動してる事も多かったっけ。

 マテリアルの足し算……うーん。

「…………」

 変化なし。

 むう。何か根本的なところで躓いてる感じだ。

 休憩にしよう。

 鍋の中から薬草と毒薬を取り出して元の場所に戻し、僕はお店の方に顔を向ける。

 丁度お客さんが途切れた頃合いだったようだ。お母さんは商品の補充をしていた。

「……あら」

 僕が見ていることに気付いて、お母さんは軽く手を振ってきた。

「どうしたの、カナエ」

「うん……全然、とっかかりもつかなくて。休憩」

「そう。まあ、最初は大変だから、頑張りなさい」

 がんばりなさい、と言われても。

 それこそ突然超能力を使ってください、といわれているような……はあ。あんまり考えないようにしよう。

 もっとシンプルに行こう。

 で、それはそうと、お母さんの道具屋さんを見ていて気付いたことがある。

 実は結構、売上がすごいのだ、この店。

「そうだ。お母さん、今日は何が売れ筋?」

「そうねえ。今日は傷薬のポーションが良く売れているわ。それと、その材料になる薬草も。冒険者のお客さんが多いわね」

「へえ」

 ということは、この町の周りで何かが見つかった……のかな。

 ダンジョンとか?

 流石に安直か。

「正直、薬草はあんまり利益が無いのよ。ポーションは私が作ってるから、それなりの利率なのだけれど」

「たしか、薬草は一個売るたびに銅貨五枚の儲け、だっけ」

「そうよ。銅貨五枚分だけでも儲けが出る分、まだマシなのかも」

 お母さんはやれやれ、と補充を終えつつ言う。

 薬草はちょっと特殊な商材で、国が大本の販売元になっている。

 で、基本価格を国が決めるのだ。道具屋は、国の代理販売をしている形になる。

 その時、手数料として幾許かの利益を得ることは出来るのだけれど、その手数料は銅貨七枚を超えてはならない。もし超えて取ったら、結構大きい罰金が来るので、大抵は銅貨五枚程度に設定する事が多い、とお母さんが教えてくれた。都心部だとこの利益がゼロ、なんてこともあるんだとか。お店の都合はお店の都合で、お客の都合は安い方が良いので、当然だね。

 ちなみに、現時点での薬草の基本価格は、一個あたり銀貨十七枚。このお店はそれに銅貨五枚を加えた、銀貨十七枚と銅貨五枚だ。

 もの凄い半端に見えるけど、実際には薬草一つだけを買って行くお客さんはまず居ないので、ほかの商品と合わせて買った時とかの値段交渉で丁度良く使われる事がある。

 そんな薬草を材料に作る傷薬のポーションは、薬草の効果をより瞬間的に、しかも広範囲に顕すことができるものだ。

 基本的には錬金術師しか作れないし、効果もそこそこ高いので、一個あたりの値段は銀貨五十枚。

 お母さんはそのポーションを作るために、薬草を三つ使うのだけれど、それによって完成するポーションは十一個。

 他に使う材料は水だけらしく、結果、薬草三つの銀貨五十一枚が、ポーション十一個の銀貨五百五十枚に化けることになる。

 ……すごい暴利だよね。なんか原価表を見た時みたいな感覚になる。

「ちなみに売り上げは、薬草が百五十五個、ポーションは四十七個ね」

「てことは……ええと、……」

 銅貨にして235…775枚の売り上げ?

 ……あ、そっか。ポーションは十一個作るのに、銀貨十七枚使うから……えーと計算が複雑だぞ……。

 けどまあ、大体金貨二十枚分くらいは稼いでいる。すごいな。

「お母さんのお店って、かなり儲かってるんだね……」

「そうねえ。まあ、まともなレベルの錬金術師ってこの国に百人くらいしかいないのよね。だからふっ掛けられるの」

 ふうん。

 …………。

 え?

「百人?」

「ええ。私はその下の上くらいかしら……ポーション類を作るのは得意なのだけど、複雑なものはどうしても作れなのよね」

 いや、そうじゃなくて、国に百人しか居ないの?

 それやっぱり、なんか特殊な才能が必要か、そうじゃなくても切っ掛けがないと使えないんじゃない?

「才能って意味なら、私の子供なのだから、多分大丈夫よ。ただ、そうね。切っ掛けか……。私の時はどう覚えたんだったかしら……」

 指摘したらお母さんも真剣に考え始めてしまった。

 まあ、そうだよな。そう誰でも使えるようなものだったら、ポーションはもっと安いはずだ。

 例えば品質に差が出たとしても、商品自体の供給は増えるわけだし……品質?

 うん?

「……ねえ、お母さん。話が大分変わるんだけど、一つ良い?」

「ええ。どうしたの?」

「錬金術で作るものって、品質が結構、変わるんだよね」

「そうね。ちょっとした材料の配分でも大分変わるわ」

「じゃあ、お母さんが作るポーションも、やっぱりその時によって善し悪しがあったりするの?」

「ああ、その事か。説明がまだだったわね」

 何か秘密があるらしい。

「まず、ポーションの材料は知ってるわね。薬草と水よ。で、水は水と錬金をすることで、水にできるの」

「水と水で水?」

「ええ」

 えっと……鍋の中に水Aを入れて、次に水Bを入れる、と。

 それって単に水が混ざって水ABになるだけなんじゃ?

「それを続けることで、錬金術師は常に一定の品質の水を作ることが出来るのよ。応用技術としては初歩的な部類だけど、かなり重要なことね」

「ふうん……。水の方は、じゃあ一定なんだ。薬草はどうなの?」

「うーん。そっちは正直、答えようがないのよね。私たちは薬草を買うことしかできないし……ただ、薬草には品質の差が無いのよ。常に一定、どんな状態、状況でも必ず全く同じって性質があるみたい」

 薬草には鮮度とかが無いってことか。

 水にだって状態の善し悪しはあるのに……薬草って、ゲームとかでは単に体力を回復するだけのアイテムとしてだけ考えてたけれど、そんな性質があるとなると結構謎だな。

 あるいは薬草自体も錬金術で作ってるのかもしれない。

「だから、ポーションは水と水から水を作れるなら、錬金術師は常に狙った品質で作ることが出来るようになるわよ」

「なるほど。そのためにも、錬金術の使い方が知りたい……」

「まあ、なんか色々とやってみなさいな。来週になってもまだ何も起きなければ、その時は私の師匠を呼んでみるわ。忙しい人だから、来てくれる時期まではわからないけれど」

「うん」

 さて、休憩おわり。

 錬金鍋の方に戻って、僕は改めて薬草と毒薬を手に取る。

 うーん。

 でもこのままじゃさっきまでと変わんないんだよな。

 もっとシンプルに考えてみるか……。

 えーと、薬草、足す、毒薬、()、毒消し薬。

 念じながら鍋に入れてみる。

 ……変化なし。そりゃそうだ。

 けど、他には思いつかないしなあ……。

 計算式を頭の中に思い描いて、その計算結果を想定しながら、鍋に入れる。イメージ的にはこれでいいと思うんだけど。

 そういえば、水足す水が水になるってのは、どうなんだろう。

 一リットルの水Aと、一リットルの水Bを錬金して、単に二リットルの水ABとして混ざるんじゃなくて、水Cになるんだし。

 ……うん?

 僕は錬金鍋から離れて、お店の方へ。

「お母さーん!」

「なにかしら?」

「さっきの、水足す水は水、でちょっと聞きたいんだけど。えっと、バケツ一杯の水と、同じ大きさの、別のバケツ一杯の水を錬金するとするよね?」

「ええ」

「それで出来る水の量って、どのくらいなの?」

「バケツ一杯分よ?」

 …………。

 これ、少なくとも足し算じゃ無いじゃん!

「質問はそれだけかしら?」

「う、うん。ごめんね、邪魔しちゃった」

「いいのよ。頑張りなさい」

 僕は錬金鍋の前に戻る。

 単純な足し算じゃあないな、これ。うん。足し算だったらバケツ二杯分が出来なきゃだめだ。

 なのに、結果はバケツ一杯分になってしまうらしい。

 考えられるのは……何かな。

 実は足し算では無く、掛け算かなにかである、という可能性。

 あるいは足し算は足し算でも物質的なものじゃなくて概念的なものであるという可能性。

 後者のほうはあり得そうかな?

 『錬金術はマテリアルの足し算』、お母さんはそう説明をしていた。材料でも素材でも無くマテリアルという言葉を敢えて使ったのは、つまりその材料そのものではなく、材料を概念として考えた時……とか。

 つまり、バケツ一杯分の水と水を足したのではなく、バケツ一杯分の水という概念と概念を足して、バケツ一杯分の水という結果を得ると。

 掛け算……だと、量が変わらない理由が難しいけど、一かける一は一だから、そんな理論なのかもしれない。

 バケツ二杯の水にバケツ一杯の水を錬金した時にバケツ二杯分になるならば、掛け算であるという可能性も出てくるけど、これも概念的な考え方をしなければならないのかも。

 薬草と毒薬というモノを入れて毒消し薬を作るのではなく、『薬草』の概念と、『毒薬』の概念を実物と一緒に鍋に入れながら、『毒消し薬』の概念をイメージして……、


 ふぁんっ、


 と、聞いたことのないような音がしたからか、驚いて少し身体をのけぞらせてしまい、しかもそのままバランスを崩してしりもちをついてしまった。

 痛い……。

 けど。

 だけれど。

 僕はすぐに立ち上がって、錬金鍋の中を見る。

 そこには、なみなみと何かの液体の入ったガラスのボトルだけがあった。

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