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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
転章 入試が導く一つの邂逅
39/125

39 - 思惑と結末

 子供たちが騒ぎ始めたのは、その独特な匂いのせいである。

 何かが焼け焦げるような匂い。

 そして、それに伴い、天井を覆いつつある黒い煙。

 奥の天井がちらり、橙色に揺らめくと、誰かが大声をあげた。

「火事……火事だ!」

 それは子供たちの真ん中あたりで上がった声だ。

 誰かが一度口にしたら、子供たちは異変をようやく現実として受け容れる。

 そう。

 天井で火事が起きている。

 それに皆が気付けば、もはや子供たちの精神状況は計り知れない。

 いや、唐突な事態にどう対処すればいいのかと、そう考えている聡明な子も居るだろうけれど……結局のところ、子供は子供。

 対処法よりも現状をどう脱するか、その方向で思考が進む。

 ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、と燃える音もし始めた。

 こうなればもう、子供たちがパニックを起こすのも時間の問題だ。

 だからこそ。

「試験担当員に通達、避難を優先! 間違っても受験生にけが人を出してはなりません! そのような失態を置かすような面々を、私はここに呼んでいませんからね!」

 透き通る声の指示が響き渡る。

 成功だ。

 全方面の扉が、そんな指示に対して開かれる――そして、それまで門番をしていた大人たちは、それぞれが避難の誘導を開始する。

 こうなればもはや、我先にと子供たちは逃げだしてゆく。僕はさりげなく中央の方へと移動してみると、ウィズとカリンもそこに居た。

「考えることは同じか」

「ま、主犯はお前だけど、オレたちも共犯だ」

「何かあったらその時はその時ってことさ」

 二人は笑って言う。

 僕は、ちょっと申し訳なく思いつつもお辞儀。

「ありがとう」

「どういたしまして……」

 さて、僕がしたことは至って単純。

 会場の天井に火をつけただけだ。

 そこそこの規模で起こしたし、二千人もいればすぐに誰かが気付くだろう。

 そして一人が気付けば声を上げる。声を上げればざわつき始め、そして誰かが叫んで『確定』する。

 この時点ではまだ、パニックにはならない。ただ、どうすればいいのかわからないと子供たちは困るだけだ。

 一方で、大人たちの行動は限られる。

 あくまでも試験を続行するか、試験を二の次にして避難をさせるか、それとも試験の中断を決定するか。

 結局、実際にクオさんが選んだのは二番目、試験を二の次にした避難の優先だ。これは僕達にとって最良の結果と言っていい。

 試験の中断の宣言は、可能性としてはあったけど、確率的にはさほど高くはない。

 なぜならば、大人にとってはともかく、子供たちにとっては、当事者にとっては一生に一度しか受けることのできない試験なのだ。

 中断、と急に言われた時、大半の子供はそれに従うだろうけど、二千人もいればそこそこの数が不満を漏らし、避難行動を阻害する可能性が出てくる。

 だから、責任者が取るべき選択肢としては下策にあたる。

 最後に、たとえ火事が起きようとも避難をさせないパターン、つまり試験の続行を強行した場合だけれど、この時は僕達三人が三方向で声を上げれば良い。

 このまま僕達をここで焼き殺す気かと。

 一人が言えば何人かは同調するだろう。それに伴いパニックも起きるかもしれない。

 だから試験官の判断よりも先に扉を開けて、少しでもパニックを鎮めようとする可能性が極めて高い。

 三方向の内のどこか一つでも扉があけば、その扉に子供が殺到するのは目に見えているし、そうなればパニックは拡大する。だからどこか一つが空けば、結局全ての扉があくのだ。

 それでも、たとえパニックが起きても尚扉が開かなかったら……その時は、『二千人の子供たちが、生き残ると言う目的のために団結する』状況が作れる。

 僕達には残念ながら、見ず知らずの子供二千人を指揮する能力は無い。

 だけど、それは平時であって、もし何か切迫した状態が起きているならば、ぽっと出の見ず知らずである僕達の指示もある程度は通るだろう。

 まあ、一番大変ではあるけれど、この場合でも問題はないのだ――と。

「そう言うわけです」

「…………」

 中々出てこない『残り三人』、つまり僕とウィズ、カリンの三人に痺れを切らしたのだろう、自ら救助のために突入してきたクオさんに、僕は事情を説明する。

「試験は『全員で協力しての脱出』で、注文的には『何をしても良い』。だから、こうした。二千人を動かすよりも、大人たちの思考を読むほうがまだしも楽です」

「……つまり、この火はあなたが付けたと? 証拠はあるのですか?」

「ありますけど、それを説明するためにも一度外に出ましょう」

 というわけで、クオさんも含めて四人で揃って外に出る。

 出た途端、クオさんに何人かの大人がかけより、何かを報告。

「その三人で全員です。誰も怪我をしていません」

「……そうですか」

 で、証拠はあるんですよね、とクオさんは僕に聞いてくる。

 だから、僕は魔法の行使をやめた。

「実際に火をつけた時、火の回りが想像よりも速かったりしたら困りますからね。万が一にも、本当に屋根が焼けおちては困ります。だから、全部『紛いモノ』です。火も、煙も、匂いも……だからこうして、『全部が消える』」

 改めて会場に指を指す。

 充満しつつあった煙は完全に晴れ、火も消え、残り香さえもなくなっていて、勿論火が付いた痕跡など何処にも無い。

 魔法で火を産み出す時、『延焼する』と連想しない限り、火は広がらない。

 連想で制限を掛けていけば、火が燃えているように見えても、それは『見た目だけ』の話であり、熱さえもたないものに出来る。

 僕が使った魔法は『火が見えて、煙を出して、建物が燃える匂いがする』という魔法。

 実際に火事を起こす必要などないのだ。

 火事が起きたと信じ込ませることができれば、それで良い。

「試験の内容は、『全員で協力して脱出』、『手段は問わない』。だから、僕達が使った手段とは、『火事と錯覚させて』『門番に避難誘導をさせて』『全員で協力して脱出』です。偽物の火の魔法は僕が使いましたが、その後の子供たちの行動を方向付けるのにはウィズとカリンにも協力して貰いました」

「……ならばあなたたちの企みにとって最悪の事態だったのは、『私が試験の中断と避難の開始を宣言する』、場合か。立場上出来ないと踏んだ上での行動だとは思うけれど、それでももし私がそれをしたならば、あなたはどう対処したのか教えてくれる?」

「そっちの都合で勝手に中止、そして全員を失格点……という採点はできないでしょう? だから、再試験、追試という形が取られるはず。初見で皆が困惑してしまっていた今回と違って、同じテーマで二回目の試験が行われれば、『その他』が『何』を試すための試験なのか、その方向性くらいはわかりやすいですし、統率も取りやすくなります」

 それが対処法か……と言われると微妙だけどね。

「…………」

 僕の説明を受けて、クオさんは大分考え込み。

 結局、僕とウィズ、そしてカリンに、何かを手渡してきた。

「それを付けておいてくださいね」

 それ。

 とは、またまた星型のバッヂである。

「今後の予定について説明をしますから、あなたたちも整列するように」

 結局それだけをいって、クオさんは去ってゆく。

 どうやら……、怒られずに済んだようだけど。

「また、星型バッヂか。二つ目だな」

「オレも二つ目」

「僕は三つ目……何なんだろうね、これ」

「さあ。メリットかもしれないし、デメリットかもしれねえぜ。試験は結構『えぐい』と、オレは両親から教えられてるからな」

 えぐい……ね。

「どちらにせよ、目印か」

「だろうな」

 出来ればメリットであってほしいなあ、なんて話をしてから、整列に戻る。

 暫くして、少し高めの場所にクオさんが表れると注目を集めた。

「今後の予定について説明をします。まず、全員起立してください」

 うん?

 僕は元々立っていたので問題なし。

 全員が立ってからだろう、クオさんは続ける。

「次に、自分のバッヂを見てください。もしあなたが『星型のバッヂ』を付けていないならば、着席するように。逆に、『星型のバッヂ』を付けているならば、起立したままです」

 …………?

 結局立ちっぱなしか。

 周囲で結構大きな雑音がして、それぞれがそれぞれに行動をする。

 僕以外には……二十人くらいが、起立したまま。

 当然、そこにはウィズやカリンも含まれている。

「今立っている者は、私の左手側に居る旗を持った係員に付いて行くように」

 旗……確かに、一人大きな旗を持っている人が居る。

 そちらに集合してみて、いざ数えて見ると二十一人。

 ふむ?

「では、引き継ぎます」

 引き継ぎ?

「お願いします」

 旗を持った人が宣言をすると、クオさんが答える。

「星型のバッヂを持った子は、こちらに付いてきて下さい。暫く、移動があります」

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