38 - 碌でもない策
無事に二つ目の試験、体術の実技も終えて、僕たちは改めて三つ目の試験をするべく次なる試験場へと移動。
でも、最後の試験は『その他』だっけ。なんかすごい適当な文言だ。その他って何の試験だろう。
そんな疑問を抱きつつも、試験会場とされる場所に辿りつく。そこは大きな、集会場である。
体育館の大型版、みたいな。
結局、全グループが移動を終えた頃に、試験官が壇上に登場。
「ようこそ。あなた方のその他の試験を担当をする、クオです」
透き通った声の試験官は、女性だった。
クオさん、か。
で、やっぱりその他なのか……。どういう試験になるのやら。
「その他の試験、というと、如何にも解りにくいとは思いますが……」
そこで言葉を区切ったかと思うと、がしゃん、がしゃんと音がする。
がしゃん?
なんだろう、と周囲に視線を向けると、どうやら扉が閉められているらしい。
扉が……というか、窓も。
「試験の内容は簡単です。ここには二千人近い受験者が居ますね。全員で協力して、なんとかこの『集会場』を脱出する。制限時間は三時間です。よろしいですね? 質問は認めません。とにかく、何をしても構いませんから、この『集会場』を脱出して下さい。但し……それぞれの扉や窓では、国立学校を出身した精鋭たち、総勢百人があなたたちを邪魔します。簡単には出られませんから、頑張ってくださいね。以上です。開始!」
と言うなり、クオと名乗った試験官さんの姿が消える。
途端、周囲がざわついた。
ちょっと暗いけど灯りはある、扉や窓を見れば、確かに一人ずつ、武装した青年や女性が立っている。きっと彼らが門番なのだろう。
ふうむ。
一人で脱出するだけなら、そう苦労はしないだろうけど……。
「全員で協力して、か……」
敢えてそう注文が付いているということは、ここに居る受験生全員で脱出するのが前提だな、これは。
周囲に視線を向けて見ると、皆『考えている』というよりかは『戸惑っている』感じか……?
急に閉じ込められて脱出しろと言われても困るのは当然だよな。
仕切るか。
試験官さんが消えた壇上によじ登って、受験生側の数を確認する。
一目では詳細を数えきれないが、二千人程度であることは間違いない。
次に地形を確認……どうやらこの集会場は正方形に近い長方形のようだ。
今僕が上がっている壇上の側に扉は無いが、それ以外の三辺には一定の感覚で扉がある。
扉は大きいものと小さいものの二種類、大きい方ならば五人くらいまでは同時に出れそうだが、小さい方だと一人ずつが限度かな。
『門番』としての敵の配置は、小さい扉には一つに付き二人、大きい扉には一つにつき四人。窓の周りにも一人ずつッて感じで、数はぱっとみでは数えきれないけど、試験官、クオさんの言が正しければ総勢百人。
どうしたものかな。
と考えていると、僕につられてか、二人の受験生が壇上に登ってくる。
特に知り合いというわけでもないようだが、僕と同じように色々な確認をしているようだった。
しかもこの二人、僕と同じで星型のバッヂつけてるな。一個ずつだけど。
「なあ。お前たちならこの状況、どう打開する?」
二人のうちの片方。
黒い髪のおしとやかな感じのする女の子は、見た目とそぐわぬ乱暴な口調で聞いてきた。
ちょっと虚をつかれた感じだ。
「どうもこうも、この全員を脱出させなきゃならないとなると面倒かなって。打開策らしい打開策は無いよ」
「自分も同感……だが、敵の数は少ないからな。その意味がちょっと解らん」
「フン。大体似たりよったりか」
つまり、この二人も全員の脱出を実現するにはどうするべきか、それを考えるために壇上に来たと言う次第らしい。
「大人の精鋭が百人と言えば如何にも仰々しいが、こっちは二千人。しかも敵はそれぞれ、扉に分散してる。この状況なら、全員を脱出させるのは手間だけど、不可能じゃあない」
「だな。……とはいえ、取れる手が多すぎるし、敵の動きもわかんねーだろ、これ。どっかに手を出せば守る。それだけならばただの通せんぼ、簡単に出れちまう」
「ともすれば『簡単には出られません』……の一節が、気になるか」
僕達の意見は一致しているようだ。
「自己紹介しておきます。僕はカナエ・リバー。カナエとでも呼んでよ」
「オレはカリン・アーシェ。カリンで良いぜ」
と答えたのは女の子の方。男勝りな性格らしいが、外面上はおしとやかな女の子にしか見えない、このギャップはどこからきてるんだろう……。
「自分はウィンザー・バルだ。ウィズとでも呼んでくれ」
最後に答えたのが、少し長い金髪の少年だった。
礼儀正しい感じがするのは、所作のせいかな? なんか様になってる。
見事に両極端だなこの二人。
そう考えると僕には特徴が無い……?
…………。
まあいいや。
「となると、考えられるのは何がある? 開かない扉はあるだろうけど、それだけじゃねえだろ」
「外に通じて入るけど、鍵が掛かってるとかはどう? 鍵を開けるためには門番を倒さないといけないとか」
「あり得るな。何処の鍵を誰が持っているかもわからん。となると、最悪百人全員をどうにかしないとならない」
面倒だな。
「扉は破るか。その方が早いし」
「できるのか?」
うん、と僕は頷いておく。
いざとなれば奥の手もあるし、たぶんそれを使うまでも無いだろう。
「となると、残りは百人の敵をどうしのぐか……自分たちが嫌われ者になるのは、もう前提だけど」
「取れる方法はともかく、形としては二つしかねえだろ。敵を更に分散させるか、あるいは集中させるかだ。敵として処理するにせよ、無視を決め込むにしても、何らかの方法でアレに干渉しないことには始らねえさ」
分散させるならば各個撃破をする。集中するならば封じ込める。この辺りが妥当だろう。
けど、どっちもそう簡単には行かないだろう。
かといって、思考錯誤をする時間もそこまであるわけではない。
既に受験生の一部が動きを見せているし……。
「ウィズ、カリン。僕はあいにくと田舎育ちで、同年代の子と遊ぶ機会すら殆ど無かったんだけど……、二人は、二千人の同年代を指揮できる?」
「無理だな」
「オレの手にも余るよ」
だよなあ。
「敵を分散させるにせよ集中させるにせよ、その後の行動を制御しないと、あんまり意味はない……指揮統率が出来ないと、二千人を脱出させるのにどのくらい時間がかかるやら」
「早くても二十分……だろうな」
実際にはもっとかかるだろう、そんなニュアンスでウィズが言う。
「…………」
ならば、動かすべきは二千人の子供ではなく、百人に過ぎない大人の方だ。
その百人の大人の心理を利用して、脱出を成立させることができれば良い。
「シチュエーションとして、考えてほしいんだけど――」
僕はウィズとカリンにある可能性をシチュエーションとして話す。
その場合、百人の大人と二千人の子供はどう動くか。
そう問いかけると、二人は僅かに悩んで。
「……そうなれば、大人の方は比較的読みやすいな。立場や役割からして、大人は子供を『邪魔する』ために配置しているんだろうけど、同時にオレ達を採点するための監視役も兼ねているはずだ」
「結局、問題は子供の方。ある程度覚悟のある奴も居れば、記念程度の考えで受けてる奴も居る。そう考えると、パニックになるのも出てくる」
「そうなれば大人も動く、か」
うん。
「もし大人が動かなければどうする?」
「こっちから突くと言う手があるよ。心情的に訴えれば、クオさん……試験官の人、あの人の指示をよりも判断を上に置くかもしれない」
「それでも動かなかったら」
「その時は子供の動きを、統率する必要が無くなる。それぞれが全力で動くだろうし……そうなれば、結局、大人たちはそれを『受ける』必要がある」
試す価値はあるかな。
僕がそう呟くと、ウィズとカリンは頷いた。
「ただ、その状況を作るには結構、高度な技術が要る。カナエ、お前にそれができるのか?」
「やってみないと解らない。さすがに、そういう魔法を使った事はないからね。でもまあ……」
渡来佳苗は小学生だった頃。
比較的、その訓練を楽しんでいた。
だから、ある程度の事は覚えているし……それで十分なのだ。
「やってみせるよ。僕は正面。ウィズは左、カリンは右の辺。分散してから五分たっても何も無ければ、それとなくお願い。その後、大人たちが動かなかったら突くのも。ま、他に突く子も出てくるかもしれないけど」
「オッケー。お前の策に乗るとするよ」
「オレもだ。じゃ、試験が終わったらまたそん時」
言うが早いか、ウィズとカリンは去って行く。
僕は改めて集会場を一瞥して……最後に、天井を眺めた。
うん。
まあ……できる、と思う。
魔法を発想し連想する。
そして発動の後、僕は子供たちを縦断するように移動し、一番奥の辺の際へと向かった。
丁度辺に到達したあたりで、子供たちがなんとなく騒がしくなる。
さあ。
後は、僕達の想像通りに動くか、どうか。




