36 - 問題ない程度の問題たち
試験集合日、五月三日。
首都の特別学区に足を向けると、受験者向けの案内板がいくつも出されていて、それに従い移動……。
何処を見ても大体同年代くらいの子供が居て、さすがは国に一つの国立学校、と唸らされる勢いだったけど、とりあえず受付を済まさなければ始まらない。
受験を申請した際に発行された書類によれば、僕が向かうべき受付は十一番。
案内板を頼りに数字を探す。ちらりと目に入った限り、受付は少なくとも五十五まであるらしい。
二分ほどさまよい、漸く目当ての十一番を示す看板を発見。
それに従い歩みを進めると、大通り沿いのお店のような建物に、十一番受付と掲示がされていた。
ここかな?
扉をノックしてみる。
「どうぞ」
「失礼します」
許可を貰ったので扉を開けて、中に入る。
内側は……やっぱり、お店みたいだ。商品は全部撤去されてるけど、商品棚はそのままだし。
もしかしたら平時ではお店をやってるところを、受付として使ってたりするのかな?
「今年の受験者ですね。書類をお持ちですか」
「はい」
手にしていた書類を手渡すと、受付の女性はさっと内容を確認し、名簿らしきものを開く。
数秒して、
「では、あなたの名前と誕生日を教えてください」
と確認された。
「カナエ・リバー。誕生日は三月二十八日です」
「はい。確認しました。ようこそ、国立学校へ。いくつか説明事項がありますので、よく聞いて、覚えてください」
「わかりました」
で、受付さん曰く、試験内容は大きく三つ。座学、体術、その他に分類される。
本年度の受験者数はおよそ六千人。
人数が多いので、一つの会場で全員の試験を同時に行う事が出来ない。
よって、今年は試験内容に合わせて大きく三つの集団……つまり、およそ二千人ずつの集団に、受験者を無作為に分割する。
受ける試験の内容は、座学を除いて完全に同一。座学については、不正防止のために毎回内容は変更されるが、難易度に変化は無い。
集団ごとに試験を受ける順番が異なる。試験会場を移動する形になるんだとか。ふうん、とは思うけど、順番によって有利不利が出そうだな。
「それではリバーくん。受験会場を示した地図がこれで、あなたが受験者であることを表すバッヂがこれです。バッヂは身体の何処でも構いませんから、見やすい場所につけておいてください」
「見やすい場所……、胸元とかでいいんですか?」
「構いませんよ」
じゃあそうしよう。
名札付けるみたいな感覚だな。
ちなみにバッヂは緑色の菱潟。何か意味があるのかな?
あるとしたら組み分けか。
そしてもらった地図によると……僕が向かうべき試験会場は、座学の会場らしい。
「それでは、頑張ってください。応援しています」
「ありがとうございます」
お辞儀をして店を出て、僕は周囲をぐるりと見渡す。
座学の会場は、地図によれば店を出て左側に暫く歩いたところ。
とりあえず向かう事にする。
で、ちょっと歩いたところで、お店の扉が開き、そこから一人の少女が出てきた。
その服の袖にはバッヂ、緑色の菱潟のものが付いている。受験生らしい。
向こうも僕と、僕の胸元のバッヂに気付いたようで、お辞儀をしてくれた。僕もお辞儀をして返しておく。
ゆっくりと歩きはじめると、やっぱりその少女の目的地も同じなのか、歩く方向は同じだ。
せっかくなので思い切って話しかけて見ることにした。
「こんにちは」
「こんにちは」
「僕の試験は、座学からみたいなんですけど、あなたもですか?」
「ええ。緊張しますね」
言いつつ、少女の笑みはやっぱり硬い。
ふうむ。実は僕、あんまり緊張して無いんだけど……。
ま、人それぞれか。
その後、特に話題があるわけでも無く、黙々と歩みを進めていき、無事に会場に到着。
会場は大きな建物だ。所謂学校という感じの施設である。
一階の玄関を潜ると、案内板が。受験者は上の階の指定された席に座る事、と書いてある。
指定?
と地図を改めて見れば、確かにそこには部屋番号と席の番号が書かれていた。
僕は二階の一号室、八番の席に行けばいいようだ。
少女とはここでお別れかな、とか思いつつも階段を昇り、二階、一号室を発見、そこに入ると、既に半分ほどの受験者が着席していて、部屋の中の空気が嫌に緊張していた。うーむ。
まあいいや。切り替えて八番の席を探す……っと、見つけた。廊下から二列目、前から二番目の席か。
それにしても雑談の一つも起きないとは……。
なーんか妙な空気だなあ。
まあ、テストなのだから、わいわい騒がれるのも問題か。
そしてさっきまで一緒だった少女は、案の定、違う部屋だったらしい。
やれやれ、だ。
そして待つ事十数分。既に全ての席は埋まっていた。
そんなタイミングを計ったかのように、じりりりりりり、とまるで目覚まし時計のような音がしたかと思うと、大人の男性が入って来た。
瞬間、周囲の空気がさらに張り詰める。
うわあ。やりにくいなあ。
「全員着席しているようでなによりだ。私は君達の座学試験を担当する、オムと言う。早速試験を開始するので、全員そのまま着席しているように」
名前はオムさんか。
しかし座学の試験、一体どんな形式でやるんだろう。
と思ったら、六人ほどの……子供では無いけど、少年少女が入ってきて、受験生の机の上に問題用紙と解答用紙、筆記用具を配って行った。
もしかしなくても、今のは在校生って所か。
「試験時間は最長三時間。筆記用具に不備があれば挙手する事。また、これ以上修正の余地が無いと判断した場合、自習的に試験を途中で終わらせることも可能だ。その場合も挙手し、解答用紙と問題用紙を担当者に渡す事。その後は休憩していて構わないが、発声はしない事。説明は以上。健闘を祈る」
言い終えるなり、また、じりりりりりりと音がする。
開始……と言うことのようだ。
問題用紙を開いて中身を確認。
座学と言っても複数科目が纏められているようで、だからこその三時間と言う時間設定か。
でも途中で切り上げても良いってルールは……、どうなんだろうね?
もしかして、タイムボーナスとかあるのかな。
なんて考えごとをしながら、序盤の問題は解いていく。
結局、二分ほどで一枚目終了。二枚目に突入。
問題はちょっとだけ難しくなったけど、一桁が二桁になっただけなので問題なし。後半では三桁、四桁と増えたけど、時間がかかるだけで、筆算をしておけば安全だしな。
三枚目は文章問題。色々と書いてあったけど買い物をした時のお釣りを銅貨換算で書けばいいらしい。
道具屋さんを一年弱お手伝いしていた身としては、買い物系は暗算で済んでしまうのがなんとも。
算術はこれでおしまいかな?
四枚目は……うん? シチュエーション問題?
なんだろう、と読み進めて見ると、ようするに特定のシチュエーションが提示されていて、その状況下でどのように行動するかを解答しろ、ということのようだ。
適当に思いついたままに解答しておいて、五枚目。
なんだろう、道具の名前がずらっと列挙されている。で、これらの道具を集めるためにはどのくらいの予算が必要か。但し、調達は首都で行う物とする、らしい。
相場なんて季節で替わるんだけどなあ。まあ、特に季節は指定されていないから、今と考えて試算。
お母さんのお店と比べて、首都の道具屋さんは価格的に差はほとんどなかったので、とりあえずお母さんのお店で買いそろえた場合を試算。そこからちょっとずつ調整をし、大量購入で値切れる部分も別途計算して記述。
これでよし。
六枚目は……って、無いね。もう終わりか。
まだ問題を解き始めてから十八分しか経ってないぞ。
一応見直しを二回ほどして、特に間違いはなさそうだ、と判断、挙手。
すると、用紙や筆記用具を配ってくれた年上の少年が近寄って来た。
「筆記用具が壊れたかい?」
いいえ、と首を横に振り、提出します、と解答用紙と問題用紙を纏めて手渡す。
すると、少年はちらり、と時計を見た。
「…………、」
試験が始まってから二十五分ほど経っているが、二十五分しか経っていない。
「本当に良いんだね?」
確認をされたので頷くと、少年は僕に新しい、星型のバッヂを渡してきた。
これは何だろう。
「それを、解りやすい場所に付けておいてくれ。後の時間は、休憩していて構わないけれど、声を出してはいけないよ。わかったかい?」
はい、と頷いて、星型のバッヂを菱形のバッヂの横に装着。何か意味あんのかなこれ。
ともあれ、残る二時間半ほどの時間を、僕は退屈にも過ごさなければならないようだった。
時間がかなり余るので、『集中する事に集中』でもしていよう。
苦手だけど、やらないよりかはマシだろう。




