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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 長い旅路の始まりと
35/125

35 - 宿で息抜き二週間

 三階二号室。

 どこかなー、と思ったら、そもそも三階には二部屋しか無いらしい。

 その片方と言う事もあって、部屋はかなり広かった。

 入ってすぐは廊下、左手にはトイレ、右手にはお風呂に繋がる扉があって、さらに進むと居住空間。

 ベッドは大きなものがふたつ置かれていて、その奥には大きめのテーブルに椅子が二つ。

 さらに奥は大きな窓があり、窓の傍にもテーブルと椅子が別途置かれている至れり尽くせりって感じの構造だ。

 で、一番奥の左側からはバルコニーに出ることができるようで、洗濯ものはここで干しても良いようだ。

 ホテルの一室にしては広すぎる……、泊ったこと無いけど、スイートルーム、みたいな感じなのかもしれない。

 さて、荷物はとりあえず適当な場所において、ベッドに近い方のテーブルに向かう。

 その上にはファイルがおかれていて、これが受付さんの言っていたこの宿の決まりなのだろう。

 軽く目を通してみると、洗濯についての補足があった。

 部屋の掃除とは別に、洗濯はお願いできるようだ。その場合、朝の八時までに出して居れば、午後の二時ごろには返却される、と。

 これをお願いしても良いけど、幌馬車生活で洗濯のしかたは覚えてしまった。あえて他人にお願いしたい事でもないし、自分の服くらいは自分で洗おう。

 で、水道のチェック。

 水回りは……すごいな、トイレも水洗だし、普通にあちこちに蛇口がある。

 さすがは首都……なのか?

 まあ、便利が理由で困る事は無い。

 その他の備品とかも確認して、日常生活に足りなさそうなものが無いことを確認。

 いざとなったら錬金術で作ればいい。幸い、鉄くずにはまだ在庫がある。

 しかし在庫か。

 とりあえず荷解きをして、錬金術のマテリアル関連をテーブルに並べて見る。

 賢者の石……は、ちょっと除外するにして、毒薬は七つ、薬草は十二個。鉄くずは大体三キロ分くらい、その他金属は諸々合わせて一キロほど。宝石類が無いから、指輪系のアイテムが作りにくいな。あと紐とか。このあたりはちょっと調達しておいた方が良いだろう。

 他は……特に、大丈夫かな?

 うん。

 買い物はいつ行こう。今日は……、と、室内に置かれた時計を見る。三時過ぎ。

 四時ごろにはご飯が届く、となれば今日中に買い物は無理かな。

 今日は大人しくしているとしよう。

 荷物は改めて片付けておき、ファイルを抱えて近い方のベッドに飛びこんでみる。ふかふかだ。

 今日が四月十七日。五月三日が試験の開始日、集合も三日だと書類には書いてあった。

 だから、あと二週間ほどの猶予があるわけだ。

 何かをするには短すぎるか長すぎるか、なんとも言えない時間だな……。

 ベッドに寝転がりながら案内のファイルをじっくり読み進め、禁則事項に錬金術の使用とか書いてないかな、と一応確認。大丈夫そうだ。

 ただ、大きな音を立てるのは『ご遠慮ください』の項目にあるから……、錬金術の時に出る音は、精々人が喋るのと同じくらいだ。だから大丈夫だと思う。

 なら、試験開始までの二週間は、とりあえず賢者の石の使い方でも模索してみよう。

 問題は、これを素材として全くイメージが出来ないことだけど。

 エリクシルも沢山使うし。

 ああ、そう考えるとエリクシルの素材も大量に用意しといたほうがいいな。

 いよいよ明日の買い物で、いくら使う事になるやら。

 場合によっては毒消し薬を売却する事も考えよう……。


 とんとんとん、と。

 扉がノックされる音にはっと気がついて、僕はベッドの上で身体をおこし、そのまま扉の方へと向かう。

「どうしましたか」

『お食事をお持ちしました』

 うん?

 四時ごろってお願いしなかったっけ。

 ちょっと不審に思いつつも扉を開けると、従業員さんがカートに食事を乗せてきていた。

 あ、すごくおいしそう……。

「本日のお食事です。量はこれでよろしいでしょうか?」

「はい。ありがとうございます」

「こちらこそ。食事が終わりましたら、食器類はカートに載せて、そのまま部屋の外に出しておいていただければ、回収に参ります。それでは、ごゆっくり」

 ありがとう、と手を振ると、従業員さんは深々とお辞儀をして去ってゆく。

 僕はカートを引いて室内へ運び、そのまま机に直付けして、机に配膳して、と。

 改めて時計を確認、時計の針が示していたのは、午後の四時二分だった。

 …………。

 どうやらこの二週間で何をするか考えているつもりで、うつらうつらとしていた、というか寝ていたらしい。

 旅の疲れは普通にたまっていたらしい。

 ましてや揺れない、しかも大きいベッドは久しぶりだったからな。そのせいかも。

 ま、ゆっくりと今日は休むとして、今は目の前の夕ご飯に集中しよう。

 メインは鶏肉の照り焼き、かな。良い匂いがしているし、表面はパリパリに見える。

 白いご飯が無いのは残念だけど、まあ、そこまでは望むまい。

 替わりに出てきているパスタも普通においしそうだ。

 スープは……おお、コーンポタージュっぽい。

 で、サラダも当然ついてきているのだけど、なんと温野菜だった。そして横には見なれた調味料……これはもしやマヨネーズなのでは……?

 試しにちょっと舐めて見ると、やっぱりマヨネーズっぽい。おお、なんか久々だ、自分で作ったものじゃないマヨネーズを食べたの。

 しかも照り焼きってことはしょうゆもある……?

 醤油があるならば大豆もあるはず。色々と作りたいものが出来てきた。豆腐とか。冷ややっことか湯豆腐とか、美味しいよね。

 冷めないうちに頂きます。

 食事は黙々と。

 ただ、この味は本当に、なんだか懐かしい。

 渡来佳苗にとっては食べ慣れた、そんな感じの味がする……。和食とまでは言わなくても。

 もしかしたら、和食っぽいものの材料、主となら売ってるのかな?

 明日探してみよう。

 結局、あっというまに完食。

 名残惜しみつつもカートに食器類を戻して、部屋の外へ出しておく。これであとは回収してくれる、はずだ。

 部屋の中に戻り、きちんと鍵とチェーンを掛けておく。

 今日はもう外でないし。

 戻るついでにお風呂の様子を見ておく。

 初日ということもあってとってもキレイ、まあ一応シャワーでさっと流しておいて、お湯を浴槽に張る事に。

 湯船につかるのもいつぶりだろうなあ。

 ゆっくりと湯船にお湯が張られて行くのを見ていたらなんだかもう我慢できなくなったので、服は全部脱いで適当に錬金した籠に突っ込んでおき、まだ十センチも溜まっていない浴槽に入って足を延ばす。

 お湯が徐々に徐々にと溜まって行き、どれほど経っただろう、お湯は僕の足の上まで張られた。もうこの時点で幸せだ。あったかいのはやっぱり良いね。

「あー……」

 言葉にならない安心感、というか……。

 まあ、色々な物を感じつつ、浴槽にもたれかかるようにして力を抜く。

 段々と段々とお湯はせり上がり、ふと気が付いたら胸元まで。

 のぼせるほどではないとはいえ、気をつけないとな。

 でも……うん。

 やっぱ気持ちいいね、お風呂は。

 幌馬車の旅じゃあ水浴びが限界だったからなあ……。

 ちゃぷん、ちゃぷんとお湯で遊びながら、僕は何となくそう思う。

 とはいえ、この宿の水準、他の宿とか、一般的な家から見た時どうなんだろう。

 別に他人の家にどうこうという事は無いけど、合格したら寮生活なわけで……寮の水準が高ければいいなあ。

 水準といえば、学生寮は大浴場かな?

 銭湯みたいな設備はカナエとしては見た事も無いから、あるかどうか分かんないけど。

 あったらいいなあ。

 なかったらシャワーしかないだろうし。

 まあ、一人部屋だか二人部屋だかは解らないけど、部屋にシャワーが付いてたらもうけもの程度に考えておこう……。

 ちなみに、このあたりは合格できなかった時、つまり受験に失敗したら、自宅を改造するつもりだ。

 少なくともこの宿は実現しているのだから、実家でできない道理も無い。錬金術を使えばパーツはいくらでも作れるし、なんとかなるだろう。

 いざとなったら金貨を積んで工事してもらうまでだ。

 最悪エリクシルを大量に作って売ればお金はなんとでもなりそうだし。

 そんな野望を内に秘めつつ、僕はこの日、ゆっくりと過ごした。

 そして――


 僕は、いくつかの成果を獲得しつつも、五月三日、受験の日を迎えたのだった。

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