33 - 幌馬車上の成果 ~ 材料確保
九日目。
旅の途上、僕はいつものように幌馬車の荷台の上に居た。
今日の間には錬金術で作っておきたいものがあるし、ちょっと久々の思考錯誤が必要だ。
尚、防衛魔法の方は昨晩、寝る前の段階で程度形にしておいた。
魔力は眠ることでゼロになってしまうので、もったいなかったしね。
で、錬金術で作っておきたいものというのは、爆弾……より正確には、爆弾の『材料』である。
さらに言うならば、『爆弾の材料である火薬の材料』。
なぜかといえば、それは当然、爆弾なんて物騒なものを常に持ち歩くわけにはいかないと言うのが一つ目。何かの拍子で誤爆した日には目も当てられない。
そしてそれは爆弾の材料となる火薬も同じであり、火が付いたらどうしてくれようという話である。
ここで僕が思いついた選択肢は、『火薬を何らかの方法で保護しておく』か、『火薬になる前の状態でとどめておくか』の二つ。
前者ならば、頑丈で熱をつたえないようなもの、魔法瓶……まあ、水筒のようなものが妥当だろう。けど、必要な分をいちいち小分けにする手間があるし、管理が大変な事に違いはない。
だから、火薬ですら無い状態で保持しておいて、必要な時に火薬に錬金、そしてそのまま爆弾に錬金するのが良いだろう、と結論した。
で、ここでちょっと釈明をしておくと、僕は爆弾に威力はさほど期待していない。
頑張れば威力はたぶん上げることができるのだろうけど、それは自分を巻き込むリスクを増大させるだけだ。
じゃあ何故爆弾なのか……というと、それは爆発に伴う『音』を求めているからだ。
順を追って説明しよう。
まず、何故『音』を求めているのか。
簡単だ、誘拐されそうになった時、渡来佳苗はどうしていたか?
もちろん、防犯ブザーを鳴らしていた。
僕は幸いにも、それを二回しか使った事は無い。一度は学校で配布された後にちょっとした事故が起きてなってしまったので実質ノーカンだ。
とはいえもう一回の方は真剣に怖かったし、だからブザーを鳴らした。
その時の事は今でも鮮明に覚えている。
あんまり思い出したい事でも無いので深く回想はしないけど……。
一応述べておくと、思い出したくないのは『怖かったから』ではない。真剣に怖かったけど、その恐怖は誤解に基づくものだった。
なんで思い出したくないのかは、その、なんていうのかな。こう、怖かったからとはいえ小三にもなってお漏ら……って、結局思い出しちゃってるじゃん……。
ふう。
切り替えよう。
ともあれ、防犯ブザーというものは、結構心理的にも良いと思う。
例えば悲鳴を聞いても原因を突き止めようとまでする人物はさほど居ない。むしろ関わり合いになりたくないと無視する心理もあるだろう。
一方で明らかな警告音や異常音がした時、その原因を確かめようとする人物はかなり多い。野次馬根性はいつの時代、どの場所でも有効な筈だ。
だから、爆弾を使う。
以上、釈明終わり。
威力はあまり必要ないとはいえ、いざという時は武器としても使いたいので、最低限の威力は欲しい。
その辺を踏まえて僕が使うべき火薬は何かな?
ということで、マルクさんに聞いてみた。
「何故、俺に聞くんだ……」
「いやあ。アルさんは知らなさそうだし、ジーナさんはなんかドン引きしてるし、リーグさんは教えてくれなさそうだったので……消去法ですね」
「…………」
マルクさんは大きくため息をついて僕を睨みつけてきた。
「駄目ですか?」
「……まあ、良いだろ。拒否したら命令してくるんだろう?」
「まあ、そうなりますね……」
「なら、教えておくよ。お前に恩を売って置くのも悪くない」
よかった。
「で、火薬について……だったか」
「そうです」
「火薬と呼ばれる物で主流なのは、二つ。というか、名称はそれぞれ『火薬』と『爆薬』だ」
火薬と爆薬……か。爆弾的には後者を使うべきなのかな?
「その二つの違いは?」
「衝撃があるかどうか、だな。火薬は燃える。当然だ。爆薬は燃えるが、衝撃を伴う」
なるほど。
とはいえ、何故区切られているのか……爆弾って火薬を使うんじゃないの?
でも、今の説明だと爆薬のほうを使わないと駄目だよね。
火薬は燃える……うーん、なんかの教材映像でそれは見たことがあったような……、なんだっけ……。
……あ、そうだ。思い出した。花火だ。
そう、手に持つタイプの花火は水の中でも燃えるのか、みたいな実験。結論から言えば、確か燃えていた。
そりゃそうだよな、花火の材料も火薬だし。てことは、火薬とそれを包むもので錬金してたら花火ができてた可能性が高い……?
聞いておいて正解だったようだ。土壇場で花火ができた! じゃ、ギャグにすらならないってば。
「それ、どこかで買えるんですか?」
「一応、首都にあるような大型の道具屋ならば取り扱いがないわけじゃないだろうが、購入には国の許可証が要るぞ」
ですよね。危険物だし。
どのみち作るしかないわけだ。
「じゃあ、材料とか知ってますか?」
「知ってるわけが無いだろう……」
それもそうだ。一介の騎士がそこまでを差配する必要無いし。
しかしそうなると、理科の実験とかを必死に思いだすしかない。でも理科の実験で爆薬なんて作ったこと無いよ。
教科書の隅々まで覚えてたら、どこかにヒントがあったかもしれないけど……。
黒色火薬とか、どっかで材料見たような……、でも、硫黄とか使うんだっけ? 確保が難しいか。
となると別方向から爆発物を用意する……?
うーん、手軽に手に入る爆発物なんてあったかなあ。
必死に記憶を辿ってみるけど、それっぽいものは無い。
当然と言えば当然か。そんな軽々しく爆発されては困……、いや、爆発?
殺傷力が必要ならともかく、……そして、科学のみでやらなければならないならばちょっと無理だけど、魔法や錬金術があるならば、案外できる事か?
「それはそうと、マルクさん。お水もらっても良いですか」
「ん。待ってろ」
『水蒸気爆発』。
火山とかで時折観測される現象だ。
たとえば水が高熱にさらされた時、一気に蒸発して気体になる。その体積の変動は衝撃を伴うし、音だってかなり大きなものになるだろう。
で、これを用いる場合、火薬や爆薬という危険なものを持ち歩く必要は無いし、それを作るための珍しい材料も要らない。
水があればいいのだ。
そして僕が錬金術師である以上、あるいはそうでなかったとしても、水を持ち歩く事自体はおかしなことではない。
旅人や冒険者、騎士にとっては当然のことだろうし、一般人でも持ち歩く人は居るだろう。
「お待たせさん」
「ありがとうございます」
「それで、質問はもう終わりかい?」
「そうですね……ちょっと取り扱うのは難しそうですし。諦めます」
「そうか。それが良いだろうな」
じゃあな、とマルクさんは去ってゆく。
僕はそれを見送りつつ、受け取った水を机の上に置いた。
さて、マテリアルの一つは水で確定。
必要なのはそれを一瞬で蒸発させることのできるような熱源だ。
それを形の無いもの、つまり魔法の概念をマテリアルとして利用できれば、高熱なものを持ち歩く必要も無い。
魔法としての発想は『高熱』、連想は『水が一瞬で蒸発する』『それ自体も一瞬で消える』『光を発する』……あとは何かあるかな?
特に思いつかなかったので、それで定義はするとして、問題は魔力をどの程度つかうか……、ていうか、実験をするにもまさか幌馬車の中でするわけにはいかないよな。
失敗したら大惨事だし、成功しても大惨事だし……。
夜にでも合わせて、ちょっとジーナさんたちに手伝ってもらうか。
どの程度の水でどの程度の威力になるのかも調べておきたいところだし。
「それも考えると……」
水の分量をある程度精密に制御できる仕組みが欲しい。
最低限、感覚では無くちゃんと単位で計れるような形にはしなければなるまい。
で、色々と考えた結果、カプセルを作ってみることに。
いちいち封入するのは面倒なので、最初からそう言う形のアイテムとして錬金した。
結果、大分一個当たりの水の量は減ってしまったけど……、まあ、一度に複数使えるし。
結局のところ、実験してみないとどのくらいの量を使わないといけないのか、分かんないんだよね。
なんだか夜が楽しみだ。
尚、この日の夜、僕は一時間半に亘って懇々と説教をされた。




