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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 長い旅路の始まりと
32/125

32 - 幌馬車上の修行 ~ 防衛魔法

「身を護る……しかもできれば、範囲を指定できるタイプの魔法?」

「です」

 その日の夜、夕食を準備するアルさんをしり目に、僕はジーナさんに相談してみた。

 魔法といえばとりあえずジーナさん、という感じになりつつある。まあ、他の人たち、魔法使えないわけじゃないんだろうけど、そこまで得意でもなさそうだからな……仕方ないと言うか。

「藪から棒な割には具体的ね……。そもそも、なんでそんな魔法を覚えようとしてるのかしら。それこそ、攻撃したほうが早いわよ?」

「攻撃は、咄嗟に使うと大惨事になりかねませんし。それに……」

「それに?」

「正直、爆弾を作ればいいだけなので」

「…………」

 ぴくり、とジーナさんの頬が引きつった。

 でも真理じゃない?

「そっちのほうが大惨事よ、普通に考えて」

「そりゃあ、無差別に爆弾を使えばそうなりますけど。たとえば、特定の領域に防衛魔法、と仮に呼びますけど、それを張って、その中で爆破すれば爆発の威力を内側に集中できるんじゃないかなって思いまして。筒みたいな形にして、指向性を持たせた爆風とかもアリですね」

「できればナシの方向性でお願いしたいわねそれ。……いや、実際それは、有効的な手段よ。騎士の一部がそれを使ってるもの」

 あ、実際に運用されてるのか。

 ならば話は早いな。

「そもそも、攻撃魔法の最大の弱点は魔法なの。妨害魔法や防御魔法で、ある程度防げちゃうからね。そう言う意味では、爆弾……物理的なものは、まあまあ効果があるわ」

「じゃあ、物理的なものは魔法では防げない?」

「ダメージ自体は防げるわね。ただ、衝撃や音はちょっと事情が違うわ。衝撃の方は応用に気付ければほとんど無しにできるんだけれど、音を完全に防ぐ事は難しいのよね」

 ふむ。

 音は防げない……か。地味に重要な情報かもしれない。

「光は防げるんですか?」

「光……? まあ、影を作る魔法があるくらいだし、ほとんど無視できるレベルにはできちゃうわ」

 つまり閃光弾は効果的とは限らない、と。

 作るなら音が大きいだけの爆弾だな。

 スタングレネードだっけ?

 でもあれ、中身とか知らないしな。音が鳴りそうなものをたくさん入れればいいのかな?

「まあ、そのあたりは今後研究するとします。で、防衛魔法っぽいもの、あるんですよね」

「……まあ、ある事は認めるわよ。でも、あんまり教えたくはないわ。だってあなた、それを使う意味が無いでしょう? そもそも、さっきの質問に答えてもらってないしもう一度聞くけれど、あなたは何故それを欲するのかしら」

「いやあ。考えた結果、僕って実はかなり状態としては危ういのでは? と思い立ったんですよ」

「え、今まではそう思ってなかったの?」

 うん。

 頷くと、ジーナさんは大きな大きなため息をつい居て、全身で落胆を表現してきた。

 もうちょっと容赦をしてもらいたい。まだ十二歳なのだ。

「ともあれ、馬車に居る間はジーナさんも含め、四人に護衛して貰うわけですから。多分大丈夫だと思ってます。けどその後が問題で……」

「まあ、そうね。確かに私たちの仕事は首都にあなたを送る事……まあ、私とアルは、あなたを宿に送る所までやるけれど。でも、それが済めば一度学校に報告しないといけないし……その時、必ずしもあなたの護衛を再度受けられるとは限らないか」

 というか、多分それは不可能だろう。

「新たに護衛を雇うのは?」

「考えましたけど、却下です。僕の錬金術が知られるのは、出来る限り避けたいので……」

「私やアルの紹介……も、駄目か。ははあ、それで自衛手段が欲しくなったと」

「そうです」

「理由は解ったわ。想定しているシチュエーションは……じゃあ、室内で襲撃された場合に、咄嗟に展開する形かしら?」

「たぶん」

 そうなるだろう。

「そう……」

 その上で、僕にそれを教える事は乗り気では無いらしい。

 ジーナさんはコップを一つ取ってくると、僕の前、テーブルの上に逆さに置いた。

 うん?

「簡単な説明をするとね。あなたが言っていた範囲を指定するタイプの防衛魔法は、このコップのようなものなの。内側と外側を分け隔てる結界のような、物理的・魔法的な遮断を試みる魔法ね。この魔法、確かに内側から外側だとか、外側から内側に対しては、高い効果を持つわ。でも……外側から外側、内側から内側には効果がないのよ」

「…………? まあ、そうでしょうね。壁を作るようなものなんですから、壁の内側に入りこまれたら意味がありません」

「ええ。で、この手の維持しなければならないタイプの魔法は、維持している間、継続的に魔力を消費する事になるわ。当然、維持する範囲が広ければ広いほど、その魔力は大きくなる……。あなたはもう、結構な大きさの板やボウルくらいならば簡単に作れるわね?」

 板は試したこと無いけど、ボウルなら何度かやったな。

 思いだしつつ頷くと、ジーナさんは「けどね」と念を押してきた。

「それは、何の効果も無い、ただの『器』としての魔力の固体化だったでしょう。そこに物理遮断、魔法遮断の仕組みを組み込むと、消費する魔力は跳ね上がるのよね。……だから、私が知っている防衛魔法をあなたに教えても、恐らく魔力の問題で、発動できる時間がかなり限られるわ」

 ふむ……。

「それでも覚えたいと言うなら、教えてあげる。けれど、非効率的ね。かといって、代案があるわけでもない……。そのシチュエーションならば、変に攻撃魔法を覚えるよりかは、防御系の魔法のほうが役立つでしょうし」

「覚えさせてください。覚えておいて困る事は無いですから」

「それもそうね」

 ジーナさんは頷くと、コップを叩いた。

「発想は、そうね。やっぱりこう言う、コップを最初は思い浮かべるのが良いわ。自分がそのコップの中に居る。そしてコップは何よりも硬く、何よりも柔らかい。そうイメージしなさい」

「硬くて柔らかい……」

 なんだろう、その矛盾してる感じの状況は。

「『矛盾真理』と言ってね。相反する状態を同時に一つの魔法に連想する事で、その魔法の効果を大幅に変えることが出来たりするの。で、『何よりも硬く、何よりも柔らかい』と言う連想は、物理的な防御力と魔法的な防御力を飛躍的に上昇させるの。だから、まずはそうイメージして、やってみて」

「わかりました」

 ふうん。

 錬金術にも同別の法則みたいなのがあるからな、その魔法版とでも受け取って置くか。

 それはさておき、コップを思い浮かべる。

 正確にはコップの形の見えない壁……いや、別に見えても良いな。とりあえず壁だ。

 あんまり大きくても困るから、僕とジーナさんをギリギリ捉える程度の距離で、かつ既に何かがある場所には壁が展開されないイメージ。馬車が輪切りになったら困る。

 それは何よりも硬く……ダイヤモンドとか?

 同時に何よりも柔らかい……ゴムみたいな?

 ダイヤとゴムって、何だろうな。よくわからない組み合わせだ。

 魔力の消費はどのくらいかな……とりあえず最初だから、現時点で僕が持っている魔力を改めて確認。

 多分、三十六平方キロメートルくらいだ。

 とりあえず四キロ平方メートルくらいの紙を消費するイメージで発動するかな?

 切り取って……魔力が消費される感覚がする。

 直後、スッ、と、周囲に何かが顕れていた。

 それは透明だけど、完全な無色透明では無く、少し茶色がかっているように見える。

 ゴム……の印象のせいかな。輪ゴムの色をすっごく薄くしたというか、麦茶のパックをボトルに入れた直後みたいな、そんな色だ。

「発動は、できた……かな」

「…………。いや、普通、発想と連想のヒントがあったとしても、そう簡単に発動できるものじゃないんだけどね……。全く、あなたは本当に才能の塊ね。しかもこれ、ちゃんと『矛盾真理』として成立してるし」

 こんこん、とジーナさんは現れた壁を叩いて言う。

「アルー、ちょっと全力でこれ壊してみて」

「ん? 今じゃないと駄目か?」

「ええ」

「了解」

 え? 壊すの?

 今作ったばかりなのに?

 って、なんかジーナさんも両手に光の球を出してるけど、何する気?

 もしかしてそれ、壁にぶつけるとかしないよね?

 と思ったら、普通に壁にぶつけていた。

 そしてアルさんは剣で普通に壁に斬りかかっていた。

 うわあ。これは壊れるだろ。

 と思ったら、外側からはガギン、内側からはバスンと音がして、壁に変化は無い。

「うん。やっぱり完璧に発動してるわ、これ。……おかしいわね、私がこれを習得するのには一ヶ月掛かったのだけど」

「ジーナさんのアドバイスが解り易かったからですよ。ありがとうございます」

「ええ。…………。ところで、カナエくん。もう一つ聞きたいのだけれど」

「なんですか?」

「えっと、これ、展開している間に魔力を消費し続ける筈なんだけど、あなたの感覚ではどのくらいの頻度で、どのくらいずつ消費されてるのかしら?」

「あ。ちょっと待ってくださいね。……えっと」

 魔力に集中してみる。

 えーと……………………。

「六秒に一回、四平方メートルくらい……かな? 僕の感覚は以前もお伝えしたと思いますけど、大きな紙の面積です」

「そういえばそう言ってたわね。……ならば、いい事を教えてあげる。この手の維持コストがかかる魔法の起動に必要な最低限の魔力量は、一分あたりに消費する魔力の総量よ。あなたの場合は六秒に一回、四平方メートルと言ったわね。だから、その十倍。四十平方メートルで発動できるわ。もちろん、それはこのサイズなら、という事よ。範囲を広げればその分だけ、飛躍的に魔力の消費は増えるからそのつもりで」

「わかりました」

「……ちなみに、感覚で良いわ。これ、あとどのくらい展開続けられそうなの?」

「えっと……ちょっと計算が大変なので、紙とペンを……」

 仕方ないわね、とジーナさんは僕に紙とペンを渡してくれた。

 ので、計算式を描いて行く。今、僕が持っている間六両は32平方キロメートルから、維持コストを支払った分。

 発動してからもう三十秒は立ってるから、えーと、五回支払ったのか。4平方メートル、掛ける5だから20平方メートル。

 32平方キロメートルから20平方メートルを引いて、残るのは……31.980平方キロメートルと。

 となると、十三時間くらいか……?

「魔力だけで言うと、半日くらいですか」

「ふむ……。今、あなた、さらっと重要な事言ったの、気付いた?」

 うん?

 半日という期限……か?

「いえ、『魔力だけで言うと』、の点よ。その通り、実にその通りだわ。案外『あれ? 魔力の消費はそんなに激しくないかな?』とか、そう思ったでしょう」

「それは……まあ」

 確かに思った。言われてた感じだと、すぐに消えると思ったし。でも実際には半日も持つ。

「答えはね、これよ」

 と。

 ジーナさんは手のひらに黒いボールを産みだし、それを壁にぶつけて言う。

 その壁に黒いボールがぶつかった瞬間、魔力が強烈に消費される感覚。

 うわ、何、これ……。

 一気に数平方キロくらいの魔力が持ってかれたぞ。

「今、魔力を消費したでしょ? あなたは察しが良いから、もう解ったかもしれないけれど。防衛魔法は一定以上の負荷を受けると破壊される事があるわ。ただその時、魔力が十分に残っているならば、その魔力を追加のコストとすることで破壊を免れることができるの」

 なるほど。ありがたいけど、強制となると迷惑な効果だな。

「その機能は消せないんですか?」

「可能よ。『連動を不要』と発動する時に連想しておけば、それでいい。……本当に、あなたは頭が回るわね。というか、まさかあなたが目指してる防衛魔法の使い方って……」

 僕は、曖昧に笑う事で解答とするのだった。

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