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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 長い旅路の始まりと
30/125

30 - 幌馬車上の危機 ~ 壊れた橋

 幌馬車の旅は尚も続く。

 途中、トイレ休憩を挟んだりして、まあ、大きい方はかなり抵抗があったけど、まさかしないわけにもいかないわけで。

 変に我慢してお腹壊すのも問題だ。

 と、言い聞かせてなんとか済ませた。

 結局、旅を始めて以来、野外でも四回ほどトイレには向かったんだけど、未だに慣れとは程遠い。

 やっぱり野外でするのはちょっと……。

 あんまり慣れたい事でも無いので、町で済ませられる時は町で済ませることにしよう。

 そんなこんなで旅は三日目。

 お昼ご飯を食べた後の移動で、川のせせらぎが聞こえてきたと思ったら、幌馬車の移動が止まった。

 はて?

「これは……参ったな」

 外からはそんな、御者さんの声が。

 何かトラブルだろうか。

 幌馬車の荷台から顔を出してみると、護衛の皆もそれぞれに腕を組んだりして困り顔だ。

「どうしたんですか?」

「ああ……ちょっと、大きめのトラブルが発生だ。ほら、そっちを見てごらん」

 リーグさんに言われるがままに、視線を馬車の進行方向へ。馬車しか見えない。当然だ。

 仕方が無いので幌馬車を降りて少し横に移動し、進行方向を確認する。

 そこにはそこそこ大きな川があった。

 なるほど、川のせせらぎが聞こえるのも納得である。

 ただ……。

「……橋が、無い?」

 うん、と御者さんが頷いた。

 一応ここは街道だから、橋があるはずなんだけど……その橋が、目の前には無い。

 ちなみに川の幅は、大体五十メートルくらい。そこそこの大型で、川の流れからして下流かそうでなくとも中流だろうけれど、深さはそこそこはありそうだ。

 人間なら、それでもまあ、ずぶぬれを覚悟で渡れない事はないだろうけど、馬車はちょっと無理っぽい。

「迂回をする……しか、無いかな。大幅なロスにはなるが……」

「一応、ルートはあるんですか?」

「ああ。この橋が駄目でも、最悪、上流方向に一日ほど行けば、馬車でも通行可能な橋はある」

 行きと帰りで合わせて二日のロスか。確かに大幅だ。

 魔法でどうにか、

「先んじて言っておくけれどね。カナエくん。魔法じゃちょっと厳しいわよ。目算で五十五メートルくらいの距離で、馬車が通れる幅と強度を持った物を作って、それを維持するのはかなりしんどいわ。無理とまでは言わないけど、結局、魔力を溜めるのに二日がかりになるでしょうし……」

 出来ないらしい。

 うーん、そんなに消費大きいかな? 魔法。

 まあ、魔法については僕も詳しいわけではない。ジーナさんのほうが正しいのだろう。

「ちなみに、迂回ルートはその一つだけなんですか?」

「そうだな……一応、下流方面にも橋はあったはずだが。何でだい?」

「いえ。ここの橋がなんでなくなってるのか……を考えた時、ほら」

 そこ、と僕が指を指したのは、川沿いの岩の塊だ。

 というか、岩の塊にしか見えないけれど、一応人工物っぽい。

 確かにここに橋は架かっていたのだろう。ただ、流されただけで。

「同じように、上流の橋も落されてる可能性が無いのかなって」

「……ふむ。まあ、無きしにもあらず……かな。それをいうなら、下流方面も怪しい」

 要するに、どっちにしても駄目かもしれないというわけで。

 それでは時間ばかり浪費することになるので、ちょっとな。

「ジーナさん、確認です。魔法で橋を掛けるには、二日かかる?」

「ええ。二日掛けて魔力を溜めて、五分維持できるかどうかよ」

 五分あればわたる事は出来るだろうけど、その前後でジーナさんの疲労が凄い事になるな。

 となれば、別の方法を取るべきだ。

 どっちがローコストかな?

 うーん。

「船を探すってのは、どうなんですか?」

「船……は、厳しいだろうな。確かに川はそこそこ深いが、船を通せるほどの深さも無い。いちばん深いところでも一メートルには届かないだろう」

「それもそうか」

 土台無理な話、と。

 ならばもう一つの方を取るしかあるまい。

「じゃあ、橋を作りますか」

「…………」

 僕の結論に、何言ってんだこのガキは、という視線が集中した。

 御者さん掛ける二人、足す護衛四人の六人から一斉に。

 いやね?

「だって、上流に行っても下流に行っても、どうせ二日ロスるんでしょう。その上で橋がかならずしもあるとは限らない。ならば、橋なんて最初からなかったと諦めて、目の前に橋を掛けたほうが早いです」

「その理屈はいくらなんでも無理があるぞ。まあ、騎士として最低限、小さなものならば簡易で作れるが……さすがに五十メートルを超えるような橋は、二日では出来ん」

 マルクさんはそう指摘する。ていうか騎士って橋作りもやるんだ。大変そうだな。

「なにも、恒常的に使えるものを用意する必要はないでしょう。そんなのは国にでもやらせればいいんです。僕たちはとりあえず、僕達が通れればそれで良い」

「…………? いや、だから、そういう簡易的なものだって無理だと言ったのだが」

「まあまあ。幸い、この道の周りには材料が多いですからね……」

 ちらり、と周囲を見る。

 森とまでは言わないけれど、そこそこ豊富な、背の高い木々。

「そうですね。そこの木……と、同じくらいの大きさの木を、六本ほど切り倒してください」

「木を? イカダでも作る気か?」

「まさか。イカダなんて危ないですよ。あ、木は枝とか葉っぱはどうでも良いですけど、ひとまとめにしてください。可能なら出来るだけ川沿いに置いてくれると助かります」

「…………。まあ、他ならぬ依頼人であるカナエくん、君の命令であるならば、それをしても良いが。あまり意味はないと思うぞ?」

「お願いします」

 僕がやれ、と命ずると、やれやれ、といった様子を隠さずに四人が相談を始める。

 結局、木は魔法で伐採し、伐採し終えたものを三人が運ぶ……という形に落ち着いたようだ。

 木の伐採に使っている魔法は、何だろう。すごい鋭利な刃なのか、問答無用で木を根本で切断していた。

 刃は見えなかったから、風とか音とか、そういうものを圧縮したのかもしれない。攻撃魔法系列だろうな。

 伐採自体はすぐに終わり、移動にちょっと手間取って、それでもたったの二十分。

「仕事は完了。で、どうするんだ?」

 マルクさんの問いかけに、僕は川沿いに近づいた。

 木材の量は……まあ、このくらいあれば足りるだろう。

 川の水面は、せせらぎは聞こえるとはいえ、基本的には緩やかだし、こっちも問題はない。

 水面と地面の高さに差は殆ど無いから、そこの調整は楽で済みそうだ。

「材料は……大丈夫として」

 あとは、『鍋』――『器』。

 材料をマテリアルとして認識するための、錬金術師にとって何よりも大切なもの。

 こればっかりは魔法で作るしかない。

 どのくらい魔力を持って行かれるかな……まあ、今日は起きてから錬金術を十五回ほどやっているから、足りない事はないだろう。

「……は?」

 背後から気の抜ける声がした。無視。

 とりあえず、大きな大きな『布』のような『器』を魔法で作りだす。

 そこにマテリアルとして、『木』と『川の水』と、『水を氷にする魔法』を突っ込んで、錬金。

 ふぃんっ。

 と、音がした瞬間、目の前には透き通った橋が出来ていた。

 魔力は言うほど消費しないようだ。

「さてと。にわか作りで、しかも氷製なので、十分くらいしかまともには使えません。さっさと渡ってください」

「いや……え? なんで橋ができてるの?」

「早くしないと溶けますよ」

「解け……」

 基本的には氷、で作っている。

 ただ、滑りそうだったので、床変わりに板材が必要だったのだ。

 そこで木を用意して貰ったと言うわけ。

 僕が氷の橋を渡り始めると、『依頼人』である僕をそのまま一人で行かせるわけにもいかないと判断したのだろう、おっかなびっくり護衛の四人が付いてくる。

「大丈夫ですよ、馬車も。氷とはいえ、かなり分厚く作ってますし、柱も通してありますから」

「…………」

 御者さんたちも覚悟を決めたようで、幌馬車を動かし僕の後を追うように馬車を動かす。

 二分ほど掛けて、無事渡ることに成功。これでよしと。

「さてと。橋も渡れたことだし、僕はまた荷台に……」

「いや、待って頂戴。えっと、説明を求めるわ。この橋、何で作ったの?」

 あれ?

 さっき言わなかったっけ。

「皆さんに集めてもらった木と、川の水、あとは水を氷にする魔法ですね。滑るのが嫌だったから、板を敷く感じで木が必要だったんです。それと、強度を確保するための柱としても」

「えっと……そうじゃなくて、どんな技術で作ったのかしら? 魔法?」

「ああ。いえ、魔法も確かに使いましたけど、メインは錬金術ですよ。ほら、布みたいの作ったでしょ? あれを錬金鍋の代わりにして、材料を認識して、錬金したんです」

「……錬金科の生徒が今の光景を見たら、あれだな。自主退学するな、これは」

「……そうねえ。もっとも、この事態を説明しても、信じてもらえないでしょうけど」

 え?

 なんか不穏な事をアルさんとジーナさんが呟いている。

「あの。僕、変なことしましたか?」

「そうだな。とりあえず、あれだ。カナエくん。君、実は何百歳にもなる錬金術師が正体とか、そういう裏事情は無いよね?」

「ありません」

 渡来佳苗としての記憶は断片的にあるけど、そう言う意味ではないだろうし。

 大体、渡来佳苗としての僕だって錬金術には驚かされているのだ。

「となると、さすがはサシェ・リバーの息子と言う事か……」

 そしてそう納得されると、いよいよお母さんが何者なのか解らなくなってくる。

「……お母さんって、そんな納得がされる程度にはおかしいんですか?」

「いや……、どうなんだろうね。おかしいと言うか、彼女は珍しい錬金術師だからな」

 とは、リーグさん。

 珍しい錬金術師……?

「君はそれも知らないか。……知っておくべきだろうな。君が国立学校を目指すと言うならば」

「そうですか……。長くなりますか?」

「多少は」

「ならば、幌馬車の荷台で聞きます。ちゃんと覚えたいですし」

 ちらり、とリーグさんは周囲に視線を向けると、他の護衛さん達が頷いた。

 ふむ。それほどまでに重要な事ってことか。

 聞いておいて損はないだろう。

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