03 - 錬金術とは足し算であるらしい
誕生日の翌日。
普段通りにベッドの上で目を覚ました僕は、そのまま鏡の前に向かう。
そしてそこに映っている自分を見る……カナエ・リバー、今日も寝癖がなかなかに爆発している。
髪が短いからかなあ。ちょっとだけ伸ばそうかなあ……。
まあそれはさておき、僕の中にある渡来佳苗という記憶も、まだ残ったままだった。
実はカナエ・リバーというこの身体が、この記憶が夢の中で、目を覚ませば渡来佳苗になってたり、あるいは逆に渡来佳苗というのが夢で、よくある妄想なのではないかとか、そんな事を考えていたんだけど……。
無いな。
どっちの記憶もしっかりし過ぎている。
だから、僕は多分、カナエ・リバーであり、同時に渡来佳苗なのだ。
考えたって仕方が無いし、誰に相談するにしても、頭が大丈夫かどうかを確認されるだけな気もする。
「はあ……」
渡来佳苗としての記憶は、中学校の入学式を終えたところまでしかない。その後すぐに何かがあったのか、あるいは普通に大人になっていて、その後カナエ・リバーとして生まれ変わっているのか……。よく分かんないなあ。
でも、生まれ変わりなんてあるものかな?
そりゃあ輪廻転生の概念は知ってるけども。
考えても仕方ない。とりあえず、僕はカナエ・リバーでもあるのだ。だから、とりあえずはカナエ・リバーとして、生活をしていくしかない。
決心の後に僕は一階へと降りて、朝御飯を食べた。
その後、今日は早速、錬金術を教わることになったので、お母さんの仕事場へと向かうのだった。
お母さんの仕事場、道具屋さんは、家から徒歩二分、大通りに面した入口のあるお店だ。
まだ開店前なので、裏口から入ると、そこには雑多な道具が置かれていて、奥にはキッチンもあった。
店のすぐ横には井戸もあるし、軽食くらいならばここで作れそうだ。
反対側にはトイレ。少し離れた所にはお風呂もあった。お風呂と言っても浴槽はなく、水浴び場なんだけども。
ベッドを置けば、普通に生活もできるかもしれない環境だ。
で、雑多な道具がおかれている方の部屋の窓際には、大きなかまど……いや、鍋かな?
ともあれ、大きな何かが置かれている。中身は空っぽみたいだ。
「お母さん、アレは何?」
「うん? ああ、この部屋に置いてあるのは基本的に、全部が錬金術の道具よ」
へえ。
……理科の実験というより、なんか魔法っぽい感じの錬金術か。
僕にもできるようになったらいいなあ。
「そうね。簡単に説明するから、そこの椅子に座りなさい」
「はい」
なんだかお母さんに対する返事というより、先生に対する返事みたいになってしまった。
あながち間違いでも無いか。
「まず、錬金術とは何か、だけれども。基本は『マテリアルの足し算』よ」
「まてりある?」
って……なんだっけ?
「ええ。マテリアル……そうね、概念的には少し違ってしまうのだけど、ここは解りやすさを重視しましょうか。食パンとジャムを想い浮かべて頂戴」
「食パンとジャム……」
朝御飯だな。
「その食パンとジャムは、それぞれマテリアルよ。で、錬金術は、それを足し算するの。つまり、食パンにジャムを足し算」
「ジャムパンだ!」
「そう。それが錬金術の基本になるわ」
うん?
「じゃあ、『何か』と『何か』を足し算して、別の『何か』にする……ってこと?」
「そう。その『何か』というのが、マテリアルよ」
ふむ。確かにちょっと比喩がズレてるのかも。
「水に薬草を足し算して、傷薬のポーションに。薬草に毒薬を足し算して、毒消し薬。そういう解りやすいモノを、まずは作れるようにしましょうか」
「……解りにくいやつだと、どういうのがあるの?」
「そうねえ。鉄と革と布を足し算して鎧を作ったり、魔法使いにお願いして魔法を使ってもらって、その魔法と鎧を混ぜて魔法加工した鎧にしたり」
「へ?」
「錬金術を使えば、大概のものを作ることが出来るわ。材料さえあればだけれど。それと、よほど腕が良くないと、錬金術師が作る鎧や武器は、本職……鍛冶師が作ったものと比べて、かなり脆いわね」
いや……え?
なんで?
「し、質問しても良い?」
「どうぞ。何かしら?」
「いや。なんで、鉄と革と布を足して、鎧ができるの?」
「なんでって……、だって、鎧は鉄と革と布で作るでしょう? ああ、なにも鉄じゃないと駄目ってわけじゃないわ。たとえば鉛とかでも行けるわね。木材……もまあ、不可能じゃない。逆に布と革だけで作ったりもできるし、布と布を足して洋服も作れるわ」
えっと……。
「錬金術ってすごい便利なんだね……」
「解ってくれたようね。ただ、実際に鎧とかの複雑なものを作れる錬金術師は殆ど居ないわ」
「お母さんには作れる?」
一応聞くと、お母さんは首を横に振った。
「無理。私の師匠、先生にあたる人が作れるし、私もあと数十年したら作れるようになるかもしれないわ。でも、まだ無理ね」
ふうん……。
便利だけど難しいってことか。
ゲームに出てくるような文言だと、『それを作るにはレベルが足りません』みたいな感じだと把握しておこう。
「で、その錬金術の使い方なのだけれど。一番最初は、そこに置いてあるような錬金鍋を使うのが一般的ね」
と、指で示されたのはあの大きな鍋。
錬金鍋と言うらしい。
……一番最初とか一般的って、どういう事だろう。
「錬金鍋じゃなくても、錬金術は使えるの?」
「ええ。錬金術というのは、さっきも言った通り、『マテリアルの足し算』なの。マテリアルをマテリアルとして認識して、足し算のイメージができれば、別に何でもいいわ。袋とかを使っている人も居るわね」
ふうむ……。
「但し、注意する点があるわ。錬金術はマテリアルの足し算だけど、とりあえず適当に足せば何かが出来るわけじゃないって点ね」
「どういう事?」
「作るものを想像できていない場合は作れないと言う事よ。だから、やみくもに薬草と毒薬を鍋に入れても、何も起きない。これから錬金術を使うぞーって意識して、材料として薬草と毒薬を鍋に入れて、完成品として毒消し薬を想像できていれば、とりあえず毒消し薬が出来るわ」
とりあえず……?
僕の疑問を即座に理解してくれたようで、お母さんは更に補足してくれた。
「そう。品質や細部が異なる事が多いの。毒消し薬と一言で言っても、弱い毒を緩和する事しかできないようなものがほとんどよ。腕のいい錬金術師だと、ある程度の毒を解毒できる薬が作れて、世界でも最高位の錬金術師だと万病を癒す毒消し薬さえ作れると言われているわ」
「品質をあげたり、細かいところをきちんとするにはどうすればいいの?」
「マテリアルを工夫するのよ。マテリアルの品質や比率、数とか種類とか。色々な組み合わせを試して、より正しい比率を見つけていくわけね」
……なるほど、これは結構、あれだな。
「錬金術ってすごい便利……だって思ったけど、何でも作れる状態になるには、すごい大変ってことだよね」
「呑み込みが早いわね。その通りよ。だから、最初は比較的簡単な毒消し薬を作りましょう。目安は……そうね、それの材料にする毒薬を解毒できるようなくらいの効果が良いわね」
「うん。……でも、もう一つ質問」
「ええ、何でも聞いて頂戴、カナエ」
「お母さんも最初は毒消し薬を作ったの?」
その通り、とお母さんは嬉しそうに頷いた。
まあ、そうだよな。自分がどうやって覚えたのか、それを下敷きにして僕に教えてくれると言う事なのだろう。
「私はその最初の一歩、毒消し薬を完成させるまでに一週間かけたわ。だからカナエ、あなたも一週間くらいかかるものだと思って、少しずつ試してみなさい」
「はい!」
良い返事ね、とお母さんは言って、僕に大量の毒薬と薬草をくれた。
「それと、これが予備の毒消し薬よ。これと同品質くらいが作れたらもう文句なしって感じのお手本ね」
「お手本、あるんだ」
「そりゃあそうよ。完成品が想像できなきゃ、何も作れないもの。それに材料とは言え毒薬を使うわけだから、万が一の時はそれを使って解毒しなさい」
それもそうか。僕が毒に掛かる可能性もあるんだもんな。
「……でもさ、お母さん」
「何?」
「えっと、錬金術を使うぞーって、どんな感じで思えばいいの? 鍋に入れるだけじゃダメ、なんだよね」
「そうね。……私の時はどうやったんだっけ?」
いや、それを僕に聞かれても。
「まあ。とりあえず感覚でやってみなさい。適当に、できたらラッキーくらいの勢いで」
「……そんな適当でいいの?」
だって他に手が無いし。
お母さんは目をそらして小さくつぶやいた。
酷いスパルタ教育だ。