28 - 幌馬車上の相談 ~ 賢者の石
幌馬車はゆく。
いや……、まあ、客だから仕方ないんだけど、すごい暇だ。
昨日は不貞寝したけど、そうそう寝てばかりというのも無理な話だしさあ……。
錬金術をしようにも材料そんなにストックないし。
大体、錬金術って準備さえ整えば一瞬で終わるから、時間つぶしにするには向いてないんだよね。
これなら外を並走して体力作りとか……?
うーむ、でもそうすると護衛さんたちが大変か。やれやれだ。
はあ。
やることが無い。
暇と言うのはこうもどうしようもないのか。
なんて嘆きながら、僕はベッドにこてんと転がる。
どうしようかなあ。
「カナエくん、ちょっと良い?」
と。
幌馬車の外から声を掛けられた。
この声は、間違いなくジーナさんだ。
「構いませんよ。どうしましたか?」
扉代わりの幕を払って招き入れると、ジーナさんはちらりと周りに視線を向けた。僕からは見えない位置だけど、誰かに許可を取ったってところだろうか?
で、幌馬車の荷台に乗ってくると、遠慮がちに僕に何かを言いかけた。
とりあえず椅子を勧めると、困ったように笑ってジーナさんは座る。
「ごめんなさい、突然押しかけて」
「いえ。すごい暇だったので……。どうかしましたか?」
こくり、とジーナさんは頷いた。僕に用事……?
また、珍しいな。
「実は、錬金術について少し教えてもらいたい事があるのよ」
「錬金術について……ですか。技術的には僕もまだまだ修行中、他人に教えられるほどではないんですけど……。それとも、知識的なものとして、何かが知りたい、とかですか?」
「後者……が近いかしら。えっと、あなたは『賢者の石』を知っているかしら?」
賢者の石?
お母さんが言ってたような記憶はあるな。確か……。
「錬金術師が自ずと目標とする、最初の通過点としてのマテリアル……でしたか。それが?」
「現物を見た事、ある?」
いいえ、と僕は首を横に振る。
お店にはおいてなかったし。
「ただ、お母さんは作った事がある……みたいなことを言ってましたね」
「そう……。じゃあ、これは質問なのだけれど、現物があればあなたにも作れるかしら?」
「…………」
それはどうだろうなあ……。
「ものによる、としか……。僕もそこまで詳しいわけじゃないですから、何が材料なのかまるで想像がつかないことも多いですし。直感次第ですね」
「試してみる価値はあるか……」
「…………?」
まさか、現物を持ってるのかな、ジーナさん。
なんて思っていると、ことり、と机の上にそれがおかれた。
それは青い石である。
透き通るような青色の……宝石のような石、なんだけど……。
「これが、『賢者の石』……よ。品質はそこそこ高めらしいけれど、専門的な知識が無いから、なんとも言い難いわね」
「どこで手に入れたんですか?」
「依頼の報酬よ」
なるほど。
「触ってもいいですか?」
「ええ」
お許しももらったので、手にとって確かめて見る。
うん……やっぱり、これは宝石のように見えるけど、宝石では無い。
まず質感はプラスチックかビニールみたいな感じだ。ガラスですらない。
で、内側の透き通るような青色は、これを揺らすと色も揺らぐ。
ただ、外面が柔らかいかと言うとそれは違って、きちんと石のようにしっかりとした固体である。力を入れても揺るぐ事は無いだろう。単に質感が石っぽくないというだけだ。
だからイメージ的には、透明な石の内側に青い液体が満たされていて、ただその青い液体は濃度が一定ではなく、透明な石の表面にビニールでコーティングした……感じ。
色から連想するのはエリクシル……、うん、少なくともマテリアルにエリクシルは要求されるだろう。
問題はそれをどうやって固体化しているかだ。いちばん外側だけを硬質化する感じかな?
で、エリクシル以外のマテリアルは何だろう。一定の濃度では無い青、だから、エリクシルの品質違いを使うのはありそうだし……、けど、それなら普通に混ざってしまうはずだ。
それが混ざらなくなるような仕掛けがされている、あるいはそういうマテリアルが使われている。分断する、結合させない、そういった意味合いかな……。
分離、分断、そのあたりの性質をもつマテリアル……うーん、何だろう。やっぱり水と油?
「どうかしら、それ、作れそう?」
「んー。どうでしょうね。材料が解れば問題は無いんですけど、さすがに情報が少なすぎる……」
とはいえ、お母さんが作れたのだ。
お母さんは回復系のアイテムを作るのが得意だけど、破壊系のアイテムは大の苦手……だから、その手のアイテムは使われていないはず。
もっとも、それはお母さんが完全に自作した場合で、材料を他人から仕入れてれば話は別だから、確実にとは言えないけど……でもまあ、見た感じ、主材料はエリクシルだろう。
「でも、僕がこれと同じものを作れたとして、それをどうするつもりなんですか?」
「正確には、それの価値が知りたい……って感じね。さっきも言ったけど、これは報酬として貰ったものよ。金貨の代わりとしてね。だから、それ相応の額面が付けばいいんだけど、どの店にもって行っても買い取ってくれなかったのよ」
まあ、賢者の石などというマテリアルを使うのは錬金術師くらいだろうし、それを使える錬金術師はたぶん、賢者の石を自分で作れるのが大半だろう。
そう考えると、そりゃ買い取りにはリスクのほうが大きく感じても仕方が無い。お母さんのお店なら、とりあえず買い取ったとは思うけどね。
「ジーナさんはこれにいくらくらいの価値があると考えてるんですか?」
「未知数ね。ただ、それに金貨四千七百枚の価値があれば納得するわ」
具体的な数字が出てきた。
「なら、僕のお母さんに売りつければよかったのに」
「え? 買い取ってくれるかしら? 道具屋さんでしょう?」
「道具屋さんですけど、それ以前に錬金術師ですし。……たしか、過去の買い取り表に二個か三個か、記録はありましたよ。現物はお店になかったので、お母さんが使ったんだと思います」
「あちゃあ。灯台下暗しね……」
結構ジーナさんも抜けているところがあるようだ。
「ちなみに、なんで僕がこれを作れることで、価値が計れると踏んだんですか?」
「あなたが作れるならば、あなたにはそれの材料が解ると言う事よ。材料が解れば、最低限、どのくらいの価値があるのかはわかる。そうじゃない?」
「錬金術については、必ずしもそうとはいえませんよ。材料の方が高くて、完成品は安いものもあります」
「あ、そうなんだ」
まあ、大抵はちゃんと完成品のほうが高いけど……ね。
「そうですね……でも、僕が今想像してる材料を使うならば、金貨四千七百枚は余裕で超える価値を持ってるとは思います。今度暇な時にでもお母さんに売りつければいいんじゃないですか?」
「そうね。そうするわ。邪魔したわね」
「いえ。むしろこちらこそ、ありがとうございます。貴重なものを見せていただきました」
「あはは。見るだけじゃ減らないし、構わないわよ」
冗談めかしてジーナさんは言うと、賢者の石を改めてしまい、じゃあね、と馬車を降りると、自然に扉を閉めて行った。お行儀が良いというか、なんというか。
さて……と。
僕は持ちこんでいた荷物から、いくつかの材料を取り出して行く。
とりあえず、さっき見たものを覚えている間に、何度かトライしてみないとね。
幸い、エリクシルにはいくつか手持ちがあるし……あとは硬質化と分断、分離をどうするかだ。
硬質化……まあ、とりあえずはガラスでいっか。ポーションの、特に品質の低いものの中身を魔法で作ったボウルに流すことでガラスの容器を確保。
問題は分断、分離を象徴するマテリアル。油。油かなあ。
でも、油って水とは相成れないけど、料理的には味を繋ぎ合わせる感じもあるから……。
思いつかないので、とりあえず無し。
錬金用の鍋……も持ってきてなかったので、魔法で鍋を作って代用。
推定七級品のエリクシル、足す、推定三級品のエリクシル、足す、空き瓶で錬金、ふぁん。
完成品は……と。
「……んー」
残念ながら、出来上がったのはエリクシルだった。
まあ、そうなるよな。ポーション足すポーションはポーションみたいな。
品質は見た感じの色の濃さからして、推定五級品くらいだろうか?
ものすごく無難な感じの完成品だけど、結果的には大損だよね……。
やっぱり分離系のマテリアルが無いと駄目か。
闇雲にやると損ばっかりしそうだし。
せめてエリクシルの材料が安定して購入できる状況じゃないと。
「…………」
で、空き容器を用意するためにボウルに移した七級品のポーションをどうしてくれようか。
使い道に困るんだよなあ。こう言うの。
かといって捨てるのも勿体ないし……。
適当な器になりそうなものないかなー。あんまりマテリアル用の道具はもってきてない……、いや、まてよ。
器を作る魔法をマテリアルとして認識して、それで錬金すればいいんじゃない?
と言うわけで、ふぃんっ。
無事に完……、いや、大分想像と違うのが出来たぞ。
「……なにこれ?」
完成品は……粉、だろうか?
砂のようにも見える。一応、瓶詰めはされているけれど……。
そういえば、錬金術を覚えた直後くらいにも、こんな感じの粉を作った事があったっけ。
あの時はお母さんに聞いて、毒性も薬性もないとか言ってたな。
これもあれと同じかな?
いや、微妙に違うか……?
あの時もそうだったけど、こう言う『想像している完成品とはかけ離れたもの』って、でもなんで成立するんだろう。
錬金術って失敗あるのかな?
で、これが失敗した時の代物とか。
いやでも、そうならばお母さんが知らないわけがないし……。
そして、この粉が完成品なのだとしたら。
一体、これは何なのだろう?




