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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第二章 長い旅路の始まりと
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27 - 幌馬車上の作法 ~ 生理現象

 改めてここで護衛として付いている四人について。

 アルさんとジーナさんについては改めて考えるまでも無い。

 残る二人の内、さっきご飯を作ってくれた騎士さんがリーグさん。

 今年で五十一歳になるそうだ。騎士としての階級はかなり上の方で、今回はアルさんとジーナさんが同行するということで、その監査役も兼ねているらしい。

 もう一人の若い騎士さんがマルクさん。こちらは今年で二十二歳だそうだ。

 十八歳で騎士になり、今年で四年目。その経歴に派手なものはないけれど、堅実に様々な依頼を成功させている実力派である。

 ちなみにマルクさんは剣と盾を使うタイプで、リーグさんの武器は槍なんだけど、弓も背負っている。万能型なのかもしれない。

 以上。

 さて、食事を終えた後、警戒を始めたのはジーナさんとマルクさん。リーグさんとアルさんは休憩の番らしい。悪い事をしたかな?

 と思いつつ、幌馬車のベッドに僕は座って待っていると、約束通りアルさんがやって来た。

「で、私に何の用だい?」

「実は、聞きたい事があるんです」

「ふむ。答えられる事なら、なんなりと。で、何かな。さすがに試験の内容とかは解らないのだが」

「あはは……ごめんなさい、もっと切実な質問です」

 ちょいちょい、と手招きすると、一瞬だけ考えるようなそぶりを見せ、それでもアルさんは荷台に乗って来た。そのまま席を勧めて、椅子に座って貰う。

 で、小声で聞いた。

「……えっと。実は、トイレの仕方を教えて欲しくて」

「…………」

「僕、本当に町から出たこと無かったんですよ。……だから、こう言う時にどうすればいいのかわかんなくて」

「……あー」

 そうか、そういうこともあるのか……と、アルさんは小さくつぶやいた。

 うん。そういうこともあるのだ。

「一応確認しておくけれど……ええと、もしかしてカナエくん。君はちゃんとしたトイレ以外でした事は無いのかな?」

「無いです……」

「そうか……」

「……まあ、その、なんて言うか。小さい方は、何とでもなると思うんですよ。立ってできるので。けど、大きい方はどうしたものかなって……」

「うん……まあ、どうしたものかなと言われても、しゃがんでやるしかない」

 しゃがんで……和式トイレみたいな感じか。

「紙……は、えっと、持って行けばいいんですよね?」

「理想ならばそうだね。もちろん、紙が無いならば適当に、葉っぱとかを使う事になる」

「絶対紙を持ち歩く事にします」

「……あと、終わったら、土に埋めるんだ。きちんとね」

「あ、埋めるんですか?」

「うん。それが一番安全だ」

 ふむ。恥ずかしいのを我慢して聞いておいてよかった。埋めるって発想無かったぞ。

「なんていうのかな。カナエくんって何でもそつなくできる基礎を持ってるけれど、あれだね。それでどうして、なかなか冒険の常識が欠けていると言うか」

「仕方ないじゃないですか。冒険なんてしたこと無いんですから」

「まあ、そうだね。……けど、君はもう少し大人びてるイメージがあったけど、子供っぽいところもあるんだね」

「そりゃあ。まだ十二歳ですよ、僕」

 それもそうだ、とアルさんは笑った。

「さてと。聞きたい事はそれだけかい?」

「あ、もう一つだけ。トイレに行く時は、誰かに声を掛けたほうが良い……ですよね?」

「まあ、そうだな。一日中、最低でも二人、大概は三人が起きているから、その誰かに声を掛けてくれると良い。……ジーナに言うのが恥ずかしいなら、私か、他の騎士二人にしなさい」

「そうします」

 さすがに女性に言うのは何か、デリカシーが無い感じがするしね。

「……にしても、タープ、ないのか」

「さっきも言ってたよね、タープ。それ、どんなものか説明できるかい? もしかしたら違う名称であるのかもしれない」

 あ、その線があったか。

「トイレ絡みじゃないですよ。なにもなところに屋根を作る、というか……、まあ、テントの延長みたいなものです」

「テントの延長……」

「たとえば、この幌馬車、結構高さがありますよね。それと高さを合わせた柱を用意して、テントみたいな撥水布で屋根を張る。簡単に言えば、そんな感じですか」

 ふむ、とアルさんは頷く。

「それに近い発想があるけれど、商品化はされていないな……。サバイバル術の応用として、どうしても屋根が必要な時に簡易な屋根を張る方法として、予備のテントを用いることがある。それに特化させる形か……。確かに、あれば便利そうだね、それは」

 予備のテント……、

「予備のテントって、あるんですか?」

「うん。まあ、実際には四人で一つしか使わないんだが、四つね。已むをえない理由でテントを破棄しなければならないこともあるし……」

 材料はある……か。

 作っちゃおうかな? あったほうが絶対便利だし。

「その予備を一つ、売ってくれませんか?」

「え? ……結構、高いよ?」

「いくらですか」

「補給品としての価格は、金貨一枚だね」

 僕は荷物からお財布を引っ張り出し、更にその中から金貨を二枚取り出して、アルさんに投げ渡す。

「じゃあ、それで買います。倍額だし、良いでしょ?」

「……いや、えっと。他のメンバーと相談しても良いかい?」

「もちろん」

 尚、他のメンバーは即決でオッケーをした模様。

 すぐに予備用のテント一式が運ばれてきた。

「これ、どうするんだい?」

「明日の朝にでも、色々と弄ってみます。そこに置いといて下さい」

「了解」

 ふと空を見れば、もう日は完全に沈んでいる。

 夜、か。

 不貞寝したぶんだけ眠気はそんなにないのだけれど……ふぁあ、でも眠いな。

 思ったより疲れがたまってるのかもしれない。あるいは、緊張か……両方かも。

 そのまま、僕はベッドに戻って目を閉じた。

 窓から入ってくる風が、とても心地良い。

 ああ。涼しいなあ……。

 ぱち、ぱち、ぱち、ぱちと、薪の燃える音。見張りをしてくれているからだ。

 けれど、余計な音は一切しない。これがプロの仕事なのか。

 すごいなあ、と思って。

 僕は……。


 翌朝。

 いつも通り……とはちょっと違うけど、とりあえず目を覚まして、僕は鏡を探したのだけど鏡が無かった。

 仕方が無いので、荷物として持って来ていた例のでかい剣で代用。我ながらどうかと思うけど。

 うーむ。

 ベッドが違っても寝相は変わらないのか、相も変わらず寝癖は爆発と……髪を梳いて、それと、顔も洗わないとな。

 ていうか、全然自覚してなかったけど、昨晩僕泣いてたのか?

 なんか涙の跡があるんだけど。

 洗面台……が無いのか。

 馬車から下りると、マルクさんとアルさんがこちらに視線を向けてきた。

「おはようございます」

 どうやら今の当番はこの二人らしい。ちょっと助かった。

「すみません。顔を洗いたいんですけど、どうすれば?」

「すぐ近くに小川があるから、そこで済ますのが良いだろうな。アル、お前が同伴しておけ。その方がこの子は安心するだろう」

「そうしてくれると、嬉しいですけど。でも、マルクさんのことも知りたいので、どちらでも構いませんよ」

 冗談ぽくいったりしつつ、結局僕に同伴したのはアルさんである。マルクさんは遠慮したようだ。

 すぐ近く。本当にすぐ近く、一分も歩かずに小川に到着する。水はかなり綺麗だな。

 手を入れて見ると、かなり冷たい。

 まあ、顔を洗って、ついでに髪も濡らして梳かしてっと……。

「ほら、タオル」

「ありがとう、アルさん」

 アルさんがタオルを用意してくれていたので受け取り、ふき取っておく。

 うん、目が覚めた。

「…………、」

 そして、アルさんが何か言いたそうにこちらをみていた。何だろう?

「どうしましたか?」

「いや……ジーナが居ないで良かったなと」

 うん?

 服汚れてるかな?

 と、身体を見て見る。特に汚れては無いと思う……けど、ああ、顔を洗った時にちょっと水が付いてしまったようだ。失敗。

 …………。

 って。

「……ちょっと。アルさん。気付いていても、それは気付かないふりをしてください」

「いやうん。まあ、カナエくんも男の子だからな。……朝の当番からジーナは外してあるから、その点は安心してくれ」

「本当に気付かないふりをして下さい恥ずかしいです……」

 やれやれ。

 男子の朝は仕方が無いのだ。うん。

 大体トイレを済ますと治るし。

「……んー。トイレ済ませておくか」

「じゃあ、そっちの木の陰で」

「そうします」

 まさか川にするわけにも行くまい。

 木の陰に移動して、周囲を一応確認。うん、誰も見ていない。

 とはいえ、木の向こうにいるんだよな、アルさん。音は聞こえるよねえ……。すっごい恥ずかしいんだけど。でも漏らしたらそれこそ大惨事だ。

 特に便意は感じなかったので小さい方を済ませておく。ついでにアレが収まりつつあるのを確認したりもして、もう一度小川の横へ向かい、手を洗ってと。

 これでよし。

「お待たせしました」

「うん」

 アルさんと一緒に馬車へと戻ると、マルクさんがご飯の準備中。御者さん達も起きだしていた。

「カナエくん。君、野菜は大丈夫だよな?」

「はい。一部苦手なものはありますけど、食べられないほどじゃないです」

「じゃ、適当に作っちゃうぞ」

「お願いします、マルクさん」

 さてと。

 色々とすっきりしたところで、まだ料理には時間がかかりそうだし……。

 僕は視線を幌馬車の前、昨日買い取った予備のテントに向ける。

「そんじゃ、僕は工作するとしますか」

 渡来佳苗として、タープを使った事は何度かある。

 というか、これでもボーイスカウトをやっていたのだ。

 だから構造は概ね覚えている……まあ、細部はいまいち覚えてないけど、大体の仕組みは解る。

 ……まあ、トイレのないところでキャンプとかはしたこと無いけど、トイレの有無はタープと関係ない。

 多分大丈夫だろう。ふぁん。完成。

「よし出来た」

 周囲を見渡して、適当な場所を探す……あそこでいいか。

 タープの布を地面にとりあえず置いて、ポールの位置を調整。

 していると、物珍しさからか、アルさんがガン見してきていた。いつのまにかリーグさんまで……まあいいや。

 張り網はポールに対して二本、角度はだいたい四十五度だっけ。とりあえずロープをペグダウンしておく。もちろん、あんまり張り詰めちゃあだめだ。ポールが立たなくなるからね。ポールは二つ、張り網は四本だ。

 で、ポールを地面に立てるのだけど、ここはちょっと内側に倒し気味で良い。

 両サイドのポールを立たせたら、あとは布地の部分についている張り網を適当に、しわにならない程度に張ってあげて……、これでいっか。

 はい、ヘキサタープの設営完了。

 ……久々で思い出しながらだったから、十分くらいかかったけど。

「……で。なんで皆してこっち見てるんですか?」

「いや。訳のわからない事をしてるなあ、と思ったら、なんか便利そうなものを作ってたから……」

 訳のわからないこと扱いされていたらしい。

 ひどくないかな、リーグさん。

「これが、タープなの?」

 いつの間にか起きてきたらしいジーナさんが聞いてきたので、頷いておく。

「まだまだ改善の余地はあるんですけど。土砂降りは無理ですし。でも、普通の雨くらいなら凌げますよ」

「へえ……テントと合わせても良さそうだな」

「手分けすれば設営もすぐできそうですなあ……」

 あ、騎士さん二人が興味を示してくれた。

 結構結構、これでちょっと旅が快適になるかもしれない。

「テントの材料でできるならば、我々の予備のでもできる……かな?」

 リーグさんの確認に、僕は首を横に振った。

「ちょっと難しいと思いますよ。ポールとか準備しないと駄目ですから」

「そうか。残念」

「コレでよければ、差し上げますけど」

 どうしますか、と聞くと、護衛の四人は即答で頷くことで答えるのだった。

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