26 - 幌馬車上の旅路 ~ 騎士ご飯
四月二日。
旅の始まり、その日。
「カナエ……頑張れ!」
「うん!」
お母さんに激励され。
お父さんにも激励され。
僕は、いよいよ首都へと向かう事になった。
当然、荷造りは終えている。
大きな幌馬車は二台、家の前にスタンバイ済み。
僕はその片方に荷物を載せると、御者さんと護衛の騎士さんそれぞれ二人ずつに挨拶。
第一印象は悪くない。まあ、この人たちにならば任せて大丈夫だろう。
それに、アルさんとジーナさんも居るし……ね。
「それでは、今回はよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。快適な旅……を約束して確実にできるものならばいくらでも約束するが、途中トラブルが無いとも限らない。それでも最善を尽くす事を誓おう」
「はい」
こちらにどうぞ、と案内された幌馬車の荷台には、ベッドと机、椅子に棚まで置かれている。
至れり尽くせりだな。
ちなみに幌馬車と言っても、完全に荷台がふさがっているタイプでは無く、二重のカーテンのようなものが敷かれている。
それをどちらかでも開けて居れば、外の光は大分中に入ってくるし、全開すれば風も吹き抜ける。
逆に両方閉じると大分暗くなり、眠るには丁度良さそうだ。
雨が降るときはどの道閉めるけどね。濡れるのは嫌だし。
「こちらの幌馬車が、君の専用になる」
「随分広いですね」
「元々国営の馬車というのは、貴族やお偉いさんが使うものだからな。相応の設備というわけだ」
なるほど。
「移動中、お腹がすいたり喉が乾いたら、同行者……御者か護衛に言ってくれ。すぐに用意をさせよう」
「わかりました。護衛のほうは、結局どういう体制なんですか?」
「メインが一人、サブで一人。二人一組だな。四交代制だ。サブ、メイン、休み、休みのローテーションになる」
つまりそれぞれ、一日に半分くらいがお休みと。妥当と言えば妥当か。
「了解です。では、後の事はお任せしてよろしいんでしょうか?」
「ああ」
「それじゃ、皆さんにお任せしますね」
僕は幌馬車の荷台に乗り込むと、とりあえず荷物の一部を解いて、設置。
少しの間馬車の周りでは相談の声、御者さんと護衛さん達の最終チェックのようだ。
よきかなよきかな。
ベッドは、僕が使っているものとほとんど同じくらいのサイズ。だから、普段と同じ感覚で眠れる……と思う。馬車が動いてなければ。
馬車が移動してる最中はどうかな? 僕、車酔いはそんなにしないタイプだけど、馬車って派手に揺れそうだしな。道の舗装もアレだし。
棚にはとりあえず、持ち運びに適した銀の食器類を置いておく。さて、こんなものか。
椅子にすわって少しまつと、「では出発します」と声が掛かった。
「はい。お願いします」
ゆっくりと馬車は動き始める。お母さんとお父さんは、僕に手を振っていた。僕は窓の間から、手を振り返す。
ああ。これで、親元を離れるのか。少なくとも一ヵ月くらいは。
なんかなー。やっぱり、思ったよりも覚悟が要るものだ。
大丈夫だ、大丈夫だとは思っていても、どこかで不安というか、寂しいと思ってしまう。
慣れることができれば……というより、早い所、慣れることができなければならない。
「……さてと」
変に考えるとドつぼにはまりそうだな。思考を切り替えよう。
まず、馬車は揺れる事は揺れるけど、思ったほどではない。まあ、まだ街中だから当然だけど、この程度の揺れで済むならばベッドで眠ることもできそうだ。
もしかしたら揺れにくくする機構でも付いてるのかも。
で、あれだ。
これ、馬車の中でゆったりしててください、とは言われていたけど、二週間ほどの日程を延々馬車の中……と考えると、すっごい暇だぞ。
だからといって、まさか魔法の練習をするわけにもいかないし。
親元を離れると言う状態。
暇を持て余すと言う状態。
この二つを試されているのか……。
なんだかもやもやとしつつも、町の外へ。
馬車の揺れは……うん、そこまでひどくは無い。
速度をあまり出してないからというのもあるだろうが、何らかの工夫がされている線が強まった。
で、真面目にやることが無いので、僕はベッドに転がって、窓から外を覗き見る。
町の外。
僕が……カナエ・リバーが出た事があるのは、丁度この辺りまでか。
ここから先は、未知の領域。
魔物も出る危険な場所だと、お母さんもお父さんも、言っていた。
魔物は怖い。けど、心配はしていない。
護衛は多めに付けてもらっているし、信頼している。
だから、今僕が不安なのだとしたら、それは魔物に対する不安じゃない。
孤独に対する不安なのだ。
なかなか、考えないようにしようとしても、考えてしまうものだなあ……。
不貞寝しよ。
移動自体はそつなく進んでいて、日が沈み始めた頃に目が覚めた。
予定では今日の移動はそろそろおしまいだったはずだ、と、外を見ていると、案の定、景色と揺れが止まった。
今日はこの辺りで夜を明かすらしい。
ベッドから起き上がって幌馬車を降りると、アルさんとジーナさんがテントをたてはじめていた。
ふむ。
「お疲れ様です」
「ああ。腹でも減ったか?」
「多少は……ですね。我慢できないわけじゃないので、まだ大丈夫です。……皆さんは、テントで寝るんですか?」
「そうだな。護衛役は二人ずつ、常に起きているけれど。それ以外は、テントで寝てる事になる」
ふうん……。
そんなものか。
ベッドがあるのは僕だけと言うのも、なんかずるい気がするなあ……いや、お金払ってるんだから当然なのか。
「もちろん、緊急時は全員で対応するから、安心して欲しい」
「はい。その時はお任せします」
なんて言っている間に、テントはあっさりと完成。
早いな。
そのまま、僕が使っている方では無い幌馬車の荷台から何かが出てきたと思ったら、調理用のセットだった。
用意されていた今日の食糧は……ふむ、パン類とスープの材料か。
僕はそもそも運動量が少ないので特に不満は無いけど、他の皆は足りるのかな?
「ちなみに、君はこう言う移動、初めてかい?」
「はい。町から出た事もありません」
「そうか。なら、こういう移動中の食事も始めて……になるんだな」
うん、と御者さんに頷く。
「量的に、僕は良いんですけど。他の皆さんは足りるんですか?」
「ああ。移動中は食べ過ぎるわけにもいかん」
そうなの?
「考えても見ろ。移動している間にトイレは行けないぞ」
ああ……、それもそうか。
トイレに行くならば一度馬車を止めないといけない、と。
…………。
いやそもそも、トイレ無いんじゃ?
「えっと……、こんな事を聞くのも正直どうかと思うタイミングなんですけど、早めに知っておきたいので教えてください」
「うん。何だ」
「移動中のトイレ事情ってどうなってるんですか?」
「ああ……まあ、物影でして貰う事になるだろうな。この辺りなら木があるから、その裏でとか」
ああうん……やっぱりそうだよね。うん。知ってた。
とはいえ、抵抗があるなあ……。
漏らすよりかはマシか……?
「他にも、洗濯や水浴びもできる場所が限られてるからな。その、色々と気を付けてくれると、こちらも助かる」
「解りました」
うん、漏らすとヤバいってことね。了解。
「ちなみに、食料についてだが。ここで作る食事以外にも、保存食のようなものならば多めに用意してある」
「保存食……というと、干し肉とか?」
「だな。おやつ……にするにはちょっと向かないが、何か噛んでおきたい時とか、言ってくれれば持ちだすぞ」
「はい。その時はお願いします」
で、調理担当は誰かな……と思ったら、護衛の騎士さんの片方だった。
壮年の男性、名前はリーグさん。
手並みは中々お見事だ。
「騎士さんって、料理もできるんですね」
「まあ、前線で戦うだけが騎士じゃない。……というより、騎士の任務の大半は移動だ。移動するならば飯は食わなきゃならない、だからその手の技術は嫌でも身に付く」
ふむ。そんなものか。
「大変ですね」
「大変なのは君の方だろう。国立学校に入学すれば、テントの設営から食事の作り方から、全部勉強だぞ」
「え、そうなんですか?」
勉強ってそういう実戦的なものなのか。まあ、計算とかさせられたらたまんないけど。
「本当よ」
と。
僕とリーグさんの会話に割り込んできたのはジーナさんである。
「もっとも、入学できるくらいに『知恵』が回るなら、すぐに覚えるわ。どんなに嫌でも、自然とね」
つまりそう言うのが必要な生活ってことか。ちょっとくじけそうだ。
色々と支度を終えたらしく、全員が揃った頃には食事も完成。
適切に配膳されて、みんなでそろっていただきます。
味は……うん、なかなか美味しい。
ちょっと薄味だけど、これはこれで纏まってる感じだ。
「おいしい」
「そうか? それはよかった。……ちょっと味が薄く感じるなら、調味料を使うか?」
「いえ。これはこれで好きな味です」
さっき材料は見たから、錬金術で作れるな。気が向いたら作ろっと。
「しかし、天気が良いと食事も華やかだな」
「そうですなあ」
うん?
御者さんたちが何やら不穏な事を。
「どうしてですか?」
「どうしてって……雨が降ったら料理なんてしてられないだろう?」
え?
「……お前さん、本当の本当に旅は初めてなんだな。やれやれだ」
「ええ、まあ……。それで、なんで料理できないんですか?」
「何でも何も、屋根が無いんだから火が使えないし、雨が鍋に入っちまうだろう」
「屋根を作ればいいじゃないですか」
「……いやその発想は確かにあるが、手間がかかるだろう」
そうかな……タープとか使えば簡単だと思うけど。
大型の使えば調理場程度は確保できるし。
「タープとか、無いんですか?」
「タープ?」
うん?
もしかしてタープを知らない……のか?
ううむ、ビジネスチャンスを感じる……。今度作ってみよう。
「すまないが、それはどういうものだ?」
「いえ。考えて見れはうちの店でも取り扱いがありませんでしたから……気にしないでください」
「そうか」
曖昧に濁しておく。作れるかな? 材料的にはテントと同じだし、それに適当な鉄でも混ぜれば行けそうだ。
……けど、まだ奇妙な空気のままだな。ちょっと話題変えよう。
「ああ、そうだ。アルさん。悪いんですけど、ご飯食べ終わったら幌馬車……僕の方です、に来てもらっても?」
「うん? 私?」
「はい。ちょっと確認したい事があって」
「構わないけれど。私じゃないとだめかい?」
「そうですね。駄目と言うわけじゃないんですけど、まあ、顔見知りですし」
そういうことなら、とアルさんは頷いてくれた。
空気もなんとなく変わったし、とりあえず良しとしよう。




