25 - 運命の誕生日
三月二十八日。
十二歳の誕生日。
僕にとっては二度目の十二歳……と言うのも、なんか妙な話だけれども、まあ、誕生日。
「やあ、カナエくん。おはよう」
「あ、騎士さん。おはようございます」
朝ご飯を食べ終えた直後ごろ、騎士駐屯地で受付をしてくれた騎士さんが家を訪れた。
何だろう?
と思ったら、バックラーを渡された。
「今日は君の誕生日なのだろう。そのお祝いに、この盾をあげようと思ってね。一応、騎士の中でも身軽さを求めるものが使う、正式な装備だから丈夫だし、軽い。君にも使えるだろう」
「え、いいんですか?」
「ああ。構わないよ」
バックラー。丸盾。使い方は……えっと、相手の攻撃をはじくとか、逸らすとか、そう言うのがメインかな。
「ありがとうございます」
「ああ。……今年は、受験なのだろう。頑張りなさい」
「はい!」
応援されるって良いなあ。
なんて思っていると、後ろからお母さんが。
「あ、お母さん。バックラー貰った!」
「そう。よかったわね」
お母さんは笑って僕の頭に手を乗せる。
騎士さんに改めて視線を向けると、
「では自分はこれで!」
と、疾風の如く去って行った。
「……ねえ、お母さん」
「何かしら」
「すっごい怯えられてない?」
「気のせいじゃない?」
気のせいじゃないと思う……。
僕の誕生日ということで、今日はお店がお休みである。
そんなわけで家に居たのだけれど、またも来客。
今度は誰だろう、と思ったら、
「あ、酒場の店主さん。こんにちは」
「ああ、こんにちは……あるいは、まだおはようかもな」
確かに。まだ朝と言えば朝だ。
「ほれ、これをお前さんにやろうと思ってな」
「これ?」
なんだろう。
渡されたのは……うん? 瓶?
中には液体が入っているようだ。
「お前さんもそろそろお年頃だし、使うだろう?」
「…………?」
ポーション……じゃないな、毒消し薬でもないし、エリクシルでも無い。
毒薬だろうか? いや、毒薬もこんなのは無いと思う。
というかこれ、錬金術を覚え始めた頃にお母さんから目標として渡された、あの変な液体に似てるような……。
「え? なんだ、その反応。まさかお前さん、それ使ったこと無いのか?」
「ないと思いますけど……。そもそもこれ、何ですか? たしかお母さんは、潤滑剤がどうこうとか言ってたような……。でも、僕、まだ髭も生えてませんし」
「…………」
マジかよ、という表情で見てくる店主さん。え、知らない僕がおかしいの?
困惑していると、またもお母さんが後ろからやって来た。
「あら、マスター。久しぶりね」
「あ、ああ。お久しぶり、マダムサシェ」
「マダム?」
「いいえ。レディ。そう、レディサシェ」
「あら。私はそんなに若くないわよ。そうみえる? 嬉しいわ」
僕にはお母さんが今、脅迫したように見えたのだけど……まあいいか。
「ねえ、お母さん。マスターがこれくれたんだけど」
「これって? ん……、それは……」
「たしか、錬金術を覚えたてだったころ、目標として渡してきた奴……だよね? なんかとろとろしてるし。でも、まだ僕は髭はえてないよ?」
「…………」
「…………」
「…………?」
店主さんとお母さんが目と目で何かを話し合う。そして気まずそうに二人が視線をそらした。
え、何?
「えっと……、これ、僕が知ってないと恥ずかしい事?」
「……カナエ」
なんだろう、改まって。
「それの事は、髭が生えてきた頃になったら思い出しなさい。まあ、学校の受験に合格したら暫くは首都ぐらしなんだから、その間には解るわ。ただ、いつ必要になるかはわからないから、一応持ち歩きなさい」
「うん……? でも、髭剃りなんて、そうそう外じゃやらないよね。バッグの中で良い?」
「そうね。その方が良いわね。それと、マスター」
「はい。えっと。俺は悪くないぞ」
「ええ。あとでお酒持ってきて頂戴。それで許すわ」
「はい……」
店主さんは頷くと、そのままとぼとぼと帰って行った。
いいのかな……?
「良いのよ、別に」
「ふうん……。じゃあ、これしまってくるね」
「ええ。できれば奥底にね」
てことは、暫くは使わないのか。まあいいや。忘れたころにでも思い出すだろう。
お昼ご飯を食べ終えて、食休みをしている頃。
またまた来客があった。本当に今年の誕生日は客が多いな。今度は誰だろう。
「ああ、やっと見つけた。久しぶり、カナエくん」
「はあい。久しぶりね、カナエくん」
「アルさんに、ジーナさん。お久しぶりです」
扉の向こうに居たのは銀の縁取りがされたマントを付けた二人組、アルさんとジーナさんだった。
「今日が誕生日だって教えてましたっけ?」
「ああ、君の練習を少し見ていた時に、お母さんに聞いたんだ」
なるほど。
「それに、私たちの次の任務は『あなたを首都に届ける事』。その名目で、早めに学校を出発したのよ」
あ、割とズルしてるのね。
「そうですか。今回は、ありがとうございます。僕も見知った顔の人が護衛してくれるということで、安心できますし」
「いやいや、こちらこそ。君のおかげで、学校の退屈な授業を受けずに済む」
そして結構めんどくさがり屋なのね、この人たち……。
「折角ですから、上がって行きますか? お茶とお菓子、ありますよ」
「いいのかい?」
「はい。お母さん、お客さんが二人ー!」
とりあえず声を掛けて見ると、家の奥から「どうぞー」と返事が。
「だそうです」
「ありがとう、カナエくん」
「どういたしまして。どうぞ」
というわけで、今日の来客としては初めて、その二人は僕の家に上がるのだった。
もちろん客間にだけども。
部屋に付くと、お母さんが丁度お茶とお菓子を持って来ていた。うん、早いな。
「こんにちは、サシェさん」
「ええ、こんにちは。今日はわざわざ、この子のためにありがとう」
「いえいえ。こちらこそ、快く受けていただきありがたい」
ふむ。
「サシェさんに、これを。お土産です」
「あら、これは……可愛い髪飾りね。ありがとう、大切に使わせてもらうわ」
そしてお母さんは上機嫌に去って行く。うん、上手だな、扱いが。
お母さんが部屋を出て行くと、露骨に二人が緊張を解いた。
「あの。もしお二人が望むなら、ですけど。僕の部屋に来ますか? ……そしたら、会話が聞こえないと思いますし」
誰にとは言わないけど。
しかし、その言外の提案に二人は、
「そうさせてもらえるとありがたい」
「あなた、本当にいい子ね」
と答えることで是とするのだった。
「お母さん、ちょっと相談とかあるから、二人は僕の部屋に案内するね」
「あら、そう? じゃあ、私はリビングに居るから、何かあったら大声で呼びなさい」
「はーい。じゃ、行きましょうか」
と思ったらお盆が無い。
まあいいや。魔法で作って、そこにお茶とお菓子を乗せて移動開始、ご案内。
「僕の部屋は二階にありまして」
「へえ」
階段を昇って、自分の部屋。
まあ、そこそこ広い部屋だから、年上が二人くらいならばそこまで窮屈では無い……かな?
「ここです」
他人を自分の部屋に入れるのはいつ以来だろう。カナエ的には初めてだけど……佳苗としてなら、洋輔以来か。どのみち結構ぶりだな。
「お邪魔します」
「お邪魔します」
二人は声を揃えて入ってくる。とりあえずテーブル……。
しまった。客用のテーブルが無いし椅子も無い。
「ちょっと待ってください。椅子とテーブル用意します」
「あら、気にしないで良いのよ。押しかけだし」
「いえ。僕の信条です」
たしかベッドの横に……ああ、あったあった、木の板材。量は……まあ、足りるだろう。
それと適当な、結局使わなかったマテリアルとしての鉄材をいくつか取り出して、座布団代わりに使えるかなと思って作ったものの結局使っていなかったクッションも引っ張り出す。
で、全てが入る大きめの鍋を魔法で作り、そこに全部マテリアルとして投入、というわけで椅子と机を錬金、ふぁん、と。
「おまたせしました」
「…………」
「…………」
「……あれ?」
何、この沈黙。
「えっと……そうね。その、どこから突っ込みを入れていいのかわからないのだけれど。今、何をしたのかしら、カナエくんは」
「何って、椅子と机を用意しました。どうぞ、座ってください」
「…………」
「あ。高さが合わない? 感じですか? 調整しますけど……」
「…………」
「えっと……」
「…………」
何、この沈黙。
二人して深刻に考え込んでるんだけど。
「まず、整理しようか。えっと、カナエくん。あの時以来、君は何を覚えたんだい?」
「色々です。えっと、魔法は結局、十種類くらいですかね? 実用できるのは。思ったより、魔法って思いつかなくて……。あと、体力作りのために、毎日町を走るようにしています。最近は毎朝と夕方に、二周です」
「そうかい。……じゃあ、今のは?」
「今のって?」
「えっと、椅子と机をどうやって用意したのかなって事」
「ああ。まず、魔法で鍋を作って、それを使って有り合わせの材料を錬金術で机と椅子にしただけです」
この家では少ないけど、お店ではよくある光景なんだよね。
いや、結構お客さんに無茶ぶりをしてくる人が多いのだ。道具屋さんなのに箪笥買いに来たり。
「そうか。……うん。だけ、か。なあ、ジーナ」
アルさんが頭を抱えて言った。
「みなまで言わないで頂戴。えっと、カナエくん。確認よ。あなた、錬金術、使えるの?」
「使えますよ?」
「そう……」
あ、ジーナさんも頭を抱えた。
何で?
…………。
あ。
そういえば僕、この二人に錬金術使える事隠してたような……?
……まあでも、あの頃はまだ覚えたてだったし。
うん。ノーカンノーカン。
「錬金術は最近になって色々応用が利くようになったんですよ。お母さんも色々と教えてくれましたし」
「そうか……、いや、そうか……? 錬金術ってそうも簡単に習得できるものじゃあないと私は聞いたが……」
「奇遇ね、私もよ。……でも、考えて見ればカナエくんって、あのサシェさんの息子さんなのよね。ならば出来て当然なのかも」
「それもそうか……」
いや、それで納得されるのもそれはそれで複雑なんだけどね……まあいいや。
「まあ、錬金術については良いわ。最高級の先生が親なんだもの」
最高級の……先生……?
「けど、そっち。魔法の方は、驚いたわね。あなた、結構使いこなしてるじゃない」
「そうですか? ……お皿を作る魔法、みたいのは前に見たことがあったので、その応用です。お盆とか、鍋とか。食器類作るの便利ですよね」
「そうね。便利系魔法としては、使いやすい部類よ」
うんうん、とジーナさんは頷いている。
「ちなみに、魔法は十種類くらいと言っていたけど、他に得意なものはなにかしら」
「得意、とは違うかもしれませんけど。……ほら、以前アルさんがくれた剣、あったじゃないですか」
「ああ、あの大剣か。それが?」
「ほら」
僕は部屋の隅に置いてあったその剣を、片手で持ちあげた。
ひょいっと。
「無事に持てるようになりました」
「…………。補助魔法、筋力強化……?」
「そうです」
「そう……」
あれ?
なんかジーナさんの反応が芳しくない……?
「なあ、ジーナ。俺はそこまで魔法に詳しくないから何とも言えないんだが、たしか補助魔法……特に身体の強化系って、習得がすごい大変じゃなかったか?」
「そうね。学内でも十人使えるかどうか……。習得したところで、まともに効果が出るかどうかは別問題だし。……ねえアル、でもなんで、あなた、そんな剣をカナエくんに渡したの? 見ただけでもあれ、重すぎるわよ」
「いやあ。いつぞやの剣を振りまわしてもらった時に、こういう剣がちょうどいいかなあって思ってな。つい」
そんな理由だったのか……。




