21 - 停滞と父の助言
卵、小麦粉、砂糖、牛乳、イチゴを鍋に投入、錬金。ふぁん。
はい、ショートケーキの出来上がり。
…………。
いや、これはどうなんだろうね?
と思いつつも、僕は出来上がったショートケーキをお皿に移して食卓に移動させた。
「……なあ、カナエ。これは?」
「ケーキ!」
「それは、まあ、見ればわかるんだが。……どこで買ってきたのかな?」
食卓に運ばれたケーキを見て、お父さんが恐る恐ると聞いてきたので、僕は台所を指差した。
「そこで錬金してきたの」
「そうか……」
お父さんの声からは大きな諦めのような感情がにじみ出ていた。
まあ、あれだ。
今日は十二月二十五日。
多くの場合、今日から一月七日までのおよそ二週間は、ほとんどのお仕事はお休みをすることが多い。
それはお母さんの道具屋にせよ、お父さんの大工さんにせよ言えることで、久々に……そう、本当に久々に、家族団欒な一日なのだった。
で、十二月二十五日と言えば、渡来佳苗としてはクリスマス。
まあ、カナエ・リバー的には『家族が揃い始める日』程度の認識しかないので、特別は特別でもこういう特別とは違うのだけれど、やっぱりクリスマスと言えばケーキだろう、と思ったのが一週間前。
それからはなんとか材料としてのマテリアルを考え抜いて、思考錯誤すること数回、味が整ったのがつい一昨日だったりする。
「なんていうか……、去年はまさか、お前がここまで錬金術にど……っぷりとはまるとは思いもしなかったな。そもそも、錬金術が使えるようになっているとも正直思わなかった」
「僕もそれはおんなじかも……」
で、今お父さん、僕を指して『錬金術に毒されている』って言いかけたよね。フォロー早かったけど。
「味は、大丈夫だと思う。一昨日まで頑張って色々と作って確かめたから」
「そうか。……まあ、たまには甘いのも良いだろう」
あ。
そっか、お父さんってあんまり甘いもの好きじゃないのか……。
失敗したな。
「ごめん。もうちょっとお父さんの好みに合わせるべきだったかも」
「いや、そんな必要はないさ。お前が折角手作り……、手作り……?」
「…………」
「…………」
手作りか……?
僕とお父さんがそこで悩んでいると、お母さんがやってきた。
どうやらお店を閉め終わったらしい。
「あら、美味しそうなケーキね。カナエ、完成したの?」
「うん。見た目だけじゃなくて、味も大丈夫だと思うよ」
「そう。それはよかったわ。……けど、何二人して唸ってたの?」
「いやな。カナエがせっかく作ってくれたのは嬉しいな、という話になって。で、これを手作りと呼んでいいのかどうか、で悩んだわけだ」
なるほど、とお母さんは頷きつつも包丁を使い、ケーキを綺麗に三等分。
…………。
地味にその三等分って難しいはずなんだけど、なんでそうも迷い無くさっくりやってのけるんだろう、お母さん。
「まあ、手作りに違いは無いわ。料理で作ったか錬金術で作ったかの違いは確かにあるけれど」
「その違い、結構致命的に違くない?」
僕の問いかけに、お母さんは頷いた。
「けれど、あなたが作った事に違いは無い。そう言う意味で、手作り……と、まあ、言えない事は無い……はずよ」
ふうむ。
お母さんは包丁を台所に戻すと、席に着いた。
「じゃあ、頂きましょうか」
「そうだな」
「うん」
というわけで、皆で揃っていただきます。
フォークの感触もよし、味は……うん、丁度いい。
甘く、しかし甘すぎず、口の中に広がる風味に癖は無く、スポンジ部分のふかふかとした触感やほのかに香るバターの香り、そして間に挟まれたイチゴの酸味と甘みが良い具合のアクセントになっていた。
ミントも使えば良かったかな?
「これは……旨いな」
と、お父さんが一口食べて感想を漏らす。
「そうね。……うん、これは美味しいわ。カナエ」
「そう? もうちょっと改善できそうなんだけど……でも、美味しいって言ってくれるのは嬉しいな」
「いや、おだててるわけじゃない。本当においしいぞ、これ」
そうなのかな?
渡来佳苗の記憶からなんとか頑張ってはみたけど、なんか違う気もするんだよね。
大体、渡来佳苗としての記憶もあいまいだし。
「そうねえ。首都でもこんなケーキは滅多に食べられないわ……」
「ふうん。そうなんだ」
「カナエ。あとでマテリアル教えてくれる?」
うん、と頷くと、お母さんがにっこりと笑った。
この調子だと、この町の道具屋さんは新年からケーキも売り始めるようだった。
そして暫く談笑しながら食べていると、お父さんが話題を僕の錬金術に向けてきた。
「サシェの様子だと、カナエの錬金術は大分良くなったのか」
「そうね。まだまだ知識が足りないわ。だけれど……まあ、知識が無いからこそ挑戦して、挑戦するからこそ結果を出している。そんな感じね」
「ほお。……毒消し薬以外にも、なかなか凄いのか」
「最近はエリクシルとかの錬金を始めてるわ」
と、お母さんが近況を報告すると、お父さんの動きがぴたりと止まった。
暫く、僕とお母さんだけがケーキを食べ続けていると、お父さんが再起動。
「エリクシル? って、あのエリクシルか?」
「ええ。まだ品質はそこまで高くないけれど……、まあ、エリクシルと名乗って良い程度の品質は確保できてる感じよ」
錬金術によって作ったもので、その名前を名乗って良い、とお母さんが判断してるのは七級品だ。
エリクシルには表しの指輪が現時点では対応していないので、どうしても感覚的なものに頼らざるを得ないのだけれど、お母さんの見立てでは、最近僕が作るエリクシルは六級品程度の品質らしい。
六級品のエリクシルだと、普通の風邪くらいまでの病気や、放置していると死に至りかねない毒、怪我的には単純骨折くらいは即時に癒せる感じの効果があるらしい。
一応いくつか店頭には並んでいて、付いた値段は金貨六百枚。それ、売れるの?
「特級品、いつかは作れるようになりたいんだけどね。まだまだ試行錯誤が足りないよ」
「エリクシル自体、そうそう簡単に作れるものでもないしね……」
ちなみにマテリアルはお母さんに教えていない。
というか、教えようとしたら、お母さんが聞きたくないと拒否したのだ。
なんでもエリクシルと言うものは、治療系の錬金術に特化した錬金術師にとって一種の到達点というか、目標なのだそうだ。
で、目標には自分で到達する事に意味がある……と、お母さんはそう考えている。
だから、聞きたくないと言う事らしい。
「ふうむ……。カナエの錬金術も、いよいよ到達するところに到達し始めているということか」
「ええ」
うん?
なんだろう、今の言い回し。
「どういうこと?」
「直に解るよ」
お父さんは曖昧に濁してくる。つまり、何か裏がある言い回しなんだろうけど……。
ま、いっか。
「他の方はどうなんだ。算術とか」
「そうね。店番を任せて私がお店を離れても、何ら問題が無い程度にはできてるわ。まあ、ちょっとおまけをしすぎる所があるから、商人としてはどうかなと思うけれど」
いやだって、たくさん買ってくれた人にはおまけしたくなるし……。
「でも、おつりとかで失敗した事は無いし、変な計算ミスもない。まず問題ないでしょう」
「となると、最後は体術……というか、体力面だが」
「朝と夕方に町を二周して、疲れる事は疲れるけど、すぐにほかの事は出来るよ」
「なら、もう心配は殆ど無いな」
ふむ。
何の心配……とは、敢えて口に出していないのだろう。
妙に緊張しちゃうとアレだし。
「その調子だ。カナエ。頑張れ」
「うん」
僕は笑顔で答えつつ。
「でもね」
と言った。
「実は僕、学校の試験までに一つ目標があって」
「目標?」
「うん。一級品のエリクシルを錬金すること」
「あと五ヶ月……いや、移動を考えても、四ヶ月はあるだろう」
「そう。四ヶ月しかないんだ」
僕はそう言って、ポケットに入れていたエリクシルを三本ほど取り出す。
それぞれ、お母さんの見立てでは八級品、七級品、そして六級品。
僅かに色が濃くなっているのは、その分品質が上がっている……ということのようだ。
「僕が、エリクシルを作れたのは偶然みたいなもの。それでも、錬金術を覚えてから、半年以上かかったんだ。で、実は八級品から六級品までは、さくさく進んだの」
「なら、さらに問題は無いと思うが」
「ううん」
僕は横に首を振る。
「八級品を六級品にするまでは、一日しかかからなかった。けど、そこから先に全然進んでないんだ」
「…………」
だから、きっと僕の知らない何かが必要なんだと思う。
もしくは……また、偶然まちかもしれないけれど。
「ちょっと……ううん。大分、停滞気味」
「ふうむ……」
お父さんは僕の暴露に考え込む。
「それなら、お父さんが一つ、知恵を出してやろう。ま、錬金術については全然知らねえけどな」
うん……?
「エリクシルの別名だ。『エリクサー』、『エッセンシア』、『エクセリオン』、『神の杯』、『霊薬』、『仙丹』、『薬酒』、『豊かなる青』、『金の秘薬』。お父さんが知ってるのはそのくらいだが、ちょっとは『気付き』があるんじゃないか?」
別名……か。
エッセンシア。エクセリオン。このあたりは訛りかな? 方言とか。
神の杯、霊薬、仙丹、薬酒……このあたりは比喩、だろうか。
豊かなる青、金の秘薬……は、見た目からきてるんだろうけど、青はともかく、金の秘薬?
つまり、エリクシルは必ずしも青いとは限らない……?
それとも、やっぱり青いけど、それを入れている容器が金色だとかの理由で、金の秘薬、なんて別名が付いたのか?
あるいは金のように貴重な価値を持つから、金の秘薬なのか。うーん。どれも決定打に欠けるな。
欠ける、けれど。
…………。
「器か」
僕は、結論を端的に口に出す。
「僕がマテリアルとして用意してるのは、中身だけ……器を別に用意しておけば、もしかしたら、品質が……変わるかも」
「…………? そうなのか、サシェ」
「……まあ、完全な否定は難しいわね。どの道マテリアルを追加すれば、良かれ悪しかれ影響があるし」
いや、それどころの話じゃないのだ。
最初に作ったポーションの時から疑問ではあった。『その容器はどこから出てきたんだ』という疑問が。
それに対する回答を今一度見直す事が、どうやら今の僕には必要らしい。
「お父さん」
「どうした、カナエ」
「ありがとう。すごく、良いヒントだった」
「そうか……? まあ、お前の役に立てたならなによりだよ」




