18 - 旅の下準備
色々とあって、半年。
できる事が増えたような、言うほど増えていないような、そんな曖昧な感じではあったけれど、今日の僕は少し、これまでの僕とは違う事を始めなければならなかった。
それは、次の誕生日を迎えた翌月というタイミングに行われる国立学校の入試への対策……ではなく、そもそもその入試を受けるための準備である。
そんなわけで、今日はお店のお手伝いはお休み。
僕はお昼過ぎまで軽く体を動かして、時間になり次第町の酒場に入店。
「おや? 確かリバーさんの所の倅だったか」
「はい。こんにちは」
入るなり挨拶をしてくれたのは、この店の店主さんだ。
僕のお母さんはこの人とあまり付き合いが無いのもあって、僕もほとんど始めましてのような状態なのだけれど、お父さんはたまにここにお酒を飲みに来ているそうで、その流れで僕の事を知っている……らしい。
「どうしたんだい、こんな時間に。まさか酒を飲みに来たわけでもあるまいよ」
「そうですね。いや、実は馬車の確認がしたいんです」
「馬車の確認?」
「はい。この町から、首都までの」
「ん……、ああ、そうか。お前さん、来年には受験か」
苦笑しつつも、店主さんは数度頷いた。
ふと、お客さんの一人が僕を見ている事に気が付き、そちらに一瞬視線を向けると、普通にガン見されていた。見なかった事にしよう。もめ事になると厄介だ。
「そうだなあ。この町からだと、普通に行けば二週間くらいか……。といっても、その程度はお前さんも知っているだろう。何が確認したいんだ」
「まず、予約が出来るのかどうか。道はどの道を通るのか。道以外の場所を通るならばその理由は何か。客は相乗りなのか、僕だけなのか。食事や休憩についてはどうなっているのか。不測の事態が起きた時、水や食料の確保はしてくれるのか。そもそも馬車の御者さんは信頼できる人なのか。魔物からの護衛護衛はどこの誰がするのか。護衛が付かないなら、護衛をどこで雇えばいいのか。移動中の行動の自由はどの程度あるのか。睡眠時間は固定されているのか、ある程度自由で良いのか。全部合わせていくらくらいかかるのか。とか、最低限はこのあたりですか?」
「いや多いよ確認事項が。途中から全然頭に入ってこねえから」
え?
そうかな?
「そうでもないよね? みたいに首を傾げるな。お前さん、しっかりしすぎだろう……、まあ、気持ちはわかるけどな」
「なら、確認をお願いします」
「……とりあえずだ、その前に確認しておこう。お前さんが言うところの移動手段、馬車は、三種類あるんだが、解るか?」
三種類?
えっと……、
「わかりません。遠回り・近道・普通とか?」
「違う。『民間』『国営』『特殊』の三区分だ」
うん……?
……えっと、バスみたいに考えれば良いのか?
民間鉄道会社のバス、都道府県営のバス、観光バスみたいな。
「『民間』は最も基本的な馬車だ。主に商売周りで使う奴が多いな。短距離から長距離まであるが、値段は相応にかかる。距離やルートによっては冒険者の護衛が付く。御者は商人のお抱えだ」
ふむ。
「『国営』は大事を取る馬車だ。要人の移動とかで使う事がある。基本的に距離は関係なく、予め指定しなければならないが、騎士の護衛が付く。御者は国の関係者で、信頼度は最も高い一方、ちと遅いな」
メリットもあればデメリットもある、と。
「『特殊』は文字通り特殊な馬車だ。つまり民間でも国営でも無い……『冒険者に対する依頼』と言い換えても良い。護衛は依頼をした冒険者だが、信頼度は支払う対価によるだろうな。リスクはそこそこあるが、最も早く、自由度が高い。何せ雇い主になるわけだからな」
そりゃそうだ。
「で、お前さん、予算はいくらあるんだ」
「それを決めるためにも、確認しにきたんです。貯金はある程度あるので、それで賄えると思いたいんですけど……」
「いやあ、子供が稼げる額面じゃ厳しいぜ?」
それもそうだよなあ。
「足りない分は、お母さんやお父さんに頼ることになるでしょうね」
「ふむ。特殊……まあ、冒険者に対する依頼は除外して、民間と国営で比較した時ならば、価格競争がある分、民間のほうが安いな。ただ、安い馬車が信頼できるかどうかは別の問題だ」
「信頼にいくらまで金を出せるのか、って事ですか」
「まあ、そうなるな。金に糸目を付けないから急ぐってえなら冒険者を選ぶのもありだが、試験は日時が決まってるし、早めに首都に向かって宿を取ったほうが安くつくぜ」
ごもっとも。
しかし、そうなると国営の馬車かなあ。
ちょっと割高でも、信頼できる方が良いし。
「ちなみに、国営はどのくらいが相場ですか?」
「そうだなあ。今月中に予約しておけば、早期割引もあるから……、金貨二十五枚ってところか」
金貨二十枚くらいが相場……って判断してたんだけど、あれは民間だしな。
割高な国営でならば、そのくらいも妥当か?
「食事や水は付くんですか?」
「もちろんだ。ルートの指定もできるぜ」
ふうん。でも効率的なルートとかは分かんないからなあ。
「ああ、もちろん指定もできるってだけで、ルートをおまかせにもできる。それと、金を積めば貸し切りにもできるはずだ」
なるほど。
それは魅力的……かな。
「じゃ、国営の馬車を使いますか。どこで予約できるんですか?」
「騎士が駐屯してる所あるだろ。あそこで予約できる。前金が必要だがな。詳しい説明はそこで聞けばいい」
「はい。ありがとうございます」
「おう。気を付けろよ」
国家騎士駐屯地は町の隅にある。
この町に駐屯している騎士は、たしか十八人。一人くらいは暇してるかな?
と思って向かったのだが、一人どころか見える範囲の全員が暇をしているようだった。
まあ、何事も無い平和極まる町なのだ。仕方ないと言えば仕方が無い。
「すみません。騎士さん。国営の馬車の予約をしたいのですけど」
「うん?」
とりあえず入口に居た騎士さんにそう切り出してみると、騎士さんは小首を傾げて少し考えて、「ああ」と続けた。
「なるほど。君は……ええと、何歳だ?」
「今度十二歳になります」
「ならば首都行きか」
はい、と僕は頷いておく。なんていうか、年齢を確認することで大体の目的が解ると言うのも妙な話である。
「ちょっと、付いてきてくれ。色々と書類がある」
「わかりました」
そんなわけで、駐屯地の内部へ。
実は入るのが始めてだったり。
入ってすぐの大きめの机、の横に置かれた椅子を勧められたので、そこに着席して待っていると、すぐに書類の束を持って別の騎士さんがきた。
「受付担当だ。すまないな」
「いえ、こちらこそ」
「それで、確認なんだが。目的地は首都、片道で、理由は試験を受けるため……で、良いんだな?」
はい、と僕は頷く。
「お前さん一人で予約すると、どうしても割高になる。誰かと相乗りを希望するか?」
「いえ、どっちかというと一人で使いたいです。気楽なので」
「ふむ。本当に割高だが、良いんだな?」
「構いません」
本当はあんまりよくは無いんだけど、まあ、ちょっとした自衛でもあるのだ。
「一人で使うならば、ルートの指定が可能だ。それはどうする?」
「僕は地理に明るくないので、できればそちらで決めてもらえると嬉しいです」
「ふむ。食事はどうする。持ち込みか?」
「準備して貰えるならそちらの方が楽です」
「具体的な日時はどうする? 試験の何日前までには確実に付きたいか、という意味だ」
「可能ならば一週間前。その場合はいつごろ出発になりますか?」
「四月の第一週、だな」
ちなみに僕の、カナエ・リバーとしての誕生日は三月二十八日である。
それを考えると、誕生日の直後に出発って形になりそうだな。
とはいえ遅刻するよりかはマシ。
「わかりました、ではそれでお願いします」
「良いだろう。護衛は何人を希望する?」
「最低二人、できればもうちょっと欲しいです」
「思いのほかしっかりしてるな、お前さんは」
そうだろうか?
「まあ良いだろう。今から要請を掛けて、計画を本部で作ってもらい、行動計画書となる。それはすぐにこちらに送られてくるが、早くても一ヵ月は先だ。それでも良いならば、大雑把な金額を確認してくれ」
出てきたのは請求書。
ある程度きちんとしたもので、食事代、馬車代、御者代などがそれぞれに記されている。
「大雑把な、ということは、後々変更される可能性が?」
「行動計画書と一緒に、正式な金額が決定する形だな」
なるほど。
「ただ、予約をするためには前金が必要だ。行動計画書の作成代として、だな」
「そうですか。いくらかかるんですか?」
「このくらいだな」
と、別の請求書も出てきたので確認。
特におかしな点は見られないし、ここで騎士さんが僕を騙そうとする理由も無いか。
「わかりました。じゃあ、お願いします。前金はここで払えばいいんですか?」
「ああ。一度家に帰って取ってくるか?」
「いえ、もう持ってます」
というわけで、お財布から金貨を七枚取り出して机の上に置く。
「うん。確かに、予約を受け付ける。だが、その前にこれを書いてくれ」
で、その金貨の前に一枚の紙が。
予約者のサインが必要らしい。
僕はペンを借りてさらりとカナエ・リバーと署名し、拇印を押す。
これで契約完了、かな?
「うん? リバー? ……って、あの道具屋の?」
「はい。僕のお母さんのこと、知ってるんですね」
「……ああ、うん。えっと、なんだ。うん。予約は、確かに承った。すぐに本部に送る。良いな、行動計画書が送られてくるまで大体一ヵ月くらいは掛かる」
…………?
なんだろう、急に慌てだしたぞ。
と思ったら、周りの騎士さん達が緊張している。あれ?
お母さん、何やらかしたんだろう……。
まあ、後で聞けばいいか。
「行動計画書は、ここに来てもらうことで見れる。……が、なんだ。届いたら店の方に使いを出すから、それを待ってもらっても良い」
「ご親切にありがとうございます」




