17 - 基本に忠実故に
「――で、完成です」
「ふむ。まず、どこから突っ込めばいいのか……」
手順を説明すると、イスカさんは頬を引き攣らせて僕とお母さんを交互に見た。
何かおかしい事でもあっただろうか?
「錬金合成術、錬金付与術、錬金遷移術……、あたりまで、とはいえ、補助も無しに同時に使うかね、普通。サシェ。君は一体、この子に何をどう教えたんだ?」
「私は基本に忠実に、『やってみろ、そうしたらできる』と教えただけよ」
「…………」
あ、イスカさんが怒った。
が、すぐにそれは収まって、僕の方に視線が固定される。
「まさかとは思うが、カナエくん。君、今自分がした事は説明できるかい?」
え……?
「錬金術、ですよね?」
僕は完成品を取り出しながら言う。
ついでだったので、僕はイスカさんに完成品を渡してみた。すると、イスカさんはそれをいくつかの角度から眺めて、「うむ、確かに」と言った。
「これも、『生命の指輪』……だな。やれやれ、唯一品がこうも簡単に作られるとは」
うん……?
違うってこと?
僕が錬金術だと思って使ってたのが、実は錬金術じゃない、とか。
「いや、確かに錬金術で正解だ。が、錬金術には細かい分類があるのだよ。本来は。……けれど、君はどうやらその分類を知らないようだね。だからこそ、そんな無茶を思いつく……そして、成功させるということか」
「無茶?」
「ああ。マテリアルは確かに教えてもらった。だが、再現は困難だろうな……出来ない、とまでは言うまいが」
「何でですか?」
「難しすぎるのだよ。『普通の錬金術』に慣れてしまった我々にはな」
『普通の錬金術』って……、
「まるで、僕の錬金術が普通じゃないみたいな言い方ですね」
「そうだな。君の錬金術は普通じゃない」
あ、そうなんだ。
「サシェ。君の息子、国立学校の受験は検討してるのかね?」
「ええ。受けるつもりよ」
「そうか。ならば最善を尽くしたまえ。それがこの子にとっても、そして我々錬金術師たちにとっても最良だ」
そう言うと、イスカさんは僕に袋を渡してきた。
結構重たい、けど、金貨ではなさそうだ。
中身を見てみると……これは……、ポーションとか、指輪とか?
「その袋の中身が『表しの指輪』のマテリアルだ。それに加えて、『段階を分ける』という魔法を使えばいい。本来なら……いや、止そうか。とりあえず、カナエくん。それを使って、表しの指輪を作ってみたまえ」
「? ……わかりました」
まあ、折角貰ったものだ。使ってみよう。
錬金鍋に、袋から取り出したものを適当に入れて行く。
ポーション、多分これは九級品。
ポーション、こっちが特級品かな。
指輪、は石付き。
薬草、は二つ入ってた。
空き瓶? 何に使うんだ、これ。まあ入ってたと言う事は使うんだろう。
最後は、紐。紐?
これで全部か。
で、魔法は『品質を知る』じゃなくて、『段階を分ける』という発想で、連想しなければならないらしい。
段階を分ける……、連想は……やっぱり定規とか、リトマス試験紙とか、あとはミカンや卵の大きさ分類とか。
身体の中から何かが消える感覚がして、どうやら魔法は発動したようなので、そのまま錬金術を実行。
ふぃんっ、
の方の音がして、錬金鍋の中には指輪が一つ。
「お……見た目は、それっぽいかも」
拾い上げて、適当に薬草と水を錬金。ポーションを三つほど作成。
で、まずは指輪に一つ目のポーションを一滴垂らしてみる。
5、と数字が表示された。粉にならず、壊れない。
二滴目……は、4と表示。三滴目、はまた5か。
そして、こわれる様子は無い。
「できた!」
「…………」
「…………」
あれ?
なんかお母さんとイスカさんがジト目で僕を見ているのだけれど。
「イスカさん。ありがとうございます! おかげで作れました!」
「ああ、うん……、おめでとう。…………。なあ、サシェ。君の息子、実は生まれた直後から錬金術を仕込んでたりしないかい?」
「そんなことしてないわ。カナエが十一歳になった頃に初めて錬金術を教えたの。だから、一ヵ月も経ってないわね」
「だとしたら、才能としか言いようが無いな。マリージア以来の……いや、マリージアをも超えるかもしれん」
また、マリージアって名前が出てきたな……。
たしか、お母さんの妹弟子、だっけ?
ということは、イスカさんの弟子。ああ、そりゃ名前が出てくるのか。
でもなんか、才能がどうこうとか言っている。僕にそんな才能があるとは思えないんだけど……。
「だが悲しいかな。いや、むしろ喜ばしいのかもしれん。この子は己の才能を才能として理解しないタイプの性格なのだろうな。研究者としては失格だが……人としては、何よりも正しい」
「…………?」
「カナエくん。君はこれからも錬金術を続けてくれるのだろう? ならば、色々な物を色々と試してみることだ。可能な限り……学校に来る前にな。きっとそれが、君にとっては何よりもよい勉強になるだろう」
「えっと……、何でですか?」
「それは、君が学校に来たら解るだろう。……ま、深く考える必要は、無い。色々と試してみなさい」
ふむ。
ま、あんまり考えたって解らない者は解らない、か。
「あ、そうだ。『表しの指輪:毒消し薬』も作れないかな」
「うん?」
ポーション用の表しの指輪は作れたのだ、たぶん作れるだろう。
例によって小さな宝石を普通の宝石にして、銀の板と合わせて石付きの指輪に。
毒消し薬は予め複数用意してあるのでそれを使うとして、空き瓶……、は適当な低級品ポーションを飲みほして用意。
薬草は二つ、毒薬のほうが必要なのかな? まあいいや、とりあえず薬草二つで、最後に紐。よくわかんないけど、一応。
魔法は『段階を分ける』……で行使して、錬金術を使用。
ふぃんっ。
出来上がった指輪に毒消し薬を一滴垂らして見る。0、特級品。
もう片方の毒消し薬も垂らして、9。そして指輪は壊れない、と。
「できたできた。この調子この調子」
「…………」
「…………」
あれ?
なんかまたお母さんたちが変な反応に……。
まあいいや。
とりあえず、僕の間違いは何となくわかった。
マテリアル不足というのも当然あったとは思うけれど、それ以上の問題として、魔法が違ったのだ。
『品質を知る』魔法ではなく、『段階を分ける』魔法で作らないと駄目と。
このあたりはニュアンスの違いだからなあ。誰かに言われなければ延々と失敗し続けていた事だろう。
……そういえば、複数の指輪の機能を統合できたりしないかな?
えーと、とりあえず表しの指輪は作れるわけだから……。
マテリアルとして『表しの指輪』と『表しの指輪:毒消し薬』を投入、錬金術を試みる。
ふぁん。
あ、今度はこっちの音か。
で、指輪は一つになっている。
特級品の毒消し薬を一滴垂らしてみると……えーと、10?
うん?
10?
九級品の毒消し薬は……19か。
ふむ。ポーションだとどうだろう。
五級品は……05。
ということは、四級品だと……ああ、やっぱり04だ。
二桁の数字で表現してくれるんだね。
十の位が0ならポーションで、1なら毒消し薬。
あれ、じゃあ毒消しポーションを垂らしたらどうなるかな?
とりあえず手元の水と薬草と毒薬で錬金、毒消しポーションを錬金作成。
完成品を垂らしてみると……ん、0614?
四桁で表示された。
えーと……まあ、素直に読むなら、ポーションとしては六級品で、毒消し薬としては四級品ってことかな?
うーん。もうちょっと表示が解り易ければなあ。でも数字で表示される、だから、これが限界か……。
「あの、イスカさん。質問です」
「……うん。答えられる事ならば。何かな?」
「この、表示を変更する方法ってないんですか? えっと、もうちょっと解りやすく、色分けするとか」
「……そうだなあ。特に思いつかないかな。……ていうか、その指輪は何で、今作った薬品は何だい?」
「『表しの指輪:毒消し薬』と『表しの指輪』を錬金したのがこの指輪で、薬品は毒消しポーションです。たぶん、ポーションとしては六級品、毒消し薬としては四級品かなって」
「そうか……」
結局、イスカさんは肩をすくめて目を細めるだけだった。
何か僕、変なことしたかな?
なんて、悩んでみると。
「基礎などと言うものは、足かせなのかもしれないな」
イスカさんは、小さく呟いた。




